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麗龍学園生徒会  作者: 穂兎ここあ
Route:葛城翔太郎 おまじないどおりの恋物語
360/410

#11

 F組の男子に追いかけられる芽榴は逃げ場所を探す。とりあえずこのまま廊下を走り続けるのは無謀なため、どこかの空き教室に入ることを決めた。


「もうここでいーや」


 本棟5階の空き教室に入り込む。いつもの癖で入ってすぐに明かりをつけようとした。けれども芽榴はスイッチを押す手前で止まった。

 今はまだお昼。けれどカーテンで遮光されているため部屋の中は薄暗い。部屋の中を見渡して、芽榴はスイッチに伸ばした手をゆっくり降ろす。


「……大丈夫」


 いつも条件反射で明かりをつけていた。でも今は翔太郎と練習して、薄暗い部屋の中ならもう大丈夫になっていた。真っ暗な部屋はまだ正気を失いそうなくらい怖いけれど、薄暗い部屋なら芽榴は自分を保っていられた。いられるようになったのだ。


 芽榴は薄暗い部屋の中をゆっくり歩いて、そして並んだ机の向こう側にある人影に気づいた。


 コツッコツッと静かな教室に芽榴の靴音が鳴る。芽榴はその人影に近づいて、そうしてそこに座り込む相手を認識した。


「葛城くん?」

「なんだ貴様か……脅かすな」


 どうやら入ってきた人間を警戒していたらしく、翔太郎は芽榴の姿を視界にいれると安心したように肩をなでおろした。


「てっきり他の女子かと……っ。明かりつけなくて大丈夫なのか?」


 翔太郎は少し表情を強張らせて聞いてくる。聞きながらもすでに立ち上がろうとしていた。


「葛城くん、大丈夫」


 芽榴は明かりをつけに行こうとする翔太郎を止める。翔太郎のブレザーを摘むようにして掴むと、心配そうな翔太郎が芽榴を見下ろした。


「薄暗い部屋は克服したもん」

「暗い部屋はまだまだだろう」

「ここは真っ暗じゃないから。……明かりつけたら人来るかもだし」


 芽榴がそう付け加えると、翔太郎は「うっ」と言葉を詰まらせた。

 今、翔太郎がここにいる理由を芽榴は知っている。ほとんどの昼休みは2学年棟の空き教室にいる翔太郎が、今日は本棟の空き教室にいる。それは今日という日のイベントから逃れるためだ。


「楠原ーーーーーっ、どこだーーーっ!」


 翔太郎とそんなことを言い合っていると、教室の外からドタバタと激しい足音が聞こえてくる。芽榴は「わー……」と半目で笑った。


「貴様も追われてるのか」

「ちょっとねー」


 教室の窓から廊下側の人影が見える。扉を開けられるかもしれない。そう思って芽榴はどこかに隠れようと、足を動かす。けれどもそんな芽榴の腕を翔太郎が引っ張った。


「え、かつ……」

「楠原ーーーーーっ、ここか……っ、わぁぁぁ、ごめんなさい!」


 教室の扉を勢いよく開いた男子生徒は、中の様子を見て そんな大声を漏らす。焦り声で謝って、男子生徒は教室を出て行った。それもそうだろう。


 彼の目には、薄暗い部屋の中でキスをしている男女が映るのだから。


 荒々しく、扉が閉まる。芽榴は驚いた顔で目の前にある翔太郎の顔を見つめていた。


「よく、思いついた、ね?」


 芽榴の声は驚きを隠しきれない。心臓の音が芽榴の体内でうるさく響いている。

 部屋の扉が開く瞬間、翔太郎は芽榴のことを引き寄せ、その両頬を捕らえた。彼は扉に背を向けて今にも鼻がくっつきそうな距離まで芽榴に接近する。そうすれば教室に入って来た人からは芽榴の姿が翔太郎の背中に隠れて、2人が誰であるかも分からない。

 どこかのカップルが空き教室で隠れてキスをしていた、そういう認識になる。


「そういう現場に出くわして……すぐさま扉を閉めたことが何度かあるからな」


 翔太郎は静かに、そんな経験談を話す。自分で経験しているから確かな方法だと認識したのだろう。けれど一歩間違えれば大きな誤解を生む行動だ。

 それをしたのが翔太郎だからこそ余計に芽榴は驚いてしまう。


「そんなことより、なぜ貴様は追われてる」


 翔太郎は芽榴から離れて、さっきまで座っていた場所に座り込む。芽榴は高鳴る鼓動を数回の深呼吸でなんとか押さえつけて、芽榴もその隣に座った。


「うーん。チョコが足りなくてねー」


 芽榴はそう言って「あ」と声を漏らす。隣に翔太郎がいる事実を認識して、芽榴は持っていた手提げの中を漁った。


「これ、葛城くんにあげる」


 芽榴はそんなふうに言って翔太郎にチョコの箱を押し付ける。紺色のリボンが可愛らしく結わえられている箱を見て、翔太郎の目が大きく開いた。


「……これは」

「バレンタインチョコ」


 そう伝えて、芽榴は慌てるようにしてすぐに言葉を付け加えた。


「葛城くんの苦手な『本命チョコ』じゃないから。日頃の感謝の気持ちなんで、受け取ってください」


 突き返されそうな気がして、芽榴は早口でそう告げる。言い訳までして必死に渡している自分が恥ずかしくて、芽榴の頬が薄く色づいた。


「別に……『本命チョコ』なんて元から勘違いしてない。安心しろ。貴様の分はありがたくいただく」


 うつむいた芽榴の頭をコツンと叩いて、翔太郎は芽榴の手からチョコの箱を受け取る。翔太郎が受け取ってくれたことにホッとして、芽榴は顔をあげてふにゃんと柔らかく笑った。


「他のやつには渡したのか?」

「藍堂くんとクラスの子にはねー。あと神代くんと蓮月くんと来羅ちゃんに渡すだけなんだけど……このままじゃ出ていけないかな」


 芽榴は3人のチョコとは別に残っている1つのチョコの箱を手にする。1つだけしかないため、クラスの男子にあげようにもあげられない。下手にもめられるよりは、全く関係ない人にあげたほうがいい。


「貴様が食えばいいだろう」

「昨日味見したし、自分で作ったもの食べるのって虚しいよー」


 芽榴は苦笑まじりに答える。けれど翔太郎の言う通り、それが一番無難な方法。芽榴は小さくため息を吐いて小さな箱を開けた。中にはトリュフが5つ入っている。その1つを摘んで芽榴はそれを食べた。昨日と変わらない味だ。


「俺ももらう」

「え?」


 もぐもぐ食べる芽榴の隣で、翔太郎は静かに芽榴の箱からトリュフを1つ摘んだ。


「え、葛城くん。自分のあるじゃん」

「これは家に帰ってから食べる。貴様は気が乗らないんだろう? だったら俺も手伝ってやる」


 そんなふうに言って翔太郎はトリュフを口の中に放る。芽榴は目をパチパチと瞬かせ、翔太郎のことを見つめていた。


「でも葛城くんにあげたのと味変わらないよ? 飽きちゃうから今食べないほうが」

「美味いチョコなら、少し食べたくらいで飽きることはない」


 翔太郎はそう言ってまた1つ、芽榴の箱からトリュフを摘む。つまり芽榴のチョコは美味しいということで、遠回しだけれど素直な翔太郎の気持ちが嬉しかった。


「へへっ」

「気持ち悪い笑い方をするな」


 翔太郎はため息を吐く。


 静かな教室は薄暗くて少しだけ肌寒くて、でもとても穏やかだ。


「葛城くんといると、落ち着くね」


 自然と芽榴の口からはそんな言葉が漏れていた。芽榴の小さな声を翔太郎はちゃんと聞いていて、さっきよりも大きなため息が彼の口から溢れた。


「誤解を生むから言葉を選べ」

「誤解なんかないよ。本当のこと言ってるだけだもん」


 呆れるような、困ったような、そんな翔太郎の声に芽榴は笑って返す。


「蓮月くんや来羅ちゃんといるとね、思わず笑いが止まらなくなっちゃうくらい、すごくすごく楽しくて……。藍堂くんといると私も頑張ろうって思って……。神代くんといると負けられないって思って……」


 そうして芽榴は翔太郎の綺麗な瞳をまっすぐに見つめた。


「葛城くんといると、ホッとする」


 ふわりと笑って、芽榴はまた1つトリュフを口に入れた。ほろ苦くて、けれどもどこか甘い、そんな風味が芽榴の口の中に広がる。


「……何がホッとするだ。いつもふざけた態度ばかりのくせに」


 翔太郎はぶっきらぼうにそう言って、芽榴の手元から最後のトリュフを取り上げる。そのトリュフを口にする翔太郎の顔は言葉とは裏腹に穏やかだった。


 

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