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麗龍学園生徒会  作者: 穂兎ここあ
夏休み編
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63 王子様と機嫌直し

 芽榴は大通りを一人歩いている。特に用事もないが、なんとなく出かけたい気分だったのだ。


「いい天気ー。今日はいい日になりそー」


 そんな呑気な独り言を言ってしまうほど心地よい天気の日。

 しかし、数分後。芽榴はその言葉を撤回することになるのだった。


「あっれ? 楠原ちゃんじゃん?」


 突如後ろから声をかけられ、芽榴は立ち止まった。いや、固まったというのが正しいだろう。

 聞き覚えのある声と、突如感じた悪寒。

 背後にいる人物が誰か分かった芽榴は振り向くことなくダッシュで逃げようとするのだが。


「はい、ちょっと待った」


 走り出す前に捕まってしまった。走れば恐らく逃げきれただろうが、腕をこんなにも強く掴まれてはもう無理だろう。


 芽榴は渋々振り返って、満面の笑みを返した。


「お久しぶりです、簑原さん。すみません。用事があるので離してもらえますか?」


 そんな相変わらずの態度を向ける芽榴を見て、慎は楽しげに笑う。


「ふーん。その用事って何?」

「えっと友達とお食事にー」

「へぇ〜、あんた友達いたんだ?」

「その言葉、そっくりそのままお返しいたします」

「でもそれなら、その友達に楠原ちゃん借りるって伝えたいから会わせて。その用事が本当に本当なら、だけど」


 慎はそう言って憎たらしい笑みを向ける。完全に嘘だとバレているのだ。


「じゃあ、とにかく手を離してください。逃げませんから」


 芽榴は目を細めながら言う。

 慎は髪も明るいし、服装もオシャレなのだが派手だ。そして風雅と同じように女子に好かれそうな顔をしている。

 もちろん道行く女性の注目を浴びている。そんな男が一人のやる気ない女子の手を掴んでいるなど、注目に拍車を掛けるようなものだ。


「どーしよっかな。あんたの嫌そうな顔見んのも楽しいし? 俺は別にこのままでいいんだけど」


 本当に楽しそうに慎はケラケラ笑う。

 対して芽榴は本当にうんざりしたような顔をする。


「仕方ねぇから、これで離してやるよ」

「は? わ……!」


 突如、腕を引かれる。そして芽榴の右目の瞼に柔らかい感触が残った。

 呆然としている芽榴を見て、慎はまた楽しそうに笑った。


「間抜けな顔! これ見れたから満足。んじゃ、ついてきて」


 芽榴はブンブンと頭を振り、勝手な言葉を連ねる慎に、芽榴は冷静に反抗した。


「ついていきませんよ。危ない人にはついていくなって子どもでも知ってますよ」

「危ない人って誰のこと?」

「胸に手をあてて考えてください。いきなり公然で知り合い程度の人の瞼にキスする人は危ないです」


 真顔でそう言う芽榴を見て、慎は薄い笑みを浮かべた。


「瞼で済んだんだから、よかったじゃん。ありがたく思えよ」

「どーせ、口にしたくなかっただけでしょう?」


 溜息交じりに答える芽榴を見て、慎の顔から一瞬だけ笑顔が消えた。でもすぐにいつもの読めない笑みを浮かべる。


「まあ、そーだけど? 何? 口がよかった?」


 ニヤニヤ笑いながら、再び近づいてくる慎の顔を芽榴はグイッと押しやった。


「馬鹿やってないで、行くとこあるならさっさと連れていってください」


 芽榴が溜息をつくと、慎は「結局ついてくるなら最初から言うこと聞けよ」とケラケラ笑う。

 やっぱり嫌な男だ。そう思いながら芽榴は彼の後をついていった。









「どないして慎とお前が一緒におるんや?」


 慎に連れられ、芽榴がやってきたのは聖夜が一人暮らしするマンションだった。

 高級マンションの最上階。とても庶民が住めるような場所ではない。


 部屋から出てきた聖夜は寝起きのようだが、全く姿が乱れておらず、いつもの王子然とした様子だ。


「これで機嫌直して、パーティーに参加してもらおう作戦」


 Vサインをして笑う慎を聖夜はウンザリしたような顔で見た。


「まあええ。とにかく入れ」

「えっと私はここで……」

「はいはい。さっきのもう一回されたくなかったら入ろうぜー」


 慎にそう言われ、芽榴は渋々聖夜の家にお邪魔することになった。


「お邪魔〜」

「……お邪魔します」


 聖夜に通され、広々としたリビングの丸椅子に慎は慣れたように座り、芽榴はそこから一番離れた窓際の場所に立った。


「何しとんのや。お前は。こっち座れ」


 聖夜がフカフカのソファーに座り、芽榴を手招きする。芽榴は外が見たいからと言い訳をして窓際から絶対に離れなかった。


「で、芽榴を連れてきたかて、俺は夜会には行かへん」


 聖夜が不機嫌そうに言う。そんな聖夜の様子に慎は盛大な溜息をついた。


「聖夜行かないとマジで困るんだっつの」

「めんどい。こっちは疲れてんのや」

「そこを何とか。聖夜を連れて来いって俺も理事長に頭下げられてんの」


 慎はそう言うが、本気で説得しているようには見えなかった。特に理事長のお願いなど、はっきりいってどうでもいいのだろう。慎がきかなければならないのは聖夜の願いだけだ。


「あー、楠原ちゃんからも夜会行けって言ってくんね?」


 突如話を振られて芽榴は頓狂な声を出した。それを聞いてまた慎はケラケラ笑う。


「あの、夜会って……?」

「簡単に言えば、ラ・ファウスト学園主催の夜行なわれるセレブの立食パーティー」

「あー……」

「昨日も遅くまで仕事してたんやぞ。せやのに、何が好きで、面倒な媚び売られるだけのパーティーに出向かなあかんのや」


 聖夜はそう言って瞼を押さえた。

 聖夜の姿が本当に疲れているように芽榴には見えた。

 とにもかくにも、どうして芽榴がここに連れてこられなければならなかったのかは芽榴にとって、全くもって理解不能な事柄だ。


「でもなー……あ!!!」


 そんなことを考える芽榴の顔を見て慎は何かを思いついたようにニヤリと笑った。


「楠原ちゃんも来ればいいんじゃね?」

「「は?」」


 芽榴と聖夜は同時に間抜けな声を出した。それに対し、クスクス笑いながら慎は言葉を続けた。


「だって、一時はラ・ファウストにいたわけだし。部外者じゃないっしょ?」

「いや、私は……」

「楠原ちゃんにドレス着せて、化粧もさせてー」

「だから、私は結構……」

「……せやったら行く」

「えー」


 聖夜の脳内に何があったのか、芽榴はぜひとも説明してほしい気分だった。


「じゃあ決まり」


 慎は待ってましたと言わんばかりに笑う。最初からこれが狙いだったのだろう。無駄に頭がキレる男だ。


 こうして、芽榴は聖夜と慎と共にラ・ファウスト学園の夜会に向かうことになるのだった。

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