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麗龍学園生徒会  作者: 穂兎ここあ
ラ・ファウスト学園編
62/410

52 種明かしと対峙

 芽榴は有利に連れられ、ラ・ファウスト学園の廊下を走る。

 有利のせいか、それとも芽榴のドレス姿のせいか、生徒の視線は二人に集中していた。


 聖夜か慎が差し向けたのであろう黒服の男たちを有利は木刀一振りでなぎはらっていく。


 ただ、木刀を持っているというのに、有利の武道スイッチが入っていないことに芽榴は驚いていた。


「こっちです」


 有利は生徒たちのいない廊下の死角に芽榴を連れ込んだ。


 黒服の男たちは芽榴たちに気づくことなく、通り過ぎていく。


 有利は安堵したように少しだけ息を吐いた。


「藍堂くん」

「はい?」


 有利は芽榴のことを見ずに返事をする。


「スイッチ、入ってないんだねー」

「今すぐにでも入りそうですけど、神代くんに楠原さんを救出するまでは我慢しろと言われていますので」


 有利の答えに芽榴は目を丸くした。

 風雅から聞いて、木刀を持てば常にスイッチが入るのかと思っていたが、冷静さを保っているあいだは大丈夫なようだ。


 それでも、おそらく颯の命令でなければ現在もスイッチが入っているところなのだろうが、恐るべし颯の威厳、というところか。


「ていうか、思ったより来るの早いねー。ちゃんと揃った? 証拠写真」


 芽榴の問いに有利は肩を竦めた。


「蓮月くんへの連絡不足で、彼が勝手にこちらに乗り込んでしまったんですよ」

「えー」


 芽榴は呆れるように目を細めた。しかし、その顔はどこか嬉しそうだった。


「まあ証拠は不十分かもしれませんけど、向こうもあんな場面を僕たちに見られてしまいましたからそれで十分ですよ」


 あんな場面というのは聖夜が芽榴を抱きしめていたことだろう。


「あとは神代くんの話術に任せましょう」

「そーだね」


 芽榴は有利の横顔をジッと見つめた。


「ねー、藍堂くん」

「なんですか?」

「なんで、こっち向かないの?」


 芽榴の質問に有利がビクッと反応した。


 芽榴は有利の顔を覗き込む。

 すると、有利は芽榴から顔をそらすようにまた自分の顔をそらした。


「え」


 芽榴は困ったようにそんな声を出す。

 有利は後ろを向いたまま、ため息をついた。


「その、楠原さんらしくないので」

「へ? あー……これか」


 芽榴はそう言って自分の姿を見た。確実にいつもとは違う。どこから見ても令嬢なのだ。


「やっぱ似合わないよねー」

「まったくです」

「うわー率直」


 芽榴はそう言ってカラカラと笑った。


「そうではなくて……」


 有利はそんな芽榴を横目に見て深呼吸をした。


「綺麗すぎて……まともに楠原さんを見れないんです。そんな格好別人みたいで似合いませんよ」


 事実、今の芽榴は《ミス平均》というあだ名さえ疑いたくなるほど綺麗だった。


 有利の恥じらう声はすごく小さい。

 でも近くにいる芽榴にははっきりと聞こえた。


「えっとー」


 有利からそんなことを言われると思っていなかった芽榴は少しだけ顔を赤らめた。


「……ありがと」


 芽榴がはにかんで笑うと、有利は困ったようにため息をついた。


「まったくこの人は……」

「え?」

「なんでもありません」


 有利は淡々と言って、再び芽榴の手を引き、廊下を走りだした。















 芽榴と有利がいなくなった特務室では颯と聖夜が対峙していた。二人しかいない室内はピリピリとしていた。


「すばらしい二重人格ですね」

「それを言うんやったらお前もやろ」


 二人は五メートルの距離を保ったまま動かない。


「楠原芽榴はこっちのもんや。どうやって取り返す言うんや?」


 聖夜は颯を見てフッと鼻で笑った。


「俺の権力にたかがエリート学園の生徒会長ごときが敵う思っとんか?」

「もちろんだよ。というか、君こそ……純粋に特務生徒として勧誘された女生徒に手を出してるなんて……権力を持ってるなら尚更避けたいスキャンダルのはずだ」

「俺とお前、どっちの意見が世間で通る思うてん?」

「僕は君の権力に負けるほど愚かではないよ」


 颯の言葉は冗談ではない。

 しかし、聖夜の権力に颯が敵うはずがない。そう分かっていても、颯ならそれも可能にしてしまう気がするのだ。


「でもまあ、そちらに連れていかれたうちの優秀な役員は慎重だからね。ちゃんと手は打ってくれていたんだよ」


 颯はそう言ってズボンのポケットから写真を取り出した。

 その写真を見て聖夜は固まった。


「どうやって……撮った?」


 そこに写っていたのは、壊れたヴァイオリンや暴れ狂う馬、その他にも芽榴が受けた学園での被害の写真がいくつか写っていた。

 そして驚くべきことに先ほどのティーポットを芽榴にかける春日の姿さえ写っていたのだ。


「ヴァイオリンや馬は証拠としては不完全だったけれど、この女生徒がギリギリでこんなことを芽榴にしてくれたおかげで決定的な証拠が得られたよ」


 聖夜の訝しげな顔に颯は満足そうに笑った。


「これは芽榴が撮ったものだよ」

「……なんやと?」


 颯は写真を見て、数日前に芽榴と最後に交わした会話を思い返した。








『ラ・ファウスト学園に行くよ』


 芽榴の言葉を聞いた颯は困ったように笑った。


『いいよ』

『え?』


 意外な反応に芽榴は頓狂な声を出した。


『何?』

『えっと……あの、あっさりしすぎてるなーって……。いやまあ、仕方ないけどー……』


 少し焦るように言う芽榴を見て颯はクスクスと楽しげに笑った。


『あっさりも何も、それしか策はないだろう?』


 颯は目を伏せた。


『ちゃんとこっちに戻ってきてもらう。芽榴が特務生徒になった時点で琴蔵聖夜の望みは叶う。それ以降、僕がいつ取り返しに行こうと勝手なはずだ』

『そんな無茶なー……』


 芽榴は半目で笑う。


『まあ、芽榴が心からあの学園に行きたいって言うなら話は別だよ』


 颯は楽しそうに言う。芽榴の言葉を分かった上で言っているのだ。


 芽榴はため息まじりに『神代くん』と呼んだ。


『琴蔵さんには神代くんの理屈も覆せるくらいの権力があるよ』

『……で、芽榴の案は?』


 颯は芽榴の言わんとしていることを理解し、そう問いた。

 芽榴は『さすが』と言って笑った。


『きっと私があの学園に行ったら遅かれ早かれ、少なくとも誰か一人くらいは私のことを調べると思うんだー。いきなり現れた女生徒が琴蔵さんの隣にいるなんておかしいでしょう? そしたらまあラ・ファウストに通う生徒なら私が庶民っていうことくらいまでは分かると思うの。で、庶民って分かったらきっといじめられるでしょう? 私。その証拠さえあれば、ラ・ファウスト学園の実態も掴める。うまく行けば、琴蔵さんの弱みも握れるかもしれない。それを餌にして私を麗龍学園に返してもらう。これは神代くんたちにしてもらうことになるけど』


 芽榴はそう言ってペロッと舌を出した。


『構わないけど、どうやって証拠を?』

『それは来羅ちゃんにお願い済み』


 芽榴はVサインを作った。


『神代くん言ったでしょー? 困ったら頼れって。だから、ちょっとみんなを頼ることにしてみたんだけど……。これで……いいのかな?』


 芽榴は申し訳なさそうに笑った。頼り方のわからない芽榴にとってどこまで頼っていいのかなど分からないのだ。


 不安げな芽榴を見て、颯はクスリと笑い、芽榴に歩み寄る。


『お安いご用だよ』


 芽榴の頭を颯が優しく撫でた。


『ありがとう、神代くん』

『それは僕のセリフだよ』


 颯は薄く唇を緩めた。


『必ず、迎えにいくよ』












 あの日の会話をすべて思い出し、改めて颯は微笑んだ。


「芽榴はこの学園に来て2、3日後からコンタクトをつけていた」

「コンタクト……?」

「瞬きを二回連続ですれば目に映ったものをプリントアウトできるというコンタクトを、何かの映画で見たらしくてね。メカに関して右に出るものはいないうちの優秀な役員の一人に芽榴が頼み込んでそれを作らせ、芽榴の弟経由で芽榴に伝わった。そして芽榴から送られてきた写真はすべてこちらに送られてきて、ここにある」


 颯は突きつけるようにその写真を聖夜に見せた。


「この写真があれば、ラ・ファウストの実態を伝えられる。それがバレると、そちらとしても不都合。芽榴とこの写真を交換となれば、芽榴を返さなければならないだろう?」

「それでも返さへんって言うたら?」

「そのときは……」


 颯は黒い、怪しげな笑みを浮かべた。


「無理やりでも連れて帰って、君が二度と芽榴に会えないようにするさ。たとえ芽榴に恨まれる手段を使うことになったとしても」


 颯の言葉に聖夜は声をあげて笑った。


「やっぱお前最悪の男やな」


 颯の言葉に聖夜はそれ以上の反論はしない。

 それは交渉成立の合図だった。


 でも、颯はまだ少し物足りなかった。


「成功という形にはなったけれど……結局、君の本性を証拠として抑えることができなかった」


 颯は本当に残念そうに言う。

 聖夜は少し考えるようにした後、少しだけ笑った。


「当たり前や」


 そう言って聖夜は真剣な顔に戻った。


「しゃあないから今回はそっちの言うとおりにしたる。今のところは、な。でも、あの女はお前らの手に負えるような単純な女とちゃうで」

「それは知って」

「分かっとらん」


 颯の声を塞ぐ聖夜の声は真剣だった。そんな顔をされれば、颯も何も言えなかった。


「いずれこっちのもんや。それまで生徒会ごっこを楽しませたる」

「ずいぶんと上からの物言いだね」

「上やから、なあ」


 聖夜は不敵に笑う。

 そんな聖夜を睨みつけ、颯は写真をハラリと落とした。そしてそのまま颯は振り返ることなく特務室を出て行った。











 颯が出て行って数分後、慎がやってきた。


「聖夜。引き下がんのあっさりしすぎじゃね?」

「お前こそ足止めせんと、後押ししたやろが。ドアホ」


 そう言って聖夜は慎にクッションを投げつけた。慎は「うーわ、バレたかー」とケラケラ笑う。


「……。あの女、俺の弱みなんていくらでも掴めたのに役員に流してへんかった」


 聖夜は俯いてボソリと言う。


 芽榴は聖夜のそばにずっといた。

 まして、春日が芽榴にティーポットを傾けた写真を撮れたなら、聖夜が春日を痛めつけていたシーンも容易に撮れていたはずだ。


 そしてそれは颯のいう聖夜の弱みになり得た。


 でも颯の見せた写真の中にそれはなく、颯自身、聖夜の尻尾が掴めなかったと言った。


「ほんま、人の調子を狂わせよる女や」

「役員たちに楠原ちゃんの素性をバラさなかったのもそれが理由か?」


 芽榴は自分の素性がバレると思ったら聖夜の元に残ったはずた。

 でも聖夜もそれをしなかった。


「……せやな。あいつと約束したのもやし、あいつが俺をかばったっちゅうことやからその礼も兼ねた。そんでもって……」


 聖夜は昔の芽榴――東條芽榴の写真をスラックスのポケットから取り出した。


「ヤツらの知らんあいつを知っとるってのもええなと思ったんや」


 聖夜はそう呟いて芽榴の写真を見つめる。


「それは確かに」


 慎はそう言って特務室を出て行く。


「外ではそんならしくねー顔すんなよ?」


 そう言い残して慎は部屋からいなくなった。

 一人残された聖夜は寂しそうな顔をしていた。


 何を言っても、颯と有利が迎えにきたと分かったときの芽榴の顔を見てそれでもここに引き留めることなど聖夜にはできなかったのだ。


「これが俺の最上級の優しさやぞ、芽榴」


 その顔は寂しげながらも、数日前の彼よりも少し柔らかく、そしてどこか満ち足りていた。

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