40 欠けた月と満ちた思い
夜も深夜がまわったころ、芽榴は縁側に腰掛けて夜空を見上げていた。
夜空には雲がかかり、月が霞んで見える。まるで芽榴の気持ちを表しているみたいだった。
「芽榴」
背後からした声に芽榴は驚くことはなかった。なんとなく気配を感じていたのだ。
「お父さん。ごめん、起こしちゃった?」
芽榴は後ろを振り返り、申し訳なさそうに重治に謝った。楠原家は基本的に明かりが消えない。芽榴が自室から出ればどこかしらの明かりはついてしまう。それで目が覚めてしまったのなら芽榴のせいなのだ。
「いいや。ただちょっと暑くて目が覚めた」
重治はそう言って芽榴の隣に腰かけた。
「眠れないのか?」
そう重治に聞かれ、芽榴は少し俯いた。
一息ついて芽榴は顔をあげ、苦笑しながら重治に聞いた。
「もし……私の素性がバレたら、どうなる?」
予想もしていない質問に重治は少し驚いていた。芽榴自身、かなり今更な話だということは理解している。
ただ聞くだけ無駄だと思ったから聞かずにいたのだ。でも、今はそれを知る必要があった。
「なんでそんなことを聞くんだ?」
重治の問いに芽榴はこの数日で起こったことと、これから起こるであろう最悪の事態まで重治に伝えた。
琴蔵という名がでてきたときはさすがの重治も頓狂な声をあげていた。
すべてを伝え終わると、重治は少し考え込んでいた。
「そう……だな」
重治のそんな様子を芽榴は心配そうな顔で見つめる。
しかし、その芽榴の姿を見て重治はニヤリと笑い、芽榴の頭にボンッと手をのせた。
「芽榴。お前が思っているより大変なことにはならんぞ」
そう言って重治はゲラゲラ笑った。
「嘘!」
芽榴は思わず大きな声を出した。重治はやれやれと言った顔で芽榴の頭を再びボンッと軽く叩く。
「少なくともお前は何も心配する必要はない。困るとすればあの馬鹿社長くらいだ。ヤツの顔が週刊誌一面に載るだけだ。それはそれで切り抜いて飾りたいくらいだが、そうだな……。そうなったら少しはやっぱりお前に迷惑がかかるかもしれんな」
「迷惑っていうか…バレるようなことをしたのは私なんだから私が苦労するのはいい。でも……」
拳を握りしめる芽榴を見て重治は困った顔をした。
「芽榴。お前は悪くない。こちらの都合で振り回されただけだ。お前は本当はもっと文句を言っていいんだ。できるなら、あいつを一発殴るべきだと思うぞ」
「でも、その原因を作ったのは私だよ」
「それも違う」
重治は芽榴とともに霞んだ夜空を見上げる。
「芽榴。お前の好きにすればいい。そう、ヤツも言ってたぞ」
芽榴は目を見開き、重治を見た。
「お前が生徒会に入ったことも喜んでいた。分かるか? 芽榴。お前がお前の大事なものを見つけ、それを守ることを誰も否定しない」
雲が晴れ、欠けた月が顔を出す。二人の姿をおぼろげな月だけが見下ろしていた。
「芽榴の考えた最善の策ならそれよりよい策はない、だろう?」
重治は優しく笑って芽榴を見た。
「安心しろ。簡単に露見することを十年も隠せるわけがない。逆に言えば十年隠し通せてきたものがそう簡単に露見することはないということだ。たとえ琴蔵といえど、決定打はない。すべて憶測の範囲でしか語ることはできんよ」
重治の言葉には確かな自信があった。
「お前の父親は高いリスクをお前にまで背負わせることはしないさ」
重治は今度は思いきり芽榴の頭をグシャグシャと掻き乱した。
「人生楽しまなきゃ損だぞ、芽榴」
重治の言葉はいつも優しい。それが重治の役目なのだとしても彼の言葉が心からのものだということは分かる。
「そーだね」
芽榴は空を見上げる。その顔にもう曇りはなかった。