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麗龍学園生徒会  作者: 穂兎ここあ
ラ・ファウスト学園編
41/410

31 セレブと庶民《改訂版》

 体育祭の次の日は振替休日で休みだった。


「芽榴姉。やっぱ家で休んでろよ」


 圭が芽榴に言う。今日はたまたま圭の学校も行事の入れ替え等によって休日だった。そして今、芽榴は圭と買い出しに街を歩いている。隣を歩く芽榴の足元を見て、圭は複雑な顔をした。


 昨日、芽榴はそれなりに酷い怪我を負った。しかし、颯の治療がよかったせいか、昨日ほどの痛みはもうない。ゆえに芽榴自身、街を歩くくらいどうということはないのだが、圭は心配らしい。


「食材は自分の目で選びたいからねー」


 家にいれば、真理子がいる。よって彼女が芽榴に絶対安静を強いるだろう。何もしないでボーッとしているのはこの上なく暇だ。


 確かに体育祭までの一ヶ月間のように本気で頑張ることは疲れるし、あまりしたくはない。だが、何もしないのはまた別の話で、これはこれで無駄な時間の浪費が目に見えて疲れるのだ。


 つまり、街をぶらついているのは単に買い出しに行くのではなく、暇つぶしの気分転換でもあるのだ。


「でも……」

「じゃ、圭は足に押しピンが刺さったからって部活休むのー?」

「そりゃねーよ」

「でしょ。私の怪我もそれと同じー」

「絶対ちげーだろ!」


 圭は少し大きめの声で叫ぶが、芽榴はそれを軽くあしらう。やはり弟である圭が芽榴を説き伏せられるはずがないのだ。

 芽榴がスーパーに行くことを止めるのが、圭ではなく颯だったなら芽榴も渋々了承したかもしれないが。


「ね、圭。お腹空かない?」


 芽榴は話題を変えようとそんなふうに提案する。今はちょうど昼時。そろそろ小腹も空いてきたところだ。圭も同じことを思っていたらしく、2人でスーパーに行く前に軽く食事をとることに決まった。


「どこで食べよーか」

「芽榴姉、食べたいものある?」

「特にないけど。圭はー?」


 芽榴は首を傾けて尋ねる。すると圭は「ああ……」と言って頬をかいた。


「この近くに、俺のダチの母さんがやってる喫茶店があるんだけど……。何回か行ったことあってナポリタンが結構上手いんだ」

「じゃあ、そこにしよっか」


 芽榴がそう言って、芽榴は圭とその喫茶店へと足を運んだ。



 歩くこと数分。

 そう遠くない場所に、目的の喫茶店がある。ビルとビルのあいだに挟まれたオシャレな喫茶店。焦茶色を主とした外装が大人っぽい雰囲気を醸し出していた。

 店の扉を開けると、いい香りが漂う。あまり広くはないが、心地よい空気が第一印象として残った。


「いらっしゃいませ。……あら、圭くん」


 店内に入ると、長い茶色の髪を一つに束ねた女性が圭に駆け寄った。顔には年相応に皺が入っているが、優しそうな顔立ち。店内にマッチする濃い茶色のエプロンがとても似合っている。


「おばさん、こんちは」

「こんにちは。隣の人は彼女さん?」


 圭が挨拶を返すと、おばさんは芽榴に目を向けた。芽榴のことを『彼女』かと問われ、圭は一気に顔を赤くしておばさんの目の前で両手を振った。


「ち、違うっすよ! この人は俺の姉ちゃんです!」

「え? あ、この人が……」


 そう言っておばさんが芽榴に視線を移す。それと同時に圭が芽榴におばさんの紹介を始めた。


「芽榴姉。この人が俺のダチの母さん。この喫茶店の店長さん」


 おばさんがお辞儀をすると、芽榴もお辞儀をして自己紹介を始める。


「圭の姉の、楠原芽榴です。いつも圭がお世話に……」

「あははっ、お世話になってるのはうちのアホ息子のほう」


 おばさんはそんなふうに言って、困ったように笑った。


「適当に座っていいから。あ、透くんも来ててね。奥の席に座ってるわ」


 芽榴と圭を店の中に通しながらおばさんがそんなふうに言う。芽榴は首を傾げるが、圭は楽しそうに「マジっすか?」と言って早歩きで店の奥に向かった。


「よっ! 透」


 圭はそんなふうに声をかけて一番奥の席で勉強道具を広げている友人の元に駆けよった。圭の声がしてチョンマゲを揺らしながら小柄な男子が顔をあげた。


「うわっ、圭じゃん!」

「宿題か?」

「いや、補習課題……って」


 圭と話していたチョンマゲくんが圭の後ろにいる芽榴を見て、目を見開く。


「圭、来てんの? わ、マジだ! 来るなら先に連絡してくれりゃあいいのに」


 店の調理場のほうから少し背の高い茶髪の男子が現れる。さっきのおばさんの息子なのだろう。おばさんと同じエプロンをつけていて、仕事の手伝い中のようだ。

 圭とチョンマゲくんのところに足を進める茶髪くんは、芽榴の姿を目にしてやはりチョンマゲくんと同様に目を見開いた。


「お前ら、何その反応……」

「圭! その人誰!?」

「お前、いつ彼女できたんだよ!?」


 チョンマゲくんが芽榴を指さして叫び、茶髪くんは圭の肩をブンブンと音を鳴らして揺らす。興奮状態の友人2人を前に、圭の頭からプツッと何かが切れる音がした。


 そしてそのまま圭はうるさい2人の頭をガッと殴った。


「「ってぇーーーーーーっ!!」」

「彼女じゃねーよ! 芽榴姉は俺の姉ちゃんだっつの、バーカ!」


 圭は2人に向かって怒鳴る。怒るほどのことでもないはずなのだが、と芽榴は困り顔で笑った。


「え、圭の姉ちゃん?」


 芽榴が圭の姉だと発覚すると、なぜか再び茶髪くんとチョンマゲくんが固まる。圭はその様子を「今度は何だ……」というふうに見ていた。けれどそれよりも先に芽榴が「あ」と声を漏らし、2人に軽く頭を下げる。


「圭の姉の、楠原芽榴です。弟がいつもお世話になってます」

「あ、ども」

「俺たちこそ圭にいつもお世話になってるっす」


 さっきのおばさんと同様、芽榴は2人にも丁寧に自己紹介をし、慌てて2人も芽榴に頭を下げた。


「でも、この人が……圭の姉貴か」


 茶髪くんが芽榴のことをジッと見つめてそんなふうに呟く。隣のチョンマゲくんも芽榴のことを見つめた。


「何か意外だなー。もっとこう……あ、いや何でもねーっす」


 チョンマゲくんはそんなふうに曖昧な呟きをもらす。圭が学校で何か言っているのだろうかと芽榴は圭を見上げた。けれど、圭もよく分からないという顔をしているため、2人の反応についてこれ以上詮索するのはやめた。



 結局芽榴と圭はチョンマゲくんの席の、隣の席に座ることにした。ちょうどおばさんから休憩をもらえたらしく茶髪くんがチョンマゲくんと相席して、4人で少し会話をする。


「芽榴姉、おしぼり」

「ありがと」

「水は? もうすぐなくなりそうだけど、おかわりとか」

「まだ大丈夫」


 茶髪くんとチョンマゲくんは芽榴に優しい笑みで話しかけ、半端ない気遣いをする圭を半目で見つめる。


「いやー……なんとなくこんな感じだろうと想像してたけど」

「……サッカー部のマネたちがここにいたら発狂すんぞ……」


 冷たい水を飲みながら、2人はハーッと溜息を吐いた。




 それからしばらくして、芽榴と圭はオススメのナポリタンを口にする。


「あー、美味しい」

「だろ? まあ芽榴姉のも同じくらい美味しいけど」

「はいはい」


 照れ臭そうにそう言う圭に、芽榴は困り顔で笑った。隣のチョンマゲくんと茶髪くんは半目で笑う。圭の物言いは完全なるシスコンのそれだ。


 そんなふうに楽しげに喋っていると、店の扉が開く。チャリンと鈴の音のようなものが室内に響いた。

 さっき芽榴と圭を迎え入れてくれたときと同じようにおばさんは笑顔でレジの前に駆けていく。しかし、店の入り口に立っている人物を見て、その顔を強張らせた。


「い、いらっしゃいませ……榊田、様」

「嘘だろ……」


 おばさんの声が聞こえた茶髪くんは一瞬で焦り顔になる。そして、おばさんのところへと走っていった。


「な、なんだ?」


 芽榴と圭、チョンマゲくんも茶髪くんの反応が気になって入り口のほうへと視線を向ける。そして店の中を支配した緊張感の理由をすぐに察した。


 入口に立っている青年はまだ芽榴や圭たちと年齢は変わらない姿をしている。しかし、その背後に従えている黒いスーツの人たちが、その存在だけで男の地位を表現していた。

 そして男が着ている制服は日本人なら誰でも知っている。


「ラ・ファウスト学園の生徒……?」


 圭は驚きを隠さない声で呟く。

 男の着ているベストについた校章は間違いなくラ・ファウスト学園のそれだった。


 ラ・ファウスト学園といえば、全国一の超セレブ校。全国の令嬢令息が集まる隣町の学園だ。普通庶民が関わることのない相手――。


 入口にいるおばさんはとてもぎこちない笑みで、目の前の男をもてなした。


「あの、とりあえず……お茶をお出しいたしますので……」

「ああ、店内には案内してくれなくていいです。もうあなた方の店のすばらしさ・・・・・はよーく理解できましたので」


 そんな皮肉を言って、ラ・ファウスト学園の坊ちゃんは笑う。おばさんと茶髪くんは羞恥で顔を真っ赤にしていた。

 その声を聞いただけで、芽榴たちも居心地が悪くなる。第一声だけですでに、その男に好意を持つことができないと分かった。


「も、申し訳ありません」

「別に構いませんよ、そんなことは。さっさと本題に入りましょう。僕は忙しいので……まあ、あなた方は少々お暇のようですね」


 店内を見渡しながら、坊ちゃんは言う。事実、今は芽榴たちしかいない。けれど芽榴たちが休日なだけで世間は平日。昼時とはいえ、人が少ないのも仕方ないと言えば仕方ないのだ。

 しかし、そんな言い訳は相手の男に通用しない。


「こんな寂れた店……買収してあげるだけ喜んでほしいのですが」


 その話を聞いて、おばさんと茶髪くんの肩がピクッと揺れた。芽榴たちも敏感に反応してしまう。


「あなた方が承諾してくれないことには、さすがの僕も押し通せないんですよ」

「で、でも……」

「僕は今度アメリカから来るI社の令嬢をもてなさなければならない。あなたたちの敷地を使って、彼女を喜ばせるための娯楽施設ができるんですよ」


 聞いていた芽榴も呆れてしまう。要するに、彼は私的目的のためにこの喫茶店と周囲のビルをいくつか買収して娯楽施設を創ると言っているのだ。


「今なら十分な謝礼も用意します。別の場所で店を出すための資金繰りも協力しましょう。それでもまだ不満が?」


 条件は悪くない。買収されたからといって、茶髪くん親子への負担はないのだ。


 けれどラ・ファウスト学園の男の言葉に、おばさんは首を横に振ってそれを拒否した。


「ここは亡くなった夫が私のために残してくれた大切なお店で……」

「もうその昔話も聞き飽きました。残念ですが何度も聞くと、せっかくの感動話も涙をそそりません」

「な……っ、ここは母さんが一生懸命働いて、今はあんま客いねーっすけど普段はちゃんと……常連客もいて」


 茶髪くんが顔を真っ赤にしながら怒鳴り始める。おばさんが「リュウ!」と言って自分の息子の動きを制していた。

 対して男のほうは面倒そうに「やれやれ」と首を横に振った。


「話になりませんね。これが最後の交渉です」


 男の発言におばさんの顔が絶望的になる。

 瞬間、圭が大きな声を出した。


「このナポリタン、すっげー美味い。な、芽榴姉!」

「え? あ、うん。すごく美味しい」


 圭がいきなりそんなことを問いかけてきて、芽榴はそちらのほうにこそ驚いた。

 それはおばさんと茶髪くんも同じのようで、ラ・ファウストの男との交渉の途中だというのに振り返った。


「こんな美味いナポリタンが食えるとこなんて全然ないのに、潰れたら嫌だなー」


 圭はそう言って入口のほうをチラと見る。それで圭のしようとしていることが芽榴にもチョンマゲくんにも分かった。


「本当だよ! こんな居心地いい店ねーのに。潰せるわけないない」

「本当すごく美味しいし、常連客多そうだよねー」


 芽榴と圭、そしてチョンマゲくんは交渉に口出しはしない。けれど、世間話に見せかけた会話でその交渉をぶち壊す。


 しかし、それさえもラ・ファウスト学園の坊ちゃんは滑稽と言わんばかりに見ていた。


「馬鹿らしい。店主が店主なら客も客というところですか」


 そう言って、その男は時計に目をやる。「昼休憩も終わりで、そろそろラ・ファウスト学園に向かわなければいけない」と坊ちゃんは自慢げに言った。


「交渉はこれで終わりです」

「待ってください!」


 おばさんは止めようとするが、無駄なこと。


「もし弁護士に出てきてほしくないなら、明日までに承諾書をラ・ファウスト学園まで持ってきてください。それでは」


 ラ・ファウスト学園の男は最後にフッと笑って、鈴の音を鳴らしながら扉の向こうへと消えていった。




 ラ・ファウストの男がいなくなると、おばさんはそのままフラッとよろけて倒れてしまった。


「母さん!」


 茶髪くんは急いで母親を支える。そのままおばさんを奥のソファーに寝かせて、茶髪くんは急いで店の外に出て札を営業中から準備中へと変えた。


 店の中に戻ってきた茶髪くんは泣きそうな顔でしゃがみこんだ。


「おい、大丈夫か」


 そんな茶髪くんのそばに寄って、圭が心配そうに見つめる。

 しかし、母親の店が買収の危機にあって大丈夫なはずがない。


「うわーっ、マジどうしよう。弁護士とかヤベェじゃん! 絶対勝てねぇ……」


 そう言って茶髪くんはワシャワシャと髪を掻き毟る。


「な、なぁ……署名とか集めればいいんじゃね?」


 チョンマゲくんは友人のために、ない頭を一生懸命に振り絞ってそう提案した。しかし、茶髪くんは首を振ってその案を否定する。


「母さんが集めたんだ。常連客の人とかに手伝ってもらって。でも、あの頭でっかちにダメって跳ね除けられた」


 シュンとする茶髪くんを見て、芽榴もいたたまれない気持ちでいっぱいになってきた。おそらく茶髪くん親子に勝ち目はない。


「この店、まあ親父の形見みたいなもんだから。母さんも手放したくなくて……でも、もう無理か……。明日、承諾書持ってく。部活は休むわ」


 茶髪くんはそう言って立ち上がった。


「せっかく来てくれたのに、ごめんな」

「俺たちのことは気にしなくていいけど……」


 圭もチョンマゲくんも言葉に詰まる。

 2人にも手助けはできないのだ。


「ま、この店なくなっても転校とかにはなんねぇし、大丈夫だよっ」


 茶髪くんはそう言って笑う。


 向こうが十分な資金援助をしてくれるなら店を手放したところで茶髪くん親子は困らない。

 それでもラ・ファウスト学園の坊ちゃん相手に抵抗するのは、余程この店が大事だから――。


「……ね、学園に行くなら私も付き添っていい?」


 ずっと黙っていた芽榴が口を開き、圭も茶髪くんもチョンマゲくんも顔を上げる。3人とも不思議そうな顔で芽榴のことを見つめていて、芽榴は苦笑した。


「ラ・ファウスト学園って、ちょっと行ってみたかったから」


 そんなのんきなことを言う芽榴を茶髪くんは訝しげに見つめる。しかし、どうせ承諾書を渡しに行くだけなのだから誰が付き添おうと関係ない。


「いいっすけど……?」

「芽榴姉?」


 圭は芽榴を不思議そうに見ていた。どうして芽榴が付き添うのか分からない。

 けれど芽榴が行くのだから、当然圭も行くと言い出す。するとなぜかチョンマゲくんも付き添うことになった。


 ナポリタンを食べきって、芽榴たちは喫茶店を出る。今の状態で店の中に長居はできなかった。


「ああ、この店なくなるとかありえねー……」


 チョンマゲくんは頭を抱えている。


「一応、承諾書出す前に頼んでみようぜ」


 圭はチョンマゲくんを慰めつつ、そんなことを言っていた。圭もこの店が無くなるのは嫌なのだ。


 そんな2人を眺め、芽榴は一息つく。


「さて、と……」


 ともあれ、明日は隣町のラ・ファウスト学園に赴くことになる。

 今の芽榴は早々に生徒会を切り上げる理由を考えていた。


 もちろん、このラ・ファウスト学園訪問が新たな波乱の幕開けになるなど、知る由もないのだ。

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