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麗龍学園生徒会  作者: 穂兎ここあ
ラ・ファウスト学園編
55/410

45 茶番とお膳立て

 芽榴がラ・ファウスト学園に行って二、三日が経った。


 そんなある日、麗龍学園生徒会室の扉が大きな音を立てて開いた。


「颯クン!」


 風雅は大声でその名を口にする。


「やあ、風雅。しばらく来ないうちに扉を静かに開けることもできなくなったのかい?」


 一週間近く生徒会に顔を出さなかった風雅に颯はそんな嫌味を交えて挨拶を返した。

 風雅は久々に感じる颯の気迫に負けそうになるが、それでも言いたいことがあるのだ。


「芽榴ちゃんがしばらく学校に来ていないんだけど」


 風雅はそう言った。

 周りで仕事をしていた役員もそれにピクリと反応し、風雅はそれを見逃さなかった。


「颯クン、何か知ってるんでしょ?」


 風雅は颯のいるデスクまで歩み寄った。

 しかし、颯は風雅の顔も見ずに目の前の仕事を片付けていく。


「そんなことより仕事をしてくれないか?どんどん繰り越してすでにすごい量のツケになっているよ」

「そんなことって……!颯クン!芽榴ちゃんは……」

「ラ・ファウスト学園に行った」


 颯は淡々とその事実を告げた。

 風雅は颯の発言に目を丸くし、信じられないという顔をする。


「嘘……でしょ」


 風雅は否定してほしくて、他の役員に目を向けるが皆首を横に振った。


「嘘じゃありませんよ、蓮月くん。楠原さんは行きました。ですが」

「なんで……」


 風雅は唇をギリっと噛んだ。

 そしてデスクをバンッと叩いた。


「なんで引き留めなかったの!?颯クンならできたでしょ!?」

「蓮月。楠原が決めたことだ。神代とて引き留めることはできん。それが分からないほど貴様も馬鹿ではないだろう」

「でも……!」


 翔太郎の制止の言葉も風雅の耳には入らない。いや、入れたくないのだ。

 そんな風雅を見て颯はフッと鼻で笑った。


「じゃあ、お前は何をした?風雅」


 その颯の言葉に風雅は口を開いたが、続く言葉はなかった。


「確かに僕は芽榴を引き留めなかった。でも引き留めることは僕じゃなくてもお前にだってできたはずだよ。芽榴はここにいる全員の言葉に同様の意味しか感じていない。僕の言葉が特別なのは僕が会長として喋るときだけだ」


 颯は風雅を鋭い目で睨んだ。


「お前は芽榴の決断を今の今まで知らなかった。じゃあ芽榴がラ・ファウスト学園に行くことを決断したとき、お前はいったい何をしていた?意味のない自問自答を繰り広げただけだろう。そのお前に」

「颯、やめて。風ちゃんももういいでしょう?誰も悪くないわ。それに」

「もういいよ」


 風雅は俯いたまま言った。


「颯クンの言うとおりだよ……」


 風雅はそう言って生徒会室を出て行く。その風雅を颯はたった一度呼び止めた。


「風雅。余計なことはするな」


 颯の言葉はいつになく厳しい。風雅はそれに返事をせず、そのまま部屋を出て行った。


「言わなくて大丈夫なんですか?」


 風雅の出て行った室内で有利が問う。


「人の話をまともに聞こうとしない奴が悪いだろう。それに聞いたとしてもあの馬鹿では到底理解できん」


 翔太郎のウンザリしたような声音に有利は困ったような顔をした。


「まあいいさ。放っておこう。それより来羅、そっちのほうは?」


 颯が来羅に質問する。来羅はニコリと笑って頷いた。


「今日完成するわ。明日運び屋さんも来るみたい」


 来羅の言葉に皆頬が緩む。


「あとは……待つだけ、か」


 颯は呟いて再びペンを手にとった。




――僕の言葉が特別なのは僕が会長として喋るときだけだ――




「分かっていても……口にするべきじゃなかったね」


 自分の口から出た台詞を思い出し、颯は溜息をついた。











 ラ・ファウスト学園講義室。

 今日も芽榴は聖夜とともに授業を受ける。

 聖夜による嫌がらせ、否、お遊びに付き合わされるのはもはや芽榴にとって恒例のこととなっていた。


 その日のフランス語の授業も前回のドイツ語と同様なことをされ、芽榴は流暢なフランス語を披露することになった。


 続く次の数学の授業。


 これも英才教育を受けたり、外国の飛び級制度を通過したりしている令息令嬢たちが学ぶのだから大学並の授業になっている。


 そしてどこかの大学の教授自ら難解と告げる問題を聖夜のご指名により、例のごとく芽榴は解くことになる。

 それも芽榴は溜息一つですんなり引き受けた。スラスラと黒板いっぱいにびっしりと文字を書き、難解な数学の証明をする。

 模範回答を丸暗記したかのような出来栄えに教授は感嘆していた。




 いきなり現れたこの楠原芽榴という女生徒の話で学園内は日々騒がしくなる。









「イタリアの有力マフィアのボスの隠し子。イギリス王室の血族の姫。馬鹿げた予想ばっかやな」


 聖夜は特務室のソファーに座り、爆笑している。

 今、聖夜が口にしたのは連日の芽榴の行動に対する学園の生徒が予想した芽榴の素性だ。


「そういう素性でもなかなか楽しめたやろなぁ。そう思うやろ?」

「自分の素性で楽しむほど変人ではありませーん」


 芽榴は本棚の本を漁りながら素っ気なく答える。

 さすがというべきか、麗龍学園でも目にしない古い本がいくつかあった。


「ていうか、楽しんでないで私は庶民だと教えてあげてください」


 芽榴は本をいくつか取り出してそこにあった椅子に腰掛けた。粗末に置かれている椅子だが、弾力が違う。麗龍学園の生徒会室に是非欲しい一品だと芽榴は呑気にも考えていた。


「それなら今言うても、もう遅いやろ。琴蔵聖夜の隣におるんが庶民やなんて、この部屋の外におる奴らが簡単に納得すると思うか?」


 聖夜はどこか自嘲ぎみにそう言った。


「お前も俺と同じ立場やった人間。そんくらいのこと分かるやろ? ま、あくまでお前が東條芽榴やったらの話や。どうせお前はしらばっくれるんやろうけど」


 聖夜は芽榴の顔を見なかった。その視線はどこか別の方向に投げられていた。


「琴蔵聖夜。俺の名は一種のブランドや。誰もが欲しがる。誰もが俺にひれ伏す。ほんまつまらん世界や」


 芽榴は読もうとした本の表紙を開けずにいた。


 聖夜の気持ちはすごく分かる。

 でも、だからといって安易に共感できるものではない。

 芽榴の見ていた世界と彼の見ていた世界が必ずしも同じであったわけではない。そして芽榴はその世界から早々と姿を消した人間なのだ。


 芽榴は本の表紙を撫でた。


「立派じゃないですか」

「……なんやと?」


 上からの発言に聖夜は眉を顰める。しかし、芽榴はそんなのも気にせず言葉を続けた。


「誰もがブランドの価値を保てるわけじゃないです。どんなに親が権力を持っててもそれをそっくりそのまま子どもが受け継ぐなんてありえません。だったら、ブランド扱いも媚売りもそのつまらない世界であなたが頑張ってきた証拠と思えば、随分楽になるんじゃないですかー?」


 芽榴はそれだけ言って本の表紙を開けた。聖夜の反応は特に気にしない。同情でも何でもなくこれは芽榴のただの感想なのだ。


 聖夜はフッと鼻で笑った。


「そうかもしれんな」


 特務室の空気は少しだけ穏やかだった。










「あー、つまんねぇ。聖夜のヤツ、あんなん茶番だろ」


 図書室の奥、慎は窓の外を見ながらそう呟いた。

 慎は騒がしい学園内の様子を心底つまらないと思っているみたいだった。


「慎様? どうかしましたの?」


 目の前にいる女生徒が慎を心配そうに見つめていた。

 慎はいつもの笑顔に戻り、振り向く。


「別にー。春日ちゃんとこうして一緒にいんのに他に考えることないっしょ」

「それ他の女生徒にもおっしゃっているんでしょ?」

「バレたー?」


 慎は悪びれもなく告げる。

 春日と呼ばれた女生徒は慎の反応に不満な顔をし、慎に正面から抱きついた。


「慎様」

「何?」

「最近、学園が騒がしいですわね。聖夜様のお隣にいる方が原因みたいですけれど……。慎様、あの方が何者かご存知?」


 そう尋ねる春日の腕に微かに力が入った。抱きしめられている慎はその囁かな力加減の変化にも敏感に気づいた。


 慎には春日の気持ちがよく分かっている。

 前にどんな挨拶言葉をいれようと、本題はそれ。聖夜と芽榴の話だ。


 ――それもそのはず。

 春日は先月まで聖夜の女だった。いや、女というよりは駒といったほうが遥かに近いだろう。

 利用されるだけ利用され、飽きて捨てられた可哀想なお姫様。


 慎は聖夜の捨てたものを拾う。

 決して彼が気に入ったものや気に入りそうなものに手を出さない。

 彼が捨てたとき、拾ってあげるのだ。


 この春日という女もそうなのだ。


「うーん。あれね、聖夜にひっついちゃった悪い虫。聖夜も困ってるみたいなんだよねー。春日ちゃん、何とかしてくんねーかな?」


 慎はそう言って笑顔で春日を見る。春日はうっすらと頬を染めながら慎の頬に手を伸ばした。


「慎様のためなら。でも、ご褒美は前払いじゃなきゃ嫌ですわ」

「もちろん」


 慎はそう言って自分の頬に触れる春日の手を掴み、彼女の腰をぐっと自分の方に引き寄せた。


 慎は春日を見下ろす。

 一度捨てられた女の足掻く姿は醜くて滑稽だ。


 慎はそのまま春日に口付けた。


 うっすらと開いた慎の瞳には何も映ってはいない。


「あんたも早く聖夜に捨てられて……そしたら俺が拾ってやるよ」


 呟いたのか、心の中で思っただけなのか。

 慎の言葉が誰かに届くことはなかった。

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