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麗龍学園生徒会  作者: 穂兎ここあ
夏休み編
78/410

66 心と闇

 夏休みも中頃に差し掛かったある日。


 この街で一番大きな病院、そこの整形外科の待合室に芽榴はいた。

 しばらくして診療室の戸が開き、松葉杖をついた圭が中から出てきた。


「芽榴姉、マジごめん」


 出て来るなり、芽榴に謝罪する圭を見て芽榴は苦笑した。


「何言ってんのー。どーだった?」


 芽榴は立ち上がり、圭のそばに駆け寄った。サッカーの練習試合で右足を少し痛めてしまったらしい。圭は一年生であるが主戦力であるため、コーチに病院を紹介され、付き添いとして芽榴がこうしてついてきたのだ。


「足首骨折してたっぽい。しばらくは安静だってさ」


 圭は苦々しい様子で告げる。「一ヶ月もサッカーできねーとか感覚鈍りそう」と残念そうに呟いていた。


「まー、大事じゃなくてよかったね。早く治さないと」

「だよな。チームに迷惑かけちまうし」

「さっきお父さんに電話したら、ちょうどお昼だから会社抜けて迎えに来るってよー」

「マジ? ラッキー」


 松葉杖をつく圭の速度にあわせて芽榴はゆっくりと病院の廊下を歩く。

 すると、広々としたエントランスの受付のところでよく知った姿を見つけた。


「あれ? 来羅ちゃん」


 芽榴の目線の先を追えば、ちょうど病院に入ってきた来羅が目に入る。目立つ金色の髪にあの容姿だ。一瞬で分かるし間違いようもない。


「どうしたのかなー?」


 少し心配そうに呟く芽榴を見て圭は微笑んだ。


「行ってきていいよ。父さんには俺から行っとく」


 圭はそう言って一人でゆっくりエントランスを出て行った。


 芽榴は圭の言葉に甘えて、来羅のところへと向かった。


「来羅ちゃん」


 早歩きで行き、芽榴は来羅に声をかけた。芽榴の気配に気づいていなかったらしく、来羅の肩がビクッと跳ねた。


「わっ!! あ……え、るーちゃん?」


 来羅は芽榴の姿を確認してもっと驚いたようだった。確かにこんなところで会うのは驚きだろう。


「るーちゃん、どこか悪いの?」

「ううん。圭が足怪我してその付き添いー。来羅ちゃんこそどうかしたの?」


 芽榴は心配そうに首を傾げると、来羅はそれに苦笑した。


「そんな顔しないで。私はどこも悪くないわ。ママが入院していて、そのお見舞いに来ただけ」

「入院って……大丈夫なの?」


 来羅はただ笑うだけで、その質問には答えない。そして何かを考えるように目線を落とした来羅は深呼吸をし、芽榴に笑いかけた。


「るーちゃん」


 来羅が少し寂しげな声で芽榴を呼ぶ。


「ちょっとママのお見舞い、付き添ってもらえる?」












 芽榴は来羅に連れられ、病院の階段を上り、病棟の廊下を進んで行った。

 そうして来羅はある個室の扉の前で立ち止まった。

 個室の名札プレートには《ひいらぎ薫子かおるこ》と書いてある。


「本当に私いても大丈夫?」

「うん。ていうか、そのほうがママも喜ぶと思うわ」


 来羅が笑顔で言い、芽榴は何も考えることなく扉の中へ入って行った。


 部屋に入ると、薔薇のいい香りがする。病院の一部屋というにもかかわらず、部屋の中からは女性らしさが感じられる。


 来羅の母、薫子はベッドから体を起こして窓の外の景色を眺めていた。

 来羅の地毛と同じ紫がかった長い黒髪が芽榴の目を惹いた。


「ママ」


 来羅が可愛らしい声で呼びかけると、薫子は人懐っこい笑みを浮かべて振り向いた。


「来羅、今日も来てくれたのね。あら、その子はお友達?」


 来羅が頷くと、薫子は芽榴を見て嬉しそうに笑った。笑顔がとても来羅と似ていた。


「楠原芽榴です。いつも来羅ちゃんにはお世話になってます」

「来羅の母です。ごめんなさいね。こんな格好で挨拶してしまって」

「いえいえそんな……。私こそいきなり来てしまって申し訳ないです」


 芽榴は慌てて手を振って頭を下げた。


「来羅、こんな可愛らしい女の子のお友達がいるなら早く紹介してほしかったわ」

「フフフ。ごめんね、ママ」


 来羅と薫子、二人の様子を見て、芽榴は仲の良い親子だなとすぐに思った。


 それから芽榴はしばらく来羅と薫子と楽しく会話を弾ませていた。


 薫子の様子を見ても顔色は悪くないし、元気だ。重病というわけではないのだろう。


 芽榴がそんなふうに思っていた矢先だった。


「来羅、男の子の友達としか一緒にいないから心配だったの。同性の友達はいないのかしらって……」


 薫子が真剣な顔で言う。

 芽榴は一瞬反応に戸惑った。言い間違いだろう。そう思ったが、次の一言でその考えは消えて行った。


「女の子同士でしか話せないこともあるでしょ? 芽榴ちゃん、来羅のことよろしくね」

「え……あ……」

「ごめん、ママ。私もるーちゃんもこれから用事あるの。パパが仕事終わったらお見舞いに来るって。私たち、そろそろ帰るね」


 戸惑いを隠しきれない芽榴を庇うように、来羅は笑顔で薫子に別れを告げた。


「あらそうなの? もうすぐ退院するし、今度はゆっくりお家に遊びに来てちょうだいね。芽榴ちゃん」

「あ……はい。よろしく、お願いします。お大事に」


 芽榴は笑って挨拶し、来羅とともに部屋を出て行った。








 部屋を出て、しばらく二人のあいだには沈黙があった。

 来羅に時間があるかと問われ、芽榴は頷いた。二人はたいして会話をすることなく、病院の外の公園のベンチに腰掛けた。


 何か言わなければならないのに、思いつく言葉はどれも頼りないものだった。


 そんな芽榴の様子を察してか、来羅は苦笑していた。


「るーちゃん。ありがとね。久々にママの喜んでる顔見れた」

「私は別に何も……」


 来羅は首を横に振った。


「ママが今日あんなに元気だったのはるーちゃんのおかげなんだよ」


 来羅は本当に感謝していた。芽榴が戸惑うと分かっていて、それでも薫子が喜ぶと思ったから、芽榴を連れていったのだ。


「来羅ちゃん。……あの、来羅ちゃんのお母さんは……来羅ちゃんのこと……」


 芽榴は言葉を選んでいた。芽榴の言いたいことは来羅にも分かっていて、来羅は微笑んで口を開いた。


「驚いたでしょ? ママは私のこと、本当に女の子だと思ってるの。思い込んでるっていうのが正しい言い方なんだけどね」


 来羅の笑顔はいつになく寂しそうだった。可愛らしくて楽しそうないつもの来羅の笑顔ではなかった。


「るーちゃんも分かったと思うけど……ママは心の病気にかかってるの」


 来羅は空を見上げながら、静かな声で言った。「もうずっと前からそうなんだけどね……」と言って来羅は話を続けた。


「ママはずっと女の子が欲しかったの。でも私を産むとき、難産だったみたいで……もう二度と子ども産めない体になっちゃって……。だからママは私を男の子だって絶対に認めなかったの」


 来羅はまるでお伽話を話すような調子で言葉を紡いでいた。


「でも、私はまだ小さくて……当然のように男の子の格好をしたり、男の子みたいなことをしたりして……そしたら、ママはそんな私を見る度に号泣したり倒れたり、どんどんおかしくなっていったんだ」


 来羅が何でもないことのように言う。しかし、芽榴にはそれが信じられなかった。さっき会った来羅の母は最後の発言を抜けば、本当に普通のいい母親だった。来羅のこともすごく愛しているのが伝わってきたのだ。


「だから……ママのために女の子になるってパパと小さいころに約束したの。でもやっぱり私は男の子だから、そんな中途半端なことしてたら……男の子の友達も女の子の友達もできなくて。引きこもってたらメカヲタクみたいになっちゃって……」


 中等部から麗龍学園に来て、颯たちが初めて手を差し伸べてくれたのだと来羅は言った。

 翔太郎と境遇が似ている。来羅はそう言い、芽榴もそれに納得した。


「今回の入院もね。たまたまお風呂上りに会っちゃって私の本当の姿見て倒れちゃっただけなの」


 来羅は目を伏せた。

 久々に自分の本当の姿を見た薫子の顔を思い出していた。


「……海でるーちゃん聞いたでしょ? どうして髪を伸ばさないのかって」


 来羅は芽榴を見た。芽榴は小さく頷いた。


「それが私が私であるための精いっぱいの抵抗なの。私はやっぱり男の子だから」


 誰もいないところでくらい、本当の、男の自分でいる自由くらいは掴んでいたい。

 そのために来羅は髪を切り続けているのだ。


 芽榴は俯いて、膝の上で拳をキュッと握りしめた。


「……ごめん、嫌なこと話させて……」

「ううん。私のほうこそ、こんな話聞かせてごめんね。ただ、今さらだけどるーちゃんに伝えたいことがあったから。このことも話しておきたかったの」


 芽榴は「伝えたいこと?」と首を傾げた。来羅は優しく微笑んだ。


「親でさえ、私が男の子の格好してたら私だって認めてはくれないの。役員のみんなでさえ、1番最初に見たときは私って分からなかったの。でも、るーちゃんは初めて私の本来の姿を見たときもすぐに私って分かったでしょ?」

「……うん。でも、だって……来羅ちゃんは来羅ちゃんだから」


 来羅が来羅だと分かる。それは当たり前だと芽榴は思った。でも来羅にとってはそれが特別で、芽榴の今の言葉もやはり来羅にとっては特別だった。


「最初に話したとき、るーちゃん言ったでしょ? 性別は関係ないって。るーちゃんにとっては普通の言葉だったかもしれないけど……私はね、すごく嬉しかったの」


 芽榴は少し頭の中の記憶を整理してみる。確かにそんなことを言っていた。特に何も考えず、発した言葉を来羅は大切にしていたのだ。


「ありがとね、るーちゃん。だからこれからもよろしく……って、これが言いたかったの」


 来羅は照れ臭そうに言って、芽榴に手を差し出した。


「お礼を言われるようなことはしてないんだけどね。こっちこそいつもありがとう。来羅ちゃん」


 芽榴は来羅の手を握り、笑った。

 来羅はその笑顔を見れるだけで満足だった。


「お腹すかない? 何か食べに行きましょ」


 来羅がベンチから腰を上げ、芽榴の前をスタスタと歩いていく。

 芽榴は急いで来羅の隣に並んだ。


「来羅ちゃん」

「なぁに?」

「あのさ……私には何もできないけど」


 芽榴は真剣な顔で来羅を見つめた。


「私の前では無理しないでいーよ。ありのままの来羅ちゃんでいて」


 それが今の芽榴が言える精一杯の言葉だ。

 来羅は目を丸くし、次の瞬間にはクスリと笑った。


「お言葉に甘えます」


 笑った来羅はいつものように可愛らしく楽しげだった。

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