61 恋とカフェ
ある日の昼時。
人が密集する駅前を芽榴は舞子と一緒に歩いていた。
今日は待ちに待った芽榴と舞子が遊ぶ日だった。
「舞子ちゃんってオシャレだよね」
「そう?」
芽榴は舞子を見ながらしみじみと言う。
今日の舞子は雑誌に載っていそうなカジュアルな格好をしていて、オシャレに疎い芽榴でも分かるほどオシャレだ。
それ以前に、舞子は背が高く、スタイルがいいのだ。
対して、芽榴はTシャツにキュロットパンツという可もなく不可もない格好をしていた。
「芽榴もオシャレすればいいのに。絶対似合うわよ」
「自分で服選ぶのって苦手なんだよねー」
女子としてどうなのかと思うが、芽榴は昔から用意されていた服を着ていたため、女の子がよく口にする『欲しい服がある』という概念がいまいちよく分からない。芽榴が今着ている服も、真理子と出かけたときにセールで安く、真理子が見たてて買ったものだ。
「あんたって子は……」
舞子は呆れ顔で呟く。しかし、突然何かを思いついたようにポンッと手を叩いた。
「私が洋服見たててあげる」
「え」
舞子はそう言って、芽榴を駅前のブティックに連れて行った。
「うわー……」
芽榴は店に入るなり、後退る。
飾られている服も何もかも芽榴にとって可愛らしすぎるのだ。
「ちょっと芽榴、何してんのよ。早く来なさい」
「いやー、私には可愛すぎるかと……」
「絶対似合うから! 私を信じなさい!」
舞子の自信に気圧された芽榴は舞子のそばに行った。
「あんた、化粧すれば絶対可愛いのに」
芽榴に服を合わせながら舞子が言う。
芽榴はラ・ファウスト学園にいたときのことを思い出した。確かに化粧をした芽榴のことをカワイイとみんなが言った。ただし、颯だけはそう言わなかった。
「うーん。似合わなかった、かなー」
芽榴はみんなの言葉がお世辞で、颯の言動こそ本心だと思ったのだ。
「どうだか。あんたは自分のこととなると、評価が極端に厳しいから。あ、これなんてどう?」
芽榴は舞子に服を手渡される。首を傾げる芽榴を見て、舞子は盛大にため息をついた。
「試着室、行きなさい」
「え? あー、なるほど」
芽榴は辺りを見渡して試着室を見つけ、テクテクとそこに向かい、店員さんに挨拶をしてそこに入った。
「これ……似合うかな……」
芽榴は舞子に渡された服を改めて見てそう呟く。
白を基調とした薄い花柄のブラウスで、肩までの袖口がフリルになっている。下はベージュのフレアスカート。
芽榴は一旦着るのを躊躇するが、せっかく舞子が選んでくれた服であるため、思い切って着てみることにした。
シャッ
試着室のカーテンを芽榴は開けた。
目の前には舞子と店員さんがいて、二人とも顔をパアッと明るくした。
「それ、いい!」
「本当にお似合いですよ!」
「えー……」
芽榴は鏡に映る自分を見る。自分に対して、服が可愛すぎではないだろうか。
そんなふうに芽榴が言うと、舞子は首を横に振り、「すごく似合ってる」と言ってくれた。
確かに、こんな服はこういう機会がない限り絶対に買わないだろう。
「じゃあ、これもらいます」
芽榴は少し恥じらいながらそう言った。芽榴の言葉を聞いた舞子はすごく嬉しそうで、芽榴はそれだけで満足だった。
「着替えればよかったのに」
「いやいや、今日はこれでいいよー」
芽榴は最初着ていた服装に戻っていた。買った可愛らしい服は紙袋にちゃんと入っている。
二人は軽い昼食をとるためにカフェにいた。
芽榴はサンドウィッチとカフェオレ、舞子はパスタとコーヒーを頼んでそれぞれ食事をしていた。
「夏休みも、あのイケメン役員たちと連絡とってんの?」
「あー、うん。このあいだ海に行ったよー」
芽榴がサンドウィッチを食べながら平然とした顔でそう言うと、舞子は目を丸くして「羨ましい……」とパスタをグルグル巻きながら小さい声でボソッとそう言っていた。
「芽榴さ、役員の中に好きな人とかいないの?」
「みんな好きだよー」
「そうじゃなくて……」
舞子は頭を押さえてため息をついた。
「恋愛の意味での〝好きな人〟の話」
舞子がそう言うと、芽榴は少し困ったように笑った。
「私、恋愛ってしたことなくて、そういうの分からないんだよねー」
「あんなにモテるのに?」
舞子の発言に対し、芽榴は眉を顰めて「誰の話?」と問い返した。そんな芽榴を見て舞子はまた頭を押さえてため息をつく。
「役員たち、芽榴だけ特別扱いじゃん」
海の家の奥さんにも言われたセリフだ。芽榴はフッと小さく息を吐いた。
「特別じゃないよ。ただちょっと仕事の要領がいいからそばにいれるだけー」
「そう?」
「うん、そう」
舞子にはそうは思えない。しかし、芽榴がそれを認めることは絶対にないだろうから、舞子もそれを深く追求はしない。
「舞子ちゃんは?」
「私?」
芽榴から問い返され、舞子は驚いていた。顔を少し赤らめ、パスタをゆっくり丸めながら舞子は頷いた。
「えっとさ、芽榴は滝本のことどう思う?」
「滝本くん? 別に面白いイイ人……舞子ちゃんの好きな人って滝本くん?」
舞子はすごくはずかしそうにもう一度頷いた。芽榴は驚いて目を丸くしていた。
「全然タイプじゃないし、本当にウザイんだけど……でも、好きなのかなって」
「そうなんだ……」
芽榴は驚いたまま、カフェオレを口にした。
芽榴が思い出す限り、舞子と滝本は芽榴を挟んでいつも口論しているイメージだ。
「でもね。滝本って芽榴のことが好きだと思うんだ」
「ブフッ!」
芽榴は飲んでいたカフェオレを思わず噴き出してしまった。幸い、コップの中で収まってくれたが、芽榴は慌てて否定した。
「それはないからー。滝本くんの私への認識なんて、お腹を満たすか、苦しいときの神頼み的な感じだよ」
「それこそ絶対違うわよ」
舞子は苦笑しながらコーヒーを飲んだ。
そんな舞子を芽榴はジッと見つめる。その視線に気づいた舞子は首を傾げた。
「ね、舞子ちゃん。絶対にありえないけど、もし万が一、滝本くんが私のことを好きだったら……舞子ちゃんはどう思うの?」
もしそうだったら芽榴は舞子にとって邪魔な存在だ。
不安げに笑う芽榴を舞子は真剣な顔で見ていた。
「嫌だよ。すっごく辛いし」
分かっていたことを言われ、芽榴は目を閉じる。しかし、舞子はそのまま言葉を続けた。
「でもね。もし相手が芽榴なら……。芽榴を選んだ滝本は見る目のある、やっぱりイイ男なんだって……私は間違ってなかったって思えるかも」
舞子はそう言って笑った。
「ま、こんな綺麗事は滝本の好きな人が芽榴と決まったわけじゃない今だから言えることなんだけどね」
そして舞子はパスタを美味しそうに食べた。
芽榴はそんな舞子を見て微笑んだ。
本人を目の前にして「そうなったら絶交だよ」なんて言う人はいない。それを分かってて芽榴は聞いた。すごく卑怯だと自分でも分かっていた。
それでも舞子はちゃんと厳しい言葉を口にして、自分の欲しい言葉を残してくれた。
それがたとえ本当に綺麗事だったとしても、今はそれだけで満足だ。
「うまくいくといいね」
「顔見たら絶対に文句言っちゃう癖から直さないといけないわよね」
舞子はハアッと大きなため息をつく。
そんな舞子が芽榴にはいつもより数倍可愛らしく見えた。
恋をすると女の子は可愛くなると、どこかで聞いたことがある。
「恋、か……」
恋する気持ちがどんなものなのか知りたい。
少しだけ、芽榴の心の中にそんな思いが芽生えるのだった。




