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麗龍学園生徒会  作者: 穂兎ここあ
ラ・ファウスト学園編
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50 光と影

 慎は風雅を図書室へ連れてきた。

 辺りを見渡す風雅を見て慎はケラケラ笑う。


「安心していいぜ。ここには誰も来ねーから」


 そう言って、慎は図書室の最奥の窓際――自分の定位置に背を預けた。

 普通、図書室は全生徒のために設置されているものだ。誰も来ないなんてことはありえない。


「ここがキミの遊び場、だから?」


 風雅の問いに慎はニヤリと笑った。


「へえ。よく分かったな。あー、読心術使えるんだっけ?」

「そんなに大層なものでもないよ」


 そっけなく返す風雅を見て、慎は楽しげな笑みを浮かべていた。まるですべてを見透かすような慎の笑みに風雅の顔が強張る。


「顔がよすぎるのも損だよなー」


 慎は突拍子もない台詞を吐きつつ、腕を組んで、天井を見上げた。


「みんな自分の顔だけしか見てない。自我なんて誰も必要としていない。じゃあ、みんなの満足のいく男になればいい」


 慎の言葉に、風雅の眉が上がる。


「そうやって、他人のことを見ていたら…相手の心の中が読めるようになった?」


 慎は天井に向けていた視線を再び風雅に向け直し、小馬鹿にするようにして笑った。


「なんで分かったかって? 俺がそうだから」


 慎の笑みは読めない。風雅にもその心の内は推し量れない。けれど、目の前にいる慎という男と風雅の考えていることは似通っているものがあった。


「でも、心の中を読めば読むほど虚しくなったんだろ? 自分の予想が確信になるから。それを信じたくねーからいろんな女を相手にする。いつか、自分を見てくれる女が現れるのを待って。そんな女現れるわけねーのにな」


 そう言って慎は高笑いをする。慎の言葉は風雅にとっての事実だった。風雅は慎を睨み返し、声を吐き出した。


「そうだよ」


 肯定の言葉は寂しく響いて消える。風雅の握りしめた拳は微かに震えていた。


「オレなんか誰も見てない。親でさえ自慢はオレの容姿だった。女の子もそう。男の子にもそれで嫌われてたし。じゃあ、少しでもオレをみてもらうためには相手の思い通りのオレになればいい。相手の思う理想のオレは何なのか。そればっかり考えてたら相手の心の中も読めるようになって。いろんな女の子と一緒にいたよ。それでいつも虚しくなって……でもやっぱり探して……。そして、やっと現れたんだ」


 慎は腕を組んだまま、風雅を見て目を細めた。


「芽榴ちゃんは唯一、オレを見てくれた女の子だよ」


 風雅の声はシンとした図書室に響く。風雅と慎、二人の視線がきつく絡み合った。


「そんな芽榴ちゃんだから……芽榴ちゃんが選んだ道に文句なんて言えないし、芽榴ちゃんがいつかオレじゃない他の男の子を選んだって仕方ないと思ってる。オレはこんなにもどうしようもない人間だから。でも……」


 風雅は慎の肩を掴んで、壁に押し付ける。そして息を吸い込み、真剣な顔で続きの言葉を述べた。


「キミのそばにだけは置かない」


 慎は風雅を見て、笑みを浮かべたまま目を閉じた。


「そばになんか……置けねぇっての」

「え?」


 小さな声で紡がれた慎の言葉は風雅の耳には届かない。

 聞き返す風雅に慎ははっきりとした声で答えた。


「残念でしたー。楠原ちゃんがそばにいるのは俺じゃなくて聖夜。あんたなんかじゃ全く及びもしない相手」


 慎は風雅の手を掴み、自分の肩から無理やり引き剥がした。


「俺は聖夜の欲しいものを捕まえるためだけに存在してんの。だから、役員も、あんたもすっげぇ邪魔」


 慎は聖夜の望みを叶えるためだけに存在する。それが慎自身が家から放任されるための条件だったのだ。


 そして聖夜は芽榴を欲した。


「あの子は、あんたのものでも、ましてや俺のものでもねーよ。聖夜のものだ」


 慎は風雅を見つめる。風雅もまたその視線から目を逸らすことはしない。


「違う」


 風雅は慎の手を振り払う。パシンという静かな音とともに風雅の声が鮮明に響いた。


「芽榴ちゃんは……オレのものでも、琴蔵聖夜のものでもない。芽榴ちゃんのものだ」


 慎は風雅の目を見ていた。風雅の瞳にはしっかりと光があって、不意にあのときの芽榴の言葉を思い出してしまう。




――蓮月くんはあなたとは違います――




「なるほどね……」


 芽榴の言いたかったことがようやく分かり、慎はそう言ってクスリと笑った。


「何がおかしいの?」


 風雅は眉を寄せる。

 対する慎は目を細め、羨ましそうに風雅のことを見ていた。嘲笑の中に混じる羨望を風雅は微かに感じ取っていた。


「俺も、あんたみたいに単純になれたら楽なんだろうけど……無理だわ」


 慎はスラックスのポケットから一枚の紙を取り出し、風雅に渡した。


「何これ……」

「楠原芽榴の正式な編入手続き用紙」


 風雅は瞠目したまま慎を見つめる。


「それが提出されてはじめて編入決定」

「なんで……」

「どうせ、こうなるだろうと思ったから俺のとこで止めといたんだよ」


 慎は「聖夜に言ったら半殺しだけどな」と楽しげに笑った。


「キミ……」

「でも、楠原ちゃんの居場所を教えてやるほど親切じゃねぇから」


 それから慎は風雅にあるものを渡した。


「それ楠原ちゃんに渡しといて」


 手にしたものを見て、風雅はさらに目を丸くする。咄嗟に慎の腕を掴んで、風雅は彼に向かって叫んでいた。


「芽榴ちゃんに何したの!?」

「無駄口叩いてる暇ないんじゃねぇの? この学園馬鹿みてぇに広いからさっさと見つけないと日が暮れる」


 慎はそう言って風雅に背を向ける。もう話すことはないと言うように。

 風雅はまだ不服そうだったが、慎の言うとおり図書室の扉に手をかけた。


「ありがとう」


 最後にそう言って風雅は部屋を出て行った。


「何やってんのかねー、俺は」


 一人残った慎は呆れるように呟く。


 簑原家のために、琴蔵聖夜の手足となる。

 そうすれば好きな生き方ができた。

 聖夜のようにすべての重荷を背負わずに生きられた。


 好きなものを好きに追いかけるために選んだ唯一の制約。


 そして、その制約によって慎は今、一番追いかけたいものを追いかけることができないでいる。


 聖夜の欲しがるものを望んではいけない。

 嫌いになればいい。いつもそうしてきたのだ。


 でも、それができなかった――。


 慎は窓の外を見つめる。

 その顔はやはりいつもと同じ笑みを浮かべていた。


「これがお礼だよ、楠原ちゃん」


 人差し指に貼られた絆創膏に、慎の唇が優しく触れた。

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