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麗龍学園生徒会  作者: 穂兎ここあ
Route:琴蔵聖夜 世界一幸せな恋物語
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#07

 それから、数日。颯との関係はいまだ完全には修復されないものの、翔太郎たちの気遣いのおかげで、なんとかぎこちない空気は払拭されていた。

 来週はテスト一週間前で生徒会はお休み。なんとなく肩の荷が下りた気がした芽榴だったが、今度は別の大切な行事が差し迫っていた。


「芽榴は役員にチョコあげるの?」


 昼休み、スマホで舞子がバレンタイン特集をチェックしながら芽榴に尋ねてきた。

 来週の月曜日はバレンタイン。

 毎年あげる人は家族だけ。去年はじめて舞子にあげたのみ。だから特別気合いを入れる必要もなかったのだが、今年はあげたい人がたくさんいる。

 にもかかわらず、芽榴は誰にあげるかも、何を作るかもまだ決めていなかった。


「あー……うん。お世話になってるから、あげたいけど」


 そうつぶやいて、颯のことを思い出す。今の状態であげられるのか、とても悩ましい。

 けれどこれは日ごろの感謝。突き返されたときはしかたないと開き直ることにして、やはり役員全員には渡したい。

 あとは家族と、F組のみんな。そして――。


「あの御曹司お二人にもあげちゃうわけ?」


 まるで芽榴の考えを察したみたいに、ちょうどいいタイミングで舞子がそう口にする。

 驚いてビクリと体を震わせたあと、芽榴はあははと困り笑顔を見せた。


「会えたら、あげたいけど。忙しいだろうし、なかなか会えないから」

「他校ってそういうところ面倒だね。ていうか、まあ……相手が相手ってのもあるけど」


 舞子は遠い目をしたあと、ふと芽榴に視線を戻して、ズイッと顔を寄せてきた。


「ま、舞子ちゃん?」

「あんたは遠い人にならないでよ? 今みたいに軽ノリで話せないとイヤだからね」


 これから芽榴は聖夜たちと同じ道を歩くことになる。そんな芽榴に対して、舞子は『これからも今まで通り仲よくしよう』と言ってくれているのだ。

 少しだけ照れくさそうな舞子の姿が嬉しくて、芽榴は笑顔でコクコクと頷いた。






「来週はバレンタインかぁ」


 放課後、生徒会が終わって帰り道をゆっくり歩く。芽榴の隣には、白い息を吐く風雅がいた。


「蓮月くんは今年もすごそうだね。去年大変だったって藍堂くんから聞いたよー」

「あはは……でも今年は、いろいろあったし、去年ほどではないと思うよ」


 風雅は頭をかきながら苦笑する。去年のことを思い出してなのか、それとも『いろいろ』の意味を考えてなのか。芽榴に対して気まずそうな顔をしているのだから、おそらく後者だろう。


「でも今の蓮月くんだからこそ、好きになる人もたくさんいるよ」


 昔の風雅を好きだった人は、たくさんいた。だから、ちゃんと断ることができるようになった今の風雅を好きじゃなくなる人もいるかもしれない。

 けれど、今の風雅を改めて好きになる人もいる。むしろ今まで風雅のファンではなかった女子が風雅ファンになったという噂もクラスメートから聞いていた。


 芽榴自身、今の風雅は昔の風雅よりはるかにかっこいいと思うのだから。


「芽榴ちゃんに好かれることができたら、超かっこいいって自分に自信がつくんだけどね」

「みんなにかっこいいって言われてるのに?」

「芽榴ちゃんじゃなきゃダメ」


 風雅はそんなことを恥ずかしげもなく言ってのける。相手が風雅だからこそ芽榴もその言葉を気恥ずかしいとは思えど、受け流すことができた。本当は、受け流していい言葉ではないのだけれど。


「だからさ、芽榴ちゃん」

「んー?」

「オレにチョコ、ください」


 立ち止まって風雅は芽榴に頭を下げながら手を差し出す。

 あまりにも仰々しいお願いを目の前にして、芽榴はプッと吹き出してしまった。


「なんで笑うの!? オレ真剣だよ!」

「真剣すぎるよー。たくさんもらうのに、むしろ私があげちゃって大丈夫?」

「芽榴ちゃん、何回言わせるの! 芽榴ちゃんがくれるものは全部特別なんだって!」


 風雅はキャンキャンわめきながら芽榴の手を握る。そうしてぎゅっと握りしめた。


「お願いします」


 いくら断ることを覚えた風雅とはいえ、きっとファンがくれるチョコを風雅は全部受け取るだろう。そして、どんなに多くてもちゃんと食べてあげるのだ。

 それを知っていて、チョコを渡すのは風雅の負担になる。そう分かっていても、芽榴はそれを断ろうとは思わなかった。

 芽榴も、風雅に「ありがとう」の気持ちをこめたチョコを渡したいのだ。


「うん、お願いされました」


 それ以上の気持ちは、込めることができないけれど。

 そんな自らの行動の残酷さを芽榴はまだ実感しきれていなかった。







 もうそろそろ寝ようか、などと考えながら芽榴は文化祭時期に見ていたお菓子作りの本を眺めていた。

 学園の女子があげるものはきっと定番のもの。だからせめて、みんなが飽きないものを、と考えると、少し凝ったものを用意した方がいいか。

 そんなことを思案しながら芽榴はお菓子本をパラパラとめくる。


 そうして何分か経った頃、最近よく耳にする電子音が鳴り響いた。

 芽榴は机の上に放置されたそれを手に取り、ベッドに腰掛ける。

 液晶に表示された通話ボタンを押して、芽榴は聖夜から預かった携帯を耳に押し当てた。


「もしもし」

『夜遅くに悪いな。……もう、寝るとこやった?』


 通話相手はもちろん聖夜だ。

 出だしから芽榴を気遣うような挨拶をしてくれる。昔の自分と聖夜の関係ならありえない光景だなと考えると、少し感慨深い。


「することなかったら寝ようかなって思ってたところです」

『なら、俺と電話するっていうやることできたから寝らんでええよな』


 満足げな声音で聖夜が言ってくる。このあいだ会った時よりも聖夜の声音は明るい。

 聖夜にこの携帯を渡されて日から、毎日連絡が来る。忙しいのだろうけれど、聖夜は芽榴に電話をすることを日課にしたみたいだった。

 ほんの少ししか話さないこともあるけれど、日に日に聖夜が元気になっているような気がした。


 お互い、話すことはあまりない。聖夜はきまって「今日何があったか」と、まるで保護者みたいな質問ばかりをしてくる。

 特に変わったことのない日は、すぐに話が終わってしまって電話は終了。

 でも今日は少しだけ展開できる話題があった。


「来週バレンタインなので、学校でもその話が多くて、さっきまで何作ろうかなって考えてました」

『ああ、そんな時期か。……作るん? まあ、お前の場合は下手なもん買うよりそのほうがええよな』


 問いかけながら聖夜は自己完結してしまう。そして何かを思案するような沈黙を作った後、聖夜がまた声を発した。


『あいつらに、あげるんやろ』

「生徒会のみんなには、あげる予定ですよ。今日も蓮月くんと一緒に帰ってるときに……」

『芽榴』


 あからさまに不機嫌な声音で、聖夜は芽榴の名を呼んだ。

 不機嫌とはいえど、芽榴に怒っているわけではない。そんな感じの声音。

 だから芽榴は困り顔をしながら電話の向こうの聖夜に「はい」と返事をする。


『俺には?』

「へ?」

『なんやその間抜けな声。俺にはくれるんか? って聞いてんねやろ』

「え、あ、いや……なんていうか」


 質問の意図はちゃんと理解している。ただ、聖夜に直接それを言われると面食らってしまうのだ。


「欲しいですか?」


 もちろん、あげる気は最初からある。ただ、あげる時間があるかという問題が残っていただけ。

 この質問も、芽榴にとっては別に聖夜を煽るつもりでも試すつもりでもないのだ。


『当たり前やろ。……ほんまとんでもなく鈍くて腹立つわ』

「……す、すみません」

『意味わかってへんやろ』

「……あはは」


 笑いで誤魔化すと、聖夜は大きなため息を吐く。

 でも気を取り直したように、話を続けた。


『明後日……日曜に俺の部屋に来い』

「え?」

『そんで俺にチョコ渡して。別に俺の部屋で作ってもええから』


 聖夜が勝手に予定を決めていく。

 聖夜と部屋に2人きりになることが多々あるとはいえ、やはり抵抗はある。

 だから芽榴は反論しようとするのだが。


『楽しみにしとるから』


 聖夜がとびきり明るい声音で言ってのけるため、芽榴は思わず口を閉じてしまった。


『と、もうこないな時間か。……早すぎやわ。でも、お前はもう寝らなあかんな』

「……琴蔵さんは今からまだ仕事するんですか?」

『いつものことや。終わらせたらちゃんと寝とるし、心配せんでええよ』


 聖夜は芽榴が気を使わないように先手を打つ。

 電話をしなければ、その分仕事ができて、ゆっくり眠れるのに。そんな芽榴の言葉を、聖夜は最初に封じてしまうのだ。


『お前の声聞いたら元気出たわ。助かる』


 挙句、こんなことを言ってくる。

 嬉しくないわけではないけれど、優しすぎる言葉が芽榴を不安にさせる。


 この優しさは、聖夜からの信頼の証。

 それにしても優しすぎる、と。

 前から思っていたけれど、聖夜とこんなふうに連絡を取り合うようになって、その考えが芽榴の頭の中で大きくなっていた。


「無理、しないでくださいね」

『ああ。ほな、おやすみ』

「……おやすみなさい」


 通話を切って、芽榴はパタンとベッドに倒れた。

 眩しい灯りから目をそらして深呼吸をする。

 聖夜が芽榴の部屋に泊まった次の日、ベッドから微かに聖夜の香りがした。でも今はもう、その香りはしない。


「なんか、変だな……私」


 聖夜の香りを、どこかに探してしまう自分がいる。

 その気恥ずかしさを振り払うように頭を振って、芽榴は目を閉じた。

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