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麗龍学園生徒会  作者: 穂兎ここあ
Route:葛城翔太郎 おまじないどおりの恋物語
362/410

#13

 真っ暗な部屋の中、芽榴はゆっくり立ち上がる。

 テスト最終日を迎えたその日、芽榴と翔太郎の日々にも終わりが近づいていた。


「楠原、大丈夫か?」


 暗闇で、翔太郎の声がする。

 少しふらついた芽榴の身体を支え、翔太郎が声をかけた。


「……だい、じょ、ぶ。……大丈夫」


 芽榴の声は震えていた。言い直してしっかりと声を出す。芽榴は自分の声を部屋に響かせた。

 翔太郎が「離すぞ」と声をかける。芽榴はそれにゆっくり頷いて、合図を送るように翔太郎の腕をトントンと2回叩いた。


 震える足で一歩ずつしっかりと、ちゃんと目を開けて、芽榴は自分の足で歩く。

 その様子を後ろで翔太郎がちゃんと見てくれていた。

 芽榴は扉の近くにある明かりのスイッチへと向かう。


「……ふぅ」


 小さく息を整える。

 1ヵ月前まで、暗闇の中では絶えず聞いていた過去の叫び声も忌々しい記憶も、練習を重ねた今はあまり聞こえない。意識しないように目的に集中すれば過去の怖い記憶を思い出さずにいられた。


「……よしっ」


 パチッと明かりのスイッチを押す。

 開ける視界。照らされる部屋の中。芽榴の不安は一気に解けていく。

 普通の人なら何てことのない動作。けれども芽榴にはやっとのことで、そしてそれができたことは彼女の中で特別な進歩だった。


「でき、たぁー」


 安心するように呟いて芽榴はその場に座り込む。

 そんな芽榴に寄り添って翔太郎も安堵するように息を吐きだした。


「それくらい声も出せて、動けるようになれば……あとは自分1人でもうまくできる」


 翔太郎は芽榴の前にしゃがみこんで、お茶をくれる。芽榴はコクコクと喉を鳴らして翔太郎のくれたお茶を飲み干した。


「1人で、できるかな」

「ああ。……できるだろう」


 芽榴は真正面にある翔太郎の顔を見つめる。

 けれどその距離が思いの外近くて、すぐに視線を逸らした。


「楠原?」

「あはは! や、やっと、暗いところでも頭が少し回るようになって嬉しいなーって」


 芽榴は髪を首のあたりで髪をくしゃっと握る。力ない笑顔はぎこちなくて、翔太郎は首を傾げていた。

 しかし芽榴にそれ以上は問いかけることをせず、翔太郎は薄く笑って芽榴の頭をポンポンと優しく叩いた。


「よく……頑張ったな」

 

 遠慮がちに、ぶっきらぼうに、翔太郎は声をかけてくれる。

 芽榴は顔をあげることのできないまま、キュッとスカートの裾を握っていた。


「明日から……どーする?」


 ふと、口から漏れた言葉は芽榴が今考えていたこと。

 声に出していたことに驚きながら、芽榴は自分の口を押さえた。


「テストも終わって生徒会も始まる。丁度いい時期だ。明日からは他の奴が楠原を送るだろうからな。そろそろ変わらないと、奴らが駄々をこねるだろう」


 翔太郎はため息を吐く。

 当然の答えを聞いて、芽榴は「そーだね」と笑った。


 暗い部屋の中で、芽榴は翔太郎の手を取らずに自分で明かりをつけることができるようになった。

 だからこの先は翔太郎がいなくても、芽榴1人で頑張れる領域。

 翔太郎と毎日やってきた練習は、ここで終わり。ここからは1人での練習にするべきだ。

 最初からそういう約束だった。暗闇で翔太郎の手を借りずに1人で歩けるようになったら、翔太郎との特訓は終わりだ、と。


 翔太郎と一緒に帰る理由はもうなくなった。


「ありがとー、葛城くん」

「ああ。俺が送る日は、練習に付き合ってやってもいい」


 薄く笑う翔太郎にお礼を言って、終わりを告げる。

 芽榴は唇を結んでニコリと笑っていた。







 テスト明けの学園は少しだけ明るい。

 テスト前の殺伐とした空気が消えて穏やかだ。


 その穏やかな空気に包まれて、芽榴の旅立ちの日も近づいてくる。

 翔太郎と一緒に『旅立つための準備』として暗所を克服しようとしていたのに。

 翔太郎と一緒にいる時間は穏やかすぎて『旅立ち』が実感から遠のいていた。


「るーちゃん」

「あ、来羅ちゃん」


 放課後、生徒会室に向かおうとする芽榴に来羅が駆け寄った。

 男子生徒らしい姿になっても、彼からは可憐な香りが漂っている。


「生徒会室行くんでしょ? 一緒に行きましょ」


 来羅はニコッと笑って、芽榴の隣に並んだ。


「あ、そうそう。翔ちゃんから聞いたの」

「え、何を?」

「今日からまた、るーちゃんは『みんなのるーちゃん』ってね」


 来羅はバチン、とウインクをして人差し指を立てる。

 彼らしい仕草を見せて、来羅は「またあみだくじ作らなきゃ」と笑った。


「……るーちゃん?」


 反応のない芽榴を来羅が訝しむ。

 来羅の小さな呼びかけを聞いて、芽榴は慌てて笑顔を繕った。


「今日は誰と帰るのかなーって、ちょっと考えてた」


 芽榴は髪を揺らして、ニコリと笑う。


「そっか」


 芽榴のことを見つめる来羅は眉を下げて笑った。


「誰だろうね。うーん、颯かなぁ。私、颯にくじ運すら勝てる気しないわ。るーちゃんにも」

「あははー。でも私、くじ運は結構悪いよー?」


 そう言って思い出す。

 翔太郎からもらった『大吉』のおみくじ。


 今朝からずっとそう。何かを考えると、ふとした拍子に翔太郎のことが頭に浮かんでいた。


 翔太郎と帰る日々が終わって、またみんなと過ごす日々に戻る。

 でもそれは同時に旅立ちへのカウントダウンにもつながって、それが芽榴の心を寂しく揺らす。

 昨日からチクチク痛む心。

 その理由は単なる『旅立ちの寂しさ』なのだと思い込んでいた。


「風ちゃんは『颯クン代わって!』なんて言って怒られちゃいそうだけど」


 生徒会室の前まで来て、来羅はそんな笑い話をしながら扉に手をかける。


「いい加減ほんとのこと言いなよ!」


 けれど来羅は扉に触れたまま、動かさずに止まった。

 扉の中から聞こえてきたのは風雅の声。

 彼の大きな声が漏れて、芽榴と来羅は部屋の前で立ち止まる。


「……るーちゃん」


 なんとなく不穏な空気が読み取れて、来羅は芽榴の手を引く。「しばらく別の場所で時間を潰していましょう」という、そんな来羅の判断は視線だけで芽榴にも分かった。


「ずっと言ってるだろうが。楠原の弟と――」


 芽榴も足を動かそうとしていた。けれどその足はそこでピタリと止まってしまう。


「るーちゃ……ん」


 芽榴は扉の向こう側にいる人物が誰かを理解して、そして動けなくなっていた。

 芽榴がそこから動けなくなっていることも知らず、扉の向こう側では風雅と翔太郎の会話が続いていた。


「それって、テスト期間もずっとすること? 翔太郎クンがそんな親身になって圭クンに手品教えるとかオレ想像できないよ。圭クンがわざわざ翔太郎クンにお願いしたこともずっと引っかかってる。ほんとは2人で何してるの? オレが分かるんだから、2人が嘘ついてることくらいみんな気づいてるよ」


 聞こえる風雅の声。

 芽榴は反射的に隣に立つ来羅の顔を見た。

 来羅はどこか申し訳なさそうに笑って、ゆっくりと頷く。


「何度も言う。貴様が心配するようなことは何もない」

「オレはそんなこと聞きたいんじゃなくて!」

「……もう、その用も済んだ。今日からは貴様や別のやつが楠原を送るだけだ。何の問題もない。……これでいいか」


 翔太郎は冷静な声で風雅に返す。

 けれどその冷静な返事が、余計に風雅をあおってしまった。


「翔太郎クンはいつもそうだよ。……一歩引いてるみたいな言い方して」


 来羅が芽榴の腕を強く引いた。

 そのとき芽榴は来羅の力に任せてその場からいなくなるべきだった。


「芽榴ちゃんのこと、翔太郎クンも好きなくせに!」


 風雅がそう叫んだ。

 芽榴の心臓は大きく跳ねる。

 その言葉の意味を芽榴が理解するよりも先に、扉の奥で翔太郎が答えていた。


「ああ……好きだ」


 投げやるように、それでいて自嘲するように響く翔太郎の声。


 扉の向こう側、足音がこちらに近づいている。芽榴はここにいてはいけない。

 そう分かっているのに、芽榴は動けなかった。


 向こう側から扉が開いて、芽榴は翔太郎の姿を視界に映す。


「……楠原」


 芽榴は翔太郎と視線を交わす。

 驚いた顔の翔太郎がそこにいた。

 けれどその顔を見ていた時間はほんのわずかで、すぐに芽榴はその場から逃げ出していた。


「るーちゃん!」


 顔が熱くて、誰にも今の自分を見られたくない。

 翔太郎の顔を見たら、余計に芽榴の体中が熱くなった。





 ――ああ……好きだ――





 頭の中で繰り返される言葉を振り払うように、芽榴は廊下を走り抜けた。




麗龍学園生徒会のページがシリーズになっていますが、現在のところあがってるのはそれぞれのキャラのテーマ詩をかいた作品だけです!

後々、番外編などを書いていく際は、シリーズに追加してお送りしていきます!

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