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麗龍学園生徒会  作者: 穂兎ここあ
ラ・ファウスト学園編
59/410

49 揺れる想いとタイムリミット

「あの……琴蔵さん」


 昼食時間、芽榴は聖夜と2人、学園の庭園で食事をとっていた。といっても、聖夜は芽榴が弁当を食べている姿をただ見ているだけなのだ。


「なんや?」

「見られてると、食べづらいのですがー」

「ほな、見とかなあかんな」


 そう言われ、芽榴が目を細めると、聖夜は楽しそうに笑う。そして芽榴の弁当からきんぴらごぼうをとって食べた。


「将来は俺専属のシェフとして雇ってもええで?」

「結構です」


 芽榴は聖夜のつまみぐいに今更何も言わず、残りのお弁当に手をつけていた。

 聖夜はそんな芽榴の様子を優しげな目で見つめていた。


「庶民っちゅうんは……いつもこないな気分なんやろな」

「え?」


 芽榴は聖夜を見上げた。


「世間は俺のことを羨ましい言うんやろうけど、俺からしてみれば庶民の生き方はえらく羨ましいもんや」


 聖夜は頬杖をついて、寂しそうに目を伏せた。


「好きなときに好きなだけ気を緩めることができる。とんでもなく楽な人生やろ」


 聖夜はティーカップに口をつける。そんな聖夜を見て、芽榴は溜息をついて箸を置いた。


「人のことはよく見えるものですよ。琴蔵さんの住む世界は確かに虚しいですけど、その分不自由はないじゃないですか」


 芽榴は空になった聖夜のティーカップに紅茶を注いだ。


「人の持つ幸も不幸も同じだけって言いますし。だったら自分の不幸じゃなくて自分の幸せだけを見つめればいいんですよ。琴蔵さんは誰もが羨む幸せを十分持ってるんですから」


 芽榴はそう言って再び箸をとった。

 聖夜は芽榴を見てクスリと笑う。


「ほんま、お前とおるとホッとするわ」

「それはどーも」


 芽榴の顔を聖夜はしばらく見つめ、そして聖夜は立ち上がった。


「電話や。待っとれ」

「はーい」


 聖夜はスマホを持って芽榴から離れていった。


 芽榴は弁当に目を向ける。

 すると、芽榴の体が影に包まれた。


「楠原さん。ちょっとよろしくて?」


 振り返った芽榴はそれを予想していたかのように冷静な顔をしていた。













「なんや?」


 聖夜は庭園から少し離れた場所へ行き、先ほどの電話に折り返した。


『うっわ。機嫌悪っ』


 電話越しに慎はいつものようにケラケラ笑う。聖夜は「はよ用件を言え」と冷たい声で言った。


『侵入者一匹』


 その言葉に聖夜の体がピクッと反応した。


『俺が相手しとくけど、たぶん続々来るぜ。んで、あの会長さんが来たらゲームオーバー。いい? それまでにあの子と満足いくまで遊んでおけよ』

「お前はええんか?」

『は?』


 慎は頓狂な声を出した。慎のこんな声は聖夜も滅多に聞いたことがない。


「あいつを気に入ったんはお前が先やろ」

『……聖夜が俺に気をつかうなんて今日槍でもふってくんじゃねーの?』


 慎の小さな笑い声が聞こえた。


『安心しろよ。言ったじゃん。俺はあんな子興味ねぇって。だから、タイムリミットまで……一緒にいろよ』


 慎はそう言って電話を切った。慎の言葉はいつも聖夜の気持ちをすべて理解してのものだ。聖夜に逆のことはできない。慎はいつも本当のことは言わない。読めない男だ。


 でも、今回だけはさすがに分かった。


「気ぃつかってんのはどっちや、ボケが」


 聖夜は呟く。それでも慎に甘えるしかない自分を聖夜は嘲笑った。













 スマホを眺めながら慎は苦笑していた。


 聖夜にとって慎は駒の一つだ。ただ、その駒の価値が他の駒よりはるかに高いだけ。

 その聖夜が自分のことを気にかけた。それがどうしてなのか。その答えは明らかだった。


「楠原ちゃんの影響、か」


 学園の門に背を預け、慎は大きく息を吐いた。


「思ったより遅かったんじゃねーの?」


 慎は門の前にやってきた人物を見てニヤリと笑った。


「ちょうどよかった。芽榴ちゃんを取り返す前にキミに話があったんだ」


 ラ・ファウスト学園に単身乗り込んできた風雅は慎を睨みつける。

 その視線を受け取った慎は学園に風雅を導いた。


「俺も、あんたと話そうと思ってた」













 芽榴の視線の先には慎のそばによくいる春日という女生徒とそのとりまきが2人いた。

 芽榴は特に驚いた顔もせず、薄く笑った。


「どうかしましたー?」


 芽榴の問いかけに春日はひどく冷たい顔をした。


「あなたのような庶民がどうしてこの学園にやってきて、聖夜様のそばにいらっしゃるのかしら」

「庶民……」


 春日の声は芽榴が先日女子トイレで聞いた声と同じだった。


 芽榴は特にそのことには触れず、頬をかいて笑った。


「琴蔵さんに特務生徒に誘われたのでー」

「それ、本気になさってるの?」

  

 春日はヘラヘラと笑う芽榴を軽蔑するように睨み、鼻で笑った。


「聖夜様があなたみたいな低俗な人間を相手にするわけないですもの。庶民に興味をもって暇をつぶしているだけですのよ? いいように使われて飽きられたら捨てられて終わりですわ。あなたみたいな卑しい人は特に」


 春日はそう言って芽榴に詰め寄った。


「さっさと学園から去りなさい。それが聖夜様のため、何よりあなたのためになりますわ。己の身を弁えるよい機会です」


 春日の瞳に光はなかった。

 芽榴はそんな春日を見てはっきりと答えた。


「ご忠告ありがとうございます。でも、私のことは私で決めますからご心配なく」


 芽榴はこれで話は済んだというようにお弁当に視線を戻す。

 そんな芽榴を見て春日はギリッと唇をかみ、芽榴のお弁当を勢いよく払って地面に落とした。


「……生意気ですわ。どうしてこの私が捨てられてあなたみたいな小汚い方が聖夜様のそばにいるんですの? それだけじゃ飽き足らず、あの方まで私から奪った……。どれだけあさましくて醜い女性なのかしら」


 春日が芽榴を見下しながらしゃべり続ける。


「聖夜様のそばにいるからって……。本来ならあなたみたいな方が春日製薬会社の社長令嬢である私にそのような口をきくことも憚られる立場なのですわよ? そのくせに」

「だから何ですか」


 芽榴は顔をあげた。瞬きを繰り返す芽榴の瞳は綺麗だった。


「琴蔵さんに飽きられて捨てられるなんて予想済みですし、そうなることを願ってるくらいです。でも、琴蔵さんが一緒にいる人は琴蔵さんが決めることで、春日さんの決めることじゃないです」

「……っ!」


 芽榴は春日から目をそらさない。凛とした芽榴の瞳に春日は顔を真っ赤にした。


「私はただ聖夜様に低俗な人間が近づくことが許せないだけで」

「春日さんの話によれば、琴蔵さんは自分のそばにおく人間さえまともに選べない見る目のない人間ってことですよ」

「そんなこと言ってませんわ!」


 春日はカッとなってそばにあったティーポットを手にとった。


 そして芽榴の頭にむけてそれを傾けた。


 生温い紅茶が芽榴の顔を滴り、服にまで染みつく。


「ほら、この姿のほうがお似合いですわ」


 春日は高笑いをする。


「聖夜様が選ぶ選ばないじゃないですわ。どうせ、あなたがしつこく付きまとって仕方なく聖夜様があなたをそばに置いただけ!」


 芽榴は春日を見つめる。

 その瞳は春日に罵倒されても一切揺るがない。

 春日は手を振り上げた。


「だから私が聖夜様を助けてさしあげ……!」


 振り下ろされそうになった春日の手が掴まれた。


 自分の行動を制され、春日はその人物を睨むが、すぐにその顔が青ざめた。


「何やっとるんや? お前は」

「せ、聖夜様!」


 春日の手を掴む聖夜の顔はひどく冷たい。


「ご、誤解ですのよ? この方が私に変な言いがかりを……!」


 春日が言い訳の言葉を述べ終わる前に聖夜は春日の頭を掴んで地面に押し付けた。


「琴蔵さん!」

「動くなや!」


 止めに入ろうとした芽榴を聖夜が止めた。


「動いたらお前も容赦せんぞ」


 そう睨まれれば、芽榴も動くことができなかった。


「誰の許可を得て、こいつに手ぇ出しとんのや?」

「聖夜様……! ちが……」

「何が違うんや? どないしてこいつが紅茶まみれになっとる?」


 聖夜は春日の頭を掴み直した。


「俺はお前のことよう知っとるで? 春日」


 聖夜はニヤリと笑う。それは先日まで聖夜がいつも見せていた人を見下す笑みだ。


「俺に言われたことやったら、何でもするもんなぁ。お前は」

「聖夜、様」

「何人の女をいじめた? 弱みを握るためにどんだけの男と遊んだか言うてみぃ」


 聖夜の言葉に春日は涙を流し始めた。


「あれは、聖夜、様の、ために……」

「それやのにまだ令嬢やって威張ってんのんか? 滑稽やな?」


 聖夜はそう言って、転がった芽榴の弁当に目を向けた。それを見て更に眉間に皺をよせる。


「使えん駒が出しゃばるなや」


 言葉を吐き捨てた聖夜が手を振り上げる。今度は芽榴がその手を掴んだ。


「離せや」

「いやです。もういいじゃないですか」


 芽榴は目を細めた。


「ぬるいわ、お前」

「ぬるくて結構です。女子を殴る男子なんて最低ですよ。未遂で止めてください」


 芽榴は聖夜を睨んだ。

 聖夜はそんな芽榴を見て舌打ちをし、春日を押しのけた。


「うせろ」


 聖夜の冷たい声に、春日は体を震わせ、とりまきをつれてその場を去って行った。


 芽榴は聖夜に背を向ける。


 そんな芽榴の姿を聖夜はジッと見つめた。


 髪も服も紅茶でビショビショだった。


「来い」


 聖夜は芽榴の手を無理やり掴んだ。


「汚いですから触らないほうが……」

「えぇから来い」


 聖夜は芽榴を見ない。

 声音もいつになく真剣で、それでもどこか優しかった。


 芽榴は聖夜に手を引かれるまま、特務室へと向かった。

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