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麗龍学園生徒会  作者: 穂兎ここあ
Route:柊来羅 大逆転の恋物語
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#19

 芽榴がアメリカに発つまであと1週間。

 朝、学校にきた来羅は生徒会室で折り紙や画用紙を可愛らしくハート型や星型に切っていた。

 近くにはやり残していた仕事をしている颯がいる。


「順調かい?」

「うん。なんとか、間に合いそう」


 来羅はマスキングテープを器用に貼りながら、嬉しそうに颯の問いかけに答える。


「付き合いだしたばかりで、離れ難いだろう?」


 颯がペンをすらすらと滑らせながら呟く。

 来羅と芽榴が数日前に付き合いだしたことは、ちゃんと生徒会のみんなに報告してある。

 公言しているわけではないが、隠しているわけでもない。芽榴経由で舞子や滝本にも伝わっていて、F組にはある程度浸透しているみたいだ。学園に広まるのも遅かれ早かれ。


「るーちゃんと離れたくないのは、颯も一緒でしょ?」

「……そうだね」


 颯は静かに答える。机の上に視線を落としている颯を見つめ、来羅は苦笑した。


「颯」

「なに?」

「……今も私と一緒にいてくれて、ありがとう」


 来羅がそう告げると、颯はゆっくりと顔を上げた。

 そしてどこか呆れるように彼はため息をもらす。


「そのことに関して、お礼を言われる覚えはないよ。……僕は根本的に来羅を気に入って友達になったんだから。今も一緒にいるのは当然のことだよ。違う?」


 颯は小さく口角をあげる。優しい颯の言葉に、来羅も目尻を下げた。


「そんなことより、以前お前が計画していた芽榴の送別会……。僕たちも一緒なんて野暮だから、2人でやったほうがいいんじゃないか?」


 颯は気遣うようにして尋ねる。

 修学旅行が終わってしばらくした頃、来羅が芽榴の旅立ち前に送別会をみんなでしよう、と芽榴がいないときに役員の間で話していたのだ。


 芽榴と来羅が付き合いだした今、その計画をそのまま遂行するかどうかは難しい問題だった。


「……そのことなんだけどね、私のワガママを言っていい? きいてほしいわけじゃないから、嫌なら嫌って言ってね」


 来羅はそう前置いて、作業途中のハサミと画用紙を机の上に置いた。


「私は……るーちゃんのこと、みんなで送り出したい」


 来羅は真剣に颯のことを見ていた。


「私たちが付き合ってるから、たぶん颯もみんなも、私たちが2人揃ってる場所にいたくないかもしれないけど。……でもるーちゃんを応援したいのは、私だけじゃない。……きっとるーちゃんも、私だけに何かしてもらうより、みんなにしてもらったほうが喜ぶよ」


 そう言って、来羅は机に置いている写真を手に取った。


「だってこのるーちゃんの笑顔は、私と2人でいるときだって、簡単に見れるものじゃないから」


 6人全員で写った写真。そこに写る芽榴は、少し思うところはあれど自分と2人きりでいるときよりも、幸せそうなのだ。


 芽榴にとって来羅は特別な存在になれたけれど、他のみんなだって意味合いは違えど芽榴の特別だ。

 風雅は芽榴を見つけて、有利は芽榴を鼓舞して、翔太郎は芽榴を助けてくれた。

 そして颯は、芽榴のすべてを肯定して、守った。


 みんなそれぞれ、芽榴にとっての大切な人。それを来羅はちゃんと分かっている。


「だから……みんなが嫌じゃなかったら、私はみんなで送別会したい。そのときだけは、私もるーちゃんの友達に戻るから」


 来羅の目はとても真剣だった。その真剣さの中に、いろんな罪悪感や申し訳なさを抱えて、来羅は颯にお願いしていた。


「……お前がそこまで気にする必要はないのに」


 颯は小さく息を吐いて、椅子の背に軽くもたれた。


「お前がそれでいいなら、僕は芽榴をちゃんと見送りたい。だから、僕も送別会はみんなでしたいと思っているよ」


 その返事を聞いて、来羅はパアッと顔を明るくする。その様子を見て颯は苦笑した。


「普通、2人きりで出かけたいとか言うものだけどね」


 颯はそんなふうに呟いた。


「……ありがとう、来羅」







 学期末のテストが終わっているため、芽榴たち2年生に控えている行事は特にない。来る春休みを待つものもいれば、3年生に向けて気合いを入れ直すものもいる。

 その時期を見計らい、F組では松田先生から芽榴の留学の件が伝えられた。


 あらかじめそのことを知っていた滝本と舞子はそれぞれ机の上で絡ませた自分の手や指へ視線を下げる。


「伝えるのがギリギリになっちゃって、ごめんなさい」


 松田先生に促され、芽榴はF組のみんなに一言告げることになった。唖然とした表情のクラスメイトを見つめ、芽榴は複雑な顔をして笑った。


「このクラスは本当に楽しくて、一番大好きなクラスでした。本当に、本当にみんなありがとうございました」


 そう言葉にして、自分の残り少ない学園生活を思い知る。

 今の今まで平気だったはずなのに、口にしたら鼻の奥がツンとしてきた。


「まだあと少しこっちにいるので、仲良くしてください」


 芽榴はぺこりと頭を下げて席につく。

 急な事実を知らされたクラスメイトたちは、しばらく口を閉ざしたまま。けれど事実を正確に頭で理解すると、次々に口を開いた。


「なんで……なんでもっと早く言ってくれなかったの!? まっちゃん、最低!!」

「最低とはなんだ! 俺だって隠したくなかったぞ!!」


 女子クラスメイトが芽榴ではなく、松田先生に向かって怒鳴る。まさか自分にそんな言葉がとんでくるとは思っていなかったみたいで、松田先生は声を裏返した。


「本当ですよ。もっと早く分かっていたら、ちゃんとお別れ会とか、みんなで綿密に計画を立てたのに」


 委員長がしゅんとした様子で告げる。

 クラスメイトが元気をなくし始め、クラスが静まり返った。


 すると、今まで黙っていた滝本がハーーッと大きなため息を吐く。


「空気悪い悪い悪い! 楠原はすっげーとこ行くんだから、もっと盛り上がろーぜ!」


 そんなふうに叫んで、滝本が芽榴のほうを振り返った。


「委員長、お別れ会なんてやろうと思えば最終日の昼休みでも放課後でもできるんだし、余裕だって!! そーれーかーらー、楠原、お前も! でした、とか、ございました、とかやめろ! 他人行儀みたいだろーが!」


 滝本が叫び終わると、舞子もクスッと笑って芽榴を振り返る。


「そうそう。芽榴が留学終わって帰ってきたら、またこのクラスのメンバーで集まって遊ぼうよ」


 その提案を聞いて、クラスメイトたちも「いいね、いいね」と盛り上がり始めた。


「ね、楠原さん!」


 笑顔で芽榴に意見を求めてくる。

 芽榴を「友達」と呼んで、これからも「友達」でいてくれる、F組のみんながそうだった。


「うん。みんなと会うために、がんばってすぐ帰ってくる」


 芽榴の顔には心からの笑顔が浮かんでいた。








「F組のみんなに言えたんだ?」


 帰り道、来羅が隣でそんなふうに尋ねてきた。芽榴が首をかしげると来羅がクスリと笑った。


「るーちゃんの留学の噂、学園中に出回ってたから。言えたんだろうなぁって」

「うん。……やっと、言えた」


 タイミングも分からないまま、松田先生に任せていた。隠していたことを少し怒られたけれど、みんな「がんばって」と言ってくれた。

 いいクラスメイトに恵まれた――そう思うのは何度目だろうとしみじみ考える。


「みんながお別れ会しようって言ってくれて、すごく嬉しくて」


 芽榴が思い出してはにかんで笑うと、繋いだ来羅の手がぴくりと跳ねた。

 それを感じ取って芽榴が顔を上げると、来羅が「あはは……」と頬をかく。


「私たちも、ちょうどそういう話をしててね……」

「え?」


 芽榴が目をパチパチと瞬かせる。その様子を見て、来羅は優しく目を細めた。


「今度のお休み、役員みんなで、有ちゃん家でるーちゃんの送別会しようって。……勝手に話進めちゃってるんだけど、るーちゃんの予定、大丈夫?」


 来羅が心配そうに尋ねてくる。

 けれどそれを聞いた芽榴は首をうんうんと振って、キラキラと目を輝かせた。


「うん、大丈夫……だけど、いいの?」

「もっちろん。みんなでるーちゃんを最後に応援して送り出したいから。それに、るーちゃんもみんなと話したいことあるでしょ?」


 今度の休日は、芽榴がこっちにいるあいだに迎える最後の休日だ。

 付き合い始めてまだ数日。

 芽榴と来羅はまだまともにデートもしていない。けれど来羅と一緒にいたいと思う反面、役員のみんなとも過ごしたいと思う気持ちが芽榴の中にはあった。


「ごめんね。……いなくなるのは私だから、来羅ちゃんと2人で過ごす時間をちゃんと作らなきゃいけなかったのに」

「謝らないでよ。デートなんて、付き合ってないときに何回かしてるんだから」


 たしかにそう。けれどそのときと今するのとでは理由が違う。恋愛面に疎い芽榴でも、付き合い始めの今が肝心ということは分かっていた。


「るーちゃん。私はね、るーちゃんの笑った顔が大好き」


 綺麗な声で言って、来羅は優しい顔で芽榴のことを見下ろす。


「だから私と2人きりのときでも、みんなと一緒のときでも、るーちゃんの笑顔が見られたら、そのときが一番嬉しいの」

「……来羅ちゃん」

「それに謝るのは私のほうでしょ? 全然彼氏らしいことできてないし。るーちゃんと2人がいいって言えたのに、みんなと一緒がいいって、私がわがまま言っちゃったんだ」


 そう言うと、来羅はリズムを踏むように跳ねて、手をつないだまま芽榴の目の前に立った。


「でも、るーちゃんが帰ってきたら、たっくさんデートして、会えなかった分一緒にいよ?」


 笑顔でなんでもないことのように言ってのける。けれどそれは、アメリカから帰ってきても変わらず芽榴のことを好きでいる、ということだ。


 それが嬉しくて、芽榴はふわりと笑った。


「……うん。一緒にいてください」


 そう返事をして、芽榴は来羅の手をぎゅっと握りしめる。


「えへへっ、照れるなぁ」


 高らかに笑う来羅の声が心地よくて、芽榴もその声に調和させるみたいにして、静かに笑った。

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