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麗龍学園生徒会  作者: 穂兎ここあ
夏休み編
74/410

62 誕生日と命日

 ――夢の中。

 まだ幼い芽榴が鏡の前でメイドに可愛らしいドレスを着せられていた。


『お嬢様、お誕生日おめでとうございます』


 夢だけど夢ではない。

 その日は芽榴の七歳の誕生日だった。芽榴が東條家を去る数ヶ月前のこと。


『今日のお嬢様の誕生日パーティー、盛大に執り行われるのでしょうね。きっと素敵な一日になりますよ。羨ましいですわ』


 若いメイドが、まだ七歳の芽榴に対し、心からの敬意をもって話しかける。子供扱いなど一切されない。かけられる言葉も普通の七歳の子に対するものではない。すでに一大人として、芽榴は周囲に認識されていた。


『そうですかね……』


 唯一年齢に相応しい、あどけない白い顔が少しだけ寂しげに曇る。メイドはその様子を見て首をかしげた。


『今日は私が生まれた日ですけど……』


 芽榴は目を閉じる。

 小さい背中がより一層小さくなる。


『母が死んだ日でもありますから』










 芽榴はゆっくりと目を開けた。

 先ほどの夢が懐かしくて、少しだけボーッとしてしまう。

 今の芽榴とは違うもう一人の芽榴。今の芽榴よりもずっと繊細で孤独な少女。


 電気がついたままの芽榴の部屋は明るい。カーテンを開けると空は薄暗い。時計に目をやれば、時刻は午前3時を指していた。

 芽榴は小さく息を吐いて、ベッドから起き上がった。



 服を着替え、階段を降りる。まだ誰も起きていないから辺りは静かだ。芽榴が夜中起きても大丈夫なように家の中はこんな薄暗い早朝でも明るい。それは毎日のことなのだが、今日は特に申し訳なく感じてしまう。


 家族のために軽い朝ごはんを用意して置手紙を残す。


 そのまま玄関に向かった芽榴はそこにあるカレンダーを見て複雑そうな顔をした。


 8月10日。《芽榴の誕生日》


 今日の日付の欄にはそう書かれている。

 芽榴はしばらくその文字を見つめた後、スニーカーを履いて静かに玄関を出て行った。









 始発のバスに乗って、少し遠い町へと向かう。

 バスを降りると、一年に一度訪れる目的地にたどりついた。目の前にある、どこまでも続く石段を見つめ、少し気合いをいれてその階段を登り始めた。


 階段を上がる度に、お墓が増える。

 まだ朝早く、そこに人は少ない。それを分かっているからこそ芽榴は今ここに訪れているのだが。


 芽榴は石段をずっと上がり、頂上まで来て足を止めた。

 先ほどまでとは違い、お墓の数も少ない。その再奥、町を展望できるそこに芽榴の向かう場所があった。


《東條榴衣之墓》


 芽榴の訪れた墓にはそう彫られている。持ってきた小さな花を目立たない場所にそっと添えた。


 芽榴は墓の前にしゃがみ、静かに手を合わせた。

 その墓に眠る人のことは写真でしか見たことがない。しかし、面識はなくとも芽榴にとっては大切な人なのだ。


 十年前までは毎年訪れていた場所。芽榴は一度だって母の命日を忘れたことはない。その日が、芽榴の誕生日だからなのかもしれないけれど。


 しばらく手を合わせたままそこにいると、近くで誰かが砂利を踏む音が聞こえた。


「……!」


 芽榴が驚いて振り返ると、そこには重治がいた。即座に身構えた芽榴を見て、重治はものすごく申し訳なさそうな顔をした。


「すまんな。驚かせたか」

「うん……」

「芽榴。……誕生日おめでとう」


 こんな場所で言うべきか迷ったのだろう。そう言って苦笑する重治を見て、芽榴は立ち上がった。


「ありがと。お父さんもお参りに来たんでしょ? どーぞ」


 芽榴は微笑んで、重治に場所を譲る。芽榴を娘として育てることになってから、重治も東條家に関わる行動はなるべく控えなければならなくなったのだ。


「たまたま芽榴が玄関を出るのを見かけてな……車でついてきたんだ。十年ぶりの墓参りだから、念入りに拝ませてもらおうかな」


 重治は芽榴がいた場所にしゃがみこんだ。


 墓の前に手を合わせる重治を芽榴はジッと見つめていた。




――お前の母親のことを何年も想い続けとった――




 不意に聖夜の言葉が頭に浮かんだ。それは昔、真理子から聞いたことがあった。


 芽榴がデパートの母の日フェアの前で立ち止まった時、真理子が少しだけ榴衣の話をしたのだ。榴衣は自分の憧れであり、恋敵であったと。

 真理子は重治と同じ大学の二つ下の後輩で重治に一目惚れした。しかし、重治はずっと芽榴の母である榴衣のことを好きだった。何度もアタックしてやっと振り向いてもらえたのだ、と真理子は懐かしそうに話してくれた。


 だからこそ、聖夜からそう言われたとき取り乱さずに済んだのだと思う。


「お父さん」

「なんだ?」

「……お母さんってどんな人だった?」


 芽榴が小さな声でそう尋ねると、重治はゆっくりと目を開けた。


「その『お母さん』ってのは……真理子のことじゃないな?」


 重治に問われ、芽榴は頷く。

 重治は墓を見つめたまま、薄く笑った。


「榴衣は元気で優しくて、いつも笑ってたな……」

「……私とは大違いだー」

「芽榴も本来は榴衣と似た性格だったはずだ。行動の節々で分かる」


 重治は榴衣と生まれたときから一緒にいた。彼女のことを一番知っているのは重治といっても過言ではないのだ。


「あの不器用な捻くれバカ男のこともいつも気にかけて……結婚してからもいつも笑っていて本当に幸せそうだった。まあ、今の俺と真理子には及ばんがな!」


 重治は戯けたようにそう言って立ち上がった。


「芽榴。榴衣は自分の娘の幸せを誰よりも願うようなやつだ。今日は榴衣の命日だが、それ以前にお前の誕生日だ」


 重治は立ち上がり、芽榴の頭を撫でる。


「笑いなさい。それが榴衣への一番の供物になる」


 重治は「帰ろう」と言って石段をぎこちない足取りで降りて行った。

 芽榴はもう一度墓を振り向いた。でもやはり、芽榴は笑うことはできなかった。










 重治の車に乗り、芽榴はもう明るい町並みを眺める。人通りも随分と増えていた。

 車の中で眠る芽榴を見て重治は困ったように溜息をつく。


 ブーブーブー


 重治の携帯がメールの受信を告げた。重治は車を止め、それをチェックする。内容を見た重治は目を見張り、そして楽しそうにニヤリと笑って、芽榴の頭をポンポンと優しく撫でた。









 家に着き、芽榴は欠伸をしながら扉を開けた。


「ただい……」

「芽榴ちゃん、お誕生日おめでとーーーーー!」


 芽榴が玄関に入るなり、そう言って風雅が抱きついてきた。

 芽榴は驚きに目を見開いた。


「え……」


 風雅の肩越しに役員みんなの姿が見える。


「なんで……」

「颯くんから電話がきて、芽榴ちゃんのお誕生日お祝いしたいって言うから来てもらったの」

「よかったじゃん、芽榴姉」


 真理子と圭がニコニコ笑って言った。


「芽榴」


 驚いたまま固まっている芽榴の近くに颯がやって来た。そのまま風雅を押しのけ、「颯クン!」と抗議の声をあげる風雅を無視した。


「神代くん……」

「今回はアポをとったよ」


 颯はそう言って笑った。


「お誕生日おめでとう」

「お誕生日おめでと、るーちゃん」

「おめでとうございます」


 居間の近くに立っている来羅と有利も颯に続けてお祝いの言葉を告げた。二人も芽榴へ笑顔を向けていた。


「芽榴ちゃん!」

「邪魔だ、蓮月」


 翔太郎が、もう一度芽榴に抱きつこうとする風雅の首根っこを掴んだ。


「ちょ、翔太郎クン!」

「楠原。その、なんだ……。誕生日らしいからな、祝ってやる」


 翔太郎は鼻を鳴らし、眼鏡を掛け直す。


「相変わらず照れ屋よね、翔ちゃんって」

「おめでとうを言うのも恥ずかしいんですね」

「うるさい!」


 翔太郎は来羅と有利に怒鳴りながら、風雅のシャツの襟を掴む手に力をいれ、風雅の首が締まる。


「ギブギブギブ!!」


 玄関でみんながいつものように笑っている。

 芽榴は思わずクスリと笑った。


「もう、いい加減あがらせてよー」


 芽榴はそう言って急いで靴を脱いだ。


「芽榴ちゃん、今日は私が料理」

「しなくていーよ。私がする」

「ひどいーーー!」


 台所に向かう芽榴は、少しだけはにかんで笑う。

 役員が買ってきた誕生日ケーキを見た芽榴はすごく嬉しそうな顔をしていた。


「さ、みんなも居間でお祝いしよう!」


 重治は玄関に残っていた颯、風雅、翔太郎、有利を居間へとあげる。


「芽榴姉、笑ったな。父さん」


 圭がそう言って役員の後に続いて居間に向かう。

 重治はカレンダーの8月10日を眺めながら笑った。


「いいものが見れたろう? 榴衣」


 楽しそうに笑う芽榴を見つめながら、重治はそう呟いた。


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