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麗龍学園生徒会  作者: 穂兎ここあ
Route:葛城翔太郎 おまじないどおりの恋物語
361/410

#12

 土日を挿んで月曜日には学期末テストが始まる、そんな金曜日の放課後。

 テスト前で生徒会もなく、芽榴は学校が終わるとそのまま家に帰ってきた。もちろん翔太郎も一緒で、今は芽榴がキッチンに立ち翔太郎は楠原家のリビングを借りて勉強中だ。


「いつもありがとうね。翔太郎くん」


 真理子は勉強中の翔太郎に温かいお茶を出す。真理子の気遣いに戸惑いがちな翔太郎へ「大丈夫! お茶はちゃんと美味しく淹れられるから!」と少々的外れな声かけをしていた。


「いえ……。あの、ありがとうございます」

「ふふふ。月曜のテスト頑張ってね」


 芽榴の家に来るようになってから、翔太郎は毎日こんなふうに真理子と言葉を交わしている。そうしているうちに、どんどん会話の数も増えていき、今では翔太郎も真理子に少しの笑顔を見せられるくらいにはなっていた。

 それでもまだやっぱり、ぎこちなさは残っている。


「楠原」

「はーい」


 翔太郎と真理子の会話を耳に入れながら料理をする、そんな芽榴に翔太郎が声をかけた。

 芽榴は首を少し傾けてリビングにいる翔太郎のことを見やる。すると翔太郎が咳払いをした。


「世界史の問題集の答えを家に忘れた。……問題集P128の答えをいってくれるか」

「え? あー……問1の上から順にテニスコートの誓い、バスティーユ牢獄――第一回対仏大同盟、テルミドール――トラファルガーの海戦――ティルジット条約だよ」


 翔太郎の手にしている問題集128ページの解答50題をすべて口にして芽榴はキャベツの高速千切りに移る。


「……助かる」


 翔太郎は小さな声でポツリと呟く。芽榴が答えられると分かっていて尋ねたのだが、はっきり正確に答えられると、どうしても驚かずにはいられない。


「芽榴ちゃん、さっすがぁ」


 芽榴の尋常ではない記憶力を披露されても、真理子は楽しそうにニコニコと笑うだけ。


「あの記憶力を目の当たりにすると、自分の日々の努力を打ちのめされる気分になりますが」

「あははっ、翔太郎くんは素直ねぇ」


 真理子の軽快な笑い声が響く。親を前にして普通はお世辞にでも「芽榴さんの記憶力はすごいですね」と言ってみるところだろう。それを言わないところは翔太郎らしく、それが新鮮で、真理子は笑っていた。


「まぁ、うちの圭も日々打ちのめされてるものね。芽榴ちゃんの隣で一生懸命声に出して暗記しようとしても、聞いてる芽榴ちゃんのほうが先に覚えちゃうんだから」


 その姿を想像して翔太郎は半目になる。自分が圭の立場なら捻くれるところだろう、と考えて楠原圭という義弟の心の広さを実感していた。


「だから、人様には『卑怯な子』『ずるい子』なんて言われちゃうんだけどね」


 真理子は慣れた包丁さばきを披露する芽榴を見つめている。その視線はどこか寂しげで、さっきまでの軽快さは見えなかった。


「卑怯……とは違います。でも……『ずるい』とは思います」

「……え?」

「あれだけの記憶力があるのに威張ることもしなくて、そのくせ人一倍努力して……あの性格はずるいと思います。俺には、真似できないですから。する気もないですが」


 翔太郎はそう言って真理子の淹れたお茶を飲んだ。少し渋味のある、けれども温かいお茶。


 真理子はそんな翔太郎のことを少しだけ驚いた顔で見ていた。

 翔太郎はきっと『卑怯』も『ずるい』も、芽榴への揶揄なら全部否定するだろうと真理子は思っていた。きっと颯や他のみんななら、真理子の思い通りに否定してくれた。


 けれど翔太郎は『卑怯』を否定して『ずるい』を肯定した。そのことに真理子は驚いて、そして『ずるい』という言葉がこんなにも優しいことに驚いていた。

 否定的な意味でしか使われない『ずるい』を、翔太郎は褒め言葉に変えてしまったのだ。


「そっか。……ずるいかな」


 真理子の嫌いな言葉だった。けれど翔太郎が言うなら、少しだけ芽榴の『ずるい』も認められる気がした。


 真理子はニヘヘッと笑って翔太郎のノートを覗き込む。


「芽榴ちゃんもすごいけど、翔太郎くんもすごいわぁ。全部正解してる」

「……これは簡単な問題集なので」

「謙遜しないの」


 真理子はまるで圭と話すみたいにして、翔太郎に声をかけていた。







「お母さんと、だいぶ仲良くなったねー」


 夕飯を食べて、芽榴は翔太郎とともに自分の部屋にいた。

 夕飯作りのあいだ、真理子と会話を続けていた翔太郎を思い返して芽榴は嬉しそうに笑う。


「まあ……少しは」


 ベッドに腰掛ける芽榴は、カーペットに座る翔太郎の頭をジッと見つめる。

 翔太郎のほうが背が高いため、普段は見ることのできない眺め。翔太郎の目に映る自分はいつもこんな感じなのだろうか。そんなことを芽榴は考えていた。


「……俺の母親が今もまだ一緒にいたとして、楠原の母さんのように、会話はしてくれなかったと思う」


 翔太郎のほうから、そんなことを口にした。翔太郎はしみじみと語るけれど、その後ろ姿は悲しみを背負ってはいなかった。


「あの人は……いつも俺の名前を呼んで『そばにいてくれ』と言うだけだったから。……まあ死んだ扱いされるよりはマシだったが」


 翔太郎と、彼の母親の関係はとても複雑だ。そして彼らの関係の終わりはとても呆気なく、悲しいものだった。

 母親の記憶から自分を消した。そんな翔太郎を簡単な気持ちで同情することもできない。


「俺にとって母親は、何かにすがらないと生きていけない人間だと思っていた」


 幼い頃に翔太郎を支配したその考えが、今までずっと翔太郎の心を縛っていた。幼い彼にとって『女性』とは母親であり、その母親の弱さはすべて『女性』の弱さだった。


「でも楠原の母さんと喋って、少しだけ本当の『母親』を知った気がする」

「……葛城くん」


 翔太郎は顔を横に向け、芽榴のことをその瞳に映した。


「楠原の言うとおり、俺の『女』への態度はただの偏見だ。もっと早く女子と話していたら確かにこの偏見はなくなっていたかもしれないな」


 決めつけて、女子を拒んで。

 どうしても翔太郎は女子に歩み寄れなかった。それが事実。

 でも、もし歩み寄れていたなら今は変わっていたかもしれない。


「それでも俺は……女嫌いでいたことを後悔していない」


 女嫌いを突き通して、女生徒をたくさん泣かせて拒絶して、凝り固まった偏見でひどいことをしてきたという自覚はある。

 女嫌いゆえに苦労したこともたくさん。

 早く克服していれば、全部なかったはずの苦労。それでも翔太郎は女嫌いでいたことを後悔していなかった。


「そうでなければ俺は楠原を特別に思うことはなかった」


 翔太郎の言葉はまるで独り言のようにも聞こえる。けれど芽榴はちゃんと彼の言葉を聞いていた。


「女嫌いじゃなければ……あの日の放課後、俺は教室で居眠りをしていたかも分からない」


 はじめて芽榴と翔太郎が言葉を交わした放課後の教室。

 女嫌いでない翔太郎は、今の翔太郎とは違う。あの日の放課後、女嫌いじゃない翔太郎が果たして居眠りをしていたのかも分からない。


「女嫌いじゃなければ……俺はきっと――」


 時計の針がチクタクと音を立てて響く。

 芽榴は眼鏡の向こう側にある翔太郎の瞳を見つめていた。芽榴は速くなる自分の鼓動を聞きながら、唾を飲み込んだ。


「……きっと?」

「きっと……むしろ楠原のことは嫌いだっただろうな。やる気なくヘラヘラ笑って」


 翔太郎は芽榴から目をそらす。顔を再び正面に戻して、翔太郎は小さく息を吐いた。

 早鐘をつくように高鳴る胸を押さえて、芽榴はあははっと笑った。


「じゃあ今は、好きってことかー」


 茶化すように言ってみた。きっと翔太郎は「自惚れるな、馬鹿め」などと言ってそっぽを向くだろう。そんなふうに思って芽榴は笑って言ってみた。


「……まぁ、そういうことだな」


 けれど翔太郎は芽榴の予想とは裏腹に、芽榴の冗談を肯定する。

 翔太郎の照れたような仕草が芽榴の目に焼きついた。


 芽榴は一瞬翔太郎が何を言ってるのか理解できなかった。

 けれどもう一度頭で思い起こして理解すると、今度は途端に顔が真っ赤に染まった。


「楠……」

「あ! お、お茶!」


 翔太郎がこちらを振り返ろうとしていて、芽榴は慌ててベッドから立ち上がる。

 そうして翔太郎から顔を背けたまま早足で部屋の扉まで向かった。


「喉渇いたから、お茶持ってくるよ。特訓は……その後しよーね」


 芽榴はそう言って慌ただしく部屋を出て行く。


 バタンと部屋の扉を閉めて、扉に背中を預けた。吐き出す息は少しだけ熱い気がした。


「何慌ててるんだろ……」


 呟いて、自分の心を落ち着かせる。

 翔太郎がいつもより素直だっただけ。いつもは否定する翔太郎だからこそ、他意のない言葉なのに驚いてしまった。

 芽榴はそう言い聞かせて扉から背中を離す。


 翔太郎の照れた返事が恥ずかしくて、でも嬉しい。

 うるさく鳴る鼓動を無視して芽榴は階段を降りていった。







更新遅くなってすみません。

芽榴ちゃんの鈍感さは自作品随一と実感した最新話でございます。

(作品数少ないし、あなた鈍感女子しか書いてないよ←お静かに)

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