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麗龍学園生徒会  作者: 穂兎ここあ
Route:柊来羅 大逆転の恋物語
377/410

#08

「芽榴、風邪?」


 学校に登校してきた芽榴を見て、舞子が少し驚いた顔をしている。今朝、圭も似たような顔で同じことを問いかけてきたのを思い出す。


「ううん。ちょっと、咳が出るから」


 芽榴はつけているマスクのワイヤーを鼻にぴったり沿わせた。

 家には以前真理子が買ったらしいピンク色のマスクしかなく、芽榴はそれをつけて登校していた。

 高頻度でマスクをつけて登校する生徒もいるけれど、芽榴の場合は滅多にマスクなどつけない。だからこそ舞子や圭の反応は正しいのだ。


「風邪引く前じゃない? 気をつけないと」

「うん。心配してくれてありがとー」


 芽榴は苦笑しながら席につく。実を言うと、咳が出るというのは嘘だ。咳は出ないし、もちろん鼻水も出ない。まったくもって芽榴は元気なのだ。

 それなのにマスクをつけている理由は――。




――僕も、男だって……分かってる?――




 顔にまた熱が昇る。おととい、来羅の家から帰ってきて以降、ずっとそう。はっきり言って、来羅の部屋にいるときからすでにそうだった。

 どうしてあのとき一人称を変えたのだろう。

 気を抜けば、来羅の不可解な言動を思い出して、顔を赤くしてしまう。マスクをつけているのは、そのみっともない顔を隠すためなのだ。


「やっぱ熱あるんじゃないの?」

「え? ないよー」

「本当? 目元も少し赤い気がするけど」


 マスクで頬を隠しても、前髪が短いこともあって目元は隠しきれない。顔全体が赤くなっていることを自覚して、芽榴は自嘲気味に笑った。






「芽榴ちゃん、風邪?」


 昼休み、F組に遊びに来た風雅も、同じことを尋ねてくる。それは当然の反応。無駄に心配をさせてしまっているのが申し訳なくて、芽榴は眉を下げながら首を横に振った。


「芽榴ちゃんのかわいい顔が半分しか見れないなんて、ショックだ」


 相変わらずのベタ惚れ発言を呟いて、風雅は小さなため息を吐く。そんな風雅を見つめ、芽榴は困り顔をした。

 風雅にそんなことを言われても、顔を赤くすることはない。言われ慣れているからとも言えるが、来羅にも以前から「かわいい」とは言ってもらっていた。

 それなのに、ここ最近の来羅の言動が気になってしかたない。そんな自分の反応が気持ち悪くて、芽榴は自己嫌悪に陥る。


「芽榴ちゃん?」


 考え込む芽榴を見て、風雅が首を傾げている。芽榴はそれに気づいて、にこりと笑顔を返した。


「マスクって息苦しくて、ついボーッとしちゃうね」

「ああ、それは分かるかも」


 こもる声で答えると、風雅と舞子が芽榴の返事に納得してくれた。

 うまく誤魔化せたな、などと思っていた矢先に、風雅が直接的に話を持ち出した。


「来羅に言ったら、息苦しくないマスクとか作ってくれないかな?」


 呟くようにして、風雅がその名を出した。

 いつもなら「そーだね」などとのんびり答えることができたはずなのに、芽榴は不自然に肩を揺らした。


「……そ、だね」


 机の上で握りしめた手を見つめ、芽榴は掠れる声で笑った。そんな芽榴を、不思議そうな顔で風雅が見ていた。







 一日中頭がボーッとして顔も赤くなって、マスクをしていることも相まって放課後になる頃には、芽榴は本当に具合が悪くなるような感覚に襲われていた。


「しっかりしなきゃ……」


 みんなと過ごす時間もそう長くはない。だから変に心配させるようなことをしたくない。芽榴は両頬をパチパチと叩いて気合いを入れ直す。

 生徒会室へ行こうと教室を出ると、ちょうど隣のE組から翔太郎が出てきた。


「あ、葛城くん」


 芽榴が声をかけると、翔太郎が無愛想な顔で振り向いた。「何の用だ」とでも言いそうな顔をしているものの、翔太郎はそこで立ち止まってくれている。

 だから芽榴は小走りで駆け寄った。


「風邪か?」


 マスクをつけている芽榴を見て、翔太郎が問いかける。もう慣れた質問に、芽榴は「少し咳が出るだけ」と素早く答えた。


「葛城くん、もう生徒会行く?」

「ああ。貴様も、もう行けるのか」

「うん。今日は松田先生のパシリ回避ー」


 芽榴はのんびり答えて翔太郎の隣に並んだ。

 D組の前に差し掛かって、ちらりと横目で教室をのぞいてみると、芽榴の見える範囲に有利の姿はなかった。


 芽榴と翔太郎は2人で生徒会室に向かう。本棟につながる渡り廊下を歩いているところで、翔太郎が口を開いた。


「そういえば、おととい柊の家に行ったと聞いたが……」

「え」


 芽榴がすぐに顔を上げて反応すると、翔太郎も少し驚いた顔をした。


「誰から?」

「柊からだが……なんだ。隠していたのか?」

「別に、そーいうわけじゃないけど……」


 翔太郎が来羅から何をどう聞いたのか気になるけれど、芽榴はそれを言い出せない。下手なことを言ってしまいそうで、芽榴は不自然に口を閉じる。

 そんな芽榴を訝しむように翔太郎が見ていた。


「あいつの母親のことは、俺が一番聞いていたから。その関係で聞いただけだが」


 弁解するように翔太郎が言ってくる。けれど、芽榴は別に来羅の家に行ったことを知られたくなかったわけではない。そうではなくて――。


「何か気にしているのか?」


 翔太郎が心配そうに聞いてくる。こんなふうに無駄な心配をかけないように決めて教室を出たというのに、早速これだ。うまくコントロールできない自分の感情がむずがゆくて、芽榴は顔をしかめた。


「ううん。……ただ、やっぱり出しゃばりすぎたかなって思って」


 芽榴は誤魔化すようにしてそう答えた。

 そのことを気にしていたのも事実。嘘ではないのだと自分に言い聞かせた。


「貴様がしたことで何も解決しなかったなら、確かに出しゃばりと言えるかもしれないが……少なくとも、それで柊が前に進めたならそれは出しゃばりじゃないだろう」


 翔太郎が真剣に答えてくれるから、余計に芽榴の心の中で罪悪感が広がる。


「俺が柊でも、貴様に感謝すると思うが」


 母親に自分を認めてもらえないことの辛さは、翔太郎がその身をもって一番よく知っている。だからそんな来羅の気持ちを一番分かってあげられるのも翔太郎なのだ。


「貴様が気にすることはないだろう。本当に、背負わなくていい責任まで背負おうとするやつだな、貴様は」


 翔太郎がため息まじりに言った。

 翔太郎は来羅の気持ちを分かっている。

 でも、ここ最近の来羅の言動についても、翔太郎なら分かるのだろうか。

 芽榴が意識しすぎているだけなのか、それとも来羅が変わってしまったのか。

 答えを求めるように、芽榴は翔太郎を見つめた。


「葛城くんは……」

「柊さん」


 芽榴と翔太郎が渡り廊下を通り抜け、廊下に足を踏み入れようとしたそのとき、柱の向こう側で有利の声がした。


 芽榴はその声で紡がれた名前を聞いて、とっさに足を止める。不自然に立ち止まって、柱の影に隠れたままでいる芽榴を、翔太郎がやはり不審げに見ていた。


「楠……」

「呼び出しですか?」

「そう。だからとりあえず荷物だけ生徒会室に置いてきたの」


 有利の声に続けて、来羅の声が聞こえた。

 芽榴がうつむいたまま動かないのを見て、翔太郎もそこから動かずにいてくれた。


「大変ですね。……バレンタイン前っていうのも、あると思いますけど」

「バレンタイン前に告白しようが、バレンタイン後に告白しようが、私の答えは変わらないけどね」


 来羅の返事を聞いて、有利が困ったような声で「そうですね」と返事をしている。

 今から来羅が向かう先には、来羅に想いを寄せる女の子がいる。来羅がその子の告白を聞きに行くのかと思うと、少しだけ芽榴の心に霧がかかった。

 こんな気持ちも、今まで感じたことなんてなかったはずなのに。モヤモヤする胸に、手を当てて、芽榴はぎゅっと握りつぶす。


「それにしても、手のひら返しもいいとこっていうか」

「……このあいだ柊さんに告白した人は、もともと蓮月くんのファンだったと、クラスの人が言っていましたが」

「そう。それもるーちゃんの悪口を思いっきり言ってた子だからすごく覚えてたのよね」


 来羅がうんざりするような声で言った。

 今まで来羅ファンではなかった他の役員のファンが、今では来羅を好きになって来羅のファンに変わった。

 それは不思議なことではないけれど、来羅の「手のひら返し」という言葉を否定はできない。


「姿が変わった瞬間、これだもん。中身なんて見られてないって分かるんだから、好きになれるわけないのにね」


 まるで、その来羅の言葉が自分に向けられた言葉のように、芽榴には聞こえた。


 芽榴が来羅を変に意識するようになったのも、来羅が女装をやめてからだ。来羅が女装をしていた頃はこんな気持ちになることはなかった。


「じゃあ、生徒会室で待ってます」

「うん、じゃあまた」


 来羅がこちらにやってくる。そう分かっていても、芽榴の足は動かなかった。


「……楠原。大丈夫か?」


 翔太郎が心配そうに声をかけてくれる。

 顔を隠すためにしていたマスクが、今は本当に具合が悪くてつけている気分だった。

 足音はもうすぐそこに来ていた。


「翔ちゃん。こんなところでどうしたの? あ、るーちゃん……って風邪?」


 翔太郎の姿に隠れた芽榴を見つけて、来羅が首を傾げた。

 マスク姿の芽榴を覗き込むように、来羅が体を動かす。

 その瞬間、芽榴はあからさまに一歩足を引いた。


「え……」

「……楠原」

「ご、めん。ちょっと、喉詰まって……うがいしてくる」


 そんな下手くそな嘘をついて、芽榴は驚いた顔の来羅と翔太郎から逃げた。

 本棟の廊下を少し走って、女子トイレに駆け込む。そしてそのまま芽榴はその場にしゃがみ込んだ。


「……最低」


 どんな姿をしていても来羅は来羅だ。それはいつも芽榴が言ってきたこと。

 この姿だから、あの姿だから。そういう限定的な言葉を、来羅が嫌っていたことを芽榴は知っている。


「……知ってたのに」


 来羅が男の子の姿でいるようになって、だから変に意識するようになったのかもしれない。中身は変わらないのに、姿が変わったから、意識してしまった。


 もしそうなら芽榴は――。


「来羅ちゃんに……嫌われちゃうよ」


 急に来羅を慕い始めたみんなと、何も変わらない。

 来羅の嫌いな、手のひら返しの女の子。

 うんざりした来羅の声と、冷めた視線が芽榴の頭をよぎった。

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