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麗龍学園生徒会  作者: 穂兎ここあ
Route:葛城翔太郎 おまじないどおりの恋物語
353/410

#04

 翔太郎を連れて家に帰ると、予想どおり真理子の目が輝いた。


「え、え! 芽榴ちゃん、もしかして翔太郎くんと……?」

「……違うよー」


 芽榴の腕を引っ張って真理子がコソコソとそんなことを質問してくる。翔太郎を家に呼ぶことは急遽決めたことで、真理子が勘違いするのも仕方ないことなのだが、芽榴は冷静に否定した。「あとで話すねー」とこの場は誤魔化しつつ、階段を上がる。


「お邪魔します」

「どうぞどうぞ! 用事が済んだら、よかったら夕飯も食べていって!」


 ぎこちなく挨拶をする翔太郎に、真理子がいつものテンションを保ったまま笑顔でそんな声かけをする。翔太郎は「ありがとうございます」と静かに頭を下げると芽榴の後ろをついて階段を上がった。


 翔太郎を明かりのついた自分の部屋に導いて、芽榴はいったん階下に戻る。温かいお茶を用意して再び部屋に帰ってくると、まだ翔太郎は部屋の中に立ったままでいた。


「一応いつも掃除してるから、汚くはないと思うよー?」


 芽榴が首を傾げながら告げると、翔太郎は「そうではない」とため息を吐きながらベッドを背にしてテーブルの前に座った。


「他人の部屋に入るのはあまり慣れないからな」


 翔太郎の前にコップを置いて、芽榴は温かいお茶を注ぐ。喉が渇いているだろうから、飲みやすいように熱すぎないものを用意した。

 翔太郎は芽榴の用意してくれたお茶を一口飲み、喉を潤わせる。そうして今からどうするかについて芽榴に問いかけた。


「いきなり部屋を暗くするのか?」

「ううん。さすがにそれは無理な気がするから……これを使おうと思って」


 芽榴は棚に保管してある箱を取り出して、その中身を翔太郎の前に置いて見せた。


「クリスマスに来羅ちゃんがくれたの。家庭用プラネタリウム」


 芽榴の暗所恐怖症が少しでも和らぐように、来羅がくれたプレゼント。でも1人きりの部屋でそれを使うには勇気が必要で、芽榴はいまだに使えていなかった。


「最初はこれ使って挑戦してみようかなって。……どう思う?」

「いきなり暗くするよりはいいだろうな」


 翔太郎はそのプラネタリウムを感心するようにして見ている。とても手造りとは思えない出来だ。翔太郎は「さすがだな」と呟いて、そのプラネタリウムのスイッチを入れた。


 部屋が明るいため、よく分からないが部屋中に薄く模様のようなものが散らばったように思える。


「明かり、消してみるか?」


 翔太郎が電気のリモコンを持って芽榴に問いかける。芽榴は深呼吸をした。


「お願いします」


 芽榴が合図を送る。すると、翔太郎は少し緊張した面持ちでリモコンのスイッチを押した。


「……っ」


 明かりが消える。芽榴は瞬間的に目を閉じた。閉じた視界は真っ暗で、目を開けずとも瞼の向こう側が暗くなっていることは分かる。目を開ければそこには暗い部屋が広がるのみ、そう自覚すればするほど芽榴は目をきつく閉じてしまった。


「楠原」


 翔太郎の手が肩に触れる。目を開けなければ、克服の意味がない。顔を押さえる自分の両手がどうしようもなく震えていた。


「……柊のプラネタリウムが、綺麗に見えている。目を開けても、大丈夫だ」


 翔太郎がそう言って芽榴の手に触れる。そのまま芽榴の両手を顔から引き剥がそうとするが、芽榴は首を横に振った。


「ごめ……、ごめんね。ちょ……っと、待って」


 情けない声が出る。克服したいと強く思うのに、頭が暗い部屋を拒絶して早く抜け出したいと逃げてしまう。


「……ここが外で、今から見えるものは夜空だと思え。そうして目を開ければ、怖くないはずだ」


 そう思うことができれば、怖くはない。でも芽榴はここが自分の部屋であることを理解していて、だからこそここが外であると思い込むことが難しい。

 翔太郎がそばにいる、安全な自分の部屋の中。それなのに、やっぱり怖い。


「……楠原」


 芽榴は顔に両手を貼り付けたまま。そんな芽榴の手を翔太郎は無理やり引き剥がす。今度は芽榴の「待って」という声も聞いてはくれなかった。


「大丈夫だ。……俺の声は聞こえているだろう?」


 翔太郎の優しい声が耳に響く。翔太郎はそばにいてくれる。だから、目を開けても怖いものなんてない。芽榴の声はちゃんと届くのだから。


「かつ、らぎ……くん」


 芽榴はしがみつくようにして翔太郎のブレザーを握りしめる。すると翔太郎の腕が躊躇しながらも芽榴のことを包みこんだ。


「楠原、克服するんだろう。……目を開けろ」


 厳しい言葉、けれど声はやっぱり優しくて、翔太郎が暗闇から助けてくれた日のことを思い出す。

 ゆっくり、ゆっくり目を開けて、芽榴の目の前には綺麗な星空が映り込んだ。


「……っ、う」


 綺麗だと思う。まるで本当に星空のよう。けれどやっぱり暗い部屋であることに変わりはなくて、震えは止まらない。それでも星空があるからこそ、芽榴は暗い部屋の中を受け止めることができていた。


「……大丈夫か?」


 翔太郎が心配するように問いかけてくる。体の震えはまだ止まらずに、その震えは翔太郎にも伝わっているだろう。


「だい、じょうぶ……かな。きれいだ、って……それは……わかるから」


 正気を失うほど怖ければ、プラネタリウムの星空を綺麗だと思うことすらできない。芽榴は翔太郎にしがみついたまま、暗い部屋の中に散らばる星空を見つめる。滲んだ涙が視界を乱して、少しだけ星空は霞んでしまっていた。


 翔太郎がリモコンを操作して再び部屋の中は明るく照らされる。そうしてしばらくそのままの態勢でいると、芽榴の震えは収まった。


「葛城くん……ありがと。もう、大丈夫」


 芽榴はそう言って翔太郎から離れる。強い力でしがみついてしまったため、芽榴は申し訳なさそうに「ごめんね」と謝った。


「別に……。これのおかげで、予想よりは落ち着いていた気がする」


 翔太郎は来羅特製のプラネタリウムを触りながらさっきの芽榴の状態についてそんなふうにコメントする。たしかに、本当の真っ暗な部屋にするよりは明るくて、まるで夜空の下にいるみたいに綺麗だった。

 それでも芽榴には怖くて、しばらくはまだプラネタリウムで慣れる必要がある。けれど予想していたよりは怖くなかった。


「私、これなら……なんとかできる気がする」


 プラネタリウムで慣れて、そのあとは本格的に暗い部屋の中に慣れていく。芽榴の中でなんとなく計画が立てられた。


「だから葛城くん、しばらくお願いできるかな」


 今日の結果次第で、この対策を続行するかやめるかを決める予定だった。

 まだまだ全然ダメだけれど、続ければアメリカに行くまでにはなんとかできる気がした。完全には克服できなくても、暗闇で身動きがとれる程度には克服できると判断した。


「ああ。……ギリギリまで、付き合ってやる」


 翔太郎は少し考えて、そうして芽榴と同じ判断を下してくれた。

 これからアメリカに発つまでの1ヶ月と少し、芽榴は翔太郎と暗所恐怖症対策をすることを決めた。







 用が済んで、芽榴と翔太郎は1階に向かう。すると、そのあいだに家に帰ってきたらしい重治と圭がキッチンから翔太郎に挨拶をした。


「おー、葛城くん! いらっしゃい!」

「葛城先輩、おつかれーっす」


 2人で料理を作りながら翔太郎に声をかける。すると翔太郎はぎこちなさが残るものの「お邪魔しています」と丁寧に挨拶を返した。


「翔太郎くん! もうすぐご飯できるから食べて帰って」

「……いえ、自分は」


 迫り来る真理子から一歩下がり、翔太郎は尚も丁寧な口調で断る。今にも引きつりそうな顔を正して、翔太郎は懸命に真理子の声かけに返していた。


「お母さん、そんなに迫ったら葛城くんも驚くよー。葛城くん、お母さんもこう言ってるし、食べていってよ」


 芽榴は真理子の動きを制し、苦笑しながら翔太郎に提案する。するとキッチンのほうから重治も翔太郎に夕飯を食べていくよう促した。


「家でまだ夕飯が準備されていないなら、ぜひうちで食べていってほしいな! 家族以外の反応も参考にしたいから!」


 フライパンで焼き物をしながら重治が大きな声で伝える。その発言を聞いて、翔太郎が不思議そうに芽榴へと視線を移した。


「今、お父さんたちが料理の練習してるの。普通に美味しいから、味見がてら食べていってー」


 芽榴がそんなふうに言って笑いかけるも、翔太郎はまだ少しためらう。けれども真理子が「ね!」と優しく笑顔を向けると、翔太郎は静かに頷いた。







「美味しかったです。ありがとうございました」


 夕飯を食べ終え、帰り支度を済ませた翔太郎が重治に頭を下げる。翔太郎の「美味しい」というコメントを聞くと、重治はガハハッと嬉しそうに笑った。


「芽榴から葛城くんは辛口だと聞いていたから、君に褒められると嬉しいな!」

「別に辛口では……」


 翔太郎は恨めしそうに芽榴を見下ろす。芽榴は他所を向いてあははと笑った。

 重治が車で送ると提案するのだが、翔太郎は「遠くないですから」と告げて丁寧に断った。

 そうして翔太郎はもう一度頭を下げ、玄関から出て行く。


「翔太郎くん、帰りは気をつけてね!」


 真理子が元気に手を振って、翔太郎はそんな真理子に軽く会釈をして楠原家を出て行った。




 芽榴は門を少し出たところまで翔太郎を見送る。翔太郎に「ここでいい」と告げられて立ち止まると、芽榴は今日のお礼を伝えた。


「手伝ってくれてありがと。……これからもよろしくお願いします」


 ペコッと頭を下げる。そうして顔を上げると、今度は苦笑しながら芽榴は翔太郎に謝った。


「ごめんね。お母さん、大丈夫だった?」


 翔太郎の女嫌いは彼の母親に起因している。その彼の母親とちょうど同じくらいの年齢である真理子と相対して、翔太郎には少しきついものがあっただろう。


 今まで真理子と話すことはあっても、他の役員が積極的に真理子と会話して翔太郎は一定の距離を保っていた。

 今日の距離感は翔太郎にとって新鮮であり、辛かったはずだ。


 申し訳なく思って芽榴が謝ると、翔太郎は少しだけ視線を落とした。


「俺の母親とは、全然タイプが違うから……重ねて思い出すようなことはなかった」


 翔太郎はどこか寂しげに告げて、大きく息を吐く。


「たしかに抵抗はあったが……いい母親だな、と素直に思った。それだけだ」


 翔太郎は気を使って言葉を包んだけれど、だいぶ無理をしていたことくらい芽榴にも分かる。けれどそんなふうに心配する芽榴の頭を翔太郎がペシッと叩いた。


「余計な心配はしなくていい。貴様は自分の心配をしていろ」


 翔太郎は眼鏡のブリッジを押し上げ、そうして夜空を見上げた。


「貴様が暗所を克服するなら……俺も自分の弱点を克服していくべきだな、と思うわけだ」


 翔太郎は呟くようにして告げる。

 芽榴と同じように自分も女嫌いを克服してみようかと、翔太郎は今日一日密かにそんなことを考えていた。


「なら、貴様の母親と話すのはいい練習になるだろう」


 真理子は翔太郎に気兼ねなく話してくれる。翔太郎も芽榴の母親である彼女に失礼な言葉を吐けない。練習相手としては一番の相手だった。


「だから……貴様のためだけに、ここに通うわけじゃない。無駄に気を使うな」


 翔太郎は視線を下げ、芽榴のことを見つめる。ほんの少し笑って、翔太郎は「じゃあな」と踵を返した。


「葛城くん」


 芽榴は翔太郎の背中に声をかける。


「また……明日ね!」


 振り返らない翔太郎を芽榴は笑って見送った。


 これから始まる2人の弱点克服。夜空の下、芽榴は「頑張ろう」と両手を握りしめた。

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