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麗龍学園生徒会  作者: 穂兎ここあ
Route:葛城翔太郎 おまじないどおりの恋物語
368/410

#19

 芽榴が手伝ったことによって、朝のうちに花飾りを作り終えることができた。

 花飾りを作っているうちに来羅との気まずさもなくなって、体育館を出ていく頃にはお互いに何でもない話をして笑い合えるようになっていた。


「芽榴、おはよ。遅かったね?」


 教室に入ってきた芽榴に舞子がそんな声掛けをした。

 芽榴はきょとん顔で舞子を見つめ返すが、時計を確認して「たしかに」と心の中で納得する。

 いつも通りに登校はしたけれど、荷物を持ったまま体育館に移動したため舞子からしたら『芽榴がいつもより遅く登校した』という認識になるのだ。


「あははー。来羅ちゃんと卒業式用の花飾り作ってて。もっと早く来てたんだけど遅くなっちゃった」


 芽榴がいつもどおりののんきな口調と笑顔で返すと、来羅はほっとした様子で肩をなでおろした。


「そうなんだ。もしかして……昨日の噂もあって学校来づらいんじゃないかって思って」

「あ……」


 芽榴は『昨日の噂』のことを思い返して苦笑いを浮かべた。

 昨日の朝、翔太郎と付き合っているという噂が校内に流れた。けれどもそれはすぐに翔太郎によって沈静化されて、今日はもうほとんど誰も気にしていないようだった。

 けれども噂が消えかけた今、芽榴と翔太郎の関係は変わって、まさに噂通りの状態になっていた。昨日否定したばかりであるからこそ、芽榴は舞子にこのことを打ち明けづらい。


「芽榴?」


 昨日噂が流れて否定した直後に付き合うことになった。改めて考えると本当に、変な成り行きだと芽榴自身思う。でもそれくらい大きな事件・・がなければ今さら翔太郎への気持ちを自覚できなかった。

 不器用にもほどがあるなと自分に呆れる芽榴だが、今はそんなことをくよくよ考えている場合でもない。

 翔太郎と付き合うことになった――その事実はいずれバレること。それならやっぱり舞子には1番に知らせておきたかった。


「あの、舞子ちゃん」

「なに?」

「……昨日流れた、私が葛城くんと付き合ってるって噂……のことなんだけど」

「あぁ、うん。ごめんね、疑ったりして。私が教えてもらえてないだけで、もしかしたらーって思っちゃって」


 教えてもらえてないと寂しそうに笑う、そんな舞子の反応を見て芽榴は心を決めた。


「あのね、あのときは本当に……付き合ってなかったんだけど……あの後いろいろあって……というか、その前からいろいろあって……」


 はっきり「付き合うことになった」と言えばいい話なのだが、芽榴は回りくどい説明を間に挟んで、肝心な事実をなかなか言えないでいる。

 けれどもそれだけのことを言われれば、舞子には芽榴の言いたいことが分かったみたいだった。


「え……もしかして、本当に葛城くんと?」


 舞子がまばたきを繰り返しながら驚いた声で芽榴に問いかける。

 芽榴はキュッと唇を結んだまま、コクリと頷いた。


「えぇっ! ちょっと、いろいろって何! ちゃんと説明して!」


 舞子が驚くのも当然だ。

 けれど怒っているというわけでなく、舞子はむしろ楽しそうに、芽榴と翔太郎のあいだに起きた連日の事件について興味津々に耳を傾けてくれた。


 途中ホームルームに邪魔をされながらも芽榴の暗所恐怖症対策の話や昨日のこと、全部を舞子に打ち明けた。すると舞子は芽榴の机に頬杖をついて少しムッとした表情をしてみせた。


「でも暗所恐怖症対策なら、私に頼んでもよかったのに」

「うん……。でも、舞子ちゃんにあんなひどい姿は見せたくないなって……思っちゃって」


 芽榴は「ごめんね」と素直に謝った。理由はどうあれ、相談くらいはしておくべきだったとすべて終わった今はそんなふうに考えていた。

 芽榴が真剣な顔で謝ると、舞子も納得できたみたいで「でもそうよね」と困り顔で笑った。


「私は修学旅行でも芽榴がやばかった姿をちゃんとは見てないし。そんな姿を見たことある藍堂くんや神代くんたちにも頼まなかったんだし……頼まれたのが葛城くんだけだったって考えたら仕方ないなって気になるよ」

「……舞子ちゃん」


 芽榴が安堵の笑みを浮かべると舞子は途端に表情を変え、今度はニヤニヤと怪しげな笑みを携えた。


「それで、芽榴は部屋で2人のとき意識したりしなかったわけ? 詳しく話しなさい」


 舞子は目を輝かせて翔太郎とのことを根掘り葉掘り聞き始めた。それが恥ずかしくて芽榴は頬を真っ赤に染めてしまう。


「舞子ちゃん……あんまり聞かないで」


 そうは言うけれど、舞子がまるで自分のことのように嬉しそうに聞いてくれるのが嬉しくて、芽榴の頬は自然と緩んでいた。







 休み時間中、舞子とずっと翔太郎の話をしていたため、午前の授業はいつもより早く終わったように芽榴は感じていた。

 昼食をとり終え、教室で舞子との恋話が再開しようとしていた頃、その人物はいつものようにやってきた。


「芽ー榴ーちゃん! 聞いて! 今回赤点なしだった!」


 風雅が笑顔でF組の教室に入ってくる。その光景は本当に見慣れたいつもの(・・・・)F組の昼休み。

 けれど昨日のことがあった今、いつも通りに風雅がやって来たことに芽榴も舞子も驚いていた。

 風雅は昨日生徒会の仕事が終わった後、何も言わずに帰った。それはつまり風雅も芽榴と翔太郎のあいだに起きた変化を知っているということ。

 変わらないでくれるのは芽榴としてもありがたいことなのだが、それにしても風雅がいつも通りすぎて2人は思わず面を食らってしまった。


「え……あ、すごいね。英語も?」


 鈍い反応で芽榴は風雅に問い返す。すると風雅は軽い足取りで芽榴の方までやって来て「そう!」と嬉しそうに笑った。


「英語はちょーギリギリだったけどなんとか! これで颯クンに怒られずに済むよ!」


 ニコニコ顔の風雅に対し、芽榴は困惑を隠せずにいる。

 さすがにそんな芽榴の反応を無視してニコニコし続けることもできなかったみたいで、風雅は芽榴から目をそらすように視線を下げた。


「芽榴ちゃん、心配しなくてもちゃんと分かってるから」


 分かっていて、風雅はいつも通り芽榴に会いに来た。


「オレたちは、いつも通りでいいじゃん。変わる方がおかしいよ……って昨日ずっと考えたオレの結論!」


 昨日家に帰ってから風雅はずっと今後の芽榴との接し方について考えていたらしい。

 芽榴は翔太郎と付き合い始めたのだから、風雅も芽榴との距離を考えなければいけないと思ったのだ。


「昼休みに会いに行くのもやめたほうがいいかなーって思ったんだけどさ。最終的に……変わるのは芽榴ちゃんと翔太郎クンの関係だけでいいんじゃないかなって思ったんだよね」


 付き合うことになって、芽榴と翔太郎は距離感も接し方もいろいろなことが変わっていく。それは当然のこと。


「もしオレが芽榴ちゃんに会いに来なくなったらさ、それこそめちゃくちゃ意識してる感じで、気まずくなっちゃって、芽榴ちゃんも翔太郎クンも気にしちゃうかなぁって。それならいっそ変わらないほうがいいって……オレなりにめちゃくちゃ考えたわけ!」


 風雅は「いやぁ、おかげで寝不足だよ」と言って笑った。そしてその風雅の考えに真っ先に舞子が反応した。


「その考え方すごくいいわ。誰かさんは芽榴にふられた後あからさまに機嫌を損ね、芽榴を避け、挙句八つ当たりするという無様な姿をさらしたから」


 舞子が半目で淡々と語ると、教室の中心の方で大笑いをかましていた滝本が大きなくしゃみをした。

 そのくしゃみを聞いて、芽榴は思わず苦笑いを浮かべる。


「それ、もしかして……山本クンの話?」


 風雅は修学旅行での山本の告白のことが頭によぎったみたいで、そんなふうに尋ねてきた。

 山本のことはすっかり頭から抜けていた舞子は「あぁ、そっちもいたね」とため息をついた。

 風雅はそんな舞子のことをジッと見つめ、舞子の心中を察したらしく「なるほど」といった顔をしていた。


「だからね、そういうわけでオレは今まで通り芽榴ちゃんと仲良くしたいんだけど……ダメかな?」


 風雅はとても真剣な顔で問いかけてきた。芽榴が「ダメ」と言えばきっと風雅は頷いて、芽榴との距離を変えてくれる。そうしなければいけないのだと芽榴自身分かっていた。翔太郎と付き合うことを決めた芽榴が風雅と今までの距離で過ごすのはよくない。

 そうだと分かっていても、芽榴にはそれができない。風雅とはずっと仲良くしていたいというのが芽榴の本音だった。


「えっと……それは――」

「仲良くではなく、世話を焼いてほしい、の間違いだろう」


 返答に迷って視線を下げていた芽榴の耳に翔太郎の声が聞こえる。それに驚いて芽榴は思わず顔を上げ、風雅の背後に立つ翔太郎の顔を見た。


「葛城くん?」

「翔太郎クン、なんでいるの!」

「それはこっちの台詞だ。俺はF組の委員長にちゃんと用があってここにいる」


 翔太郎はため息交じりに片手に持ったプリント掲げてみせた。


「ちゃんとって何! わざわざ言い訳考えてきたの!? 気持ちわるっ! どうせ芽榴ちゃんに会いたくてたまらず来ちゃったくせに! はっきり言いなよ!」

「違う! 貴様と一緒にするな! 馬鹿が!」

「なにーーーっ!」


 きゃんきゃんわめく風雅に翔太郎も反射的に返事をする。しかし、風雅はその返事がさらに気に入らなかったみたいで芽榴の腕を握って翔太郎をにらんだ。


「蓮月!」

「じゃあオレの方が芽榴ちゃんに会いたいってことだよね! 芽榴ちゃん、翔太郎クンよりオレの方が絶対芽榴ちゃんのこと好きだから!! 今すぐ別れよう!」

「れ、蓮月くん!」


 翔太郎に怒った風雅の声が大きくてクラス中に響いている。おかげでF組に「芽榴と翔太郎が付き合いだした」ということが一気に広まって、風雅だけではなくクラスメートたちまで騒ぎ始めた。昨日の噂のこともあって周りは混乱状態だ。


「蓮月……貴様は……」

「翔太郎クン、死ぬ! 死ぬから! オレが悪かったです!」


 翔太郎が不機嫌を顔に貼り付けて風雅の首を絞めていた。おそらくそこまで力は入れていないのだろうが、よく見る2人の光景を見て芽榴は困り顔で笑う。

 すると今まで黙っていた舞子が爆弾を投下してきた。


「でもまあ、バレることだし。葛城くんもそんなに怒らなくていいじゃん。付き合ってること、隠したかったの?」


 舞子の発言は予想外で、芽榴はマヌケ面で目をぱちぱちと瞬かせた。すると翔太郎と目が合い、同時に「付き合っている」という単語を頭に浮かべてしまって芽榴の顔が一気に赤くなった。


「え……あ……」


 耳まで赤くなる芽榴を見て、翔太郎まで頬が染まり始める。そうしてお互いの顔を見ていられなくなった芽榴と翔太郎は顔を背けて視線をそらした。

 その光景を見つめる舞子と風雅は半目、様子をうかがっているクラスメートの何人かはキャーキャーと騒いでいる始末だ。


「別に……隠そうとは……思っていない……が、とにかく蓮月は楠原にあまり迷惑をかけるな!!」

 

 隠すつもりはない、という翔太郎の声はほとんど聞き取れないほどに小さく、対照的に風雅への怒鳴り声は教室に響き渡るくらいに大きい。

 翔太郎は風雅に怒鳴ると、芽榴に「委員長に渡しておいてくれ」とプリントを渡して逃げるようにF組から出て行った。


「結局、委員長じゃなくて芽榴に渡すのね」


 舞子がわざわざ言わなくてもいいことを付け加えるため、芽榴の顔は余計に熱くなった。

 照れる芽榴の顔を見た風雅が「くっそーーーーー!」と嘆き始め、F組はその後も騒がしいままだった。







 逃げ場を求め廊下を歩く翔太郎は熱い顔を冷たい手で必死に押さえて冷やそうとしていた。


「葛城くん」

「う……っ、藍堂か」


 頭をぐるぐると回していたため、翔太郎は近くにいたよく知る人影に気付くのに遅れてしまう。

 D組の前、声をかけた有利は珍しい翔太郎の反応に少し驚いているみたいだった。


「顔、赤いですよ」

「……言われなくても分かっている」


 翔太郎は答えてため息を吐く。そんな翔太郎の様子を見て、有利が少し目を細めた。


「F組の騒がしさとその様子だと……楠原さんに何かしてきました?」

「それについてはきっぱり否定する。だからスイッチをいれるな」


 芽榴の件で何度もブラック有利モードに出会っているため、翔太郎はそんなふうに告げる。

 有利は「いれませんよ」と言って両手を軽く挙げた。するとF組から風雅の叫び声がもれてきた。


「オレなら芽榴ちゃんと付き合ってること言いふらすのに!! 翔太郎クンのバカヤローーーー!」


 風雅らしい発言に有利は肩を竦め、翔太郎は額に青筋を浮かべる。


「蓮月のやつ……」

「F組には蓮月くんがいるんですね」


 F組のほうへ視線を向け、有利は静かに呟いた。ちなみにそんな風雅の叫び声のせいで廊下の視線は翔太郎に突き刺さりっぱなしだ。


「いいんですか?」

「何がだ」


 昨日に続き、普段浴びない視線を浴びて翔太郎の機嫌は最悪だ。


「嫉妬とかしないんですか?」

「……あの2人は前からああだろう。今さら変われと言う気もない。そんなことを偉そうに言える立場でもないだろう」

「……そう言える立場ではあると思いますけど」


 翔太郎は眉を寄せ、納得できていない様子だ。

 風雅は翔太郎よりも先に芽榴のことを好きになった。それは変えられない事実。そんな風雅に「付き合い始めたから芽榴に近づくな」などと言う気はない。それな翔太郎の意見だ。


「それに、楠原は蓮月といる方がよく笑う。日本にいるのも残り少ないのだから楽しいほうがいいだろう」


 付き合う前からずっと翔太郎はそう言い続けている。その気持ちは付き合い始めた今も変わらなかった。

 芽榴のことを大切に思っていることはそれだけで十分有利にも伝わる。しかし――。


「余裕ですね。……神代くんに言っておきます」

「やめてくれ」


 風雅のことについて文句を言わないのは、奪われる気はないという翔太郎の余裕ともとれる。

 そんなふうに有利は翔太郎のことをからかうが、颯の理不尽な罰則が怖いため翔太郎は真顔で有利を止めにかかった。


「別に余裕なわけでは……」

「分かってますよ。……嫉妬、しないとは言いませんでしたもんね。……ではまた放課後」


 有利はそう答えてさっさと教室に戻ってしまう。

 言い残された翔太郎は再び真っ赤になった顔を隠しながら空き教室を求めて階段を上がった。

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