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麗龍学園生徒会  作者: 穂兎ここあ
Route:葛城翔太郎 おまじないどおりの恋物語
352/410

#03

 放課後、最終下校時刻を迎え、芽榴たち生徒会役員は仕事を切り上げる。学園内をチェックして生徒会室に戻ってきた面々は、そこからある話し合いを始めた。


「今日は誰が楠原さんを送ります?」


 有利がそう切り出して、来羅が「じゃじゃーん」と作っていたあみだくじを顔の横に掲げた。


「一周したから、今日はまた順番決め直すわよ」


 そんなふうに言って来羅があみだくじを役員に回そうとする。けれどもその日は、週に1回恒例行事となりかけていたその行為を芽榴が遠慮がちに止めた。


「芽榴ちゃん? どうしたの?」


 風雅が芽榴のことを不思議そうに見下ろす。風雅のまっすぐな視線を受け、芽榴は少しばかり気まずそうにしながら翔太郎の様子をうかがった。

 芽榴からの視線を受け取ると、翔太郎は腹を括った様子で軽く息を吐いた。


「楠原は、しばらく俺が送る」


 芽榴ではなく翔太郎がそう言って、役員全員が芽榴に向けていた視線を翔太郎へと向ける。翔太郎の発言に真っ先に疑問を提示したのは風雅だった。


「え、なんで!?」


 まさか翔太郎がそんなことを言い出すなどと誰も予想していない。驚きの声をあげる風雅に続けて颯が翔太郎に理由を問う。


「それ相応の理由があるよね、翔太郎」


 颯の笑顔が怖く感じるのは、おそらく芽榴の勘違いではないだろう。颯が質問する傍らで風雅が「なんで! なんで!」とうるさいくらいに叫んでいる。


「蓮月、黙れ!」


 翔太郎は風雅の頭を叩き、彼を黙らせる。その間も颯の視線は翔太郎に向いたまま、逸れることはない。思案顔の翔太郎を見て、芽榴は申し訳なさを感じていた。




『あの、葛城くん』


 今朝2人で暗所恐怖症対策をすると決めた後、芽榴は翔太郎にこんなことを願った。


『みんなには、内緒にしてくれる?』

『……なぜだ』

『みんなのことが頼りないわけじゃないけど……やっぱり葛城くんだけに頼むのは、そう思われちゃうだろうから』


 翔太郎が一番適任だと思った。けれどそれは決してみんなが頼りないからではない。だからといってみんなにお願いするようなことでもない。手伝ってくれる人は一人でいい。

 みんなに頼れば、交代で手伝うことになるだろう。だから芽榴はあえてみんなには隠したいと翔太郎に伝えていた。




 おかげで今、翔太郎は颯を前にして言い訳に困っている状態だ。翔太郎が颯から尋問じみた質問をされている原因は9割以上芽榴のせい。だから芽榴は返答に迷う翔太郎の代わりに声を上げた。


「あ、あのね!」


 芽榴が口を開くと、颯の視線がすぐに芽榴へと向かう。翔太郎はほんの少しだけ驚いた顔をしていた。


「その……、圭が今度部活の打ち上げパーティーで手品しなきゃいけないらしくて」


 なんとなく思いついた話を口にする。それは完全なデタラメというわけでもなく、実際圭はそういう集まりでよく手品を披露しているらしいのだ。

 以前イブのパーティーで翔太郎が手品を披露したことを思い出し、芽榴は咄嗟にそんな嘘をついた。


「だから葛城くんにちょっと手伝ってもらいたいんだって」


 実際にありそうな理由を繕って、芽榴は誤魔化すような笑いを付け足す。すると翔太郎もそんな芽榴の言い訳に乗っかった。


「帰りに楠原の家に寄ることになっているから、そのついでに俺が送ったほうがいいだろう」


 翔太郎は咳払いを挿んで声の調子を戻し、冷静な様子で颯に言い切る。来羅や有利、そして風雅にも「納得したか」と声をかけ、翔太郎は眼鏡のブリッジを押し上げた。


「ふーん……そう」


 けれど颯は翔太郎と芽榴を訝しむように交互に見つめ、最終的には大きなため息とともに肩をすくめた。


「分かった。この件は翔太郎が仕事を5倍請け負うということでこれ以上追求しないよ」


 優しい声音できついことを言う。翔太郎が「は!?」と声を荒げるも、すぐに有利と来羅がその案に乗っかった。


「オレだって手品くらい、できる……と思う」


 拗ねた様子で言う風雅に、芽榴は苦笑を返していた。







 一悶着終えて、芽榴は翔太郎と2人で帰り道を歩く。最後の最後まで風雅は「翔太郎クンずるいよ!」と叫んでいた。


「葛城くん、ごめんね」


 疲れた様子の翔太郎を見上げ、芽榴は申し訳なさそうに眉を下げて謝る。うまい言い訳を考えついたつもりだったのだが、やはり翔太郎には迷惑をかけてしまった。


「別に……引き受けたときからすでに覚悟はしていたことだ」


 翔太郎はそう言いながらも、明日から始まる仕事倍量の刑を想像してため息を吐く。そんな翔太郎を見て芽榴はもう一度「ごめんね」と謝った。


「増えた分は私も手伝うから」

「余計に仕事を増やされそうな気がするから貴様は何もしなくていい」


 翔太郎はまっすぐ前を向いたまま目を細める。

 やはり隠さずに、本当のことを言えばよかったのかもしれない。やましいことではないから言うのは簡単だ。

 けれど後のことを考えると、言わずにいられるなら言わないでおいたほうが話をややこしくしないで済む。

 そんなことを考えて悩む芽榴を見て、翔太郎はもう一度大きなため息を吐いた。


「貴様は別に悪くない。……隠す意見には俺も賛成だった」


 芽榴の悩みを消すように翔太郎が声をかける。翔太郎も同意の上でなら、芽榴の責任感も少しは和らいだ。


「今日うまくいかなければ、明日には白紙に戻る話だ。今の段階で下手に言いふらさないほうがいいだろう」


 翔太郎は顔を少し傾けて芽榴に視線を落とす。翔太郎の言うとおり、今日試して失敗したら別の案を考えなければならない。そして失敗したとき翔太郎に多大なる迷惑をかけてしまうことはこの段階で分かっていた。


「うまくいかなかったら……ごめんね」


 芽榴は先に謝る。芽榴の苦笑混じりな声を聞いて、翔太郎は静かに疑問を口にした。


「……どうして、克服しようと思った?」


 克服できるならするに越したことはない。けれども芽榴にとって暗所恐怖症は『克服できないもの』だった。だから今も苦手なままでいる。それを今さら克服したいというのは、当然の疑問だった。


 翔太郎の疑問を聞いて、芽榴は頰をかく。芽榴は昨日圭と見たテレビのニュースについて語った。


「アメリカに行って、もし暗所に閉じ込められたりしたら……誰にも助けてもらえないなって」


 でもそれは『克服したい』と意気込むきっかけに過ぎない。根っこの部分は翔太郎に助けられたあの日に決まっていたものだった。


「私にとって、暗い部屋は『誰も助けてくれない場所』だったんだ」


 誰にも声が届かない。誰も助けに来てくれない。芽榴にとって暗い部屋は怖い孤独の世界だった。


「でも……今は、そうじゃないんだって少し思えてる気がするから」


 あのとき、風雅ファンに閉じ込められたとき翔太郎は芽榴を見つけてくれた。芽榴の声がちゃんと翔太郎に届いた。

 体育祭前の雨の日も、薄暗い部屋で翔太郎は芽榴のそばにいてくれた。修学旅行で部屋が暗くなったときも有利が助けに来てくれた。


「誰かが助けてくれるってそう思える今なら、克服できるかもって思ったの」


 暗い部屋でも誰かに声は届いている。誰かがきっと助けに来てくれる。そう思ったら暗い部屋も受け入れられる気がした。


 それでも1人で試すのはやっぱり怖くて、克服する練習は誰かにそばにいてほしかった。


「葛城くんはサポートなんてできないって言ったけど……葛城くんがそばにいるってことがそれだけで十分すぎるサポートなんだよ」


 芽榴は少し早歩きをして翔太郎の前を行く。翔太郎より5歩ほど前に進んで、芽榴は翔太郎を振り返った。


「だから……協力してくれてありがとう」


 改めて芽榴はお願いする。真剣な気持ちを翔太郎に向けて、頭を下げた。

 すると翔太郎が芽榴の頭をペシッと音を立てて叩いた。音のわりに痛みは全然ない。けれど翔太郎の行動の意図がわからず、芽榴は顔を上げた。


「礼は、成功してから言え。……行くぞ」


 翔太郎は小さな声で言って、芽榴の先を行く。

 冷たくてそっけない言葉。それなのにその言葉には不器用な優しさがたくさん詰まっていて、芽榴は笑顔で翔太郎の隣を歩いた。

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