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麗龍学園生徒会  作者: 穂兎ここあ
夏休み編
79/410

67 時計塔と待ち合わせ

 ある日の午前10時、駅前の時計塔の下に芽榴はいた。


 待ち合わせスポットに一人ポツンと立っているが、事実、とある人物と待ち合わせているのだ。

 しかし、その人物は予定時間になってもまだ現れない。


 芽榴は特に何も考えることがないため、昨日の夜の出来事を思い出していた。






『お母さん、電話でてー』


 昨日の夜、楠原家の電話が鳴った。ちょうど芽榴は夕飯の仕度をしていたため、代わりに真理子に電話にでてもらった。


『はい、楠原です。あら、こんばんは。うん……もう、お世辞がうまいんだから。……うん、いるわよ。ちょっと待っててね。芽榴ちゃーん』


 電話相手と楽しそうに話した後、真理子は受話器を掲げて芽榴を呼んだ。

 どうやら芽榴に電話らしいが、相手を聞いても真理子はニヤニヤ笑っているだけだった。


『もしもし』

《もしもし、芽榴ちゃん!?》


 電話相手の声が大きく、芽榴は受話器を顔から離した。電話相手である風雅は《久しぶり! 元気にしてる!?》《芽榴ちゃんに会えなくて死にそうだった!》《芽榴ちゃん以外の女の子とは会ってないからね!》などと芽榴が一言も喋らないあいだに一人でどんどん話を進めている。受話器を離していても聞こえるのだからかなり興奮しているのだろう。


『……で、蓮月くん。どしたの?』


 受話器から聞こえる声が落ち着いたころに芽榴はやっと受話器を耳に添え、風雅に困った声で問いた。


《あ、そうそう。明日あいてる?》

『あいてる、けど。なんでー?』

《宿題手伝ってほしいんだ!》

『宿題? 夏休みまだ二週間くらい残ってるんだから今から地道に頑張りなよー』

《それじゃ間に合わない! 宿題終わらないと明後日からの生徒会合宿に参加させないって! 鬼が……颯クンが!》


 芽榴はそれを聞いて颯らしいなと呆れ半分に笑っていた。


『うん、いーよ』

《え!? ほんと!?》

『何その反応ー。行かなくてもいーんだけど』

《ダメダメダメ! まさか芽榴ちゃんがあっさりOKしてくれると思ってなくて……。本当に驚いてつい……》

『まあ、いーけど。どこに何時?』

《あ……えっと、じゃあ明日午前10時に駅前で!》


 風雅はハイテンションでそう告げた。それから電話がまだつながっていることも忘れて、《マジ緊張する。どうしよう》《嬉しすぎて壊れそう》《明日は何を着ようかな》《芽榴ちゃんはどんな服を着てくるだろう》、などと意味不明なことをまた一人で言い出し、芽榴は呆れながら電話を切った。


『芽榴ちゃん、デートだあ』


 隣でニヤニヤしながら真理子が言う。芽榴は『こいつもか……』とため息をついたのだった。






 そして今に至るわけなのだが。

 そんなことを考えて暇を潰しても、待ち人は一向に現れない。


「寝坊、なんてありえないだろうし」


 風雅のことだ。芽榴との約束となれば、30分くらい前から待ち合わせ場所にいてもおかしくない。自惚れているわけでもなく芽榴は普通にそう思った。


「考えられるとしたら……」


 芽榴は辺りを見回す。

 そこらへんにそろそろ人集りができるのではないか。

 そう考えるや否や、芽榴の視線の先の曲がり角から、やけに派手な女子の集団が現れたのだ。


「あー、あれか」


 その集団に囲まれている少し背の高い男子を見て芽榴は言う。

 芽榴のいる場所からそれなりに距離があるため、それが風雅であると視認できたわけではないが、それでも囲まれているのが風雅であると芽榴は確信していた。


「ね! あれこのあいだ雑誌に載ってた人じゃない!?」

「本当だ!」


 そう言って芽榴の数メートル先にいた女の人たちがその人集りのほうに駆けていく。

 そんなふうにして人集りは勢力を増す一方であった。


「迎えにいったほうがいーかな」


 行ったところで跳ね除けられるだろうし、風雅が気づいたところで周りの女子の視線に殺られてしまうだけだろう。しかし、ここでずっと待っていても風雅がここにたどり着くまであと一時間くらいはかかるだろう。待っていたところで時間の無駄であることに変わりはない。芽榴は少し考えて「よし」と言って時計塔の下から動いた。




「ごめん! 通してくれないかな?」


 人集りの中心で、風雅はひたすら周りの女子に頭を下げていた。


「えぇ! だって風雅くんいつも忙しいって言うじゃん、最近。去年はあんなに遊んでくれたのにぃ」

「えっと、今年は本当に忙しくて……」

「短期でモデルのバイトしてるんでしょぉ? 知ってるよ。ちゃんとチェックしてるもん。でも今日はここにいるってことはオフなんだし、うちと遊んで」

「えー! 私だよ!」

「あたし!!」

「いや、その、あのね……」


 見慣れた光景が街の中心で行われている。風雅は困り顔だが、強くは断らない。それが彼のいいところでもあり悪いところでもあるのだ。


 人集りの最後尾にいる芽榴にやはり風雅は気づかない。周りは「風雅くん、こっち見てー」とアイドルのライブかとツッコミたくなる様子でいる。


 一周回って、ある意味面白いと思い始めた芽榴は、風雅が人集りをかきわける中、楽しそうに声をあげた。


「今からオレ、大事な約束が……」

「風雅くーん、早くこっち来てー」


 周りに紛れて言ってみる。

 もちろん気づくはずがない。そう思っていたのだが。


「え、あ、でも……芽榴ちゃん!?」


 風雅は信じられないという様子でキョロキョロしながら叫んだ。

 周りの女子は「芽榴って誰?」と騒ぎ、芽榴自身なぜ気づいたのか分からず、唖然としていた。


「あ、いた!」


 やっと人集りをかき分けて芽榴を見つけた風雅は先ほどまでとはまったく違う飾らない満面の笑みを向けた。おそらく芽榴を見て無意識にこぼれた笑みだろう。

 みんなの注目が芽榴に向く前に、風雅は芽榴の手をつかんだ。


「芽榴ちゃん、ごめん! 走って!」

「うん、まー。そうしたほうが無難だねー」


 芽榴は呑気にそう言って風雅に手を引かれるまま思い切り街を走り抜けた。







 曲がり角で急カーブして風雅はファンの子を巻いたのだった。会って数分にして、芽榴に息切れさせてしまい、風雅は本当に申し訳なさそうな顔をした。


「そんな顔するなら変装するなり目立たないところで待ち合わせにするなりすればよかったのにー」

「だって、その……」


 歯切れ悪く喋る風雅を見て芽榴は首をかしげた。そんな芽榴を見て風雅は堪えきれず、赤くなる顔を隠しながらボソボソと言った。


「時計塔の下で待ち合わせって……その、デートっぽいから……」

「でも、他の子ともあそこで待ち合わせしたことあるんでしょ?」


 単にデートっぽいことがしてみたいだけなら、芽榴でなくても前に付き合っていた子と十分したはずだ。わざわざ今日芽榴を相手にする必要もないだろう。そういう純粋な芽榴の言葉は風雅の心に鋭い棘を刺した。言われた風雅は肩を落とし、ものすごく陰気なオーラを出しながら嘆き始めた。


「芽榴ちゃん……それ言わないで。事実だけど芽榴ちゃんに言われると、オレ立ち直れないよ」

「え?」

「芽榴ちゃんとデートっぽいことしてみたかったんだ!」


 やけになった風雅はわりと大きい声でそう言い「あー、オレかっこ悪いー!」と一人で百面相し始めた。

 風雅がなぜ芽榴にこだわるのか。それは芽榴にはよく分からないが、ともあれ今の風雅は非常に面白い。

 芽榴は笑いを堪えて風雅の服の裾を引っ張った。


「行こー?」


 芽榴は風雅よりも背が低い。だから意識しなくとも話しかけるときは上目遣いになってしまうのだが。


「……芽榴ちゃん。それ……破壊力ヤバイから」

「え?」

「いや、うん。なんでもないや」


 風雅がそう言うので芽榴はサッサと図書館へと歩き始める。


「蓮月くん、早くー」


 芽榴に呼ばれ、風雅は思い出したようにハッと顔をあげた。


「ね、芽榴ちゃん」

「んー?」

「さっきオレのこと名前で呼んでた?」

「あー、うん。みんな呼んでるから私も紛れて呼んでみた」


 芽榴が肯定すると、風雅はより一層目を輝かせた。

 嫌な予感がする。

 そう思ったのも束の間、風雅は芽榴の手をつかんだ。


「もう一回呼んで!」

「うん。なんとなくそう言うと思ったけど。めんど……」

「お願い!」


 風雅が両手をあわせて芽榴にお願いする。そんなに名前で呼ばれるのが好きなのか、と芽榴は的外れなことを考えていた。名前を呼ぶなど実際お願いでもなんでもない。簡単なことだ。

 芽榴はため息一つでそれを了承し、その名を口にした。


「えっとー……風雅くん」


 意識して呼ぶと恥ずかしいものがあった。少しはにかむ芽榴を見て風雅は自分の口元に手をやり、俯いてしまった。


「……。あー、あー、あー。うん、これはダメだ。芽榴ちゃん、やっぱりこれからも俺のことは苗字で呼んで」

「は? え、あ……うん」


 芽榴は頭にはてなマークを残しながら、「分かった」と答えた。

 一方、曲がり角を出ながら風雅は「オレ、今日最後までもつかな……」と物騒な悩みを呟く。


 そして二人はそのまま図書館に向かった。


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