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麗龍学園生徒会  作者: 穂兎ここあ
Route:葛城翔太郎 おまじないどおりの恋物語
355/410

#06

「それでは今日の委員会はこれで終わります。会誌を提出して各自解散してください」


 有利が委員会の終わりを告げる。静かな有利の声を聞きながら芽榴は黒板に今日の委員会のまとめを書き記し、委員会の後片付けを始めていた。

 10分も経てば各クラスの委員長が全員会誌を提出して芽榴と有利は教室に2人きりになった。


「楠原さん、会誌集まったので僕も片づけ手伝います」

「そう? じゃあ箒で掃いてもらっていい?」


 黒板に記した文字を消しながら芽榴は室内の清掃を有利に頼む。有利はそれを快く受け入れてくれて、早速掃除棚から箒を取り出して床の埃を掃き始めた。その様子を横目に見つつ黒板を消していると、頭上から降ってきたチョークの粉を大きく吸い込んでしまって芽榴はケホケホッと咳き込んだ。


「大丈夫ですか?」

「ケホッ……うん。勢いよく吸い込んじゃった」


 芽榴は困り顔で笑い、再び丁寧にチョークの粉を拭き取る。黒板を綺麗に拭き終え黒板消しの粉を落とすと、芽榴はちりとりを持って有利の元へと歩み寄った。


「ありがとうございます」

「うん」


 芽榴は埃の塊の前にちりとりをセットして軽く腰を屈める。すると箒を掃きながら有利が芽榴に声をかけた。


「楠原さん」

「んー?」

「……今日も葛城くんと帰るんですか?」


 問いかけられて芽榴はすぐに顔を上げる。あれからもう一週間が経っていて、そのあいだずっと『圭との用事』を理由に翔太郎と下校していた。今日も翔太郎と『練習』の約束をしているため、一緒に帰ることは決まっていた。


「うん。その予定」

「……そうですか」


 有利は歯切れの悪い返事をする。再び沈黙が訪れて、ちりとりが床と擦れる粗末な音がやけに大きく響いて聞こえた。


「楠原さん……あの」


 でも有利にはまだ聞き足りないことがあるらしく、ためらいつつも有利は再び芽榴に声をかけてくる。芽榴は小首を傾げて有利の言葉を待った。


「葛城くんと、付き合ってるとか……そういうわけじゃないですよね」

「え」


 驚いて芽榴はちりとりをひっくり返してしまう。せっかく拾った埃が床にまた溢れて、芽榴は慌ててちりとりを床に置きなおした。


「ごめん、藍堂くん。私が掃くね」

「もしかして……図星でしたか?」


 有利から箒を奪おうとした芽榴の手を有利が掴んで離さない。今のは本当に図星でもなんでもなく、突拍子もない質問に驚いただけだった。


「え? まさか。藍堂くんがそんなこと聞いてくるなんて思わないから驚いただけ」


 芽榴は冷静に答えて有利から箒を奪う。そして自分がこぼしてしまったゴミをちりとりに戻した。


「それがありえない話だって藍堂くんはよく分かってるでしょ。葛城くんにとって私は恋愛対象外なんだから」


 理由はどうあれ結局のところ翔太郎に『女』と認識されてないからこそ、翔太郎と仲良くやっていけている。それが芽榴の認識だ。当然のことのようにして言う芽榴を、有利は複雑そうな顔で見ていた。


「……本当にそうなら、焦りはしないんですけど」

「焦る?」

「……いいえ。片付けも終わりましたし、会誌を持って帰りましょう」


 有利は話を切り上げて、教卓の上に乗っている会誌を手に取る。箒とちりとりを片付けた芽榴は「半分手伝うよー」と言って彼から会誌を何冊か受け取った。






 その頃、生徒会室では来羅と翔太郎が2人で仕事をしていた。芽榴と有利は委員会、風雅は補習、颯は今しがた出来上がった行事報告の資料を職員室に持って行っているところだ。


「翔ちゃん、休憩しましょうよ」

「今やっている分が終わったらな」

「そんなこと言ってたら一生休憩できないじゃなーい」


 来羅はプーッと頬を膨らませ、パソコンのキーボードを打ち続ける。文句を言いながらも来羅はちゃんと仕事をこなしていた。少し愚痴をもらして再び静かになる来羅を見て翔太郎は軽く息を吐く。すると、そんな翔太郎の反応のせいか、来羅はすぐに口を開いた。


「ねえ、翔ちゃん」

「休憩ならしない」

「分かってるわよ。そうじゃなくて……いつまで私に嘘吐き通せると思ってる?」


 来羅の問いかけに翔太郎の肩がほんの少し揺れる。けれど平静を装って翔太郎は「何の話だ」と来羅に問い返した。


「るーちゃんと、放課後本当は何してるの?」

「何度も説明しただろう。楠原と、ではなく、楠原の弟の手伝いをしている、と」


 翔太郎は芽榴が口にした言い訳をそのまま伝える。すると来羅はキーボードをカタッと一際大きな音を立てて打ち付けると椅子を回して翔太郎のほうを向いた。


「『葛城先輩なら芽榴姉といますよ』って、誰の台詞でしょうか?」


 来羅が笑顔で問いかける。すると今度こそ翔太郎の顔が強張った。

 その口調は間違いなく圭のもの。来羅が圭に連絡して聞いたのならそんなふうに答えられてもおかしくない。翔太郎が言葉を詰まらせると、来羅はプハハッと笑った。


「柊……っ」

「正解は私の想像の圭くん、でしたぁ。はぁ、翔ちゃんってばちょろすぎ」


 茶化すように笑って来羅は肩を竦める。来羅の駆け引きにまんまと引っかかった翔太郎は顔面に「まずい」と言葉を貼り付ける。


「で、るーちゃんと何してるの。さすがにもう教えるわよね」


 来羅は完全に仕事打ち切りモードに入って、いつも風雅が座っている席へと移る。頬杖をついてにっこり笑顔で翔太郎に話すのを待っていた。

 翔太郎は来羅の策に乗せられた自分に呆れつつ、堪忍するようにして口を開く。


「貴様だから……他の奴に言うよりはマシだと思うが」

「ほぉ。なになに?」

「……楠原の暗所恐怖症を治す手伝いをしてる」


 翔太郎がそう答えて、来羅は瞬きを繰り返す。そうして5秒ほど経った頃「なんだ、そうだったの」と少しだけ安堵したような声を漏らした。


「いやぁ、るーちゃんと付き合うことになった、なんて報告が来たらどうしようって内心ちょっとビクビクしてたんだけど。それは予想外だったなぁ。へぇー……そうだったの」


 来羅は安堵のため息を吐きながら翔太郎の返事を受け入れる。たしかに「芽榴と付き合い始めた」という報告が来るよりはマシな話だ。


「付き合うわけがないだろう。馬鹿か貴様は」

「あら、るーちゃんに告白されたら付き合うでしょ?」

「ありえない話をする気はない」


 翔太郎は新たに始まりかける話題を早々に切り上げる。そんな現実主義の翔太郎に、来羅は困り顔で笑いかけた。


「るーちゃんが翔ちゃんに頼んだのよね。手伝ってって」

「……ああ」

「そりゃあ、みんなには内緒にするよね」


 来羅は察しがいい。芽榴が危惧していたことを来羅はすぐに理解して、2人がみんなにそれを隠していることを納得してくれた。


「聞いたら、自分を頼ってほしいって思うもの。風ちゃんなんて『オレが手伝う!』って言い出しちゃうだろうし」

「……別にそれでもよかったとは思うが」

「るーちゃんは翔ちゃんがよかったのよ。それは事実なんだから認めていいんじゃない?」


 来羅がそう言っても翔太郎は視線を落としてため息を吐く。


「単に、俺が前からあいつの恐怖症を知っていたから頼みやすかっただけだ」

「それでもいいじゃない。早く知っていたから、ってそれだけが理由なら……なおさら私は翔ちゃんをうらやましいって思うよ」


 来羅は頬杖をついたまま隣の席、いつも芽榴がいるその場所を見つめて複雑そうに表情をしかめた。


「私の方が早く知っていたなら、私を頼ってくれたのかなって思うから」


 きっとそうだと翔太郎も思う。芽榴が自分を選んだ理由はそれ以外にない。だからこそあの日、停電した部屋の中にいたのが自分でよかったと翔太郎は思ってしまうのだ。


「……貴様が楠原にできることはたくさんある。俺にできることはたったこれくらいだ」


 自分で言っておいて情けなくなるが、翔太郎にとってはそれが事実。来羅は芽榴を楽しませたり喜ばせたりすることができる。それだけで芽榴には十分な支えになり得るのだ。けれど翔太郎にはそれができない。


「翔ちゃんって、自分への評価低いわよね。るーちゃんと同じ」


 自分を下げる翔太郎に来羅は呟くようにして告げる。芽榴はあまりにも極端だが、翔太郎も似たようなものだった。


「翔ちゃんが思ってるより、翔ちゃんは他人を支えてるよ」


 来羅は「別に敵に塩を送るつもりはないけどね」と付け加えてにんまり笑った。

 来羅はいつだって周りをよく見ている。そんな来羅と比較すると、やっぱり翔太郎は自分の長所を見つけられなかった。

 

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