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麗龍学園生徒会  作者: 穂兎ここあ
ラ・ファウスト学園編
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46 ダンスと緩む心

 優雅な音楽がダンスホールに流れる。

 今は舞踏会用のダンスの授業中。


 当然、芽榴は聖夜の隣にいる。

 綺麗に踊る生徒の姿を眺めていた。

 令息令嬢にとって社交ダンスは必須の心得だ。今、生徒たちが踊っているのはスロー・フォックストロットという型だ。しかし、これが案外難しく足のステップやリズム、そして踊るときの滑らかな動きというものは簡単に身につくものではない。

 今、踊っている生徒たちもかなり上手な者から、相手の足を踏みまくる生徒まで見受けられる。


「琴蔵さんは踊らないんですか?」


 芽榴は踊る生徒たちから目をそらさずに隣にいる聖夜に尋ねた。この授業中、やけに聖夜が静かだ。


「舞踏会に出れば嫌でも踊らなあかんのやぞ? 誰が授業で踊るか」

「へー。実は踊れなかったりしてー」


 芽榴が挑発するように言うと、聖夜はいつもより冷たい目で芽榴を見た。


「本気で言うとんのやったらしばくぞ」


 いつもなら冗談で受け流す聖夜が本気のトーンでそう言うので、芽榴は肩を竦めた。


「あー、そーですか」


 そんな感じでダンスを見ている芽榴にダンスの先生から声がかかった。


「楠原さん、でしたわよね?あなたのダンスをまだ拝見したことがないのですけれど、一曲踊ってみられませんか?」


 優しげな雰囲気の女の先生が芽榴に問いかける。頬杖をついていた芽榴はまさか聖夜ではなく、先生からそんなことを言われるとは思っておらず少し驚いていた。

 先生の頼みとあれば、芽榴も快く了解するのだった。


「じゃあ、お相手は……簑原さんお願いできますかしら」


 そう言って先生は慎を推薦した。

 教室の端で女子を口説いている最中の慎は「えー」と言いながらニヤニヤと笑い、芽榴のほうに近寄った。

 慎が目の前に来ると、芽榴は心底嫌そうな顔をした。


「そんな顔されても、俺だって踊んなら超美人がいいっつの」


 慎は笑顔でそんなことを言う。

 芽榴と慎の周りにはピリピリした空気が漂っていた。


 慎と芽榴が踊るのはクイック・ステップという型。

 このダンスは飛んだり跳ねたりというスピードある動きのなかで優雅さを残すのが重要であり、転んだり足を踏んだりというミスをしやすく、難しい型の一つだ。それを慎と芽榴二人だけが大きなダンスホールの中心で踊る。

 運動量もさながら、スピーディーな動きは相手との相性も関係してくる。

 このダンスを選択した慎のことを芽榴は半目で睨んでいた。


 ――うまくいくわけがない。


 しかし、踊り始めればその考えを改めることとなる。


「ふーん。なかなかやるじゃん」

「そちらこそ」


 芽榴は慎にそう返す。

 事実、慎のダンスは綺麗だ。まさに型通りの動き。相手をすれば分かる。女性へのリードが優しく、体を預けやすい。

 さっき踊っていた生徒たちと比べてもダントツだ。

 不服ながら芽榴も感心せざるをえないのだ。


「慎様のダンス、いつもよりキレがありますわね」


 惚れ惚れとしながら女生徒たちが言う。

 その通り、慎のダンスをこれほど活かせるダンスができる相手役は芽榴が初めてだ。

 それに生徒も先生も気づいていた。


 信じられないくらい息のあった二人のダンスにみんな時を忘れて見入っていた。


 芽榴も慎も互いのダンスが相手に負けないようにとどんどんキレを増す。


「疲れたんじゃねーの? 転びそうだけど」

「そっちこそ足ふらついてますよ。踏まないでくださいねー」


 芽榴と慎は互いにニヤリと笑う。そのとき――。


 パンッ


 二人のあいだに聖夜が割って入った。芽榴と慎の握り合っていた手を聖夜が弾いたのだ。


「聖夜?」

「こ、琴蔵様? いかがなされましたか?」


 聖夜の突然の行動に、慎も先生もかなり困惑していた。


「僕がやります」


 聖夜の言葉に慎も先生も、他の生徒も目を丸くしていた。


「こ、琴蔵様。別に楠原さんのダンスの腕を拝見していただけですからわざわざ琴蔵様が踊らなくても……」

「僕が踊ると言っているんですが、何か問題でも?」


 聖夜にそう言われれば、先生は何も言えない。


 慎はそんな聖夜に目を細めた。


 聖夜は芽榴の隣に並ぶ。その顔はとても不機嫌だった。

 余程自らの手で嫌がらせしたいのか、そんなことを芽榴が考えていると聖夜がとても不満げな声で言った。


「俺と踊れるんや。光栄に思え」

「はー……」


 先生はどうにでもなれというような溜息をつき、音楽を鳴らした。


 ダンスホールの真ん中、芽榴と聖夜以外に踊るものはいない。

 皆が二人のダンスを見ている。


 そして芽榴は先生が聖夜に踊らせたがらなかった本当の理由を知る。

 聖夜の身分が高いからといった単純な理由ではない。


 聖夜ははっきり言って、ダンスが下手だ。

 今、芽榴と聖夜が踊っているのはパーティーダンスの基本、ブルースという型で、足のステップを意識するだけの簡単なダンス。しかし、聖夜はすでに何度か芽榴の足を踏んでいる。それがワザとかそうでないかは聖夜の顔を見れば分かることだ。


 だから妙におとなしかったのか、と芽榴は納得する。


「琴蔵さん。力抜いてください。私に体預けていいですから」


 芽榴はそう言って聖夜をリードする。芽榴に手を引かれ、足をそのまま動かせば、ぎこちない動きが自然と綺麗になっていく。


 曲が終わる頃にはぎこちなかった聖夜の動きも緩やかな美しいものになっていた。


「ブラボー!」


 先生は芽榴に拍手を送る。


 芽榴は聖夜をジッと見た。


「なんや。馬鹿にするなら勝手にせえ」


 聖夜は眉を顰め、本当に恥ずかしそうに言う。


「案外、カワイイところもあるんですねー」

「な……!」


 芽榴は楽しげに笑う。

 それを見た聖夜は思わず文句の言葉をのみこんでしまった。








 芽榴はお手洗いに行く。


「意外だったなー」


 手を洗いながら芽榴はさっきの聖夜のダンスを思い出して呟く。

 あの聖夜にも苦手なものがあった。それだけで一気に人間味が増したのだ。


 そんなことを考えながら手を洗い、スカートのポケットからハンカチを取り出そうと視線をそちらに向けた。


「庶民は庶民らしく身の程を弁えるべきですわ」


 芽榴の耳にそんな声が届く。

 芽榴は急いで振り返り、辺りを見渡すがすでにもうその生徒はいなかった。










 特務室には聖夜と慎だけがいた。


「まさか聖夜が踊るなんて……予想外すぎ。いきなりだからムービーとり忘れちまったじゃん。マジありえねー」


 慎はケラケラと笑いながら言う。

 聖夜はどの舞踏会やパーティーに呼ばれてもダンスは絶対にしない。どこの令嬢に頼まれても一貫して断るのだ。それができるのも琴蔵の名前あってのことだが。

 とにかく聖夜のダンスを見れたのはかなり貴重なことだ。


「で、ダンス嫌いの琴蔵聖夜様がなんで踊ったんだ?」

「お前の知ったことやないやろ」

「楠原ちゃんが俺と手握り合って間近で踊るのを見ていたくなかったから、とかだったらマジ面白いんだけどなー」


 慎がニヤニヤしながら言うと、聖夜は返事をせず、ただ慎から視線をそらす。


 その反応に慎は目を丸くした。


「え?」

「うっさいわ」


 聖夜は落ちていたクッションを慎に投げつけた。


「あの女……ほんま調子狂わせよる。最初は俺にひれ伏させたる思っとたのに……」


 聖夜はそう言って片手で顔面を押さえつけるように覆い、上を向いた。


「あの女とおると気が緩んでしゃあない。…なんやこれ」


 そんなふうに呟く聖夜を慎は見つめる。


「それ病気だよ、聖夜」


 慎の瞳は黒く染まるばかりだった。

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