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麗龍学園生徒会  作者: 穂兎ここあ
体育祭編
36/410

28 我儘と願い

「有利」


 芽榴の様子がおかしく、有利はしばらく芽榴の後姿を眺めていた。

 すると、来賓席にいるはずの祖父がいつのまにか隣に来ていたのだ。


「おじいさん。どうしたんですか?」

「どうしたも何も、孫が戦場に行くのを見送らんかったら、わしは何を見に来たことになるんじゃ?」


 有利の祖父が憤慨して言う。有利はそんな祖父に謝り、先ほどより小さくなった芽榴の後姿を見つめた。


「ふぉっふぉっ。有利、お前も満更じゃないようじゃなぁ」

「何がですか?」


 有利が首を傾げると、有利の祖父は「刃をとったお前は本当につまらんのぉ」と愚痴った。有利は祖父の言いたいことが分からず、困った顔をした。


「……にしても、有利。あの嫁女よめじょ、歩き方が変じゃのぉ」

「そうですか?」


 有利は目を細めて芽榴の後姿を確かめる。かなりの距離があるし、先ほどの芽榴の歩き方もたいして違和感はなかった。


「まぁ、うまく隠しちょるが……。結構酷い怪我をしとるのぉ、あれは」


 有利の祖父の言葉に、有利は眉を寄せた。有利の祖父はこんなだが、武道の世界ではその名を知らぬ者がいないほどの達人だ。その彼の目利きは本物で、有利も疑う予知はない。


「楠原さん……っ」


 何も振り返ることなく走り出した有利を見て、祖父はニヤリと笑った。








「……え? 今日はトイレから出てくる女の子を待つ日……?」


 途中で立ち寄った医務テントからテーピングを拝借して応急処置をし、トイレから出てきた芽榴は目をパチクリさせた。朝、トイレから出たときは風雅がいたが、今度は有利がいるのだ。


「楠原さん」

「あー、靴に木くずが入ってて刺さったみたい」


 芽榴が笑うと、有利は溜息をついた。


「靴……脱いでください」

「え? なんで?」

「怪我してますよね?」


 芽榴はギクリと肩を揺らす。「図星です」と顔に出ていないか心配だが、今は言い訳を考えることに集中したほうがいいだろう。


「まぁ、木くずが刺さってたからねー」

「楠原さん!」

「きゃぁぁぁああああああ!」


 有利が芽榴の腕を掴むのと同時、グラウンドからけたたましい女子の叫び声が聞こえた。

 芽榴と有利はすぐにグラウンドに顔を向ける。




 グラウンドではすでに応援合戦が始まっていて、二人が振り返った時はちょうど紅組最後の演目である応援団長と副団長の演舞、つまり風雅と来羅の演舞が始まった。


 風雅と来羅が背中合わせに型を舞う。少し長めの学ランがバサバサと揺れ、二人の真剣な瞳が煌めいていた。

 二人の息はぴったりで、瞬きさえも忘れてしまうほどに見るものを魅了していた。

 激しい舞に汗がとんで、2人の周囲が光る。

 最後の瞬間、二人はニヤリと笑ってジャンプをし、「はっ!」と太い声を出して美しく地面に着地した。


 一瞬の沈黙。そして盛大な拍手が二人に贈られた。


 もちろんそんな観客の反応を聞けば結果は見えたもの。

 紅組は応援合戦の最高得点を獲得し、ついに三年と二年の点数が並ぶ。


 結果は最後の代表リレーに賭けられた。



「藍堂くん」


 芽榴は歓声がわきおこるグラウンドを遠目で見ながら口を開いた。


「私、勝ちたいんだ。私が走ったら負ける確率があがるのは確かだよ? それも分かってる。分かってるんだけど、どうしてかな……」


 芽榴と有利の視線が絡む。有利はじっと芽榴を見つめ、続きの言葉を待ってくれた。芽榴は唇を緩ませ、小さく笑った。


「走りたい。自分が走って、あんな風に……みんなが喜ぶ顔が見たい。藍堂くん。お願い、今だけ見逃して」


 芽榴の瞳は真剣だった。絶対に曲げられない意思がそこに見てとれる。

 有利は溜息を一つつき、コツンッと芽榴の額に自分の額をくっつけた。

 有利らしからぬ行動に芽榴はただ驚いていた。


「……藍堂くん?」

「本当はちゃんと止めたいです。楠原さんの苦しむ顔は見たくないですから。でも、そんな顔をされたら止められるわけないじゃないですか……」


 有利は何かを決意するように目を瞑る。


「無理なときはすぐに言ってください。僕が代わりに何周でも走ります。だから……」


 有利は芽榴から顔を離し、代わりに手を差し出した。


「勝ちましょう。絶対」


 芽榴は目を見張った。

 有利はたぶん自分の決断に完全に納得できているわけではない。それでも有利は芽榴の意思を尊重してくれたのだ。


「うん!」


 芽榴は有利の手を掴む。


 絶対に負けられない。

 芽榴は右足にグッと力をいれた。

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