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麗龍学園生徒会  作者: 穂兎ここあ
夏休み編
66/410

54 終業式と夏休み

 芽榴が麗龍学園に戻ってきて数日、とうとう一学期の終業式の日が訪れた。


「今学期も無事終了し、明日から皆さんが待ちに待った夏休みが始まります」


 校長先生の挨拶を芽榴は生徒会役員の隣で聞いていた。始業式のときは全校生徒の列の中にいたのに、今は生徒たちの前に立っている。

 この一学期間、四ヶ月程度で芽榴自身、だいぶ自分というものが変わった気がしていた。


「夏休みだからといって羽目を外すことなく……」


 校長先生の恒例の挨拶が延々と続く。基本的に芽榴はこういった話を聞いて眠くなるということはない。隣に有利が立っているが、この場において彼に話しかけることはできない。とんでもなく暇だ。

 そう思って生徒のほうに目をやると、滝本が立って寝ていたのか「うわっ」と言って起き上がっていた。F組の人たちは「滝本か」と納得したような呆れたような顔をしていた。舞子が背後から滝本の頭を叩いて、二人がコソコソと喧嘩しているのが見える。


 芽榴はそれを見てクスリと笑った。


「楠原さん?」


 有利は顔を動かすことなく、芽榴の微かな笑みに反応した。


「あ、ごめん」


 芽榴はコソコソ声で謝った。

 それで会話は終わるかと思ったが、有利も暇なのか、言葉を続けた。


「校長先生、相変わらず話が長いですね」

「そーいうお仕事なんだよ。どこの学校も共通でしょ? こればかりは」

「そうですね」


 この暑い体育館の中、スーツ姿でしゃべり続ける校長先生を芽榴と有利は見つめた。

 校長先生や理事長先生は芽榴のラ・ファウスト学園編入の話が白紙になったと知ると、かなり動揺していたが、颯の一言により、何一つもめることなくその件についての話は終了した。


 何も事情を説明せずに一、二週間ほど休んでしまったため、舞子にはひどく心配され、なおかつ怒られてしまった。なんで相談の一つもないのか、とむくれる舞子を見て、芽榴は驚いた反面、すごく嬉しかったのだ。

 ラ・ファウスト学園に通っているあいだ、滝本と松田先生にマドレーヌを渡せなかったため、二人もかなり怒っていた。体育祭で確定したマドレーヌ一ヶ月の刑はまだ有効らしく、一ヶ月を満たすために二学期に持ち越しするらしい。

 困った話だが、みなが自分を思ってくれていたという事実に、芽榴は心が暖かくなった。


 そして何より、麗龍学園に帰ってきてから、芽榴は何となく生徒会役員との距離が一気に近くなった気がしていた。


「ずいぶん立ってますけれど……足、痺れてませんか?」


 有利は芽榴の足をチラと見て言う。さっきから少し立ち疲れて足の重心を何度か変えていたのだ。


「目ざといねー。大丈夫大丈夫。立ちっぱなしで話聞くのは役員関係なくみんな平等だしねー」

「そう言うと思いました」


 有利はそう言って優しく微笑んだ。


「なぁに? 有ちゃんとるーちゃん、コソコソ話?」

「え!? なにっ!? 有利クン、ずるいっ」


 有利の隣にいる来羅に二人の会話が届き、それにツッコミをいれた来羅の声を聞いて風雅がそんなふうに声をだした。


「貴様ら、うるさいぞ」


 風雅の隣にいる翔太郎は眉間にシワを寄せ、代表と言わんばかりに風雅の足をガッと踏んだ。


「……っつ!!」


 風雅は俯いて痛みを堪える。

 それを見て、来羅と有利、そして芽榴は他の生徒にばれないように小さく笑いあった。


 そんなことをしているあいだにいつのまにか壇上の挨拶は校長先生から颯に変わっていた。

 寝かけていた生徒も我らが皇帝、颯の話となれば男女問わず目をキラキラさせていた。


 颯だけでなく、芽榴の隣に並び立つ役員たち全員の姿を長期休暇前に目に焼き付けようと瞬きすら惜しむ生徒がほとんどだった。


 そんな人たちの隣に芽榴はいる。


「なんだかなー」


 平凡が一番。

 芽榴の人生経験は彼女にそう教えた。しかし、平凡なままではいずれ彼らの隣にいることはできなくなる。


「これで終業式を終わります。皆さん、よい夏休みを」

 

 ――変わらなければならない。


 颯の挨拶を聞きながら、芽榴はしみじみとそう思うのだった。









 終業式が終わり、それぞれがクラスに戻る。

 F組では学期の総合成績が返却され、芽榴や舞子、そのほかの人たちも予想通りの結果に平然とした顔で成績表を受け取っていた。


「うおおおおおお! 期末のおかげで成績1年のときよりあがってんぞおおおおお!」


 お決まりの滝本の雄叫びがあがる。


「うるさいぞ!!! 滝本! 静かにしろ! 俺の声が聞こえんだろう!!!」


 滝本の声を上回る声の大きさで松田先生が怒鳴る。そして滝本と松田先生はどちらの声がでかいかという謎の喧嘩をはじめ、うるさいことこの上ない。委員長は自分で止めに入ることをあきらめ、E組の担任の先生を連れてきた。

 E組の先生が松田先生をなだめることで2人の喧嘩は収拾し、自分の失態を見られた松田先生は、また学年会で肩身が狭くなってしまうと嘆いていた。


「まっちゃん、元気出せよ」

「お前のせいだぞ、滝本!」


 そしてまた軽い口論を始める。委員長ももう止めることはしなかった。


「松田のヤツ、いつになったら帰れるのよ」

「舞子ちゃん、夏休みは基本部活ー?」


 松田先生が終礼を始めるそぶりを見せないため、舞子は部活着に着替えてきてストレッチを始めていた。


「うーん。合宿とかあるけど、夏休みの真ん中あたりは暇かな」


 舞子がそう言い、ポンッと何かを思いついたように手をついた。


「去年は遊べなかったけど……今年こそは遊ぶわよ!」

「へ?」


 芽榴は目を丸くした。そんな芽榴の反応に舞子は目を細めた。


「なに? 私と遊ぶの嫌なわけ?」

「とんでもない」


 芽榴ははにかんで笑った。


「絶対遊びに行こうね」


 芽榴の顔を見て、舞子は「予定たてなくちゃ」と張り切ってスケジュール帳を取り出した。

 

 そんなことをしていると、松田先生もやっと終礼を始めてくれた。やはり松田先生らしく手短に終礼は終わり、芽榴は舞子に挨拶して生徒会室へ向かった。

 








 生徒会室では風雅の楽しげな声が響いていた。


「芽榴ちゃん! オレ、芽榴ちゃんと遊ぶために夏休みの誘い全部断ってきたんだよ!」


 芽榴は定着した席で仕事をする。終業式と言えど、生徒会は通常運行だ。長期休暇前だから通常よりも仕事量が多い気もする。

 そんな中、芽榴の隣に座る風雅は芽榴のほうに乗り出してそんなことを言うのだ。


「えー。全部受ければよかったのにー。私は家でゴロゴロするって用事が詰まってるからご期待に添えませーん」

「芽榴ちゃん……それ暇って言うんだよ!」


 風雅が涙声で叫ぶと、風雅の前にドスンと書類が置かれた。


「口だけじゃなく手も動かしたらどうだい?」


 颯はそう笑顔で言って自分の席に戻った。前にも同じようなことがあったな、と芽榴はのんきに思い出していた。


「本当に学習能力のないヤツだ」


 風雅の目の前に座る翔太郎は本当に呆れたように溜息をつき、眼鏡を押し上げた。


「でも、るーちゃん。夏休み、特に予定がないなら私と遊びましょうよ」


 来羅がパソコンのキーボードをカタカタとうちながら、芽榴に言う。芽榴は笑顔で頷いた。


「うん、いーよ」

「芽榴ちゃん!?」

「風雅」


 芽榴の反応に抗議の声をあげようとする風雅を颯が瞬時に止める。

 風雅はヒーッと言いながら書類にペンを走らせていた。


 風雅の二の舞にならないよう、みんな仕事を着実に済ませていく。

 そこで、ふと有利が口を開いた。


「今年も合宿は僕の家ですか?」

「うん。そうなるね。大丈夫かい?」

「はい。おじいさんも楽しみにしていますよ」


 颯と有利がそんな会話をする。みんな納得済みの話なのだろうが、芽榴だけは目をパチクリさせていた。


「合宿? 藍堂くんの家?」


 芽榴が首を傾げると、風雅が丁寧に説明を始めた。


「夏休みのあいだも生徒会の仕事って溜まっちゃうからさ。でも、夏休みに毎回学校に出てくるのも面倒だから三日間くらいで集中的にやろうってことで合宿するんだよ。で、有利クンの家は道場もあって弟子の人とかも住んでるから広いし、部屋も多いから合宿場所にピッタリなんだ」

「へー」


 そんな反応をする芽榴を見て、颯は微笑んだ。


「合宿だけじゃなくて、みんなでどこかへ出かけようか」


 颯の言葉に風雅と来羅は「賛成!」と声をあわせた。

 翔太郎は小さく息を吐くが、その顔は少しだけほころんでいた。


「藍堂くんも楽しみ?」


 芽榴が目の前に座る有利を見てそう言う。有利は薄い笑みを湛えたまま頷いた。


「楠原さんはどうですか?」


 有利の問いに芽榴は笑った。


「楽しみー」


 夏休みの計画を立てながらアハハとみんな楽しげに笑った。



 思い出いっぱいの夏休みが始まろうとしていた――。

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