59 海の家とアルバイト
ビーチバレーに負けた風雅と有利はひどく落ち込んでいた。
「楠原さんがいたら勝てたかもしれませんね」
「翔太郎クンのせいだ!」
よほど悔しいらしく、芽榴を攫って行った翔太郎はトバッチリをくらっていた。
「俺が楠原を連れていこうといかまいと、貴様らとて女どもに囲まれ、楠原を放置だっただろう。それに楠原をチームにいれれば周りの女どもが自分たちもチームにいれろと騒ぎたてるとは思わないのか」
翔太郎がサングラスを押し上げながら淡々と言う。確かな事実であるため、風雅も有利もグッと口を噤んだ。
「何にせよ、負けは負けだよ。風雅、有利」
「往生際が悪いわよ?」
勝者の颯と来羅はとてもご機嫌だった。
ということで、六人は昼食をとることになった。
広い海水浴場であるため、海の家もたくさんある。繁盛しているところから、廃れているところまで、さまざまだ。
「どこにするー?」
芽榴が尋ねる。
しかし、みんな見ている海の家は同じだった。
これだけのイケメンが海の家に行けば、それだけで海の家がパンクしてしまうほどの人集りができてしまう。ならば、最初から廃れて誰も来ないような海の家がいい。
何よりそこなら食事がでてくるのを待たなくていい。
「あそこでいいね?」
砂浜の外れにある小さなボロい海の家を指差して颯が意見を聞く。全員一致で、昼食場所は決まった。
店の中を窺うと、店内の見える範囲には誰もいなかった。颯は店に一歩足を踏み入れて「誰かいらっしゃいませんか?」と少し大きな声で言った。
するとバタバタと大きな足音をたてて若い夫婦が降りてきた。
「お客様ですか!?」
「うわわっ、こんなかっこいい人たちが!」
夫婦は目を輝かせ、役員一行をすぐさま海が見える一番よい席へと導いた。
「お二人でやっているんですか?」
来羅が問うと、夫婦は苦笑しながら頷いた。
「昔は海の家もそんなになかったから、それなりに従業員もいたんですけど……」
「最近、若い子向けのオシャレな海の家がいっぱいできちゃって……従業員もそっちに全部流れちゃったんです」
夫婦は「こんな話は盛り上がりません! どうぞ楽しんでください」と言って、注文をとり、調理場へ消えていった。
「人が入ってないから、どんなものかと思っていたが。案外綺麗で落ち着いたところだな」
翔太郎が店の中を見渡しながら言う。それにみんな頷いた。繁盛していた海の家のように、活気や派手な装飾などはない。特にメニューも普通で、つまらないといえばつまらないが、とてもいい雰囲気の店だ。
「もったいないですね」
みんながしみじみと感じていたことを有利がつぶやく。
それからみんなで日常会話をする。芽榴の家族の話やら、さっきのビーチバレーの話やら、話が弾む中、突如大きな音がした。
「あなた、大丈夫!?」
調理場から奥さんの大きな声が聞こえる。
芽榴たちは様子を見に、調理場まで行った。
「うわ、大丈夫ですか!?」
風雅は倒れている旦那さんに駆け寄った。
「ああ、お客様! すみません。腰をちょっとやってしまいまして……」
旦那さんはそう言って腰を摩った。鍋を持った瞬間にギックリ腰になってしまったそうだ。奥さんは旦那さんを気づかいながら、役員たちに申し訳なさそうに謝った。
「申し訳ありませんが、私一人じゃ皆さんに食事をお出しできないんです」
奥さんは「せっかく来てくださったのに」と、とても嘆いていた。
「僕たちのことは気にしないでください」
颯は笑顔で、そう言う。しかし、その隣にいた翔太郎が怪訝そうにサングラスを掛け直した。
「俺たちはそれで言いだろうが、これからの客はどうするんだ? 主人が動けないなら営業もできんだろう」
「確かにそうね。翔ちゃんの言う通りだわ」
奥さんは俯いた。そう言われてもどうしようもないのだ。
繁盛してないとはいえ、客が一人も来ないわけではない。しかし、その数少ない大事な客を逃すのは惜しいだろう。
そして何より、自分たちの注文した料理を作ろうとしてこうなったのだ。責任がないとは言い切れない。
「じゃあ、僕たちが手伝いましょう」
「「「「「「「え」」」」」」」
颯の提案に、役員と夫婦は驚いた。颯はその様子をあまり気に留めず、すぐさま指示を出し始めた。
「風雅と有利は客寄せ。それから来羅と翔太郎と僕は中の仕事」
「えっと、私はー?」
芽榴がおずおずと手を挙げると、颯は笑った。
「奥さんと調理場担当。奥さん、それでよろしいですか?」
颯に尋ねられ、奥さんは首を縦に振る。
これほど強力な助っ人など欲しくても手に入らないだろう。
「風雅と有利は客寄せに成功したら、さっきのはチャラにしてあげる」
颯がそう言い、風雅と有利は両手をあげて喜んだ。
とりあえず、役員の昼食作りついでに芽榴は一通り海の家のメニューを作ってみる。
主人に味を見てもらうと、本人が作るより美味いという謎の評価を得てしまった。
みなが料理を食べ終わり、立ち上がる。
「よし、じゃあ稼ぐよ」
颯がパンッと手を鳴らし、みな持ち場に行く。
こうして役員たちのアルバイトが始まった。
アルバイト開始数分にして、空っぽだった家の中がもうすでに満杯になっていた。
これも風雅と有利の頑張りのおかげだ。
女性客が多いのは気のせいではないだろう。
客寄せの二人がカッコいい、中の店員さんもイケメン揃いとなれば砂浜で一気にここの噂は広まったようだ。
「るーちゃん、七番さん焼きそば二枚追加!」
「はーい」
背後で来羅が注文を告げ、芽榴は鉄板に麺を追加した。
この混雑で初めての仕事。普通ならてんてこ舞いするはずだが、芽榴の神的な要領のよさにより、いまだ注文が積もることはない。
奥さんもそれを分かって、安心して芽榴一人に調理場を任せ、自分は皿洗いに専念していた。
「はい。二番さんのイカ焼きと唐揚げ、四番さんの焼きとうもろこし、ポテトフライとそれから焼きそば四枚」
加えて芽榴の記憶力、注文も順番も間違うことはない。完璧な従業員だ。
「接客三人はどうですか? 特に葛城くん」
芽榴は焼きそばを作りながら、隣で皿洗いをしている奥さんに尋ねた。先ほど中のほうを覗きに行っていたのだ。
「三人とも頑張ってくれてるわ。葛城くんは片付けとか主に男性の接客をやってくれてるみたいよ」
「女性客はしてませんか?」
芽榴が苦笑しながら尋ねる。奥さんは少し考える素振りを見せて答えた。
「神代くんと柊くんが手が離せなくて、あんまりあの子たちを見てもキャーキャー言わない大人しそうな女性客にはたまについてるわ」
芽榴はそう聞いて少し驚いた。女性は断固拒否しているのだろうと予想していたが、少しは頑張っているようだ。感心し、ホッとする芽榴を見て、奥さんは笑った。
「葛城くん、女の子が苦手なの?」
「まー、そうらしいです」
芽榴が困り顔で答えると、奥さんはパアッと明るい顔をした。
「じゃあ、芽榴ちゃんは特別なんだ?」
「……そんなんじゃないですよー」
芽榴は数刻前、翔太郎と話していたことを思い出しながらそう答えた。
奥さんは不思議そうな顔をして、でもすぐに微笑んだ。
「でも、私がもう少し若かったら芽榴ちゃんが羨ましいかな。あんな美形くんたちと一緒にいられるんだもの。やっぱり特別でしょ?」
「……違いますよー」
芽榴は焼きそばを皿に移しながら苦笑した。
「私はこんなんだから……彼らの隣には並べませんよ。……よし、っと、誰かー」
芽榴はカウンターにできあがった料理を持って行った。
芽榴の声に反応して、いち早く颯がやってきた。
「はいこれ、七番さんの焼きそば二枚」
「了解。次は一番さんがかき氷のイチゴとメロンを一杯ずつ、三番さんがソフトクリーム二つとオレンジジュースにコーラ」
颯がメモを読みながら注文を羅列し、芽榴はそれを聞いて料理の順番を頭の中で構成する。
そんな芽榴の様子を見て、颯は心配そうな顔をした。
「芽榴。一人で大変じゃないかい? あれだったら誰かを回すけど」
「大丈夫。神代くんもそう思って任せてくれたんでしょー?」
芽榴が笑うと、颯は「ごもっとも」と笑みを返した。
「ていうか、そっちのほうが大変でしょ?」
接客と言えど、彼ら目当てで来ている客がほとんどだ。ゆえに注文以外にもたくさん声をかけられている。それは厨房にいても分かるほどだ。翔太郎をカバーしているため、颯と来羅はなおさら大変だろう。
「大丈夫。まあ、それくらいのことは予想して提案しているからね。生徒会の業務に比べれば大したことないよ」
「蓮月くんと藍堂くんが客寄せだからねー。この混雑は確かに予想の範疇」
「それに、ここが満杯になったら客寄せを引き上げて風雅も有利も手伝ってくれるから問題ないよ」
「そっか。ならよかった。じゃあ、えっと…一番さん、かき氷のイチゴとメロンを一杯ずつ、三番さん、ソフトクリーム二つとオレンジジュースにコーラ……だよね? 急いで用意しまーす」
芽榴はメモを見ずにソラで正確に注文を繰り返す。颯は「さすが」と笑って店内に消えた。
そのあとも来羅や翔太郎が順番に芽榴の様子をうかがいにきた。
「おお! 大盛況だな!」
厨房に隣接した奥の部屋で寝込んでいる旦那さんが襖を少し開けて店内の様子をうかがった。
「うん。本当に助かるわ」
洗い物をしている奥さんはしみじみとそう告げた。できれば、これからずっと来てほしいくらいの働きっぷりだ。
客寄せも素晴らしく、客捌きも最高だ。
「それにしても、あの女の子は凄いな。俺でもこの混雑はてんてこ舞いだぞ」
旦那さんは料理を作りながら風雅と有利と話をしている芽榴を見て感心したように言う。風雅と有利は水飲みがてら芽榴に会いにきたらしい。
芽榴と話している風雅はとても幸せそうに笑っていた。有利も微笑を浮かべている。特に面白い話題というわけでもなさそうなのにすごく楽しそうだった。
先ほど二人の客寄せも見ていたが、そのときも二人は元気に女性に話しかけていた。営業スマイルとは思えない、何の違和感もない笑顔だった。
しかし、この二人の顔を見れば、先ほどまでのが営業スマイルであったことは一目瞭然。
二人だけじゃない。残りの三人もみなそうだ。
「やっぱり特別だと思うなあ」
特別じゃない。
芽榴ははっきりとそう言ったけれど、その夫婦の目にはそうは映らなかった。
海の家はその後もずっと大盛況だった。