65 ガーデンハウスとブレスレット
「ここにおったんか、探したで」
慎がいなくなってすぐに、挨拶を一通り済ませた聖夜が芽榴の元にやって来た。本当に慎の言う通りのタイミングで聖夜が来て、芽榴は感心したように「目敏い人」と慎の去った跡を見ながら呟いた。
「一人か?」
「さっきまで簑原さんがいましたー」
芽榴が言うと、聖夜は少しだけ眉を寄せた。
「何かされへんかったか?」
「今回は驚くくらい何もー」
芽榴は改めて考えて少し驚いた。基本的に慎と二人でいると、ろくなことをされていなかった。でもさっきは普通とは言わずとも変なことはされなかった。一般的には感心するようなことでもないが、相手が相手だけに感心してしまうのだ。
「慎のやつ……本気やな」
「何か言いました?」
聖夜は首を横に振る。そして芽榴の手を握った。
「もう挨拶まわりも済んだ」
「やっと帰れますねー」
「ちゃうわ、アホ」
嬉しそうに言う芽榴に、聖夜が少し不機嫌な顔をして否定した。
「せっかくそないな格好しとんのや。ちょっと付き合え」
「えー」
「なんやねん、その反応は。ええやろ? ……会う機会もそないにあらへんのやから」
聖夜が少し寂しげにそう言う。この聖夜の姿には芽榴も弱いのだ。それ以上何も言わず、聖夜に手を引かれるままついていった。
聖夜に手を引かれ、芽榴がやって来たのはガーデンハウスだった。
花が咲き誇る美しい場所。上を見上げれば天井はなく、綺麗な星空、明るい月が見える。
月光が差す室内はとても神秘的な雰囲気を醸し出していた。
「すごい……」
「俺の気に入っとう場所や」
聖夜は空を見上げながらそう言った。
「暗いところ、大丈夫なんか?」
聖夜の質問に芽榴は目を大きく見開いた。
「どうしてです?」
「フラッシュバックしたりするんちゃうかと思ってな」
聖夜が少しだけ心配そうな声音で言う。芽榴は空を眺めながら薄く笑った。
「でも、ここは密室じゃないし、綺麗ですから……大丈夫ですよ」
芽榴の答えに聖夜は眉を寄せた。今は大丈夫、でもここがもし天井が覆われている密室だったなら芽榴は怖がってしまっていたのだ。
「ほんまに大丈夫か?」
「はい。ていうか、十年も経てば、昔よりはマシですよ」
「それは記憶が薄れるからや。お前の場合はそれがあらへんやろ」
苦笑まじりに答える芽榴を気遣うように聖夜が言う。
聖夜がいつもより優しく感じられるのは久々に会ったからだろうか。
芽榴が大丈夫だともう一度告げると、聖夜は「なら、ええ」と安心したように小さな声で呟いた。
「芽榴」
「え、あ……はい」
芽榴は少し戸惑い気味に返事をした。やはり聖夜に名前で呼ばれるのには違和感がある。
そんな芽榴の反応を見て、聖夜はフッと笑った。
「手、出してみぃ」
聖夜に言われた通り、芽榴は聖夜に左腕を差し出す。
すると聖夜がポケットから高級感あふれる箱を取り出し、その中身を芽榴の腕につけた。
「ブレスレット……?」
「他に何に見えるんや?」
綺麗な石が散りばめられたとても高そうなブレスレットが芽榴の左腕についていた。この紺のドレスに似合う派手すぎず地味すぎない絶妙なデザインのものだ。
芽榴は目を丸くして首を傾げた。「どうしてこんなものをくれるのか?」と言いたげな芽榴に、聖夜は呆れるように溜息をついた。
「誕生日……。遅れてしもうたけど、俺からの贈り物や」
「え!?」
「なんやその反応は」
驚くに決まっている。裏があるのかと考えるけれど、聖夜の真剣な顔からしてそんな様子はまったくない。
「いきなりやったから大したもんは用意できひんかった」
「いや……十分、だと思いますけど……。いいんですか?」
「返されても、そないに華奢な装飾俺がつける思うか?」
聖夜がつけても変ではないし、どちらかといえば似合うと思う。しかし、聖夜がそう言うのだからきっと彼はつけないのだろう。
「ありがとうございます」
芽榴は快くそれを受け取り、しばらくブレスレットを眺めていた。
薄く笑みを浮かべている芽榴を見て、聖夜は満足げな顔をしていた。
芽榴はブレスレットを十分眺めた後、うーんと深呼吸をして笑った。
「綺麗ですね、ここ」
「ああ」
「…好きです」
「………。この場所が、か?」
「……? はい。それ以外にありますか?」
芽榴がキョトンとした顔で言う。先ほど聖夜が芽榴に言った言葉を真似てみたのだ。
聖夜は頭を押さえ、盛大な溜息をついた。
「あるやろ……」
「え?」
「何でもあらへん」
今の流れでは聖夜に向けた『好き』であってもおかしくはない。聖夜はそう思うのだが、芽榴の中に一切その考えはない。芽榴らしいといえば芽榴らしい反応だ。
聖夜は小さな声で笑った。
「なんですか?」
「……次はいつ会えるやろうな?」
空を眺めながら聖夜は言う。
「お前は俺に会いたかないやろうけどな」
「今日は随分とネガティブですねー」
月光がちょうど真上で二人を照らす。周りの花もあたりの空気もどこか幻想的だ。
これが夢の中と言われても納得してしまいそうな気分だった。
芽榴は聖夜の頬に触れた。
「な……」
「今隣にいるのに次会うときのこと考えてどーするんですか」
芽榴はゆっくりと手を離す。聖夜の頬には微かな温もりが残った。
聖夜は「敵わんな」と呟いて笑った。
「あともう少しそばにおってくれへんか?」
珍しく聖夜が素直な言葉を向けている。芽榴は優しく微笑んで頷いた。
ダンスホールから聞こえる優雅な音楽が心地よく流れる。
芽榴と聖夜はたわいない話をしながら、月光差す花々に囲まれ、しばらく綺麗な夜空を眺めていた。
更ける夜の闇に二人の小さな笑い声か響いていた。




