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麗龍学園生徒会  作者: 穂兎ここあ
Route:琴蔵聖夜 世界一幸せな恋物語
407/410

#18

 そうして日々は過ぎ、テスト結果が貼り出された。

 手応えの通り、芽榴は颯の名前の隣に、同じ満点の数字とともに自分の名前を刻んだ。


「やっぱり、楠原さんはすごいですね」


 一緒に順位を見ていた有利が、芽榴のことを褒めてくれる。

 それが嬉しくて、芽榴はふわりと笑って「ありがとー」と答えた。


「ええっ、私また翔ちゃんに負けちゃったのぉ? 最悪」

「実力だな」


 その隣では来羅と翔太郎が仲良く喧嘩している。

 すると、芽榴のそばで「うわぁ」と感心する声が響いた。


「芽榴ちゃんも颯くんもさっすが」


 芽榴の背後から風雅が顔を出した。

 芽榴が驚いた顔をすると、風雅はニッと笑って、芽榴に「おめでとう」と声をかけてくれる。


「うん。ありがとー」

「蓮月くんは、どうでしたか?」

「オレはまあ、いつも通りって感じかな。颯クンに怒られる」

「……それが分かってるなら頑張れ、って毎回言ってるんだけど」


 風雅の言葉に続けて、颯の声が降ってくる。芽榴が振り返ると、颯は芽榴に小さく笑いかけた。


「は、颯クン!」

「風雅は放課後、生徒会室でお説教だよ」


 颯の冷たい言葉に、風雅が泣き叫ぶ。

 いろいろあったけれど、徐々に「いつも通りの日々」が戻ってきていた。


「芽榴」

「んー?」

「約束、守ってくれてありがとう」


 心から嬉しそうに笑って、颯が芽榴に言った。

 ちゃんと、颯とも、風雅とも、また笑いあえるようになった。


 けれど、それと同時に、芽榴の旅立ちの日もどんどん迫ってくるのだった。







「芽榴。……おい、芽榴」


 名前を呼ばれて、芽榴はハッとした。

 目の前には、心配そうな顔をした聖夜がいる。

 今日は土曜日で、明日は舞踏会。それ用のドレスはすでに聖夜が準備しているということで、特にそろえるものはない。


 芽榴が日本にいる時間は本当にもうわずか。一週間と少し。


 だから今日は、聖夜と2人で少し遠出をしていた。特に何をするでもなく、本屋に立ち寄ったり、通りがかったお店を覗いたり。

 普通の高校生みたいなことがしたい、という聖夜のリクエストのもと、本当に特記することのない、お出かけをしていた。


「ボーッとして、どうした? 疲れたか?」


 ちょうどいい時間だったため、芽榴と聖夜は現在カフェにいる。そこでココアを飲みながら、芽榴は少しだけボーッとしていた。

 何を考えていたかと聞かれると困るくらい、本当にいろいろなことを考えていた。


「あはは。……昨日、クラスの人に留学のこと話して……そのときのみんなの反応を思い出しちゃって……」


 テストも終わって、やっと芽榴はクラスの人に留学の話をした。帰りのホームルームで、芽榴の留学を知って、みんな「もっと早く教えて欲しかった」と言ってくれた。

 少しは悲しんでくれるかもしれないと、そんなふうに思っていたから、芽榴の予想をはるかに超えて、みんなが芽榴のことを惜しんでくれて、大切に思ってくれて、それが嬉しかった。


「そしたら、みんなと離れるのが寂しいなって、思っちゃって……。それで、いろいろ……楽しかったことを、頭の中で思い出してて」


 役員のみんなと過ごした日々を、クラスメートと頑張った文化祭のことも、修学旅行のことも、全部。

 ふとした瞬間に、頭によぎって、それで芽榴はボーッとしていた。


 それを伝えると、聖夜は「ふーん」とそっけなく返事をした。


「……一緒にいるのに、ボーッとしちゃって、ごめんなさい」

「別に。そないなことで怒ってへんよ」

「でも……なんか機嫌悪くなってる気がする」


 芽榴が聖夜の顔を覗き込みながら呟くと、聖夜は「まぁな」と唇を尖らせた。


「学校のやつらのことばっかやん。俺と離れるのは寂しないのって……それだけ」


 自分で口にして恥ずかしくなったのか、聖夜はふんっと鼻を鳴らしてコーヒーを口にした。

 その様子がかわいくて、芽榴はくすくすと笑い声を漏らす。


「なに、笑ってんねん」

「聖夜くんと離れるのだって、寂しくないわけないのになって」


 芽榴が笑顔で答えると、聖夜は少しだけ頬を染めてよそを向いた。その顔はもう不機嫌じゃなくなっていて、それが単純で、やはり芽榴にはかわいく見えた。


 そうして芽榴はココアを、聖夜はコーヒーをゆっくり味わう。すると、聖夜が何かを思い出したように、コーヒーカップを受け皿の上に置いた。


「忘れんうちに渡しとく。……ん」


 聖夜はそう言って、コートの中から手のひらサイズの小さな箱を取り出して、芽榴に手渡した。


「え、なに?」

「プレゼント。テスト頑張ってたから」


 まったく予想もしてない事態に、芽榴は焦って渡された箱を聖夜に返そうとする。


「そ、そんなの悪いから!」

「もらってや。突き返されても困る。そんなたいしたものちゃうから」


 そうは言うものの、箱の材質からたいしたものだと伝わってくる。

 第一、これまでに聖夜からもらったもので高価なものでなかった試しがないのだ。


「……ありがとう」

「うん。……開けてみ」


 聖夜に促されて、芽榴は恐る恐る箱を開ける。

 小さな小さな箱の中には、イヤリングが入っていた。

 キラキラとどの角度からも光って見える一粒のダイヤモンドがぶら下がった、イヤリング。


「……私、何も用意してないのに」

「俺が勝手にあげたもんなんやから、気にする必要ないやろ」


 ただテスト頑張ったから、という理由でこんな高価なものをもらって、気にしない方がおかしい。

 けれど聖夜は、もらえるものはもらっとけ、というスタンスだ。


「じゃあ日頃のお礼や」

「それだって、私もいつも聖夜くんにお世話になって……」

「全然ちゃう」


 聖夜は真面目な顔だ。

 だから芽榴も反論できず、聖夜の顔ををじっと見つめた。


「俺がさ……毎日お前からどれだけ幸せもらってるかって考えたら、ほんまにそんなんじゃ足りひんよ。……お前も俺に世話になってるって思うてるかもしれんけど、俺はその倍以上に思うてる」


 そんなことない。そう思うのに、芽榴にはそれが言えない。

 聖夜にそんなことを思わせてしまっているのは、芽榴だから。

 いまだ答えを出せずにいる、芽榴のせい。


「俺ばっか幸せもろたらあかんやろ。せやからそのプレゼントで、お前との関係を平等にさせて」


 そうやってプレゼントを当然のものにしてしまう。

 聖夜といる時間が増えれば増えるほど、分かってしまう。


 聖夜の優しさは底が知れない、と。

 いっそ芽榴が不安に思うほどに、芽榴のことを聖夜は甘やかしている。


 でもそろそろ、本格的に甘え続けていられなくなっていると、芽榴もちゃんと分かっていた。


「なぁ、つけてみて」


 聖夜が楽しそうな顔でねだってくる。それを断る気にはなれなくて、芽榴は聖夜からもらった大切なプレゼントを耳につけた。


「どう、かな」


 耳にわずかな重みを感じて、それがなんとなく聖夜の気持ちのようにも感じられた。

 横目に見える窓ガラスに映る、芽榴の耳には綺麗なイヤリングが揺れている。


「やっぱ似合っとる。……お前が気に入ってくれたら、それ明日もつけてくれ」


 あくまで芽榴の意見を尊重して、聖夜はお願いする。

 気に入らないはずがないのに。

 聖夜がくれた、大切なプレゼント。

 芽榴の耳を見つめ、嬉しそうに笑う聖夜を見たら、芽榴の心はやっぱり穏やかじゃなくなる。


「……聖夜くんは、私にプレゼントあげすぎだよ。嬉しいけど、こんなにもらっていいのか心配になる」

「そんなにあげてへんやろ。誕生日とクリスマスと、今。な?」

「他にもいろいろ、物じゃなくてもくれてる」

「それ言うたら、お前の方が俺にいっぱい渡しとるやん。なんや、自覚なしか?」


 聖夜は困り顔だ。言われても、芽榴にはピンとこない。

 けれど聖夜は指折り数えるように、芽榴がくれたクリスマスの誕生日を兼ねたプレゼントや、お菓子や、ピアノの音色や、本当に取るに足りないものまであげはじめた。


「それは、プレゼントにならないよ」

「俺がプレゼントと思ったんやから、プレゼントや」

「な……っ」

「それに、全部嬉しかったから」


 聖夜が目を閉じて、しみじみと口にする。

 思い返してみても、聖夜が芽榴にくれたプレゼントに比べたら、本当に涙が出そうなほどに粗末なプレゼント。

 適当なものをあげたことはないけれど、それでも聖夜がくれたものと比べたら、どうしても劣ってしまう。


 夏にあげた、ミサンガだって、いえばただの紐だ。

 そう考えて、芽榴はハッとした。


「あの……」

「ん、なに?」

「そういえば、ミサンガ……どうしたのかなって」


 芽榴は遠慮がちに尋ねる。きっと捨てたわけではないと分かっているけれど、もしものことを考えると身構えてしまう。

 捨てられても仕方のないものとは理解しているけれど、実際に捨てた、と言われたらショックを受けてしまう。


 矛盾してるな、と自分に呆れつつ、芽榴は聖夜の返事を待った。


「ああ。北海道から戻って少し経って……朝起きたら切れとった」


 聖夜がつらつらとそのときのことを語る。芽榴はその返事に安心するとともに、少し驚いていた。


「本当に、切れるんだ……」

「俺も驚いた。……切れたら、それに願ってたことが叶うって言うてたから……少し嬉しかった。そんときは、ほんまに叶うかも分からんかったけど」


 その言い方だと、まるで本当に願いが叶ったみたいだ。

 芽榴が首をかしげると、聖夜は少し照れ臭そうにしながら頬杖をついた。


「何を願ったか、聞いてもいい?」

「……言いたくない」


 そう言われてしまうと、これ以上は聞けない。芽榴が聞き分けよく諦めると、なぜか聖夜の眉間にシワが寄った。


「もうちょっと粘って聞けや」

「へ?」

「……ほんまは言いたい。けど、ちょっと恥ずかしいんや」


 だから芽榴に聞かれてしょうがなく答えた風にしたかったらしい。

 子どもみたいなことを言い出す聖夜がおかしくて、芽榴はカラカラと笑った。


「笑うな」

「ごめんなさい。……それで、何を願ったの?」


 芽榴が尋ねると、聖夜はすねていた顔を、柔らかく崩した。


「芽榴にそばにいてほしい、って願った。そんで……」


 本当に、心の底から幸せだと告げるみたいな笑顔で。


「ほんまに、叶った」


 無邪気に笑う聖夜に、まるで心を鷲掴みにされたような感覚が走る。芽榴は即座に俯いた。


「そ、そっか……」

「なんや、照れてるんか?」


 顔を覗き込まれそうになって、芽榴の肩が大きく震えた。

 そのちょうどいいタイミングで、聖夜の携帯が着信を告げる。


「いいとこやったのに……悪い」


 聖夜は盛大なため息とともに、舌打ちをしながら席を外す。

 でも今は、その着信に感謝しかない。

 芽榴の心はどうしようもなくドキドキして、平静を装うことすらできなかった。


「……心臓の音、うるさい」


 聖夜が戻ってきても、心臓の音は鳴り止まない。

 芽榴の頰は薄く色づいたまま、その日一日、芽榴は聖夜の一挙一動に敏感になっていた。

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