#20
来羅ルート最終話です。
「おはよ、るーちゃん」
役員みんなが催してくれる送別会の日。
芽榴を迎えに来てくれた来羅を見て、芽榴が目をまんまるとした。
「お、はよ。久々だね、その格好」
事前に予告されていなかったため、芽榴は少しだけ驚いた顔をする。
金髪のウィッグをして、可愛らしい洋服を着た来羅が目の前にいた。
「あら、来羅くん。今日は女装なの? 最近、見なかったけど相変わらず似合うわねぇ」
玄関先までやってきた真理子が来羅のことを見て、感嘆するように呟く。
しばらくやめていたとはいっても、変わらず完璧な美少女だ。出会ったときと同じ姿の来羅を見て、芽榴は微笑む。
「来羅ちゃん、かわいい。もう見れないかもと思ってたからよかった」
芽榴が笑顔でそう告げると、今度は来羅が驚いた顔を芽榴に返した。
「……どーしたの?」
「え、あ、ううん。……一応彼氏だし、さすがにもうこの格好は嫌がられるかなって少し思ったんだけど」
来羅にしては珍しく、しどろもどろな様子でそう口にする。けれどすぐに彼は調子を戻してにこやかに笑った。
「本当るーちゃんを毎日好きになっちゃうから困っちゃう」
「きゃあっ、もうっ、玄関先でのろけちゃう?」
来羅の発言に芽榴ではなく、真理子が反応する。するとちょうど階段から下りてきた圭が、大きなため息を吐いた。
「母さん、あんまり芽榴姉たちの邪魔するなよ。柊先輩、はよっす」
女装姿の来羅を見て、圭が軽く頭を下げる。来羅が「おはよう」と笑うと、圭は視線を少しだけさまよわせた。
「今日は芽榴姉、楽しませてあげてくださいね」
圭はにっこり笑顔で言うと、洗面所の方へ消えていく。その様子を見て真理子は小さく肩をすくめた。
「ささっ、みんなが待ってるんでしょ? いってらしゃぁい」
「うん。行ってきます」
楠原家を後にして、芽榴は来羅と歩き出す。
数歩歩くと、芽榴は「あ」と声をもらして立ち止まった。
「来羅ちゃん」
「なぁに? 忘れ物?」
「違うよ。さっきの……」
「さっき?」
「『一応彼氏』って……私にとっては一応なんかじゃないよって……えっと、それだけ」
自分から言い出しておいて、恥ずかしくなってしまう。芽榴が俯いて消え入るように伝えると、来羅がゴホンッと咳払いを挿んだ。
「だめだめ、今日は『友達』として接するって決めてるから」
自分に言い聞かせるようにして、来羅がぱちぱちと自分の頬を叩く。そして困り顔で芽榴に笑いかけた。
「ありがと、るーちゃん。でも今日はあんまりかわいいことされちゃうと、私困っちゃうな」
「ご、ごめんね」
「あはは。幸せすぎて困っちゃうってだけだから謝らなくていいんだよ」
そんなふうに笑って、来羅は芽榴の手を引いた。
「なんだ、貴様は。そんな格好をして」
藍堂家にたどり着くと、ちょうど藍堂家にやってきた翔太郎と玄関先で一緒になる。
女装をしている来羅を見て、翔太郎が不思議そうな顔をして眼鏡を押し上げた。
「なぁに、その言い方ぁ。久々に女装の私に会えて嬉しいでしょ?」
「貴様の頭はまだ寝てるのか」
来羅と翔太郎がそんなふうに軽口を叩きあっていると、有利が奥から迎えにやってきた。
「おはようございます。どうぞ上がってください」
「お邪魔しまぁす」
「邪魔するぞ」
来羅と翔太郎は各々有利に挨拶しながら、靴を脱いで中に上がる。芽榴もそれに続いて靴を脱いだ。
「お邪魔します。あの、これ」
芽榴は有利の家にあがりながら、持ってきた焼き菓子を有利に渡した。
「わざわざ作ってくれたんですか?」
「お邪魔するのに、こんなのしか持ってこれなくてごめんね」
「いえ。すごく嬉しいです。後でみなさんで食べましょう」
そして先を歩く来羅と翔太郎を追いかけるようにして、有利は芽榴の隣を歩いた。
「柊さん、今日は女装なんですね」
「ねー。やっぱりすごくかわいい。私も見習わなきゃなーって思うよ」
来羅のことを見つめ、芽榴がしみじみと告げる。今日の芽榴は化粧をしていない。だから誰がどう見ても来羅のほうがはるかに美人なのだ。
それはそれで誇らしくて、芽榴は女装の来羅も好きだと実感する。
そんなふうに楽しそうな芽榴の顔を見て、有利は呟いた。
「僕は……好きでしたよ」
その声を聞いて、芽榴は首をかしげながら有利のほうを向いた。
「バレンタインのチョコ、とてもおいしくて好きでした。そういえば、お礼を言っていなかったと思って……遅くなってすみません」
有利は少しだけ表情を柔らかくして、そんな説明を付け加える。
「お礼なんていいのに。ありがとー」
「有ちゃん、お部屋どこ使うのぉ?」
数歩先を歩く来羅が有利のことを振り返り、笑顔で尋ねてくる。隣の翔太郎はほんの少し困ったような顔で有利のことを見ているけれど、来羅はいつもと変わらない笑顔を浮かべている。
そんな来羅を見て、有利は小さなため息を吐いた。
「聞こえてない振りはずるいですよ、柊さん」
「なんのことかなぁ」
有利と来羅はそんなふうに言い合う。そして有利は「こっちです」と誘導を始めた。
先に来ていた颯と部屋で合流して、残り来ていない風雅を待つ。みんなで楽しく会話を弾ませていると、やっと風雅が有利の家に着いた。
有利に連れられ、部屋にやってきた風雅がその勢いのまま部屋の中に声を投げかけた。
「遅れてごめん! 待った!?」
「それでね、そのときに……」
「それは大変だったね」
「むしろよく無事に済んだな」
しかし登場した風雅を無視して、全員話に没頭する。芽榴が「遅かったね」と声をかけようとすると、颯にうまいこと話を振られ止められてしまった。
「みんなひどい! 遅れたの怒ってる!? オレだって嘆いてるよ! 芽榴ちゃんに会うからかっこよくキメてきたら女の子に囲まれちゃって!」
「それは自慢ですか、蓮月くん」
有利は風雅の発言にちゃんと反応するけれど、半目で呆れ顔だ。
「あらやだ、風ちゃん来てたの? 遅かったじゃない」
来羅がニヤニヤ笑いながら今気づいたかのようにして風雅に視線を向ける。すると風雅がキャンキャン騒ぎ始めた。
「来羅ぁっ!! わざとでしょ! くっそぉぉーーーったぁぁああっ、翔太郎クン、なに!」
「うるさい。耳元で騒ぐな」
「耳元じゃないでしょ! 翔太郎クンと1メートル距離あるよ、ほら!!」
元気すぎる風雅に翔太郎は額を押さえ、来羅は楽しげに笑う。
変わらない時間が目の前にあって、芽榴もそれが楽しくて、カラカラと声に出して笑った。
みんなでお菓子を食べて、みんなで思い出話をして、時間はあっという間に過ぎていく。
風雅が来羅にいじられて、とばっちりで翔太郎まで颯や有利に茶化されて、芽榴はずっと笑っていた。
1年前は遠くから見ていただけの風景に、今は芽榴もいて、芽榴の居場所はずっとここにある。
「学園にいる残りのあいだも、芽榴の仕事は減らさないよ」
「うわっ、颯クン鬼だ!」
「じゃあ風雅が代わりにするかい?」
「仕事が積もるだけだな」
もうすぐ離れることになるなんて嘘みたいに、みんなといる時間が当たり前だった。
1ヶ月後も2ヶ月後もずっと、この笑い声がすぐそばで聞こえる気がした。
「うーん、楽しかったぁ!」
有利の家からの帰り。
来羅は芽榴を送ったついでに、少しだけ芽榴の部屋にお邪魔していた。ベッドを背に座り、芽榴と来羅は暖かい紅茶を飲む。
あらかじめ着替えの服を持ってきていたらしい来羅は、有利の家で化粧と服を着替え、もう女装はやめている。
帰りは夜道で、女装姿の来羅の見た目では男性を寄せ付けてしまって危ないからだ。
わざわざ着替えまで持ってきていたことに驚いて、芽榴は素朴な疑問を来羅に投げかけた。
「どうして、今日女装にしたの?」
どうせ帰りに着替えるなら女装でなくてもよかったのではないか。また母と何かあったのか、そんなふうに芽榴が考えていると、来羅が首を横に振った。
「……今日は彼氏の私じゃなくて、友達の私としてるーちゃんに接したかったから。女装してたらちょっと私を抑えられるかなって思って、ね」
「え?」
「でもるーちゃん、今朝からかわいいこと言うんだもの。本当焦っちゃったよ」
今朝のことを振り返り、来羅はやれやれと首を振る。芽榴も来羅の言動の意味がやっと理解できた。
「もう友達タイムは終了だから、ここからは彼氏タイムだよ」
そう言って、来羅は芽榴に寄り添うように肩をくっつけてきた。
「ね、るーちゃん」
「なに?」
「目、閉じて」
「へ」
来羅に顔を覗き込まれ、芽榴は顔を赤くする。少し抵抗を試みるけれど、もう一度「閉じて」と言われて、芽榴は言われるがまま目を閉じた。
目をキュッとつむってしばらく待つ。
しかし芽榴の予想していたことは一向に起きず、代わりに芽榴の手に不思議な感触が残った。
「目、開けて?」
恐る恐る目を開けると、ピンク色の和紙に包まれたプレゼントが両手に乗っていた。
「来……」
「るーちゃん、キスされると思ったでしょ?」
図星を指され、芽榴の顔がもっと赤みを増す。すると来羅がクスリと笑って芽榴の頬に触れた。
「ちゃんと、しちゃうけどね」
チュッと軽く触れるだけのキスをして、来羅は「開けて、開けて」と無邪気におねだりしてくる。
言いたいことはたくさんあるのに、そんな来羅の様子が可愛らしくて、芽榴はプレゼントを広げた。
「……アルバム?」
和紙の中には、来羅の作ったアルバムが入っていた。
表紙はみんなで撮った文化祭の写真で、来羅らしいアレンジで装飾が施されている。
ページをめくると、いつ撮ったのか分からない、芽榴が風雅に追いかけられている写真があった。そしてその隣には「風ちゃんのお気に入り☆ どんな子だろう??」と来羅の字で可愛らしい吹き出しが付いていた。
次の写真は有利と松田先生のお手伝いをしているところで、「有ちゃんとるーちゃんが仲良くお仕事」とある。
次のページにはトランプ大会の後、体育館の片付けをしている時の写真がたくさんあって、「トランプ大会お疲れ! 祝☆新生徒会」と見出しがついていた。
次のページも、次のページも、体育祭や夏休み、文化祭、みんなで過ごしたいろんな行事、それから日常の一部始終の写真が載っていて、ところどころに思い出が語られていた。
「るーちゃん」
ページをめくっていたら自然と涙が出ていて、綺麗なアルバムに芽榴の涙がポタポタと落ちていく。
新年のお参りのページを過ぎて、修学旅行のページにたどり着く。綺麗な景色とともに、みんなと笑う芽榴がたくさん写っていた。
最初の頃のページよりも自然に笑えるようになった芽榴がそこにいた。
そして最後のページは、修学旅行の最終日の夜。芽榴が来羅と一緒に撮ったツーショット写真が飾っていた。「るーちゃんが撮ろうって言ってくれた♪ 大好き」とハート型の折り紙の上に書いてある。
来羅の『大好き』の文字を何度も目で追って、芽榴は来羅に視線を向ける。
「最後も、みんなと撮った写真にしようかなって思ったんだけど……そこは譲れなくて」
そんな説明をしながら、来羅は「よしよし」と芽榴の背中を優しくさすった。
「ありがとう。……ありがとう、来羅ちゃん。私、なにも、用意してなくて……」
「るーちゃんからは、もうたくさんもらってるよ」
「何も……っ」
「もらったよ」
来羅は優しく目を細めて、芽榴を見つめていた。
「いろんな勇気も、本当の私も、るーちゃんがくれたよ」
芽榴の涙に触れるように、来羅は芽榴の頬にキスを落とす。
「誰かを好きになる気持ちも、るーちゃんがくれた大切な気持ちだもの」
そうして、来羅は芽榴にキスをした。
芽榴の涙が来羅の頬を濡らして、芽榴の手が来羅のシャツにしわを作った。
「……その気持ちは、私も来羅ちゃんからもらったよ」
「じゃあおそろいだね」
来羅はコツンと芽榴の額に自分の額を重ねて、芽榴の両手を包み込む。
「るーちゃんが帰ってきたら、その後作るのは、私とるーちゃんのアルバムにしていい?」
「うん」
「やった」
来羅はニッと笑って、また芽榴にキスをする。
「来羅ちゃん、私も……大好き」
自然と言葉は出てきていた。
あんなに言えなかった来羅への『好き』が、今は溢れて止まらない。
「ありがとう、好きになってくれて」
それは、芽榴と来羅の、おそろいの気持ち。
アルバムの表紙の来羅は芽榴から遠い位置に立っている。
それが、ずっと芽榴と来羅の距離感だった。
でも最後のページは、芽榴と来羅が隣同士で立っている。
それが、これからの芽榴と来羅の距離感。
本当に2人の歩いた道を示すような、アルバム。
大切な思い出の詰まったアルバムを、芽榴は大事に胸に抱きしめる。
大逆転の恋は、そうして新たなアルバムの1ページを刻んだ。
【Route:柊来羅 END】
来羅ルート、駆け足になりましたが、なんとか完結を迎えられました!あまり甘くできず、申し訳ないです。
そして、やっと、やっと、次回からはすでに6回振られましたSくんのルートとなります。
書籍も無事発売されまして、おそらく更新ペースはあがる、はずなので![期待は小さめに]
お待ちいただいていた方、近々始まる天下取りの彼のルートをお楽しみに!




