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麗龍学園生徒会  作者: 穂兎ここあ
夏休み編
76/410

64 夜会と孤独な少年

 ラ・ファウスト学園のダンスホール。


 優雅な音楽が流れ、パートナーを見つけて令息令嬢、それからその親御まで踊る姿が見られる。


「暇だなー……」


 綺麗にめかされた芽榴は一人ポツンと端の壁に背を預けてジュースを飲んでいた。


 あの後、慎は自分も用意があるからとすぐに帰り、芽榴は聖夜と共に夜会の準備をすることになった。家にも電話がいき、芽榴は完全に家に帰る言い訳をなくしてしまった。


 聖夜の呼び出しにより、琴蔵つきのメイドが芽榴の衣装を持ってやって来た。

 例のごとくされるがままの状態で、芽榴はいつの間にか前回と同じような長い黒髪のウィッグが頭についており、綺麗な紺のドレスを着せられていた。顔にはちょうどいい化粧が施され、ラ・ファウスト学園で見た芽榴の姿が再び現れた。

 もう一度この姿にするくらいだ。聖夜は余程この芽榴を気に入ったとみえる。


 夜会に一緒に来た聖夜はというと、理事長や社長たちへの挨拶回りに付き合わされ、心底面倒そうな顔をして芽榴のそばを離れていった。

 というわけで、芽榴は現在一人ぼっちなわけなのだが。


 有利と一緒にこの姿で校内を走り回ったため、学園の生徒に度々遠慮がちに頭を下げられる。おそらく芽榴とは分かっていないのだろう。はっきり言っていつもの芽榴とは別人なのだ。それが当たり前の反応だ。


 加えて、生徒の親御もいるのだから「どこのご令嬢か」と周りでコソコソ話しているのが聞こえる。最初来たときに聖夜と一緒にいたのだから、尚更だ。


 さすがに居心地が悪い。強制連行された割にほったらかしで、芽榴は今すぐにでも帰りたい気分だった。


「あの……」


 そんなことを考えていると、前から学園の男子生徒が話しかけてきた。ダンススーツを身に纏っているため、雰囲気がとても大人びて見える。


「あ、はい?」


 芽榴が首を傾げると、その男子は頬を赤く染め、恥じらいながらチラチラと芽榴のことを見ていた。


「あの……前に一度、学園を麗龍の生徒と走ってた方ですよね?」

「あ……ええ」


 芽榴は苦笑した。それ以前にラ・ファウスト学園の生徒だった楠原芽榴だと教えてあげたいが、芽榴は黙った。


「その、一度見たときから、気になっていて、でも名前も知らないし、二度と会うこともないと思ってて……」

「はあ……」


 男子の言いたいことが何なのか推し量ることができず、芽榴は困ったような声を出した。


「それで、その、僕とダンスを踊っ」

「ごっめんね〜。それは無理」


 その男子生徒が本題を口にしようとした瞬間、横からムードぶち壊しの声があがった。


「……簑原さん」

「み、簑原様!」


 満面の笑みの慎がそこにはいた。


「この子、聖夜の大事な子なんだよね。馬鹿じゃないなら意味分かるっしょ?」


 慎がそう言うと、男子生徒は青ざめた顔で何度も頭を下げ、逃げるようにしてその場を去った。


 おかげで、慎と二人きりになってしまった芽榴は今度こそ家に帰りたい気持ちでいっぱいになり、目を細めた。


「へえ……」


 慎は芽榴の姿を上から下まで舐めるようにじっくり見てそんな声をもらした。

 慎はこの芽榴の姿を見るのは初めてなのだ。


「似合うじゃん」

「へ?」


 予想もしない発言に芽榴は顔をあげる。


「なーんて言うと思った?」


 慎はからかうように笑った。芽榴はやっぱりか、と目を細めて溜息をついた。


「ほら、どうせお嬢様方がお待ちなんでしょう? 私なんか放っておいてください」

「あんたに変な虫つくと怒られんの俺だし。それに、基本的にこういうパーティーでは俺一人だぜ?」

「え?」


 冗談かと思って慎の顔を見てみるが、からかう様子もない。

 普段、慎には風雅と同様に女子が常に周りにいる。それに慎は簑原家の人間だ。家同士の交流が目的の夜会なら、聖夜ほどとは言わずとも媚び売りがあるはずだ。


「楠原ちゃん。くだらないこと考えてるっしょ?」


 そんなことを考えている芽榴に慎が問う。しかし、それより先に芽榴は遠くから聞こえた親御たちの会話に耳が行った。


「あちらにいるのが簑原様の優秀な息子さん?」

「いいや、優秀なのは兄のほうです。あれは出来損ないの弟のほう……」

「しっ! 声がでかいですぞ」

「ああ、申し訳ない。ですが、挨拶に行っても意味はないでしょうね。弟のほうは何年か前に権限をすべて放棄したと聞いています」


 そんな話が聞こえ、芽榴は少し驚いていた。その芽榴の様子を慎は微笑を浮かべて見つめていた。


「つまんない顔してんね?」

「……えっと」


 反応が少しぎこちない芽榴を見て、慎はクスリと笑った。


「俺、暇なんだ。だから俺と踊ってよ」


 慎は芽榴の返事も聞かず、彼女の手を引いてダンスホールのテラスへと向かった。


 テラスにはあまり人がいない。この真夏に冷房の効かない外に出るような人間はラ・ファウストにはほとんどいないのだ。


 慎に手をとられ、ダンスホールから漏れ聞こえる音楽にのり、体を揺らす。


「楠原ちゃん」

「……はい」

「さっきの気にしてんなら無駄なことだぜ? あれは本当のことだし」


 慎は目を閉じ、笑いながら言った。


「俺は優秀な兄を持つ出来損ないの弟。だからこういう場でわざわざ俺に媚び売ってくる馬鹿はいねぇの」


 簡単なワルツ。基本的な動き一つとっても慎のリードは美しく軽やかで踊りやすい。


「出来損ない……って演技ですか?」


 芽榴の問いに慎は目を大きく見開いた。


「なんで?」

「なんとなく……ですけど」


 世間的にはどうあれ、度々見る慎の能力は目を見張るものだ。いつも先のことまで考えて慎は行動している。そんな彼が出来損ないと言われることに疑問を感じずにはいられなかった。


 考えられるとしたら、慎がこういう公の場で愚かなフリをしている、ということだった。


「……兄さんは本当に優秀だぜ? 真面目で誠実で、俺なんかとは大違い。簑原家の後継ぎにピッタリ、だろ?」


 慎が腕をあげ、芽榴はクルリと回る。回る瞬間に見た慎の瞳は真っ黒に染まっていた。


「俺は後を継ぎたくなんかねぇし。だったらいっそ問題児になっちまえば楽じゃん。中途半端に出来るやつなんて一番迷惑だろ? 周りを混乱させて兄さんを困らせるだけ」

「だから……早い段階で自分から権限を放棄したんですか?」


 芽榴の問いに慎は頷いた。


「まあ別に放棄せずとも、権限なんてほとんど俺にはなかったけど。琴蔵との関係の橋渡しになる代わりに、俺は家の縛りから自由になったってわけ」


 曲が終わり、慎はゆっくりと芽榴の手を離した。


「俺は今の俺の人生に不満なんてねぇよ。だから勝手に同情してそんな顔すんのはやめろ」

「……ごめんなさい」


 芽榴は俯き気味に謝った。周りに何と言われようと、自分の幸せは自分で決めることだ。

 芽榴だってどんな境遇にあれど、今の自分を幸せだと思っている。


「ま、別にいーけど」


 慎はケロッとした顔で返した。

 しかし、芽榴にも言いたいことがあって、芽榴は小さな声でそれを告げた。


「でも……馬鹿のフリってすごく楽ですけど、反面すごく大変ですよ」


 芽榴自身、ずっと自分の能力を隠して生活していたのだ。それがどのようなものかは承知している。でも、それが家族に対しても演技をするとなれば精神的にきついものがあるはずだ。

 慎は浮ついているイメージが大きいが、周りをよく見ている。聖夜とは違う意味でいつも無駄に気を張っているのだ。


「簑原さんのお兄さんが本当に優秀な方なら、簑原さんが素直に頑張ってるのを喜ぶだろうし、それくらいで揺らぐ権限でもないでしょ?」


 慎が本当に自由なら周りに気を使うこともなく肩の力を抜けばいい。


「たまにくらい、何も考えずにありのままの自分でいてもいいんじゃないですか?」


 芽榴と慎の視線が絡み合う。珍しく慎の瞳が揺れていた。

 少ししか一緒にいない人間にここまで自分のことを言い当てられるとは思っていなかった。それどころか、誰一人気づくことのない自分の思惑に彼女だけが気づいたのだ。さすがというべきか、慎はフッと小さく息を吐いた。


「……生意気」


 芽榴の言葉を聞いた慎は鼻で笑った。


「でも気づいたのはあんたが初めてだから……ご褒美にいいこと教えてあげる」


 そう言った慎は先ほどとは違い、頗る楽しげだった。


「俺はね。別に好きでもない女の子でも口にキスするなんて余裕。でも、だからあんたはその逆」

「え?」


 芽榴は意味が理解できずに首を傾げる。しかし、慎はそんな芽榴を放って彼女に背中を向けた。


「もう聖夜が来るし。俺は帰ろっかな〜」


 頭に手を回し、そんな呑気なことを言う。


「じゃあね。楠原ちゃん」


 そう言って振り向いた慎の顔にはいつもの読めない笑顔が浮かんでいた。

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