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麗龍学園生徒会  作者: 穂兎ここあ
Route:琴蔵聖夜 世界一幸せな恋物語
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#16

 土日を挟んで、来週はテスト期間。

 聖夜はテスト前だから電話も会うのも遠慮してくれて、その代わりに芽榴は聖夜にテストが終わったら会うことを約束していた。


 テストが終わったら、クラスのみんなにも留学のことを話すことになる。今は、みんなを刺激しないようにいつも通りにテスト勉強に励むのみ。

 颯と風雅と気まずいままだったら、おそらくこのテスト勉強にも身が入っていなかっただろう。


「あ、風雅くんじゃん」


 移動教室の途中、廊下で風雅とすれ違う。舞子の声で、風雅は芽榴たちのことに気づくと、本当に前と変わらない笑顔で芽榴に笑いかけてくれた。


「移動教室?」

「うん。次、化学だから」

「そっか。オレ、次は数学だよ。当てられても答えられる気しないから、嫌なんだよね〜」


 あの涙を思い出せなくするくらい、無邪気に笑いかけてくれる。それが風雅の優しさだと分かるから、芽榴もいつも通りの笑顔を風雅に見せていた。


 お互いに思うところはあるけれど、それでも芽榴と風雅は新たな一歩を進んでいた。






「はあ。土日は勉強しなきゃ。……お昼まで眠っちゃいそう」


 放課後、教室で勉強しながら舞子が憂鬱そうに呟く。その隣では滝本が真剣な顔で舞子に教わりながら勉強していた。


「楠原、もう帰んのか?」

「うん。あとは、家で勉強するよ」

「そか。じゃあなー」

「芽榴、ばいばい」


 仲良く勉強している2人を微笑ましく見つめながら、芽榴は教室を後にした。


 階段を下りて、一階におりる。

 すると昇降口で、その人と出くわした。


「……神代くん」


 まだわだかまりを残したままの颯が、芽榴の目の前にいた。

 颯と話したい。けれど颯がまだ心の整理がつかないと言うのなら、芽榴は待つしかない。

 芽榴が小さく笑いかけて、その場を離れようとすると、颯が芽榴を呼び止めた。


「よかったら、家まで送る。……話したいことも、あるし」


 颯がそう言ってくれた。

 だから、芽榴はゆっくりと頷いて、颯とともに学園を後にした。







 一緒に歩いて、しばらくはずっと、どちらも口を開かないまま。足音だけがあたりに響いて、近くを通る人の声や、車の音、周囲のなんでもない音がやけに大きく聞こえた。


「……ねえ、芽榴」


 颯が口を開いたのは、帰り道を半分くらい過ぎた時だった。


「まずは、ごめんね。君は悪くないのに、責めてしまって。……自分でも大人気ないのは、分かってたんだ」

「……ううん。神代くんが、せい……その、琴蔵さんのこと嫌いなのは分かってたから。私のほうこそ、無神経でごめんね」


 名前で呼ぶよう強制されているため、颯の前ですら名前を口にしそうになっていた。

 別に悪いことではないのかもしれないけれど、今は前の呼び方のままがいいと判断して、芽榴は意識を変える。


「僕は、これから先もずっと、これはもう言わないつもりだったんだ」

「え?」


 颯は悲しそうに呟いて、足を止めた。

 芽榴が振り向くと、颯は深呼吸をして、芽榴を見つめた。


「僕は、君のことが好きだったんだ。……女の子として、君が好きだった」


 修学旅行のとき、芽榴に言い訳をしてまで消し去った想い。

 颯はもう二度と、芽榴にこの気持ちを吐露する気はなかった。しても、芽榴を困らせると分かっていたから。


 現に今も、芽榴の瞳は困惑して揺れている。


「君の、その顔が見たくなかったから、もう言わないつもりだったんだけど……。でも言わなきゃ、僕が大人気なく怒ってしまった理由も分かってもらえないからね」


 いつもの余裕のある顔はどこかに消えて、颯は切ない表情を浮かべたまま、再び足を動かした。


「君が好きだから……ただでさえ君が誰かのものになるのが嫌なのに、それが僕の嫌いな相手なら、なおさら嫌だった」


 子どもみたいなワガママを言ってるね、と颯は笑った。


「僕の『好き』って気持ちに気づきかけたとき、芽榴は今みたいに困ってた。……でも、彼の『好き』って気持ちには『そばにいてあげたい』って返すんだなって、そう思ったら……やっぱり、悔しいくらいに彼が羨ましくて」


 だから余計に受け入れられたくなかったと、颯は自嘲気味に笑って答えた。

 その笑顔が苦しくて、芽榴は声が出なくなる。


「琴蔵くんに出会うまで……僕なら君の欲しいものをあげられるって思ってた。居場所も、笑顔も、安心も。でも……君の一番欲しいものをあげたのは、僕じゃなくて彼だった」


 芽榴が一番欲しかったのは気休めの居場所でも、気休めの笑顔でもなくて。過去と今と未来をつなぐ、東條との関係の修復。

 東條からの愛情が、芽榴がずっと欲しくて得られなかったもの。

 それに気づいたのも、それを与えたのも、聖夜だった。


「だから、芽榴が彼を選ぶ気持ちは分かる。……きっとそれが正しくて、当然のことだって。でも認めたくなくて……芽榴のすべてを肯定するって約束したのに、最後の最後で破っちゃうなんてね」


 颯はただただ、自分のことを責めて、芽榴に謝った。

 まるで自分を責めることで、納得するみたいに。

 その姿が苦しくて、芽榴は首を横に振った。


「神代くんは、ちゃんと私の欲しかったもの、くれたよ」

「でもそれは……」

「一番なんて、ないよ。全部欲しかったものだよ。……私が普通に欲しくて、得られなかったもの。……友達も、安心できる居場所も、頑張る勇気も……全部、神代くんが、みんながくれたよ」


 芽榴がそう伝えると、颯は芽榴の腕を掴んで、自分に引き寄せた。


「神代くん……」

「お願い。これが最後だから、今だけは僕の胸の中にいて。……僕の気持ちを知った上で、僕に抱きしめられて」


 よく知った颯の香りが、芽榴の身体を囲む。

 慣れ親しんだ安心する香り。でも、芽榴が求める香りは、これではない。


 もう芽榴は、何も思わずに誰かに抱きしめられることはできない。


 ずっと、芽榴を支えてくれたこの腕の中に、もう二度と戻ることはできない。


「神代くん。……私ね、神代くんのことすごく頼ってた」

「……うん」

「神代くんが味方でいてくれたから、いろんなこと、頑張れたよ」

「……ん」

「でももう……この腕には、すがれないや」


 颯は「分かってる」と伝えるように、芽榴を抱きしめたまま頷いた。


「言いたくないこと、言わせてごめんね」


 ダメだと分かっているのに、涙が溢れてくる。

 颯の胸に、芽榴の涙が広がっていく。


「神代くん、ありがとう」


 颯はきっと芽榴を幸せにしてくれる。風雅だってそう。

 それでも芽榴は聖夜を選んだ。

 聖夜がいい。聖夜の笑顔が見たい。

 颯の気持ちも、風雅の気持ちも受け止めて、聖夜への気持ちがどんどん色づいていく。


「僕の方こそ、ありがとう。……誰かを好きになる気持ちを、教えてくれて。……僕を、支えてくれて。……僕と、出会ってくれて、ありがとう」


 これ以上ない嬉しい言葉を囁いて、颯は芽榴から離れた。

 泣きそうな声を出しても、颯は涙を流さない。

 目は潤んでいるけど、芽榴のために泣かないでいてくれた。


「芽榴も泣かないで。笑って、お願い」

「……うん。……うん」

「ほら、また泣いてる」


 颯は芽榴の目元にハンカチを当てる。本当に、どうしようもないくらい颯は優しい。


「ねえ、芽榴」


 名前を呼ぶ声も、変わらず静かで綺麗で。


「最後のテスト、僕と同じ点数とってよ。じゃなきゃ、許さない」


 芽榴と颯をつなぐ、たったひとつのおそろい。

 それを颯は、今もまだ望んでくれる。


「うん。絶対、神代くんの隣に名前を載せるから」


 約束を交わした芽榴の頭を、颯はそっと撫でてくれる。

 芽榴のよく知る大きな手で。

 出会った頃と変わらない、芽榴を安心させるその手で、颯はずるい芽榴を許してくれた。

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