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麗龍学園生徒会  作者: 穂兎ここあ
Route:柊来羅 大逆転の恋物語
382/410

#13

 バレンタイン当日の朝。

 芽榴は昨晩一生懸命作ったチョコを綺麗にラッピングしていた。けれど、その顔は浮かない。


「芽榴、どうした? 失敗でもしたのか?」


 会社に行く準備をしていた重治がそんなふうに言って、芽榴を心配してくれる。芽榴はあからさまに顔に出してしまっていることを申し訳なく思って、眉を下げた。


「ううん、ちゃんと美味しいの作れたと思うよ」


 昨日、東條に渡したチョコも東條は美味しいと言ってくれた。一昨日、聖夜に渡したものも、美味しいと言ってもらえた。

 だからこれも、邪念いっぱいで作ったとはいえ、味に問題はない。


「芽榴の作ったチョコがまずいわけないな! きっとみんな喜ぶぞ!」


 芽榴を元気づけるようにガハハっと笑って、重治は芽榴の頭をくしゃくしゃとなでてくれた。

 重治の言うとおり。きっとみんな、喜んでくれる。来羅だって、そう――。

 義理以外の感情だって入っているくせに、自分は昔と変わらない卑怯な人間だと、芽榴は自嘲して笑った。





「あー……母さん、俺のチョコ食べてないといいけど」


 学校に向かいながら、芽榴の隣で圭が呟く。

 一応、朝食の後に圭にはチョコを渡していて、圭も半分は食後のデザートのようにして美味しく食べていた。けれど、部活後に家に帰って来てから食べるために、残りの半分は冷蔵庫に直したのだ。

 自分の行いを後悔して小さなため息を吐く圭を、芽榴は困り顔で見上げた。


「なくなってたら、圭の分を作り直しておくから……心配しなくていーよ」

「え、ほんと? なら安心。よかったー」


 圭はパアッと顔を明るくして、胸をなでおろす。そして何か思い当たったように、すぐに視線を下げて芽榴を見つめた。


「今日から生徒会休みなんだっけ?」


 今日はバレンタイン。そして、来週に控える期末テストの一週間前だ、生徒会も今日からテスト期間まではお休み。

 芽榴が頷くと、圭は柔らかく微笑んだ。


「じゃあ、帰り早いね。久々に、芽榴姉の夕飯が食べれる」


 修学旅行が終わってからは、芽榴が生徒会で居残っているから、重治が夕飯を作っているのだ。でも今日からしばらくは、芽榴のほうが帰りも早い。


「そんなたいしたものは作れないよー」

「芽榴姉の料理はなんでもうまい」


 圭は腕を組んで、うんうんと頷いている。本当に優しい弟だ。そんなふうにしみじみ思いながら、芽榴は圭に笑いかけた。


「……ありがとね、圭」

「別に、俺は本当のこと言ってるだけだって。本当、芽榴姉のチョコ全部回収したいくらいだし」


 冗談でもそう言ってくれることが嬉しい。

 圭には絶対に他意がない。そう思えるからこそ、圭にだけは何も考えずに渡すことができた。


「芽榴姉?」


 曇る芽榴の表情を覗き込んで、圭が首をかしげる。

 不思議そうな顔の圭に、芽榴は顔を横に振って「なんでもないよ」と笑顔を返した。







 学校に着いて靴箱を覗くと、メモ用紙が一枚入っていた。


「なんだろ……」


 首をかしげながら芽榴がメモを開くと、そこには見覚えのある文字が記されていた。


『芽榴ちゃん! 今日はオレと放課後一緒に帰ってください! ちょっと遅くなるんだけど、迎えに行くので教室で待っててほしいです! 風雅』


 芽榴が来る前に登校して、このメモ用紙を芽榴の靴箱に投函したのだろう。おそらくすでに女子生徒から呼び出されているのだ。直接お願いしにくる時間もないのだとすれば、今年も風雅のチョコは異常量だ。




――来羅のほうこそスペース確保しておいたら?――




 金曜日に風雅が言っていた。今年は自分より来羅のほうがもらうだろう、と。

 来羅は本当に、その全部を断るつもりなのだろうか。

 不毛なことを考えながら、芽榴はメモを制服のポケットの中に直して廊下に出た。



 F組に向かう途中でD組に通りかかる。横目にD組の教室の中を覗き込むと、有利が自分の席で袋の中にさまざまなラッピングのチョコを直しているのが見えた。


「あ――藍堂くん」


 D組には女子生徒も数人いて、芽榴は廊下から小声で有利のことを呼んだ。芽榴の声がちゃんと届いたみたいで、有利はすぐにこちらに視線をくれる。芽榴を見て、有利は薄く笑った。


「楠原さん、おはようございます」

「おはよー。あれって、中に入ってるの全部チョコ?」


 芽榴は有利の机を指さして有利に尋ねる。机の上に置いている二つの大きな紙袋の中にはすでにたくさんの贈り物が入っているみたいだった。

 芽榴が苦笑しながら尋ねると、有利が気まずい顔で頷いた。


「朝来たら、靴箱とロッカーに入っていて……。僕は呼び出しが少ない分、そういうところに多いと言いますか」

「あはは……本当にすごい量だねー」


 芽榴がそう言って頬をかくと、有利は芽榴の持っている手提げ袋に視線を向けた。普段使っていない手提げを持っているのだから、その中に何が入っているのか、有利にも簡単にわかる。


「楠原さんのチョコは、絶対に欲しいです」


 芽榴が渡すのを躊躇したことに気づいたのだろう。有利が真剣な顔でそう言ってくれた。


「それに僕なんか、もらってないほうですよ」


 有利が比較にあげているのは他の役員だ。実際に有利がもらっている量も異常なもの。

 けれど風雅はこれをはるかに超える量をもらうことになる。そして今年は来羅もそれに匹敵するくらいもらうといわれているのだ。

 目で見て、その量が実感に変わる。仮に来羅がこれだけの数を断ることができたとして、そうして芽榴のチョコだけが来羅にもらってもらえる。それはどう考えても不公平なのだ。


「……楠原さん?」


 有利に名前を呼ばれて、ハッと意識を戻す。また来羅のことを考えてしまった。気を抜けばずっとそう。

 今日の芽榴はマスクもしていない。だから思っていることが顔に出てしまえば、隠すこともできないというのに。


「ううん。……じゃあもらってくれると嬉しいな。いつもありがと、藍堂くん」


 芽榴はぎこちなく笑って、有利にチョコを手渡した。





  休み時間が来るたびに、学園の、特に2学年棟は騒がしくなる。廊下を駆ける音や、噂話、喜ぶ声や悲しむ声、いろんな声が校内に溢れている。


「楠原、役員に渡せるのか?」


 昼休み。滝本が芽榴のあげたチョコを食べながら、芽榴に問いかける。それを聞いて、舞子も芽榴に視線を向けた。


「今朝、藍堂くんには渡したんだっけ?」

「うん。蓮月くんは放課後呼び出し終わってから、一緒に帰ろうって言われたから……そのときに渡そうかなって。葛城くんは、たぶん空き教室に隠れてるから……放課後、探しに行こうかなって」

「神代と柊さんには?」


 そう聞かれて、芽榴は肩を揺らす。

 昼休みも放課後も、おそらく颯は生徒会室にいる。そして、同じくらいの確率で、来羅も生徒会室にいる気がした。


「たぶん生徒会室にいると思うから……これから行こうと思って」


 颯には普通に渡せる。颯がそばにいる空間でなら、来羅にも違和感なくあげられるはずだ。


「ちぇー。余ったら、俺がもらおうと思ってたのに」

「あんたにやるくらいなら、私が食べるわよ。ほんと、すっごく美味しかった」


 舞子はもう中身のなくなってしまった、ラッピングの袋を見て、惜しむように呟く。


「ま、渡せなかったら、すぐ言えよな!」

「『生徒会室にいるなよ、役員』とか願ってんじゃないでしょうね、滝本」


 舞子が半目で睨むと、滝本が「そんなことねーよ」と他所を向いた。分かりやすい反応の滝本に舞子はため息を吐く。

 でもそんな彼の反応が少しだけ芽榴の肩を軽くしてくれた。







 手提げ袋を持って、芽榴は生徒会室にきた。

 扉をノックしようとして、その手を止める。いろんな不安でぐるぐるした頭を整理するように、深呼吸をひとつ挟んだ。


「チョコ、渡すだけ」


 有利にもちゃんと渡せたのだ。来羅にあげるのも同じこと。変に意識してはいけない。

 心の整理をつけて、芽榴は扉をノックした。


「……失礼します」


 扉を開けると、正面には会長席が見える。

 芽榴の予想通り、そこに颯はいた。


「芽榴。……珍しいね。昼休みに来るなんて」


 颯は少し驚いた顔をして、芽榴に笑いかけた。


「神代くんはここにいる気がして……。呼び出されてたらどうしようかと思ったんだけど」


 芽榴はそんなふうに答えながら、辺りを見回す。こっちは芽榴の予想に反して、颯以外誰もここにはいなかった。


「あはは、僕はそんなにもらわないよ」


 颯は爽やかな顔で言う。颯のこの手の話はいつも謙遜を通り越して嘘だ。

 さっきも廊下で、颯にチョコを渡した女子の話が持ち上がっていた。


「だから、芽榴がくれるなら……ありがたく僕はもらうよ」


 そう言われて、芽榴は肩をすくめる。

 きっと芽榴が遠慮しなくて済むように、前言を口にしたのだろう。

 頭が上がらないな、と思いながら芽榴は颯にチョコを渡した。


「じゃあ、その言葉に甘えて」

「ありがとう」


 颯は芽榴の頭をポンポンと撫でる。

 すると、同時のタイミングで、颯のスマホにメッセージが入った。

 チョコを片手に、颯はスマホに視線を向ける。


「……大変そうだね」


 颯が呟いて、芽榴は首をかしげる。

 すると、颯は横目で芽榴のことを見て、薄く口を開いた。


「来羅。昼休み、生徒会室で勉強しようって言ってたんだけどね」


 呼び出しが終わらないのだと、颯は教えてくれた。


「……そ、だね」


 うまく声が出せなくて、芽榴は顔をしかめる。こんな分かりやすい反応をしてはいけない。そう思うのに、顔が歪むのを止められない。

 そんな芽榴を見て、颯は目を細めた。


「きっと来羅は……芽榴以外のチョコはもらわないよ」


 颯は芽榴が遠慮しなくて済むように、安心させるために言ってくれたのかもしれない。けれどその言葉は、今の芽榴には苦しかった。


「……あはは。でも呼び出しが多いなら、渡せないかもしれないね」


 芽榴は笑って誤魔化す。用も済んで、芽榴は生徒会室を出て行こうとする。けれどそんな芽榴を颯が手を掴んで止めた。


「……神代くん?」


 振り向いた先、芽榴が颯を見つめると、颯は微かに眉を寄せた。


「いや……なんでもない。ごめんね」


 そんなふうに謝られて、芽榴はもっと困惑する。けれど颯は苦い笑みを浮かべるだけ。


「もし、来羅にあげられないなら……僕がもらうよって、言おうとしただけ」

「……それ、滝本くんにも言われたよ」


 芽榴が困り顔で笑うと、颯も息を吐き出すようにして笑った。


「チョコ、ありがとう。おいしくいただくよ」


 颯のお礼を聞いて、芽榴は生徒会室を出て行った。





 芽榴が閉じた扉を見つめ、颯は目を閉じる。

 来羅のことを考えて、芽榴は切なげに表情を歪めた。その顔を見れば、他に余計な言葉はいらなかった。


「……ショックは、大きいね」


 役員はみんな、芽榴の恋愛対象から遠かった。女装をしていた分、役員の中でも一番、来羅は芽榴の恋愛観から遠いところにいた。ずっと芽榴にとって来羅は『女友達と同等』の枠だと、颯は思っていた。


 でも同時に、分かっていた。


 来羅が男の姿になれば、芽榴との関係は覆せる。芽榴の前に、男として一から立つことができるから。


 颯は一度築き上げた『信頼できる友人』の位置から動けない。動いたところで、芽榴に拒絶されるのも怖いのだ。


 リボンを解いて、芽榴のくれたチョコを口に入れる。これは、義理チョコ。


「……おいしいよ、本当にね」


 ほろ苦い甘みが、まるで今の自分の気持ちを表しているみたいだった。


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