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麗龍学園生徒会  作者: 穂兎ここあ
ラ・ファウスト学園編
53/410

43 芽榴と芽榴

「東條芽榴」


 聖夜の声が部屋に響く。

 その名を聞いても芽榴は平然としていた。


「どこの芽榴さんと勘違いしてるんですか?」


 芽榴はケロッとした顔でそんなことを尋ねる。聖夜はあくまでしらっばくれる芽榴にもまた面白がっていた。


「東條芽榴。東條グループ社長のたった一人の娘。母、榴衣氏は彼女の出産により死亡。次期社長として三歳の頃から完璧な教育を受けていた。そして五歳にして文武ともに秀でた才能を発揮。すでに公の場にも参加。しかし十年ほど前、当時七歳の彼女は東條氏を怨む何者かによって誘拐され、一週間の監禁の末、死亡」


 聖夜は手元にあった資料を淡々と読み上げる。


「一方、楠原芽榴。戸籍上、特に問題なし。しかし、長野県の小学校二年生以降の記録しか見つかっていない。偶然にも、当時東京に住んでいた楠原氏が一家で長野県に引っ越した時期と東條芽榴が亡くなった時期が同じ。また、父、楠原重治氏は東條賢一郎氏の中学からの旧友。そして東條榴衣氏は楠原重治氏の幼馴染であった」


 聖夜がすべてを言い終えると、芽榴は笑った。


「死んだ人間が生きてるなんて大胆な発想に出ましたね。ありえないでしょう? そんなの」

「せや。でも、東條ならやってのける力を持っとる。生きとる人間を死んだことにするくらい朝飯前やろ」


 聖夜は茶封筒から二枚の写真を取り出した。

 まだ幼い綺麗な長い黒髪の清楚なお嬢様と、短い黒髪の平凡な女の子がそれぞれ写っていた。服装も髪型もまったく違う。だが、雰囲気だけはどこか似ていた。


「これが六歳の東條芽榴と十歳の楠原芽榴や」


 聖夜はその写真を見ながらクスクス笑っていた。


「家柄が変わるだけでこないに変わるもんか? 昔はもっと綺麗になる素質あったと思うで?」


 そんなくだらないことを聖夜は言って笑う。


「ほとんど核心をついとるけどな。どんな手を使ったか分からんが、琴蔵のネットワークを使うても決定打が出てこん。憶測の範囲でしかあらへん。さすがは東條やな」

「憶測の範囲なのに自信満々ですねー」


 芽榴はまるで他人事のような反応をする。


「言うたやろ? ほとんど核心をついとるって。この情報を世間に回して、それでも楠原芽榴と東條芽榴が別人や言うんは果たして何人くらいおるやろな?」


 聖夜はソファーから立ち上がり、芽榴に歩み寄る。


「でも、分からんな。あの事件で理由はどうあれ、お前は東條に捨てられたっちゅうことやろ? それやのに東條はお前に会いに行った。意味不明や。もっとおもろいんは…お前が楠原家におること。楠原重治はお前の母親の幼馴染で……」


 聖夜はニヤリと笑った。


「お前の母親のことを何年も想い続けとった」


 芽榴はそれを聞いても何も反応しなかった。ただ俯いたまま口を一切開かない。


「それを後から現れたお前の父親が奪った。そして恋しい女と憎き旧友との娘が今や自分の娘。お前、ただの嫌がらせの道具に使われたようにしか見えへんで。楠原真理子からすれば夫の長年想いを寄せとった女の娘、お前のことが憎くてしゃあないはずやろ」


 聖夜は芽榴に哀れむような視線を向ける。


「かわいそうなお前を俺は助けてやれるで」


 聖夜は芽榴の耳元でそう囁いた。


「かわいそう……」


 芽榴は呟いてハッと鼻で笑った。


「結構です。それにすべて憶測。誰が信じようと本人たちが事実でないと言えば、それは事実じゃない」


 芽榴ははっきりと言った。


 何一つ聖夜の言葉で揺らぐ心はない。


 そんな芽榴を見て、聖夜は唇を噛む。そして勢いよく芽榴の肩を掴み、扉に押し付けた。


「あんま調子にのるなや。お前が楠原芽榴と言い張るんやったら、尚更や。お前と俺の身分差は天と地。お前が東條芽榴やったら許される行為も楠原芽榴であるお前には許されん。家柄変わったらそんなんも分からんくらいに頭腐るんか?」


 芽榴は聖夜の言葉にカッと目を開き、肩にかかった聖夜の腕をギュッと握った。


「私のことはどんなに蔑んでも構いませんけど、あの家のことは馬鹿にしないでください」


 芽榴は聖夜の目を睨みつける。対する聖夜は芽榴の目を見て鼻で笑った。


「まあ、ええわ。それよりお前の返事や。俺の側につくか?」


 聖夜は芽榴に嘲笑の眼差しを向ける。その眼差しに思うところはたくさんあるけれど、芽榴は目を瞑り、頭を下げた。


「東條芽榴の件を口外しないという約束で、お話お受けします」


 聖夜は滑稽と言わんばかりに笑う。


「分かった。俺は約束は守る男や。これからよろしゅう頼むで」


 芽榴の顔は垂れた髪に覆われて見えない。

 そんな芽榴のことをつまらなそうに慎は見ていた。










 聖夜は学園長の部屋に向かい、特務室に芽榴と慎が二人きりになった。


「本当に来るなんて、何企んでんの?」


 さっきまでずっと黙っていた慎が口を開いた。芽榴は視線だけ慎に向けて、肩を竦める。


「別に何もー。ただ、事実じゃなくてもあんなの口外されたら迷惑ですから」

「事実じゃないってもさ……。あんなのを調べられたって予測できてる時点で、それが答えっしょ? やっぱあんた馬鹿になったんじゃね?」


 部屋の隅と隅で二人はそんな会話を繰り広げる。


「どっちにしたって俺には関係ねーけど。あぁ、そうだ。あのイケメン。蓮月風雅、だっけ? 今頃泣いてんじゃねーの? 随分あんたにご執心だったじゃん」

「彼はそんな弱い人間じゃないですよ」


 芽榴の言葉に、慎はまたつまらなそうな顔をする。でもすぐに元の笑顔に戻って扉に手をかけた。


「どこ行くんですか?」

「図書室。俺を待ってる子が山のようにいんだよねー。お嬢様も好き者ってね」


 そんなふうに笑う慎を芽榴は軽蔑するように見た。


「なに? ああ、もしかしてこのあいだキスしようとしたの、気にしてたりすんの? あれは本当にただの暇潰し。本気にしちゃった? だったらごめんね。俺、あんたに興味ないから」

「聞いてもないことをよくもまーペラペラと話せますねー」


 芽榴はそう言って特務室の本棚に体を向けた。

 そんな芽榴を慎は真っ黒な瞳で見つめる。


「まあ……聖夜が飽きるまで、捨てられないようにせいぜい頑張りなよ」


 特務室の扉がバタリとやけに大きな音を立てて閉まった。

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