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麗龍学園生徒会  作者: 穂兎ここあ
ラ・ファウスト学園編
44/410

34 交渉と砂上の城《改訂版》

 バスを使って小一時間。

 ラ・ファウスト学園に着いた。


「うわー。これまたすごい校舎だねー」


 芽榴は言葉とは裏腹に呑気な声を出し、圭は校舎を見て「すげー」と呟く。


 茶髪くんとチョンマゲくんは学園の前に立ち、驚愕している。そんな頼りない顔の茶髪くんとチョンマゲくんに圭が喝を入れた。バシッと背中を叩き、2人は悶絶する。

 茶髪くんはともかくとして、チョンマゲくんは驚愕するくらいならなぜ来たと言いたくなった。


「なんで圭と圭の姉ちゃんはビビんねーんだよ?」


 茶髪くんは恨めしそうに圭をジト目で睨む。対する圭はまったく意味が分からないという顔をしていた。


「悪いことしてねーのになんでビビんの」


 圭らしい反応に、芽榴は苦笑する。茶髪くんとチョンマゲくんに至っては「さすが圭くん」と涙を流していた。


 というわけで、茶髪くんとチョンマゲくんの目にはどんどん芽榴と圭が最強姉弟に見えてくる。

 確かにこの姉弟がいれば何も怖くない気さえしてくるのだ。


 長い塀をたどっていくと、学園の門の前に差し掛かる。門の前には警備員がいて茶髪くんがその人に頭を下げた。


「あの、えっとー…榊田さかきだ総一郎そういちろうさんと面会したいんすけど……」

「話は伺っております。榊田様と連絡を繋ぎますので、少々お待ちを……」


 そう言って警備員の人が門の隣にある警備室に向かい、内線で何かを話している。数秒後、連絡が繋がったらしく警備員が4人のところへ戻って来た。


「榊田様が、エントランス右手の面会ルームでお待ちです」


 そう言って警備員はあっさり門を開けてくれた。

 学園に乗り込もうとしている茶髪くんは肩がいかっている。かなり緊張しているのが見てわかるため、芽榴はポンッと彼の肩を叩いた。


「え、な、な何すか」


 あまりの緊張の末、茶髪くんは声が裏返る。芽榴はその反応に噴き出してしまった。


「あんまり緊張してると、向こうに馬鹿にされちゃうよ? 肩の力抜いて」


 芽榴がそんなふうに言って安心させるように笑いかける。すると茶髪くんの肩もスッと角がとれていった。


「芽榴姉……」


 そんな芽榴を圭は惚れ惚れするような顔で見ている。そして芽榴は視線をずらし、圭の隣で硬直中のチョンマゲくんにも声をかけた。


「キミも、リラックスして…」

「はいぃぃ!」

「人の話聞いてるー?」


 芽榴が忠告した次の瞬間に、チョンマゲくんは声を裏返らせる。芽榴はそんなチョンマゲくんを見て困ったように笑い、圭が喝入れにその頭を叩いていた。



 門に足を踏み入れると、そこには花畑や噴水など、西洋の広場を思わせる光景があった。美しい装飾のベンチや木陰にチラホラとラ・ファウストの生徒が見える。


「なんか視線がいてぇなぁ…」


 茶髪くんの言うとおり、辺りにいる生徒からの好奇の視線が痛いくらいに伝わる。

 クスクスと笑い声さえ聞こえる。少なくとも芽榴を除く三人は名の知れぬ公立高校の制服を着ているのだから、庶民が学園に何の用かと見下しているのだろう。


 そんな中をしばらく歩き、やっと校舎の入口に着く。


 校舎を見上げれば、まさにどこかの御伽噺おとぎばなしに出てきそうな城だ。


 もう感嘆の溜息しか出ない。ポカンと阿保ヅラをしている2人を見て、圭は再び喝を入れる。


「ああ! くそっ!」


 茶髪くんはいい加減腹をくくり、顔をパンパンッと叩く。チョンマゲくんもなぜか顔をパンパンッと叩いて気合をいれており、なんとなくその仕草が周囲を和ませた。


 そして4人は大きな重たい扉を開け、校舎の中へと足を踏み入れる。


 校舎の中は外観のイメージ通りだ。大理石の床は一歩踏み出すたびにカツカツと高貴な音を響かせる。

 警備員に言われたとおりエントランス右手〝Meeting Room〟と書かれた部屋の前で立ち止まった。


「ミーティング? 何かの部室か?」

「これで面会ルームだよ」


 圭のツッコミに芽榴は苦笑まじりに答えた。

 振り返って茶髪くんの様子を伺う。彼はもう準備万端らしく、芽榴の視線を受けて「うん」と頷いた。


 そして芽榴たちはその扉を開ける。

 扉の中は予想通り。とても広い。詳しくは分からないが価値の高そうな彫刻や煌びやかな置物がたくさん置いてあり、視覚的な満足感がすごい。


 応接用のテーブルも腰掛けも埃一つなく、ツヤが違う。まさに超高級品、という感じだ。


 そしてその中で、榊田総一郎という男が黒いソファーに座って愉快げに待っていた。まるで自分も辺りの高級品と同等に高位の人間とでも言いたげに。


「これはこれは、お連れがたくさんですね……」


 昨日と同じ、人を見下すような嘲笑の笑みを浮かべながら榊田は芽榴たちのことを見ていた。榊田は茶髪くんとおばさんの来訪を想像していたに違いない。この人数も面子も予想外のはずだ。ただ、すぐに芽榴たちが昨日店にいた客と気づいたらしく納得したように笑っていた。


「まあ、いいでしょう。そこにお掛けになってください」


 そう言って、榊田が4人にも目の前のソファーに腰掛けるよう促す。茶髪くんとチョンマゲくんは言われた通りソファーに腰掛けた。


「芽榴姉は座らねーの?」

「うん、立ってるから。いーですよね?」


 芽榴が尋ねると、榊田は「ええ」とどうでもよさそうな感じで許可してくれた。はっきり言って芽榴たちは部外者で眼中にもないのだろう。


「さて、今日ここに来てくれたということは……承諾してくれるということですよね?」


 榊田はそんなふうに言って、茶髪くんに承諾書を出すよう促す。茶髪くんは唇を噛んで最後の悪あがきを試みた。


「あの、他のところじゃダメなんすか? 別に、あの喫茶店じゃなくても……」

「ダメなんです。あそこは交通の便がいい。立地が理想的だ」

「で、でも…あの通りは広いし、他にも店があるし、そっちに話を持って行って…っ」


 チョンマゲくんも茶髪くんのために、案を出す。確かに交通の便と立地であの喫茶店と隣接するビルを買収するなら、近い場所なら他のところでもいいはず。いいところをついているが、それを言うのがチョンマゲくんだからいけない。相手にされるはずがないのだ。


「僕はあそこがいいんです」


 榊田は溜息まじりに告げる。


 聞いていた圭もチョンマゲくんも顔を歪めた。

 榊田の理屈は余りにも酷くて雑だ。

 気に入った場所だから立ち退け、その理論は些か横暴すぎる。そんな理由で茶髪くん親子が納得できるはずがない。


「さ、承諾書を出してください」


 もう一度催促する。茶髪くんは学生鞄に手をかけるが、やはり承諾書を取り出すのは躊躇した。

 その理由が分かるから、圭は動く。芽榴の隣にいた圭はその足を進めてソファーに腰掛ける茶髪くんの手を掴んだ。


「……圭?」


 茶髪くんは驚いた顔をしていた。けれど圭の顔を見た瞬間、どこかホッとした顔になる。


「俺、昨日も言ったっすけど、あの喫茶店好きなんです」


 圭はそう言って、榊田に話し始めた。


「おばさんがすげー優しくて、こいつの言うとおり常連客も本当にいっぱいいるんですよ」

「そうだよ。おばちゃんの料理うめぇし、全然寂れてなんかなくて……」


 チョンマゲくんも言葉を付け加える。

 圭は榊田に頭を下げた。


「お願いしますっ。考え直してください」

「お願いしますっ」


 チョンマゲくんも圭と同じように頭をさげた。茶髪くんはそれを見て泣きそうになりながら、自分も「お願いします」と頭を下げる。


 その姿を、榊田は可哀想なものを見るかのような目で見ていた。


「……涙ぐましい友情ですね。でも、残念だ。僕は情で物事をどうにかしようとする庶民が大嫌いなんですよ」


 榊田は言葉を吐き捨て、頭を下げる3人を見て笑い始めた。


「僕はこの学園、ラ・ファウスト学園でも上位の人間ですよ。将来、この国を担う人間になる僕に、その手の芝居が通用すると思っているんですか? 馬鹿馬鹿しい。一生懸命練習した芝居でしょうが、大根以下ですね」


 嘲笑いながら告げる榊田を、圭は睨みつける。茶髪くんとチョンマゲくんは羞恥で顔を真っ赤にしていた。


「なんですか? その目は。君は部外者。これ以上、話に関与しないでくれますか」


 茶髪くんとチョンマゲくんが落ちた今、榊田はいまだ自分に反抗的な態度をとる圭を潰しにかかる。


「君みたいな庶民は、あんな店でしか食事をとることもままならないのかもしれませんが、それは僕の知ったことではありません」


 榊田は完全に圭を馬鹿にしていた。そしてその憎たらしい笑みを浮かべたまま、言葉を連ねる。


「どんな人情話を突きつけても僕の心には響きません。さっさと承諾書をだしていただけませんか? 僕は時間の無駄が大嫌いなんです」

「同感ですねー」


 榊田がそう言った瞬間、口を開いたのは芽榴だ。予想外の方向からの声に、榊田も圭も、茶髪くんもチョンマゲくんも驚いていた。


「芽榴姉…」

「君は、何なんですか? 部外者がまた口出しですか?」


 榊田はそう言って、扉近くに立っている芽榴のほうを見る。芽榴は、榊田の鋭い視線も受け流して平然とした顔で立っていた。


「いやー、時間の無駄が嫌いっておっしゃったので私もそれに共感しただけです。こんな口論、無駄だなーって見てて思いました」


 圭たちはそんな芽榴の発言を訝しむ。けれど芽榴を味方につけたと思った榊田はニヤリと笑った。そして芽榴の制服を見て何かを納得している。


「さすがは麗龍の生徒だ。話が分かる」

「ええ、分かりますよ。本当にすごく馬鹿らしいですよねー……その、娯楽施設建設案」


 芽榴はニコリと笑いかけた。


「……っ」


 芽榴が続けた言葉に、榊田は目を見開く。圭たちもピクリと反応した。芽榴はこの建設案自体に対して、時間の無駄だと言っているのだ。


「な、君は……っ」

「榊田総一郎さんはかの有名な榊田ワークス社長のご子息様。でも今のところ事業に関する権限はまったく譲り受けていない」


 芽榴は榊田の目の前で榊田のプロフィールをツラツラと語る。それは来羅のデータファイルで見たものの瞬間暗記。

 正確に自分のことを調べ上げられていると分かり、榊田の顔に焦りが浮かぶ。


「つまり、この娯楽施設案に榊田ワークスはまったく関係してないってことですよね? 全部あなたの私的目的のための建設。だったらこっちの意見が優先。喫茶店を潰したくないって言ってるなら、その意見が通るって思うんですけど違いますか?」


 芽榴は首を傾げて榊田に尋ねる。榊田はウッと言葉に詰まって芽榴から目を逸らした。


「ふ、ふんっ。僕がお願いすれば、父様は動いてくれます」

「じゃあ、なんであの場所に拘るんですか?」


 芽榴は続けて榊田に質問する。落ち着かせる暇を与えてはいけない。


「だからさっきも言ったとおり……っ」

「社長が動いてくれないから」

「……っ!」

「施設を建てたいなら全部自分で何とかしろとでも言われたんじゃないですか?」

「……ち、違う!」


 芽榴の発言に榊田の目が見開く。図星だったのだ。


「榊田ワークスが動くなら、別にあの場所に拘らなくても他の場所を買収できるはず。あの通りって結構大手企業の店も展開してますから、榊田ワークスが動いていない以上、話は跳ね除けられてしまう。となれば榊田の名前に驚いて、バックに何がついてるかとか調べずに買収案に乗ってくれそうな店じゃないといけない。そんな店が並んでいて尚且つ自分の思い通りの敷地範囲を考えると、どうしてもあの喫茶店は入ってしまったってところですかね」


 芽榴はそれだけのことを詰まることなくスラスラと言ってのける。圭や茶髪くん、チョンマゲくんには意味がわからない。榊田は苦しげに芽榴を睨みつけた。


「どうして、庶民の君が……麗龍の生徒と言えど、経営学の観点からの話をできるんですか」


 その言葉に圭の肩がピクリと反応する。芽榴は肩を竦めてハハハと呑気に笑った。


「昔、興味本位で経営学の本を読んだことあるんですよ。そしたら今回と似たような話が載ってて、ちょっと気になって付き添っちゃいましたー」


 芽榴は戯けたようにして言う。対する榊田はそんな芽榴の態度さえも癇に障って、悲痛に顔を歪ませた。


「……っ」


 榊田は舌打ちをして、自分の隣に置いてある茶封筒に手をつけた。


「……いくらですか?」


 そう言って、榊田は小切手を取り出し、茶髪くんに向かって尋ねる。茶髪くんは唖然としていた。


「……は?」

「僕の指定した金額では足りないから、買収案に乗らないのでしょう? ほら、欲しい金額を言ってください。どうせ君たちの欲しい額なんて、僕たちセレブにとって、はした金に過ぎない」


 最後の最後まで、榊田は最低な言葉しか吐かない。圭が拳に力をこめる。圭のしようとしていることが分かった芽榴は圭の名を呼び、その動きを止めた。


 そんな圭を見て、榊田はホッとした顔になり、笑みを浮かべる。


「本当のことを言われて、悔しいんですか?」


 芽榴に止められて、圭は榊田を殴らない。けれどあの顔は殴っても罰が当たらないはずだ。


「榊田さん」


 芽榴は榊田の名を呼ぶ。榊田は芽榴への警戒心を丸出しにして、芽榴に視線を向けた。


「何ですか?」

「彼と、彼のお母さんが欲しいものを買えるだけのお金、準備できますか?」


 芽榴がそう言うと、榊田はフッと鼻で笑った。


「当たり前じゃないですか。庶民の欲しいものなんて……」

「じゃあ……思い出はいくらで買えますか?」


 榊田の声を遮るように、芽榴の透き通った声が響く。


「今の世の中、お金で買えないものなんてほとんどないです。命だってお金があればいい病院に行けて、救われたりする世の中ですから」


 芽榴は少し表情を曇らせる。

 お金で買えないものはない。お金があれば全部欲しいものが手に入る。

 でもそんなことは絶対ない。どんなにお金があっても手に入らないものはある。それを知らない榊田総一郎という人間は本当に恵まれた人間であり、本当に可哀想な人間なのだ。


「だから、お金で買えないものって……そんな世の中だからこそすごく価値あるって、私は思います。そんな価値あるものを持ってる彼はすごく裕福だって……違いますか?」


 芽榴は顔色一つ変えない。いつもの呑気な芽榴の姿はそこにない。冷静な口調の芽榴はそれだけで風格があった。


「あの喫茶店に詰まった思い出を、榊田さんは返せますか?」

「……思い出? また人情話ですか。もうそんな話は聞き飽きました」

「飽きないでください」


 芽榴はそう言って、白いプリーツスカートのポケットからボイスレコーダーを取り出した。


「な……っ」


 芽榴が持っているものを見て榊田は眉を顰める。


「ここに来てから今までの全部の会話、世間の人が聞いたらどう思いますかね」


 芽榴はボイスレコーダーを顔の横に持ってきて榊田に尋ねた。


「世の中、庶民のほうが多いんです。榊田さんみたいなセレブは一握り。お金持ちがいるから庶民がいますけど、その逆もそうです」


 榊田のここでの発言はすべて庶民を敵に回すもの。滑稽な計画の真実も録音されている、そのボイスレコーダーさえあれば、弁護士を呼んだとしても榊田は勝てない。


「このボイスレコーダーの録音を消去する条件として……もうあの喫茶店には関わらないという誓約書、お願いしますね」


 最高の駆け引き。榊田はノーとは言えない。芽榴の話をのめば、この件は白紙。でも別の場所でなら娯楽施設建設は可能だ。芽榴の話を拒否すれば、榊田家の名に泥を塗る。下手をすれば勘当話にまで発展しかねない。


「……っ!」


 榊田はガンッと机を叩く。そして悔しげに口を開いた。


「……分かりました。誓約書をお渡しします」


 その言葉に茶髪くんの目が光る。圭とチョンマゲくんは「やった!」と手をパンッとあわせた。


 芽榴は嬉しそうな圭たちを見て優しく微笑み、一足先に面会ルームを出て行く。


 もうここに用はない。この学園は芽榴にとって、あまり長居していたい場所ではないのだ。


「……帰りますかー」


 何の名残も感じさせず、芽榴は伸びをしながら学園のエントランスを出て行った。

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