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麗龍学園生徒会  作者: 穂兎ここあ
Route:柊来羅 大逆転の恋物語
374/410

#05

「そういえば、来羅ちゃん遅いね」


 放課後の生徒会室。

 芽榴は自分の隣の席と、さらに奥の隅にあるパソコンの机を見て、呟いた。

 隣の席を固定席としている風雅は絶賛補習中ということはすでに知っている。口に出せば颯がため息を吐くだろうと思い、芽榴はあえてそれは口にしない。

 だから奥の席を固定席とする来羅の不在についてのみ、言及した。


「柊さんは……女子に呼び出されています」

「え? あー……」


 有利の答えに、芽榴は一瞬戸惑った。

 その返事は、よく風雅の不在理由として補習と並んで聞いていたものだった。

 しかし、今の来羅の状況をよくよく考えれば、簡単に理解できる。


「大人気だねー」

「放課後の呼び出しなど、俺なら無視するところだが」

「葛城くんはもっと良心的になろーね」


 芽榴が半目で笑いながら告げると、翔太郎はフンッと不機嫌に他所を向いた。


「でも今の調子だと、蓮月くんと似たような状況になりかねませんね」

「うん。クラスの子も、ファンクラブできそーだねって言ってたよ」


 有利のつぶやきに芽榴も相槌を打つ。しかし、それを聞いていた颯が首を横に振った。


「来羅なら、風雅のようにはならないよ」


 颯が静かに言った。迷いのない颯の言葉が耳に届いて、芽榴はゆっくり視線を颯へと向けた。颯は机の上に広げた冊子に目を向けたまま。


「……来羅は、半端な気持ちで女装をやめたわけじゃないからね」


 そのとおり。来羅が女装をやめるには、相当の覚悟が必要だった。


 来羅が女装をやめられなかった一番の理由は母親だが、母にわずかでも認めてもらえた後も女装をやめられなかった理由はたくさん。周囲の視線やタイミング、いろいろなものが来羅を縛っていた。


 その縛りを超えて、来羅は女装をやめたのだ。だから風雅のように、周囲に振り回されることにはならないだろう。

 芽榴も颯の言葉に納得した。けれど納得した瞬間に、ある疑問が頭に浮かんだ。


「……あれ?」


 芽榴が浮かんだ疑問に首をかしげるのと同時、生徒会室の扉が開いた。


「はぁ、遅れてごめんね。みんな」


 疲れた顔の来羅が、荷物を持って生徒会室にやってきた。その様子を見れば、さっきの告白の結果など聞かなくても全員にわかる。


「おつかれさまです、柊さん」

「おつかれさまぁ」

「だいぶ時間がかかったな」

「……ちょっと粘られちゃったから。よいしょっと」


 来羅は近くのテーブルに自分の荷物を置くと、肩をポキポキ鳴らしながら自分の席へと向かう。

 そんな来羅を、芽榴はジッと見つめていた。


 見慣れた姿ではないけれど、違和感がない。来羅の今の姿は本当に、彼に似合っている。彼本来の姿なのだから、それが当然だ。


 でもどうして、今このタイミングで女装をやめることにしたのか。芽榴はさっき浮かんだ疑問について、考える。


 修学旅行で来羅と岬に行った時、来羅は女装をやめると言った。自分の中で問題が解決したから、と。

 けれどよく考えてみると、何がどう解決したのか、来羅がどうして女装をやめることしたのか、そのきっかけを芽榴は知らずにいた。


「ん? るーちゃん、どうかした?」


 芽榴の視線に気づいて、来羅は席に向かう途中、芽榴の前で立ち止まる。来羅が芽榴の顔を覗き込み、芽榴は反射的に椅子を引いた。


「あ……」


 来羅の顔が目の前にやってきて、自然にあのときのことが頭をよぎった。不自然に避けた芽榴を、有利と翔太郎が不思議そうな顔で見ている。


「あははっ。おかえりー。ちょーど今、来羅ちゃん遅いねって言ってたんだよ」


 それも嘘ではない。だから芽榴は、笑顔で来羅に答えた。







 最終下校の時刻になると、生徒会の仕事を切り上げてみんなで帰路につく。みんなで一緒に帰るのは、芽榴にとって新鮮な時間だった。

 今まで、芽榴は夕飯作りがあるからと、あまり時間が遅くならないうちに帰してもらっていた。もちろん決められた時間内で、与えられた仕事プラスαをこなしてはいたのだが。

 修学旅行明けから残りの日々は、重治たちとも約束して、みんなと一緒に最後まで残って帰っている。


「寒いね」

「ねー」


 途中まではみんなと一緒。けれど途中からは誰か一人に家まで送ってもらっている。今日芽榴を送るのは、来羅だった。

 隣を歩く来羅は、白い息を吐き出す。こすりあわせる手には、芽榴がクリスマスにあげた紫色の手袋をしていた。


「るーちゃん」

「んー?」

「明日って何か予定ある?」


 来羅が優しく目を細めて問いかけてくる。明日は土曜日。特に予定は入れてなかったはずだ。


「ないよー」

「……じゃあ、明日うちに来ない?」


 先日、来羅に『今度家においで』と言われていた。断る理由もないため、芽榴はゆっくり頷く。


「ありがとう。明日のお昼に、お迎え行くね」

「え、私がおうち行くよー」

「いいからいいから。ついでにお昼ご飯も一緒に食べていきましょ?」


 来羅にもう一度「ね?」と言われてしまえば、芽榴もそれ以上は何も言わない。「待ってるね」の一言を返した。


「えへへっ、るーちゃんとデートだぁ」


 来羅は口に手をあてて、しとやかに笑う。

 女装をしていた頃と変わらない仕草に、芽榴は安心感を覚えた。

 ホッと肩をなでおろす芽榴を見て、来羅が不思議そうに首をかしげた。


「……あの、来羅ちゃん」

「うん。なぁに?」


 聞いていいのか、少しだけ迷う。どうしても聞かなければいけないことなのかといえば、そうではない。

 けれど、優しい来羅の顔を見たら、言葉はすんなり出て行った。


「来羅ちゃんが女装をやめたきっかけって、何だったのかなって……よく考えてみたら、それは聞いてなかったなって」


 問いかける声は、どんどん小さくなる。目を大きく見開いて瞬きを繰り返す来羅を見たら、視線が左右に揺れ動いた。

 少しだけ聞いたことを後悔していると、芽榴の頭上で来羅が「あぁ……」と困ったような声を出した。


「るーちゃんに言うのは、ちょっと照れくさいかな」

「え?」


 芽榴が顔を上げると、来羅が片眉を下げて頬をかいていた。声以上に、表情が困っている。そして「うーん」と少し考えるような仕草を見せた後、来羅は人さし指を立てた。


「たとえばね、こんなふうにるーちゃんを送れるようになりたかったから」


 たとえ話がまったくもって理解できない。芽榴がはてなマークを頭上に掲げると、来羅もそれを分かっていたみたいで、苦笑していた。


「るーちゃんが最初に私と話した時、私はどういう状況だった?」


 来羅とはじめて話したのは、学校の外。スーパーから帰る途中の路地裏。そこで、来羅はナンパされていた。


「あのときみたいにナンパされちゃったら、るーちゃんにも迷惑かけちゃうし。送らせてはもらえなかっただろうなぁ」

「……むしろ、送らせちゃって、本当にごめんね」

「何言ってるの。るーちゃんを1人で帰らせるなんて論外だから」


 来羅はため息を吐いて、でもすぐにまた笑顔を向けてくれる。


「でもそういうるーちゃんだから、余計に送ってあげたいって思うんだよ。ほんと、争奪戦なんだから」


 生徒会の週初めには毎回、誰が何曜日に送るか、というあみだくじが開催されることが決定している。

 全員が日替わりで送るようにしたのは、1人に負担をかけないようにするためだと芽榴は思っていたのだが、実際はその逆だった。


 照れくさいけれど、みんながそんなふうに思ってくれているのなら、芽榴にとって喜ばしいことだ。

 はにかむ芽榴を見て、来羅はクスリと笑う。


「で、女装をやめたきっかけだよね。それはまあ、さっきのたとえ話みたいな感じ」

「……うーん?」

「あははっ。意味はじっくり考えてみて? おうちでゆっくり」


 来羅の視線の先には、窓から暖かい明かりのもれる楠原家があった。


「るーちゃんが1人で帰ってたときは、るーちゃん家が学園からそんなに遠くないことに安心してたけど。今はそれが物足りなくて、ちょっと残念」

「そんなに遠くまで送ってもらったら、もっと申し訳なくなっちゃうよ」

「それならそれで、喜んで送るよ」


 来羅はにっこり笑顔で言ってくれる。

 こんな来羅からは、噂の冷たい来羅など想像もつかない。

 今は芽榴が来羅の特別。

 でももし来羅に、芽榴よりも、生徒会役員の誰よりも、もっと特別な誰かができたなら、その言葉はもう芽榴のものではなくなる。


「来羅ちゃんに彼女ができたら、寂しくなるね」


 今の来羅なら、その日も遠くない気がする。

 芽榴がポツリと呟いて、来羅が立ち止まった。来羅の足音が消えて、芽榴の足音だけが五歩分、地面とこすれあう。

 芽榴は楠原家の前で立ち止まる。来羅がその少し手前で立ち止まっても違和感はない。

 芽榴は後ろを振り返って、来羅と向き合った。


「来羅ちゃん、送ってくれてありが……」

「るーちゃん」


 お礼を言おうとした芽榴に、来羅が声を重ねた。

 少しだけ遠い、来羅の姿は、芽榴と来羅の心の距離を表しているみたいだった。


「私が誰かと付き合うなら、相手はるーちゃん以外考えてないよ」


 来羅の瞳は、まっすぐ芽榴の瞳を見つめている。

 いつもなら、ここで冗談みたいに笑ってくれるのに、来羅はまだ笑い飛ばしてくれない。

 芽榴がゴクリと唾を飲むと、後ろで家の扉が開いた。


「あ、やっぱり、芽榴ちゃんだ。そろそろ帰ってくる頃だと思って! おかえりなさい。今日は……来羅くん!」


 はしゃぎ声の真理子が現れて、来羅は視線を真理子へと移した。彼らしい愛嬌のある笑顔を浮かべ、来羅は真理子に挨拶をする。


「こんばんは。るーちゃんを無事送り届けたので、私は帰りますね」

「来羅くん、車で送ろうか?」

「あははっ、それをしてもらったら、るーちゃんを送ってる意味がないですよ」

「夕飯、食べていかない? 重治さんが今、練習で作ってるんだけど」

「うわぁ。食べたい、ですけど……たぶんうちも用意してると思うので」


 そんなやり取りをして、来羅は真理子に頭を下げる。そしてもう一度、芽榴に視線を戻した。


「じゃあるーちゃん。明日、お昼に迎えくるね」


 最初に取り付けた約束を忘れずに、来羅は笑顔を見せる。

 そうして、まるで何事もなかったかのように、来羅は軽い足取りで帰路へとついた。


「また、明日……」


 そんな来羅の背中を、芽榴は見送る。


「来羅くん、女装もかわいいけど。やっぱりこっちのほうが私好みだなぁ」


 嬉しそうな真理子の声が、遠くに聞こえる。

 夜の暗がりに消える来羅の姿を、芽榴はボーッと見つめていた。

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