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麗龍学園生徒会  作者: 穂兎ここあ
ラ・ファウスト学園編
51/410

41 ピアノとリマインド

 早朝の麗龍学園にそれは届いた。


『本日、再度麗龍学園を訪問したいと考えております。急な連絡となってしまったことをお許しください』


 そのFAXを受け取ったのは他でもない颯だった。


 颯はそのFAXを読むなり、何の躊躇もなくそれをビリビリと破り捨てた。


 颯はあの後、芽榴の気持ちを確かめるようなことはしなかった。

 芽榴が何を考え、どうするのか。それがはっきりと分かっているわけではないが、そんなことは聞くだけ無駄だということは確かだ。


 芽榴が選んだ道ならそれが最善――。


 颯はフッと息を吐いた。何を言っても後はすべて芽榴次第なのだ。もし、芽榴があの男につれていかれるようなことになればそのときは――。


「取り返すまでだよ」


 颯はそう呟いて目を瞑った。








 お昼休みのF組は騒然としていた。


 芽榴のもとに役員(主に風雅)がいつもやってくるため、ある程度のことではF組の人たちも騒いだりしなくなった。ただ風雅のイケメンさに騒がずにはいられない女子も数名いるが、それでも今日ほど落ち着かないことはない。


 それもそのはず。

 教室の一番端っこ後ろの席に座るF組の生徒会役員の前にラ・ファウスト学園のトップたる男が座っているのだ。


「すごーく、お暇なんですか?」


 芽榴はお弁当を食べながらニコリと笑みを返した。


「いいえ。今日は学園も早引きしてしまったし、これから会議もいくつか控えています」

「そこまでして来て下さらなくても全然誰も困りませんよー」


 天下の琴蔵聖夜にもいつもの戯けた態度を崩さない芽榴に舞子と滝本は溜息をついた。自分の席に座れないため、舞子は渋々滝本の隣に立っているのだ。


「あの子は怖い者知らずなのかしら」

「てか、なんで琴蔵財閥の息子なんかと知り合いなんだよ」


 芽榴からもらったマドレーヌをポロポロ落としながら食べる滝本を見て「なんで私の隣はこいつなのよ」と舞子は心からの不満を呟くのだった。


「楠原さん。あなたについて少し調べました。過去の成績はどうあれ、最近の成績は目を見張るものでした」

「そーですか」


 芽榴は興味なさげに返事をする。そんな芽榴の反応にも聖夜は楽しげだった。


「それをふまえて我が校に来ていただきたいのです」

「お断りします。通学距離がウンザリするレベルなのでー」


 芽榴はそうバッサリと告げて唐揚げに箸をのばした。


「そのお弁当はご自分でお作りに?」

「はい」


 聖夜はそれを聞いて、興味津々と言わんばかりに芽榴の弁当を眺める。

 聖夜があまりにジッと自分の弁当を見つめてくるため、芽榴は一応尋ねることにした。


「食べかけでいいなら食べてみます?」


 もちろん、聖夜は驚いていた。芽榴もその反応は予想済み。紳士たる彼が庶民の手作り弁当を口にするはずがない。絶対に拒否すると思って聞いたのだが。


「よろしいんですか? では」

「え」


 聖夜は芽榴の手を自分のほうに運んだ。芽榴の箸で掴まれた唐揚げを自らの口に放り込み、聖夜は目を見張る。


「……なんや、これ」

「え?」

「え! あぁ、とても美味しいです。すごく、驚きました……」


 聖夜は途切れ途切れにそう言い、本当に驚いているようだった。

 しかし、聖夜以上にF組の生徒たちの驚きのほうが大きい。他から見れば芽榴が聖夜に自分の弁当を食べさせたという認識だ。


「琴蔵さん……」


 芽榴は苦笑まじりに聖夜を睨むが、聖夜は洗練された笑顔で首を傾げる。

 芽榴はただ溜息をつくのみだった。






「神代。いいのか? 琴蔵聖夜を野放しにしておいて」


 生徒会室で翔太郎が颯に問う。もうすでに学園中に芽榴と聖夜の件は広まっている。


「じゃあ、翔太郎。お前があのご子息様の手綱をとってくれるかい?」


 颯が仕事をしながら呟く。そう言われれば、翔太郎も黙るしかない。

 この中であのご子息様の手綱をとれるとしたら颯だけだ。


 颯のことだから何かしらの策があるのだろうと思った役員たちだが、颯は何をするでもなくただ黙々と仕事をこなすばかり。ある意味で不気味だ。


「で、有ちゃん。風ちゃんは?」

「ダメです。昨日と同じ感じでずっと考え事をしてボーッとしてます」


 来羅は額を押さえて溜息をつく。翔太郎も溜息をついて眼鏡をかけ直した。


「考えるだけ考えさせておけ。ろくな答えは出てこないだろうがな」

「翔ちゃん……」

「そうだね。まあ、サボリの代償もその後きっちり払ってもらうことにするよ」


 颯はそう言って書類の山を持って部屋を出て行った。


「何かあるな」

「ね」

「ですね」


 冷静すぎる颯を見て、三人はそんな風に頷き合うのだった。







 芽榴はただいま、琴蔵聖夜を捜索している。


 昼食が済み、芽榴がお手洗いに行った隙にどこか消えてしまったのだ。「少し学校探検をしてみます。迷ってしまうかもしれませんので早めに見つけにきてくださいね」という聖夜からの謎の伝言を舞子から受け取り、芽榴は今こうして学校中を動き回ることになったのだった。


 そうして芽榴はふと立ち止まった。


 琴蔵聖夜と二人で接触するのはよくない。この学園に残りたいと思うなら尚更だ。聖夜の言葉に丸めこまれるとかそういう問題は眼中にない。

 そうではない、別の問題が二人のあいだにはあるのだ。そしてそれに聖夜はまだ気づいてない。気づくことは本来ありえないのだ。

 でも、これからもこんなに接触してくるつもりなら話は別だ。いつボロが出るかも分からない。

 いくら重治が大丈夫だと言っていても、それに気づかれないのが一番なのだ。


「でも、そう甘くはない……か」


 そう呟く芽榴に上の階からぎこちないピアノの音が聞こえる。音楽部が練習してるにしては静かすぎる。

 まるでここにいると伝えられている気がするのだ。


 芽榴は深呼吸をする。


 もう後には引けないのだ。


 芽榴はその足を音楽室へと走らせた。








 聖夜はピアノの鍵盤を一つずつ押す。単調な音が響き、消える。まるで自分を取り巻く世界を表しているようで、聖夜はそれを何度も繰り返す。


 そうしてやっと聖夜の待つ人物が扉を開けた。


「遅かったですね。待ちくたびれましたよ」

「昼休み、もうすぐ終わっちゃうんですけどー」

「そう思って分かりやすく居場所を教えてあげましたよ」

「そんな親切ができるなら、いっそ教室にいてくれたほうがマシです」


 そんなふうに反論する芽榴を見て聖夜は笑った。


「ピアノ、好きなんですか?」

「特には。どちらかといえば音楽には疎いほうだと思います」


 聖夜はそう言って芽榴をチラと見た。そして何かいいことでも考えついたと言わんばかりに目を輝かせた。


「楠原さん、一曲弾いてもらえますか?」


 頼まれた芽榴は頗る面倒そうな顔を返した。


「私、ピアノなんて弾けませんよー」

「前回の期末テスト、音楽のテストは100点だったと聞いていますが」


 そう憎たらしく言ってくる聖夜はあくまで紳士然とした笑みを見せる。


 芽榴は渋々ピアノに向かう。聖夜はそこらへんにある椅子に座った。


「何を弾いてほしいんですか?」

「お好きな曲を。あまり詳しくはないんです」


 芽榴は困った顔でピアノの鍵盤を見た。弾いた曲の譜面は全部覚えている。弾けない曲はあまりない。でも一番最初に頭に浮かんだ曲は一つだった。


 芽榴は目を瞑って息を吐いた。


 自然と芽榴の指が動く。軽やかにそして優雅に鍵盤にその指が触れる。

 聞こえる音色は美しく、そして耳に響き脳に染み渡る。


 少し嗜んだ程度のピアノのセンスではないことくらいピアノに疎い聖夜にも分かる。聖夜にとって、こんなにも聞きいってしまう音色は過去に一回しか耳にしたことがない。


 そして偶然にもこの曲はその一回とまったく同じ曲なのだ。


 数分して芽榴はゆっくりと指を止めた。

 芽榴の演奏に聖夜は拍手を贈る。


「素晴らしいですね」

「音楽に疎いのに、分かるんですか?」


 芽榴は目を細めて尋ねた。聖夜は苦笑しながら頷いた。


「ショパンワルツ第9番『告別』。ショパンの最愛の女性、マリアとの悲恋の曲として『別れのワルツ』とも呼ばれるが、本来は彼のマリアに対する甘い恋心に満ちた一曲。偶然、この曲だけは僕も知っているんですよ。まさか弾いていただけるとは思いませんでした」


 聖夜は満足そうに言った。

 ただ彼の胸に一つだけ何か引っかかるものがあった。それが何なのか彼自身まだよく分からない。もうすぐそこまで答えは出かかっているのに、モヤモヤするのだ。


「琴蔵さん?」


 芽榴は怪訝そうに聖夜を見た。聖夜は笑顔で振り返り、芽榴にただ一つを問いた。


「どうして、この曲を弾いたんですか?」


 芽榴は少し上を向いて考えていた。別に深く考えるでもなくその理由を考えた。


「一番最初に譜面が浮かんだんです」


 芽榴は少し笑って言った。


「憧れていた人が好きな曲だったんですよ」


 その言葉に聖夜は目を見張った。





――その曲は?――


――別れのワルツ。憧れの人が好きな曲なんです――





 聖夜はガタリと椅子から立ち上がった。


「……める」


 聖夜の呟きは微かに芽榴の耳にも届いた。


「楠原さん。今日はこれで帰ります」


 そう言って聖夜は急ぎ足で扉に向かう。しかしすぐに立ち止まって芽榴を振り返った。


「また会いましょう」


 そう言う聖夜の瞳は怪しげに光っていた。








 予想より早かった。

 何が確信に至らせたのか、芽榴には到底分からない。たださっきのピアノが問題だったということだけは分かる。


 芽榴は目を瞑った。


「神代くんになんて言おう……」


 芽榴は困り顔で溜息をついた。









 ラ・ファウスト学園に帰ってくるなり、聖夜は特務室のソファーに座り一人考え込んでいた。


 自分の直感が伝えることは確かだ。でもそれは絶対にあり得ない。あり得てはいけないことなのだ。


「どうなっとる……」


 勘違いと言われれば納得せざるをえない不確かな考えだ。でも勘違いと切り捨てるのは早い気がする。


 そんなふうに考えを巡らせる聖夜のもとに慎がやってきた。


「なんか考え事してたー?」


 聖夜の鋭い視線を受け、慎はいつもの笑顔でそう尋ねる。


「楠原芽榴について調べてきたんか?」

「それより、天下の琴蔵聖夜様を悩ませてることについて聞かせろよー」


 慎は楽しげに聖夜の座るソファーの背もたれにのしかかった。


 早く報告しろと言いたいところだが、慎にそう言ったところで彼が言うことを聞いてくれるとは思わない。それこそ時間の無駄だ。


 聖夜は溜息をついて答えた。


「あの女と東條が麗龍に行った件、なんか関係しとるんやないかて考えとった」

「へぇー。またなんで?」


 慎は目を細めて聖夜に話の続きを促した。


「俺は東條の娘と何度か会うたことがある。いけ好かん小娘やったからあんまり話したことはあらへんけど、あの小娘の才能っちゅうんは確かやった。それだけはこの俺かて認めざるを得んかった」

「まさかあの子が東條さんの娘って?聖夜。その子、死んだって言ったじゃん」

「せやから、考えとる。娘やないとしても……関係はある。ピアノの音色も、発言もおかしいくらい似すぎや。それに確か東條の娘の名前も――」

「芽榴」


 慎はそう言って隠し持っていた茶封筒を聖夜に差し出した。


「さすが。何の情報もなくしてそこまで考えられた優秀な聖夜にプレゼント」


 不自然な笑顔を見せる慎を怪しく思いながら聖夜は渡された茶封筒を開けた。


 中に入っていた情報を見て聖夜は嬉しそうにニヤリと笑みを浮かべる。


「これで、決まりやな」


 楽しげに笑う聖夜を見つめる慎の顔からは珍しく笑顔が消えていたのだった。

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