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麗龍学園生徒会  作者: 穂兎ここあ
夏休み編
72/410

60 線香花火と願い事

 日も暮れ始め、海水浴にいる人もだんだん少なくなってきた。海の家も店終い。

 今日の売り上げは過去最高記録だと夫婦は大喜びだった。


「本当にありがとう」


 夫婦は何度も頭を下げ、みんなは「楽しかったから全然いいです」と笑った。アルバイト代を出すと言われたが、それも断った。


「これ、報酬って言っちゃなんだけど……」


 お金の代わりに夫婦は大きめの花火セットを渡した。先日の抽選会であてたが、この歳になって二人でするのは気が引けるとのことで、みんなもそれは快く受け取ることにした。


「また来てくださいね!」


 夫婦が見送る中、役員たちは店を出て行く。

 みんなを見送りながら奥さんが急に「あ!」と何かを思いついたように大きな声を出した。


「芽榴ちゃん、ちょっときてちょうだい!」


 奥さんに手を掴まれ、芽榴は首を傾げる。しかし、抵抗する間もなく、芽榴は家の中へと奥さんに連行された。



「じゃじゃーん!」


 しばらくして奥さんと登場した芽榴を見て、役員は唖然とした。特に風雅と翔太郎は顔を真っ赤にしていた。


 芽榴は水着姿だった。

 水色の水玉の可愛らしいビキニで、スカートタイプだ。控えめなレースが清楚感を際立たせる。


 奥さんが昔、買ってみたけど着る機会がないまま箪笥の底に眠ってしまっていたものらしい。

 芽榴が水着を着ていないのを見て、ちょうどいいからあげることにしたようだ。サイズもピッタリで文句無しの一品だ。


「奥さん、恥ずかしいんで、やっぱり着替えまーす」


 芽榴はそこまでスタイルがいいわけでもないが、悪くもない。さすがミス平均という体型だ。胸も小さいわけではなく並で、お腹周りの肉もない。足はどちらかといえば細いほうだ。


 見てて、すごく可愛らしい。


 役員たちの顔からもそれが窺えた。


「着替えないで! 芽榴ちゃん!」

「着替えろ! 楠原!」


 芽榴が着替えると言った瞬間、正反対の言葉が同時に紡がれた。


 風雅と翔太郎、どちらの意見を聞けばいいか分からない。いずれにせよ、二人の顔が赤すぎて、そちらの件のほうが芽榴は心配になってきた。


「僕はそれでいいと思います」

「私も。海なんだし、その格好がもともと妥当よね」


 有利と来羅はそう言って芽榴の全身を見て「似合う」と褒めていた。

 女装をしている来羅が言うなら素直に喜べただろうが、今の来羅に言われると気恥ずかしくて仕方ない。有利に言われるのも毎度のことながらそうだ。


 芽榴はどうしたものかと思い、思案顔の颯を見た。今朝の颯は水着反対派だった。

 颯の様子を見て、来羅は苦笑した。


「颯。もう人も減ったし、いいんじゃない? るーちゃんが水着でも」


 来羅がそう言い、颯はフッと息をはいて「そうだね」と困ったように笑った。


「でもパーカーは着ていてほしいな。まだ男の人は他にも海に残ってるから」


 颯はそう言って奥さんの手から芽榴のパーカーを受け取って芽榴にかけた。


「そういうことですか」


 有利は小さい声で納得したように頷いた。来羅も「用心深いわよね」と笑う。

 訳の分からない風雅と翔太郎は頭にハテナマークをたくさんつけていた。








 海水に足をつけ、芽榴はうーんと伸びをする。

 日も落ちて、空は薄暗い。


 後ろではみんなが花火の準備をしていた。


「るーちゃん、気持ちいい?」


 来羅が芽榴の隣に立った。来羅も、もうTシャツを着ていた。


「うん。水がいい感じに冷たいよー」


 芽榴が笑うと、来羅も笑った。短い綺麗な髪が潮風に揺れ、来羅は気持ちよさそうに深呼吸をした。


「やっぱりウィッグつけていないと、気を配らなくていいから楽ね」


 来羅がそう言い、芽榴は少し考えてから口を開いた。


「髪、伸ばさないの?」


 女装をするのだからウィッグなどつけずに髪を伸ばしたほうが早いはずだ。髪型のアレンジもできる。


 芽榴の問いかけに来羅は苦笑した。


「自分を、見失いたくはないでしょ?」


 薄暗くはっきりとしない来羅の顔が、芽榴にはなんとなく切なげに歪んだ気がした。


「来羅ちゃ……」

「あ! どうやら準備ができたみたいね。行きましょ、るーちゃん」


 そう言って芽榴に手を差し出す来羅はいつもの笑顔を見せる。違うとすればそれがカワイイではなくカッコいいと思ってしまうところくらいだ。


 芽榴は一瞬心に感じた不安を振り払い、笑顔で来羅の手を握った。


「ちょっと来羅! また抜け駆け!?」


 風雅が芽榴と手をつなぐ来羅を見て、朝同様ブーブー文句を言い出す。来羅はそれを適当にあしらって花火を取りに向かった。


「いつまでもネチネチ言ってると、一番大きいのなくなっちゃうわよー」


 来羅が花火セットの中で一番大きな花火を手にすると、風雅が慌てて花火を取りに行く。


「僕も、お先にもらいます」

「あー! 有利クンまで!」

「はあ。ほら、ここにまだ残っているよ、風雅」


 来羅と有利の持っている花火と同じものを颯が呆れながら渡した。

 風雅は大喜びで、来羅と有利とさっそく花火で遊びはじめた。


「芽榴はどれがいい?」


 その様子をボーッと眺めていた芽榴に颯が優しく尋ねた。

 芽榴はハッとして急いで颯に向き直った。


「えっと、あんま派手じゃないやつ」


 芽榴が答えると、颯は「芽榴らしいね」と笑って、線香花火を差し出した。


「俺もそれを頼む」


 いつのまにか芽榴の横にきていた翔太郎が颯から線香花火を受け取った。


 颯はみんなに花火を配り終えると、風雅たちに混ざって花火を楽しんでいた。


「葛城くんが線香花火って意外ー」

「なぜだ」

「だって、線香花火って願いが叶うって言うし。ロマンチックでしょ? 葛城くんなら『あんな火遊びで願いが叶うなど馬鹿げている。くだらん迷信だ』とか言ってそうだからー」


 芽榴にそう言われ、翔太郎もその意見に納得してしまった。


「確かにその迷信はくだらんと思うが。線香花火は他の花火より綺麗だからな」

「綺麗、かな?」


 芽榴はまだ火をつけていない線香花火を見てポツリとつぶやいた。線香花火は確かに綺麗だけれど、かなり質素だ。風雅たちが今やっている花火にくらべ、少し豪快さに欠けている。


「いつ落ちるかも分からない、あの儚い様子は風情がある」

「風情……」


 翔太郎らしい言い回しに芽榴はクスリと笑った。


 翔太郎が自分の分と芽榴の分に火をつけ、二人は砂浜にしゃがんで線香花火をジッと見つめた。


「貴様は……何か叶えたいことがあるのか?」


 火が落ちないようにそっと花火を持っている芽榴を見て、翔太郎は静かに聞いた。

 芽榴は「うーん」と少し考えるようにして、薄く笑った。


「たくさんあるけど……」


 芽榴はそう言って花火から目をそらし、今度は海辺でワイワイ騒いでいる颯たちを見つめた。


「例えば、みんなとこれからも一緒にいられますよーに、とかかなー」

「どういう意味だ?」


 翔太郎は怪訝そうに芽榴のことを見た。


「みんなのそばにいたいなって話ー」

「今、いるだろうが」

「そーなんだけど……」


 いまいちうまく伝えられない。芽榴は苦笑して、続きの言葉をのみこんだ。

 そんな芽榴を見て翔太郎は小さく息を吐いた。


「もし仮に、貴様が俺たちのそばにいられなくなるような事態になれば、神代がどんな手を使ってでも貴様を取り戻しにいくだろう」

「……え?」

「貴様が昼に言ったろう? 俺には味方が五人もいる、と。貴様も同じだ」


 翔太郎の花火の火がポトリと落ち、翔太郎はフンっと少し不機嫌に鼻を鳴らした。


「俺たちのそばにいればいい。貴様の意思を受け入れない人間は少なくとも生徒会にはおらん」


 芽榴の花火は落ちることなく、そのまま光が消えていく。


「貴様が俺だったら、こんなふうに言っただろうな」


 翔太郎はどこか満足げに言う。

 そんな翔太郎を見て、芽榴も嬉しそうに笑った。


「芽榴ちゃん! 翔太郎クン! 線香花火終わったならこっちおいでよ! キレイだよ!」


 風雅が花火を両手にもったまま二人を大きな声で呼ぶ。

 芽榴と翔太郎は「やれやれ」と言いながら、花火セットから花火を取り出して四人のもとへ行った。


「翔ちゃん。火、消えちゃうから早く移して」

「楠原さん。僕の火で移していいですよ」


 芽榴は有利の花火から自分の花火へと火を移す。途端に先端がシュゴーッと音を立てて綺麗な光を生み出した。


「うわあ……綺麗」


 翔太郎は線香花火のほうが綺麗と言ったけれど、やはり芽榴には普通のこういう花火のほうが綺麗に見える。


「満足できたかい?」


 颯が芽榴の花火から火を受け取りながらそう尋ねる。


「十分すぎるくらいねー」


 芽榴がそう言って笑うと、颯は本当に嬉しそうに笑った。



 六人で輪になる。中心では無数の綺麗な光が飛び交っている。

 

 役員たちの笑い声は月の如く、闇夜に輝くように響いていた。

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