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麗龍学園生徒会  作者: 穂兎ここあ
Route:柊来羅 大逆転の恋物語
387/410

#18

 風雅と話して、昼休みは終わりを告げた。

 少しだけ泣いた目は幸いにも赤くならずに、少しだけ瞳が潤む程度で済んでいた。


 放課後、芽榴は風雅の隣で再開した生徒会の仕事をしていた。

 生徒会室には芽榴の方が先に来ていて、芽榴が先に定位置に座っていた。そこへあとから入ってきた風雅がためらう様子も見せず、芽榴の隣に座った。


「うっわぁ! テスト明けだからって量多すぎでしょ、オレ死んじゃう」


 そんなふうに嘆いて机に伏せる風雅は、いつもの風雅と何も変わらない。


「芽榴ちゃん、助けてー。オレだけじゃ絶対終わらない」


 うやむやにし続けた返事を口にした芽榴に、風雅は変わらない笑顔を向けてくれた。風雅のことを振った芽榴のことを、風雅は責めずにそれでも好きだと言ってくれた。


 風雅のことを真正面から傷つけた芽榴にせめてできることは――来羅に本当の気持ちを告げることだけ。


「うん。これが終わったら手伝うね」

「風雅、芽榴に甘えるな」


 そんな颯の注意もいつもどおり。


「まったく、それくらい一人で終わらせろ。楠原はその倍の仕事を抱えてるんだぞ」

「楠原さんはむしろ頼ってください」


 翔太郎が口にする文句も、有利がかけてくれる気遣いも、いつもどおりに芽榴は受け取れる。


「まあまあ、風ちゃんは風ちゃんなりに頑張ってるんだし。ちょーっと甘えすぎだけど」


 来羅がパソコンに向けていた視線を流して、笑いかける。

 その笑顔も声掛けも全部みんなと変わらない、いつも通りのものなのに、受け取る芽榴の気持ちはやっぱり昔のような『いつもどおり』のものではなかった。

 胸の前でギュッと拳を握る芽榴を、風雅は少しだけ寂しそうに笑って見つめた。




 下校時刻が近づき、今日の生徒会の仕事は終了。

 学園の見回りをした後、生徒会室に集合すると、来羅があみだくじを用意し始めた。


「今週のるーちゃんお見送りあみだするよ! 今日は誰になるかなぁ?」


 楽しげに言って来羅が紙に線を書こうとする。それを颯が止めた。


「……颯?」


 不思議そうに来羅が首を傾げると、颯が小さく息を吐いた。


「今日は、来羅が芽榴を送って」


 静かに颯がそう言って、芽榴はすぐさま颯の顔を見上げる。翔太郎も有利も、それに反応した。


「え? 別に……私はそれでいいけど、いいの? 風ちゃんなんか、絶対イヤでしょ?」


 来羅が困り顔で笑いながら風雅に視線を向ける。来羅からの視線を受けた風雅は、颯にちらりと視線を向けて、すぐに来羅へ戻した。


「イヤだよ。イヤに決まってるじゃん! だって今からオレ、颯クンからお説教という名の『一緒に下校』命令が出てるんだよ!? ありえないでしょ! 芽榴ちゃんと帰りたいよ!」


 風雅が彼らしく叫んだ。それが本当か嘘か、芽榴には判断できない。芽榴が眉を寄せていると、颯が風雅の発言に付け加えた。


「今回のテスト結果について、積もる話があるからね。風雅は僕と一緒に帰ってもらう。別に来羅じゃなくても、翔太郎か有利が送ってくれればいいけど……」


 颯が翔太郎と有利に視線を向ける。すると、翔太郎も有利もそれぞれ首を横に振った。


「僕も今日は夜稽古が早めにあるので、柊さんが楠原さんを送ってくれるなら助かります」

「俺は特にどうという意見はない」


 仕向けられたかのように、芽榴を送る役目が来羅に決まる。

 それを来羅もちゃんと感じ取っていて、訝しむような視線を颯に向けていた。





「みんな、どうしたんだろうね」


 二人きりで歩く帰り道。来羅が小さい声で芽榴に尋ねてくる。

 吐き出した白い息が淡く消えて、静かに声だけが響いた。


「……わざと、るーちゃんと二人っきりにしてくれたのかな」


 芽榴が顔を上げると、来羅は「なんてね」と笑ってペロッと舌を出した。


「そんなことする意味ないから、そうじゃないとは思うんだけど……怪しいなぁ」


 うーん、と腕を組んで考える素振りを見せる。

 女装をしていた頃の来羅がしていたなら、とんでもなく可愛らしい仕草。でも今は、やっぱり可愛いじゃなくて、かっこいいと思ってしまう。

 芽榴の来羅への気持ちは、こんなにも変わり果ててしまった。


「来羅ちゃん」

「ん、なぁに?」


 芽榴は立ち止まる。消えた芽榴の足音に反応して、来羅も立ち止まった。


「……すき、です」


 消え入りそうな声で口にして、芽榴は唇をきゅっと噛む。恥ずかしくて、寒い空気が嘘みたいに体がカァーっと熱くなった。


「え?」


 目の前の来羅は目をぱちくりさせている。もっと前置きに言葉を挿むべきだった――そう後悔して、芽榴は慌てて両手を胸の前で振った。


「あ、えっと、その、なんでもない」


 告白なんてはじめてで、伝え方が全然わからなかった。来羅も風雅もはっきり口にしてくれた言葉が、芽榴には全然声にできない。

 どうしようもなく恥ずかしくて、芽榴は早歩きで来羅の隣を通り過ぎようとする。

 けれど、そんな芽榴の腕を掴んで、来羅が芽榴の動きを止めた。


「るーちゃん、今……なんて言った?」

「……なんでもない、って」

「その前」

「だから……その……」


 目をうろちょろと彷徨わせてはっきりしない芽榴に、来羅も限界が来たのか、腕を強い力で引かれて、芽榴は石壁に体を押しつけられた。


「るーちゃん。私、るーちゃんに振られたばっかりだから、あんまり勘違いとかはしたくないんだけど」


 少しだけ低い声が芽榴の頭上から降ってくる。

 おそらく、微かにでも芽榴の「好き」の言葉は来羅に伝わっていた。けれど一度振られている来羅にとってその言葉は簡単に聞き入れられるものではないのだ。

 もう一度言わなければ、来羅には伝わらない。でも伝えようと口を開いたら、唇が震えて言葉が出てこなくなる。


 ただただ、壊れそうに脈打つ心臓が、熱い体が、来羅のことを好きだと思い知らせてくるばかりで。


「……お願い、来羅ちゃん。……嫌いに、ならないで」


 やっとのことで紡げた言葉は、そんな臆病な一言。


「何、言ってるの。嫌いになれたら、私も困ってないよ?」


 来羅の優しい声が耳をくすぐる。

 近くにいる来羅が大好きなのに、少し離れてほしいくらい照れくさくて、けれどそばにいてほしい。矛盾しすぎて結論すら分からなくなる感情が芽榴の心にひしめきあう。


「来羅ちゃん。あの……怒らないで、聞いて、ください」


 怖くて、自然と言葉は丁寧になっていた。

 震える手で来羅の胸にしがみつくと、来羅がそれをあやすみたいに優しく芽榴の手に自らの手を添えてくれた。


「私……ずっと、来羅ちゃんのこと、友達だって思ってた」

「うん」

「女装してた来羅ちゃんのこと、女の子と思ってたわけじゃないよ。でも……男の子だとも、思ってなかったんだと思うの」

「……うん」


 来羅のことは女子でも男子でもなく、「柊来羅」として見ていた。だから芽榴は、来羅の本当の姿にも戸惑うことなく気づけて、女装の来羅と変わらずに接することができた。


「でも、来羅ちゃんが……急に男の子らしく見えて……そしたら私、途端に意識しちゃって……」


 自分で言って、滑稽すぎて恥ずかしくなる。どんな『手のひら返しの女の子』よりもひどい。芽榴が一番最低だった。


「ごめんなさい。……女装してた来羅ちゃんも、今の来羅ちゃんも同じ来羅ちゃんだって分かってるのに」


 申し訳なさが募って、芽榴の手は来羅のコートをぎゅっと握りしめた。


「私は、女装をやめた来羅ちゃんを好きになっちゃったんだ」


 しんとした夜道が、芽榴の声だけを響かせた。少しの沈黙がとても長いあいだ続いているかのように感じられて、芽榴の耳には電灯の小さなぱちぱちという音さえ大きく聞こえる。


 来羅の息を吸い込む音が聞こえて、芽榴は体をびくりと震わせた。


「……るーちゃん、それを気にして、私のこと振ったの?」


 声を出したら泣いてしまいそうで、芽榴は来羅の胸にしがみついたまま、うんうんと頷いた。

 頷いた芽榴を見て、来羅は小さく息を吐きだす。

 そのため息すら怖くて、芽榴の体が震えると、芽榴の体をぎゅっと来羅が包み込んだ。


「……え」

「ひどい。私は怒ってるよ、るーちゃん」


 怒っていると言いながらも、来羅は芽榴のことを優しく抱きしめていた。


「私が女装をやめたのは、るーちゃんに男として好きになってほしかったからだよ。女装してる私を男として好きになれなんて、そんなこと思ってもなかった」


 来羅のまとう香りは女装をしていた時と変わらず、ふわふわの優しい香り。それすらも今は、どうしようもなく愛しく思えた。


「他の子はみんなね、わたしを『男の柊来羅』と『女の柊来羅』に分けたの。……ママも、パパも、みんな。そうしてみんな、どちらかしか受け入れてくれなかった。役員のみんなはね、どっちの私も受け入れてくれたの」


 だから来羅にとって、役員はみんな特別だった。そして――。


「るーちゃんだけが私を分けないで、『ただの柊来羅』として見てくれたの。だから私はるーちゃんのこと好きになったよ」


 芽榴だけが、誰よりも来羅の特別になった。


「でもそのままじゃるーちゃんにとって私は『友達』のままだから、少しでも意識してもらいたくて、るーちゃんの前でだけ私は自分で『男の柊来羅』を分けたんだよ」


 それが、来羅の最近の芽榴を惑わせた言動の答えだった。すべて芽榴に意識してもらうために来羅が自ら選んだ言動だった。


「だからるーちゃんがそれで私を意識しちゃったなら、それは私にとって本望だし……。他の子とは意味合いが違うんだよ」


 そう告げて、来羅は芽榴に視線を合わせるように腰をかがめた。


「回りくどいことしちゃってごめんね。でも……そんなことまで考えてずっと私のことで悩んでくれたんだなって思ったら……もっとるーちゃんが好きになっちゃった」


 来羅は屈託なく笑って、芽榴の手を両手で握る。その手は芽榴がクリスマスにあげた手袋に包まれていた。


「るーちゃん、好きだよ」


 まるで、誓うように来羅は二度目の告白を口にする。来羅の言葉を聞く芽榴はこらえきれずに泣いていた。


「僕と、付き合ってください」


 それは男として生きることを決めた、来羅の宣言だった。


「私も……来羅ちゃんのことが、好きです」


 そう答えて、芽榴は涙を拭おうとした。けれどそんな芽榴の手を掴んで来羅は困り顔をする。


「だめだよ。目、赤くなっちゃう」


 彼らしい気遣いをして、芽榴の目にハンカチを当ててくれた。


「こんなに嬉しいこと、もう一生ない気がして怖くなっちゃう」


 そんなふうに言って笑う来羅がとってもかっこよくて、芽榴の心臓の高鳴りはやまない。


「でも、もう、これ以上は、罰が当たっちゃうから……これだけでいいよ。……来羅ちゃんのそばにいてもいいって、それだけで十分すぎるから……」


 一生懸命今の想いを言葉にして、来羅に伝える。すると、来羅が芽榴の唇に人差し指を当てた。


「じゃあ……もし、罰が当たっちゃったらごめんね。でも私は欲張りだから……」


 最後は息が漏れるみたいに、言葉が消えて――。

 来羅の顔が間近にあった。自分が何をされているか理解して、それが嬉しくて「罰が当たってもいいや」と芽榴もそう思ってしまった。


「大好きだよ」


 どちらの口からもれたのかも、もう分からない。

 静かな夜、芽榴は初めてキスをした。

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