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麗龍学園生徒会  作者: 穂兎ここあ
Route:琴蔵聖夜 世界一幸せな恋物語
392/410

#03

 聖夜との通話を終えて、芽榴はすぐに服を着替えて一階へ下りた。

 そうしてずっと玄関の近くでそわそわしている芽榴を見て、重治が苦笑する。


「隣町からここに来るならあともう少しで着くんじゃないか?」


 聖夜が来ることはさっき重治たちに伝えていた。外は寒いため、わざわざ家に会いに来たのだから招かなければ失礼だ。

 それでも遅い時間帯。重治たちに迷惑がかかってしまうことだけが気がかりだった。


「彼も昔の東條と同じで忙しい人だろう? せっかくだから話し相手にでもなってあげればいい」


 東條と榴衣という前例をすでに知っているからこそ、重治は琴蔵聖夜という人間の事情まで察して、そう言ってくれた。


「琴蔵家の人って……初詣で会ったけど、あんまり話せてないし緊張するなぁ」


 リビングでテレビを見ている圭が素直に呟いて、その呟きを聞いた真理子も「私も緊張しちゃう」などと緊張感の欠片もない発言をしていた。






 それから30分ほど経った頃、窓の外を見ると雪が降っていた。先ほどから粉雪のように降っていたのが、大粒になって本降りになり始めている。


「……大丈夫かな」


 時間的にはもう着く頃合い。おそらく聖夜は車で来るだろう。だから、雪が大振りになってもそれほど問題はない。

 そんなふうに考えてみるけれど、なんとなく聖夜が途中で車を下りているような気がして、芽榴は先ほどかけた聖夜の番号に電話をかけてみる。


「……出ない」


 聖夜が電話に出ないことに、余計に不安を感じて、芽榴は玄関に行き、靴を履いた。


「芽榴姉、危ないから俺もついていくよ」

「家の周辺見るだけだから、大丈夫!」


 ついてこようと、リビングから出てきた圭にそれだけ告げて、芽榴は傘を手に玄関を出て行った。


 家を出て、左右の道を見る。

 聖夜がどちらから来るかを考えて、芽榴は左の道を行った。聖夜の車が来るときはいつもこちらからやってくる。もし駅からこちらへ来るとしても、この道を通る確率が高い。


 上に暖かいパーカーを羽織っているが、雪が降っているだけあってかなり寒い。

 数メートル歩いて、芽榴は立ち止まる。

 空を見て降り続く雪を眺めた。


 修学旅行のあいだ、ずっと見ていた雪。

 目を閉じれば、また楽しかった時間を思い出せる気がした。


「……芽、榴」


 ずっと眺めていたわけではない。けれどしばらく空を見上げていたら、聖夜の声が前方から聞こえた。

 息切れしているような声に、芽榴はすぐさま視線を下げる。


 前方5メートルほど先のところに、聖夜が立っていた。傘もささず、コートの肩に雪が少し積もっている。


「琴蔵さん!」


 芽榴は慌てて聖夜に駆け寄った。聖夜を自分の傘の中に入れて、芽榴は眉間にしわを寄せる。


「車で来なかったんですか? こんなに寒いのに……」


 芽榴が聖夜のことを心配して、彼の頬に触れようとする。しかし芽榴の手は聖夜に掴まれ、そのまま芽榴は彼に抱き寄せられていた。

 反動で芽榴は傘を手から落としてしまう。


「琴蔵さん、雪が……」

「……会いたかった」


 芽榴の心配の声をさえぎって、聖夜は息を吐き出すようにつぶやく。

 押しつぶしてしまいそうなくらいギュッと強く、聖夜は芽榴のことを抱きしめていた。


「ごめんな。……夜も遅なってるのに、会いに来て。会いたくなるから電話も早う切らなって思うてたのに」

「……私のほうこそ、電話してごめんなさい」


 芽榴の「ごめん」を聞いて、聖夜は首を横に振る。


「嬉しかった。……ほんまに嬉しかった」

「でも今もまだ忙しかったんじゃ……」

「お前に会えるんやったら、全部どうにでもなればええよ」

「それは、だめですよ」


 小刻みに震える聖夜の体は、温もりも求めるみたいに芽榴に擦り寄ってくる。


「外は寒いですから、まだ時間があるなら……うちにあがりませんか?」


 聖夜の背中をさすりながら、芽榴は優しく問いかけた。







「お邪魔します」


 聖夜は外向きの声と発音で、楠原家の面々に挨拶をする。

 緊張した圭と、自称緊張しているらしい真理子がそれぞれ聖夜に挨拶すると、重治も挨拶を続けた。


「こんばんは。芽榴がいつもお世話になってるようで」

「いえ、お世話になってるのは僕のほうなので……」


 そんなふうに当たり障りない返事をして、聖夜は礼儀正しく重治に挨拶をする。

 そんな聖夜のことを見上げ、彼の顔をまじまじと見ると芽榴の顔はわずかに険しくなった。


「……あの、琴蔵さん」

「なに、して」

「やっぱり」


 芽榴の手が聖夜の額に触れる。芽榴の予想していた通り、少しだけ熱い。

 明るい家の中。暗がりであまり分からなかったけれど、聖夜の顔色はとても悪かった。

 青白い顔に、不自然な頬の赤みがあって、芽榴はため息を吐いた。


「熱あるのに、こんな雪の中、傘もささずに来たんですか?」

「……途中で車降りてきただけやし、それに熱かてたいしたもんとちゃう」


 芽榴の心配顔を見て、聖夜はそんなふうに答える。しかし、重治たちが近くにいる場所で彼の素の言葉遣いをしてしまうあたり、気が張れていない証拠だ。


 聞きなれない聖夜の言葉遣いに、重治たちはきょとん顔をしている。

 けれど聖夜に熱があるのだという事実をしっかり読み取って、真理子がおずおずと聖夜に語りかけた。


「あの、熱があるのなら体冷えたままはよくないと思いますし、雪でお洋服も濡れてるみたいですから、着替えません?」


 聖夜さえよければお風呂で温まったらどうかと提案する。

 そんな真理子の気遣いに、聖夜は目を見張った。


「いえ、そんな……いきなり来てしまった身で、申し訳ないです。芽榴さんと少し話したら帰るつもりで」

「でももう遅いし、熱があるのならゆっくり休んだほうがいいと俺も思うな」


 重治が真理子の意見に賛同するようにして、聖夜に家に泊まるように告げた。


「一人暮らしと聞いているし、琴蔵家だから看病をしてくれる付き人くらいは用意してくれるだろうけど。……君さえよければ、泊まっていきなさい」


 重治の笑顔を、聖夜はじっと見つめている。

 驚いているような、信じられないような、なんとも言えない顔をして、重治たちの提案の真意を探っているみたいだ。

 聖夜の肩書きを気にした社交辞令ではない――そう判断して、聖夜は薄く笑った。


「ありがとうございます。……お言葉に甘えさせてもらっても、いいですか?」







 そういうわけで、聖夜が芽榴の家に泊まることになった。

 重治たちの厚意に甘えて、お風呂にまで入った聖夜は圭の服を借りて、現在芽榴の部屋にいる。


「大丈夫でしたか? うちのお風呂」


 聖夜の髪にドライヤーを当てながら、芽榴は少しだけ不安げに聞いてみる。なんとなく、聖夜は潔癖なところがある気がして、他人の家のお風呂に入ったのが意外だった。


「ああ……。一般の家の風呂に入るんは、初めてやけど。なかなかくつろげたで。……てか、別に髪乾かさんでええよ」

「ダメです。本当に風邪ひいちゃいますよ?」


 芽榴は聖夜の髪をワシャワシャとかき乱しながらドライヤーで水気を飛ばす。

 圭のダボついたTシャツにジャージという聖夜の姿は、おそらくもう二度と見ることはない。それくらいレアな姿で、新鮮な聖夜の様子を後ろから芽榴は見つめていた。


「なあ、芽榴」

「はい?」

「お前が楠原家を選んだ理由が、少し分かった気する」


 うるさいドライヤー音に包まれながら、聖夜の声が耳に届く。

 おそらく重治と真理子が聖夜を《琴蔵聖夜》としてではなく《芽榴の友人》として、接してくれたことが嬉しかったのだろう。聖夜の表情は穏やかだった。


「それは、よかったです」


 クスリと笑って、芽榴は返事をする。


 ある程度聖夜の髪が乾いて、ドライヤーの電源を切る。

 時刻を見れば、もう就寝していい時間帯だった。


「芽榴、どこ行くん」


 部屋を出て行こうとする芽榴を引き止めながら、聖夜は尋ねてきた。


「琴蔵さんがこの部屋使ってください。私、弟の部屋で寝るんで」

「何言うてんの。お前の部屋なんやから、お前がここの部屋寝らなあかんやろ」

「でも、琴蔵さんが圭の部屋に行ったら、圭が緊張しちゃいますから」


 芽榴はそう言って圭の部屋へ向かおうとするが、やはり聖夜が芽榴の腕を掴んで離さなかった。


「ほんなら俺が床に寝るから、お前はベッドに寝り」

「仮にも熱がある人をそんなところで寝かせられませんよ」


 不毛な口論が続いて、結局聖夜は芽榴が部屋からいなくなることを譲らなかった。


「じゃあ……私が床に寝ます」

「せやから俺が……」

「琴蔵さん」


 もうこれ以上は口論の無駄だ。最大限の譲歩を口にして、芽榴は聖夜の反論を押さえ込むように強い口調で彼の名を呼んだ。

 すると聖夜も渋々といった様子で、芽榴のベッドに1人で寝転がる。


「……芽榴の匂いがする」

「ああ……さすがに今日はシーツ洗ってないです。ごめんなさい」

「何謝ってんねん。ええ匂いってこと」

「……何言ってるんですか」


 気恥ずかしくなって、芽榴は聖夜から視線をそらしつつ、カーペットの上に毛布を敷いた。


「なあ、芽榴」

「なんです?」

「……お前も一緒にベッドに寝る、ってのはダメなん?」


 まったく想像すらしていなかった案が飛び出して、芽榴は目をまるまると見開いた。


「やっぱり熱ひどいんじゃ……」

「いたって正常や、アホ」


 すねたように言って、聖夜は芽榴に背を見せるように寝返りを打つ。芽榴が困り顔でその様子を見守ると、聖夜がボソボソと呟いた。


「……うそ。やっぱ少し頭浮かれとる」

「へ?」


 芽榴は首をかしげながら、カーペットに敷いた毛布の上に座り込んだ。

 聖夜が何も返事をしないため、聖夜の背中に触れてみる。すると聖夜はすぐに反応して、また芽榴と向き合うように寝返りを打った。


 同時に、聖夜に触れていた手は聖夜の右手に握られていた。


「……眠るまで、手握ってるのはええやろ」


 まるで「握ってて」とでもいうように告げられ、握られた手に微かに力がこもる。


「いいですよ。琴蔵さんが眠るまで、握ってます」

「眠ったら、外すん?」

「じゃないと、私が寝られないですよ」


 手を握ったままでいたら、芽榴はベッドの傍に座ったままでいなければならない。

 芽榴がそう伝えると、聖夜は「ほんまやな」と呟いて申し訳なさそうに少しだけ眉を下げた。


「……芽榴」

「はい」

「電話してくれて、ほんまにありがとうな」


 目を閉じながら、聖夜は感謝の気持ちを伝えてきた。


「少しは、息抜きになればいいと思ったんですけど……熱出ちゃったら、意味ないですよね」


 芽榴が苦笑すると、聖夜はゆっくりと首を横に振る。


「幸せやよ。……俺は。芽榴とおれるなら、いつでも、どこでも……どんなときでも」


 微睡みの中、聖夜は上擦る声で素直な言葉を口にしていた。

 芽榴は聖夜の眠りを妨げないように、話しかけるのをやめて、代わりに指を優しく動かした。

 あやすように、トン、トン、と。


「芽……榴」


 夢うつつに呟いた、それはきっと聖夜の本音。


「……そばに、おって」


 綺麗な寝息が聞こえ、聖夜が眠りに落ちたことを察する。


「いますよ。……ちゃんとそばに」


 聖夜が眠ってもまだ、芽榴は聖夜の手を握っていた。眠りに落ちてもまだ、聖夜の手が強く芽榴の手を握りしめていた。


 そうして聖夜の腕を見て、芽榴はふと気づく。


「ミサンガ、切れてる」


 驚いて芽榴は目を丸くした。

 聖夜が今さら取り去って捨てたとは思えない。だとしたら自然に切れたということ。


 本当に切れるものなのかと、芽榴は1人驚きながら聖夜の寝顔に視線を移した。


 聖夜はあのミサンガに何か願っていたのだろうか。もし願っていたのなら――。


「ちゃんと、叶いましたか?」


 眠る聖夜に優しく問う。

 彼の目にかかる前髪を軽く分けて、無邪気な彼の寝顔に向けて、芽榴は微笑を残した。

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