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麗龍学園生徒会  作者: 穂兎ここあ
ラ・ファウスト学園編
58/410

48 動く者と迷う者

「……雅くん、風雅くん」


 風雅は名前を呼ばれ、ハッと顔をあげた。周囲には同じクラスのファンクラブの子がいて、心配そうな顔をしている。いつのまにか三限目も終わっていた。


「風雅くん、どぉしたの? 最近元気なくなぁい?」

「そうかな?」


 ファンの子の声かけに、風雅はぎこちなく笑って答えた。


「風雅くん、元気ないからぁ。風雅くんの大好きな飴、あげるぅ」


 ファンの子の一人がポケットから風雅のよく持っている飴を取り出した。

 それを見て風雅は目を大きく見開いた。




――蓮月くん――




「あ……」


 風雅は口を開ける。

 ふと見た彼女の面影はどこにもない。

 風雅は顔を覆って溜息をついた。


「ごめん。ちょっと……用事思い出しちゃった」


 風雅はその飴を受け取らず、自分の周りにいる女生徒をかきわけて教室を出て行った。


 トイレに行き、風雅は顔を洗う。鏡に映るビショビショになった自分の顔を見て、風雅は拳を握りしめた。


「本当に何やってるんだろ、オレ」


 芽榴がいなくなっても風雅の周りにはいつも変わらず女の子がいる。


 風雅はいつもその中に芽榴の姿を探していた。いるはずがない。芽榴は麗龍学園にいたときも風雅に会いにクラスに来ることはなかった。


 そんなことは分かっている。


「でも……」


 風雅は顔をあげた。その顔にもう迷いはない。

 心を決めた風雅は、そのまま学園を飛び出して行った。













 慎は今日も図書室にいる。

 珍しく図書室の本を手に取り、パラパラとめくっていた。


「い……っ」


 紙が指に擦れ、サクッと人さし指の先端が切れた。傷の割れ目から赤い血が指を滴り落ちる。

 慎はその血をペロリと舐め上げた。


「まず……」


 慎はそんなふうに呟いて本を棚に戻した。

 すると、慎はピクリと体を止めた。他人の気配を感じたのだ。


「げ」


 振り向くと、そこには芽榴がいた。

 自分の顔を見た瞬間にそんな声を発する芽榴に、慎はいつもの笑みを返した。


「俺がいるって分かってんのに来たんだ?」


 慎が楽しげに言うと、芽榴は肩を竦めた。


「図書室は本を読むために来るとこですよー」

「本なら特務室にもそれなりにあるっしょ」

「全部読んだんです」


 慎は少し驚いていた。

 何せ特務室にある本棚には50冊くらいあるはずだ。聖夜と授業に出るとき以外は特務室にいるといっても、一週間と少しで全部読み終わるほど入り浸っているわけではないはずだ。


「へぇ」


 慎は芽榴を見てニヤリと笑い、芽榴はその笑顔に悪い予感しかせず、身構えた。


 すると、芽榴は慎の手に自然と目が行き、反射的に彼の手を掴んだ。


「何? 楠原ちゃんにしては積極的すぎ」

「指、血が出てますよ」

「ああ、いつか止まるっしょ」


 慎の適当すぎる反応に芽榴は溜息をついた。

 芽榴はポケットからハンカチを取り出して慎の指についた血をふき、絆創膏を取り出した。


「俺のこと嫌いなのにそんなことしてくれんの? 何企んでるわけ?」

「あなたと一緒にしないでくださーい。怪我した手で本に触ったら本に血がついちゃうからこうしてるだけです」


 慎の指に絆創膏を貼り終え、芽榴は「よし」と言って慎に背を向けた。


「ふーん……」


 自分を背に本を選ぶ芽榴を見て、慎は小さく笑って芽榴を囲うようにして本棚に手をついた。


「ちょっと簑原さん!」

「俺もね、そこまで理不尽な男じゃねぇから……お礼はしてやるよ」




――えと、お礼に何したらいい?――




 芽榴はふと慎の言葉と風雅の言葉が重なって聞こえ、目を見開いていた。


「あ……」


 そんなことを芽榴が考えているうちに、慎は芽榴のブラウスの襟をつかんで引っ張る。そしてそこから見えた芽榴の鎖骨に慎は思いきり噛みついた。


「いったい! ちょっとやめてください!!」


 慎はいつもの憎たらしい笑みを浮かべ、芽榴の鎖骨から口を離し、芽榴の顎を持ちあげた。


「やっぱ生意気すぎだっつの。ここで、俺にも……聖夜にも、二度とそんな口をきけねーようにしてやろうか?」


 最初に慎と会ったときと同じ格好になり、芽榴は少し肩を震わせた。


「ビビってんの?」

「ビビってなんかないです」


 徐々に慎の顔が近づく。前回みたいなラッキーは期待できない。何とかしたいのに慎の顔を見ると、なぜか風雅の顔がちらつくのだ。芽榴は思いきり慎の胸を押した。力で敵うはずがない。それでも精一杯の抵抗を見せる芽榴を慎は滑稽というように見て、苛立つように舌打ちをした。


「なんで抵抗すんの?」

「は?」


 眉を顰める芽榴を見て慎はクスリと笑う。


「どうせ……。あの役員どもとも毎日こんなことしてたんだろ? じゃなきゃ、厄介なだけで特に美人ってわけでもねぇあんたを相手にしないだろ。あの蓮月風雅ってヤツなんか俺と同類の匂いがプンプンしてたし。何言ってても考えてることは俺と一緒。あの男がよくて俺がダメなんてありえねぇ」




――芽榴ちゃん――




「違います……」


 芽榴は慎の姿をまっすぐ見つめて言った。


「蓮月くんはあなたとは違います。彼は……彼らは何の見返りも企みもなく、私を受け入れてくれた大切な人たちです。悪く言わないでください」


 芽榴は慎を睨んだ。

 この状況において、芽榴は役員を庇う。そばにいない彼らに対し、そんな義理など必要ない。それでも芽榴は慎の言葉に冷静に逆らった。


 慎は前髪の隙間から芽榴の目を睨み返した。


「……俺、あんたのことマジで嫌い。そんなにあの役員とか……聖夜に、媚び売って気に入られて嬉しい? 反吐が出る」

「な……!」


 芽榴は理不尽なことを言われ、文句を言おうとした。が、言えなかった。

 慎が泣きそうな顔をしていたのだ。


「……簑原さん?」


 芽榴が慎の顔に手をのばすと、慎が芽榴を突き飛ばした。


「触んな……」


 そう言う慎が、いつもなら憎たらしいはずなのに今はただ儚かった。


「……なんで簑原さんはそんなに私のこと嫌いなんですか?」


 慎はそれに何も答えない。芽榴はそんな慎に目を細めた。


「私は……簑原さんがこんな変なことしなければ、それなりに仲良くなれたと思ってますよ」


 慎は出会ったときからキスをしようとしたり、急に態度が変わったりして、芽榴自身苦手だった。でも、本当にあわない相手とあんなダンスは踊れない。


「だから、だっつの」


 慎は掠れた声でそう言い捨て、芽榴の隣を通り過ぎ、図書室を出て行った。


「意味わかんないんですけどー……」


 残された芽榴は困ったように呟き、再び本を選び始めた。



 廊下を歩く慎は壁をガンッと激しく叩いた。


「むかつく女……」


 閉じた傷口が開く。

 人差し指に貼られた絆創膏には血が滲んでいた。













 麗龍学園生徒会室。中では有利と翔太郎、そして颯が静かに仕事をしていた。


 バンッ


 そんな中、生徒会室の扉が大きな音を立てて開いた。開けた人物を見て颯は少し驚いていた。


「来羅。どうしたんだい?」


 息切れしながら扉に体重をかけている来羅を見て翔太郎も有利も目を丸くしていた。


「た、大変、なの! さっき風ちゃんのファンの子が遅刻、してきたらしいんだけど…駅で、風ちゃんが学園とは、逆行きの電車に、乗ったって!」

「何だとっ!」


 来羅の言葉に翔太郎が立ち上がった。颯は困ったように溜息を吐き、有利は颯のことを見て言った。


「どうするんですか? おそらく蓮月くんは楠原さんを取り返しに行きましたよ」

「だから、風ちゃんにもちゃんと説明したほうがよかったのよ!」

「な……!」


 来羅が翔太郎に詰め寄って怒ると、翔太郎も口を噤んだ。

 風雅が話を聞かなかったとはいえ、そのことを言っていれば風雅が勝手な行動をすることはなかったかもしれないと来羅は言うのだ。


「いえ、きっと蓮月くんはそれを聞いたらそれこそもっと早く乗り込んでいましたよ」


 有利は苦笑した。颯もそのことは予想済みだった。デスクの上にある写真を手に取り、思案顔で呟く。


「それなりに連れ戻す口実はできてるけど、本人が尻尾を出してないから説得は難しいだろうね」

「颯!」


 来羅が強い声で呼ぶと、颯はクスリと笑った。


「まあ、これはあくまで芽榴の案だよ」

「つまり、貴様の策が別にある、と?」


 翔太郎が眼鏡のブリッジを押し上げながら颯を横目に見た。


「説得なんて生ぬるい。取り返すなら力尽くだ」


 颯の眼がギラリと光る。


「さすがです」


 有利はそう言って席を立ちあがる。来羅と翔太郎もそれに倣った。


「さあ、お姫様を奪いに行こう」


 颯の言葉が部屋中に木霊した。

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