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麗龍学園生徒会  作者: 穂兎ここあ
Route:葛城翔太郎 おまじないどおりの恋物語
363/410

#14

 廊下には芽榴の足音と、そして来羅の足音が響いていた。


「るーちゃん! 待って!」


 来羅がそう叫んだ。

 来羅が必死に芽榴のことを追いかけてきていた。


 翔太郎は――追いかけてこない。


 それが分かって芽榴の走る速度は徐々に遅くなり、最終的に芽榴の足は止まった。

 芽榴が立ち止まったそこは――生徒会室から離れた、4階と5階をつなぐ階段の踊り場。


「るー、ちゃん」


 芽榴に追いついた来羅は激しく息切れしていて、深呼吸を繰り返す。来羅が5回ほど息を吐きだしたところで、芽榴もまた息を大きく吸い込んだ。


「……本当、びっくりしちゃうよね」


 吐き出すようにそう言って芽榴は来羅に振り向いた。

 何事もなかったように笑って、芽榴は首を傾けた。肩から流れ落ちる髪の毛が儚く揺れていた。


「来羅ちゃんもびっくりしなかったー?」

「え……るー」

「だって、あの葛城くんが素直に好きって言うんだもん。いつもは『貴様のことなんか気にも留めない』なんて言うのにさ」


 芽榴はあははと高い笑い声をあげる。

 翔太郎はいつだって不器用で、ぶっきらぼうな返事ばかり。

 芽榴を友達だということも恥じらって、いつも顔をしかめて他所を向いて、素直に認めてくれることはなかった。

 それなのに、昨日も今日も翔太郎は素直に芽榴のことを「好きだ」と認めた。

 翔太郎らしからぬ発言に、芽榴の心は驚いて・・・揺れただけ。他意はないのだと言い聞かせる。

 その末に、翔太郎の「好き」はイコール「友達だ」と芽榴の頭は都合よく変換していた。


「るーちゃん、待って。それは――」

「葛城くんがあんまり素直だと調子狂っちゃうよね。いやー、照れるねー」


 芽榴は照れくさそうに笑って、頭を掻く。

 けれど来羅は芽榴の思い込みを、そのまま放置してはくれなかった。

 来羅は芽榴との距離を詰め、芽榴の腕を掴んだ。


「来羅ちゃ」

「風ちゃんの『好き』が、どういう意味かは分かってるよね?」


 来羅の声はいつもより低い。

 真面目な顔で、来羅の口から冷静に放たれた言葉。男らしい空気を醸し出す来羅に、芽榴は誤魔化しの笑顔を浮かべることもできなくなる。


 風雅がいつも伝えてくれる『好き』の意味はさすがに芽榴も理解している。

 彼は出会った時からずっとそう伝えてくれているから。彼だけは一度も想いを冗談だと言い換えなかったから。彼の『好き』だけはずっと真っ直ぐな――。


「翔ちゃんが肯定したのは、風ちゃんと同じ『好き』だよ」


 芽榴の目が大きく見開かれる。




――芽榴ちゃんのこと、翔太郎クンも好きなくせに!――




 風雅の叫んでいた言葉が頭をよぎる。

 来羅の言う通り、風雅は『翔太郎クン()』と言った。つまり風雅が放った言葉の真意は『翔太郎も風雅と同じ想いを芽榴に抱いているくせに』なのだ。そして翔太郎はその言葉を肯定した。

 それを、芽榴が分からなかったはずがない。


 扉の前で聞いたとき、すでに分かっていた。翔太郎の『好き』がそういう意味なのだと。

 でも分かりたくなかった。

 翔太郎はいつも文句を言いながら芽榴のことを助けてくれる大切な友人。そこに別の感情が紛れ込んだら、全部崩れていく気がした。


「翔ちゃんは本当にるーちゃんのこと――」

「違うよ。――違う」


 もう痛いくらいに分かっている。

 それでも芽榴は否定して、チクチクと刺すような痛みを胸で感じていた。


「るーちゃん!」

「葛城くんは、友達だよ。友達だから、私のこと心配してくれて、私の我儘を聞いてくれて……」


 言葉にすればするほど、その関係が『ただの友達』から離れていく。

 翔太郎が別の感情を抱いて、そばにいたと思うと――芽榴の記憶が、思い込んでいた想いが全部ぐちゃぐちゃに混ざっていった。




――楠原――




 暗闇で、芽榴を抱きしめていた翔太郎の気持ちは――。

 赤くなる顔をどうすることもできずに、芽榴はうつむいて、来羅から顔を背けた。


「来羅ちゃん……。私は……みんなと仲良く――」


 みんなと仲良しのまま、ここから旅立ちたい。

 風雅と翔太郎をケンカさせるつもりもなかった。翔太郎の気持ちを知りたくも――。


「それって、本当?」


 来羅の腕に力がこもるのを感じる。

 芽榴は顔を上げないまま、綺麗な来羅の手を見つめた。


「何も変わらないと思ってた? そう思ってたならるーちゃん、やっぱ鈍すぎだよ」


 来羅の声は笑っている。でも微かに震えているようにも思えた。


「私たちはみんなね――颯も、有ちゃんも、風ちゃんも……翔ちゃんだって、みんな覚悟してたんだよ」

「覚……悟?」

「『仲良し』とサヨナラすること、私たちは決めてたよ」


 みんな――。

 嘘だと言い切りたかった。


 役員全員が、芽榴を好きでいること。


 あくまで噂だと、クラスメートが茶化してるだけだと、芽榴が勝手に割り切っていたことだった。


 それなのに来羅がそれを認めてしまえば、芽榴の思い込みは崩れていく。言い聞かせた言葉は全部溶けて消えていく。


「う、そ」


 来羅の甘い香りが体を包み込む。

 来羅のサラサラな短い髪が、芽榴の顔にかかって、芽榴の頬をくすぐった。


「来羅ちゃん……や、来羅ちゃん」


 来羅が芽榴を強く抱きしめている。

 来羅から抱きしめられるのは、初めてじゃない。でも抱きしめる腕が、その気持ちが、いつもとは全然違うものに思える。


「風ちゃんだけじゃない。翔ちゃんも」


 大きく見開かれた芽榴の目から、涙がこぼれた。


「私も、るーちゃんのことが好きだよ。……友達以上に、女の子として」


 すべてが壊れていく音がする。

 芽榴は来羅の胸を押して、来羅との距離をとった。


「……ごめ」


 乱暴に押し除けてしまったことを謝りたいのに、無暗に謝ることもできない。

 来羅の顔を芽榴は見れない。


「るーちゃんを泣かせたくはないけど。ごめんね。もう……撤回できないや」


 来羅は言葉を言い換えない。「なぁんてね」なんて可愛らしく笑うこともしない。


「ごめん……なさい」


 誰も傷つけたくないのに、芽榴の言葉は簡単に来羅のことを傷つける。

 大好きな友達を傷つけてしまう。


「う……っ」


 芽榴は腕で両目を擦る。そして、来羅から逃げるように階段を下りていった。







 その日の生徒会は今までに例がないくらい静かだった。

 テスト明けで仕事が詰まっていたことも一因ではあったが、それ以上に包み隠せない不穏が生徒会室には漂っていた。


 結局その日の放課後は、あみだくじをせずに無条件で颯が芽榴を送り届けてくれた。

 何も言わない芽榴の隣を、颯はただ黙って歩いてくれていた。


 何か言わなきゃいけないと頭では思っていた。

 颯とまで気まずくなりたくない。

 でも何か口にしたら颯との関係まで崩れる気がして、芽榴は何も言えないまま、家へとたどり着いていた。


「芽榴」


 家の前で、颯は芽榴に声をかける。

 いつもは玄関まで来て、真理子に挨拶をして帰る颯だけど、今日は家の前で立ち止まった。


「僕は、芽榴の味方だよ」


 暗い夜空の下、颯が告げる。

 白い息を吐き出して、颯は芽榴に笑いかけた。


「芽榴がどんな選択をしても。……って、覚えてる?」


 ずっとずっと、颯はそう約束してくれていた。

 今その約束を改めて掘り起こすのは、颯が何事かを察しているからだということも、芽榴には理解できた。


 頷いて返す芽榴に、颯は「そう」と小さく声を漏らす。


「……なら、僕の前でまで気負わなくていいんじゃない?」


 颯はそう言って、腕を広げる。

 颯は芽榴のことを抱きしめようとして、けれども芽榴の体がビクッと大きく震えた。


「あ……」


 来羅に抱きしめられたことを思い出す。そのまま拒絶してしまったことも。

 颯のことまで避けてしまいそうな、自分が怖い。


 泣きそうに歪む芽榴の顔を見て、颯は困り顔で笑った。


「ごめんね、芽榴」


 優しい颯の手が芽榴の頭に触れる。

 颯は芽榴を抱きしめなかった。芽榴との距離をわずかに保ったまま、颯はいつもと変わらない手で優しく芽榴の髪を撫でる。


「僕も芽榴のことが――好きだった(・・・)んだ」


 涙が滲む芽榴の目を見て、颯は優しく笑って言った。


 やっぱりそうなんだ、と分かってしまう。

 来羅が言っていたとおり、颯も芽榴のことが好きなのだと。


「でも、僕は……」


 颯の唇が芽榴の額に触れる。

 微かに触れた唇は熱くて、優しくて、不安で震えていた。


「これ以上は、望まないよ」


 告白とは程遠い、自己完結した想いの吐露。

 颯が芽榴のために、わざと答えを求めなかったことも芽榴には分かった。

 なぜなら目の前にいる颯が、とても辛そうな顔をしているから。


「神代くん……」

「ほら、泣かないで」


 芽榴の涙を拭う颯の手が、今でもまだ優しい。


「君が一度でも、僕に心を揺らして泣いてくれたから。……僕はもう、それでいいよ」


 そうして颯は今度こそ芽榴を抱きしめた。


友達・・の僕なら、抱きしめていいよね」


 自嘲気味に響く颯の声。


 芽榴は何も答えられず、ただ颯の胸で泣いていた。





ちょっと翔太郎ルートは日にちが長引いてるので書き上がり次第、どんどん投稿していこうと思います。

毎度遅筆でして、申し訳ありません。

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