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麗龍学園生徒会  作者: 穂兎ここあ
Route:葛城翔太郎 おまじないどおりの恋物語
351/410

#02

 時刻は夜の9時をまわる少し前。

 楠原家のリビング、芽榴と圭は2人並んでソファーに座ってテレビを見ていた。目の前のテーブルには食後のデザートのプリンとココアが置いてある。


「父さんたち、楽しんでるかな」


 今日は重治と真理子の結婚記念日だ。ということもあって、現在2人は夫婦水入らずの外食に出かけている。午後7時に2人にお祝いの言葉を告げて見送ったきり、特にすることもなく芽榴と圭はリビングでくつろいでいた。


「きっと楽しんでるよ。今日は帰ってくるの遅いだろうねー」


 ココアを飲む芽榴の隣で、圭はテレビの番組表を確認する。9時をまわる7分ほど前のこの時間帯はニュースやCMしか流れず退屈だ。


「芽榴姉、なんか見たいのある?」

「特にないかなー」

「じゃあ、9時からサッカー見ていい?」

「どーぞ」


 圭はテレビのチャンネルを合わせ、リモコンをテーブルの上に放置する。そうして改めてそのチャンネルのニュースが流れ始めた。


『都内のマンションで一人暮らしをする女子大生の家に侵入したとして、△○区在中の――容疑者を逮捕。女子大生と容疑者との接点はなく――』


 ボーッと見ていたニュースで物騒な事件について報道されていた。留学を控えた芽榴はなんとなくそのニュースが他人事と思えず、少しだけ真剣に耳を傾ける。すると隣でプリンを食べながら圭が「物騒だな」と呟いた。


「芽榴姉もアメリカ行ったら気をつけろよ」


 芽榴とまったく同じことを思っていたらしく、圭がそんなふうに忠告する。

 大学の寮で過ごすとはいえ、ニュースで伝えられたような事件がアメリカの地で自分に降りかからないとも限らない。


「……そーだね」


 少しの不安を感じながら、芽榴は温かいココアを飲んだ。





 11時を過ぎてしばらくした頃に重治と真理子は帰ってきた。2人を出迎えて芽榴と圭はそれぞれ自分たちの部屋へと戻る。


「おやすみ、芽榴姉」

「おやすみー」


 自分の部屋の扉を開け、すぐに明かりをつける。部屋が明るくなってから部屋の中に入って芽榴はパタンと扉を閉めた。


「……危ない、かぁ」


 ベッドに座って、さっきのことを考える。

 アメリカに行ってもし何かあっても、ある程度のことなら乗り切れる自信が芽榴にはあった。護身術を心得ている芽榴はその辺りにいる並みの男子より強く、逃げ足も速い。


 けれどたったひとつ、暗所に対する心配だけは残っていた。


「まだ全然……克服できてないし」


 明るい部屋の中を見渡しながら芽榴は呟いた。

 もし暗所に閉じ込められたり、暗所で何かあったりすれば、芽榴は正気ではいられない。学園で閉じ込められたときですら、壊れてしまったのだ。

 アメリカに行ったらあのときみたいに守ってくれる友人も家族もいない。


「……しっかりしなきゃとは思うけど」


 こればかりはどうしようもない。芽榴はため息を吐き、ベッドに横たわった。







 翌日、学園へ向かう道のりでも芽榴は同じことを考えていた。頼れる人が近くにいる今のうちにどうにかできることならどうにかしたい。そう思って自分の弱点を克服する方法を考えるが、誰かに頼ってもどうにもならないだろうと、頭がそう決めつけて案を打ち砕いていく。


「はぁ……」


 暗所恐怖症は克服できないもの。そういうものなのだという先入観から逃れられない。できないことが極端に少ない分、できないことはどうしてもできないのだと思ってしまう。


 昔は友達作りも苦手で、できないものだと諦めていたくらいだ。今はみんなのおかげで友好関係を広げられているけれど、できないことに対して潔すぎるくらいに簡単に諦めてしまうところはやっぱり芽榴の悪い癖だ。


 友達作りみたいに、暗所恐怖症もみんなに頼ればどうにかなるかもしれない。そう考えてはみるものの、いい案は出てこない。


「うーん……」

「朝っぱらから何を真剣に考えている」

「うわっ!」


 いきなり背後から声をかけられ、芽榴は肩を揺らす。気づけば学園がすぐそこに見えるところまで来ていた。考え事に集中しすぎていた自分に苦笑しながら芽榴は背後の人物に朝の挨拶をする。


「おはよー、葛城くん」

「ああ……。考え事をしながら歩いていると怪我するぞ」

「そんなにマヌケじゃないよー」

「どうだか」


 翔太郎はそっけなく言って、芽榴の横に並ぶ。どうやらクラスまで一緒に行こうとしてくれているらしい。ここで芽榴が「一緒に行くの?」とか「先に行かないの?」といった類の質問をすると、おそらく翔太郎は怒るだろうから芽榴は浮かんだ言葉を飲み込んだ。


「ねー、葛城くん」

「なんだ」

「葛城くんって苦手なもの克服するのってどうしてるー?」


 特に話すこともないため、芽榴は今考えていることの参考意見として翔太郎にそんなことを尋ねた。すると翔太郎は驚いた顔をして、すぐに目を細めた。


「克服できていたら女嫌いなどと呼ばれていないだろう。馬鹿か」

「だねー。言った後に思ったよ」


 芽榴に暗所恐怖症という決定的な弱点があるのと同じく、翔太郎にも『女嫌い』という欠点があった。翔太郎の場合は克服しようと思っているのかも疑問が残る。


「神代くんは苦手すらなさそうだし、ここは藍堂くんに聞くのが一番かなー」


 聞く相手を間違えたと切実に思いながら、今度はちゃんと聞く相手を選ぶ。芽榴のそんな呟きを聞いて、翔太郎は少しだけ興味を示した。


「暗所恐怖症を克服したいのか?」


 芽榴の『苦手克服』という言葉だけで、翔太郎はそれを言い当てる。役員の中でも1番よく芽榴の苦手を知っているだけあって、翔太郎の察しが早い。


「うん。……でも何も思いつかなくて、無理かなーって」


 芽榴はため息まじりに呟いて肩をすくめる。翔太郎はのんびり歩く芽榴の歩調に合わせてゆっくりと歩いてくれていた。


「……自分の部屋みたいに、よく知ってる場所を暗くして慣れていくしかないだろう」

「うーん。……でも、失敗したときが悲惨だからなー」


 部屋の中を暗くして前のように発狂してしまったら、と考えるとその計画には踏み切れない。


「圭に頼もうかなー。……でも、圭にあの姿を見られるのはなんとなく嫌かなー」


 壊れた自分の姿は誰に見られるのも嫌なのだが、特に圭には見られたくない。圭の前では『頼りになる姉』でいたかった。

 重治と真理子にもできれば心配をかけたくない。家族の前で弱い自分をさらすのはどうしても抵抗がある。


「じゃあ、役員の誰かに頼んでみればいい。貴様の頼みなら断らないだろう」


 翔太郎がそんな提案をして、芽榴は「うーん」と声を漏らして悩む。けれど次の瞬間ふと頭にいい案が浮かんで、その案をしっかり頭で構成しながら芽榴は翔太郎を見つめた。


「葛城くん」

「……なんだ」

「放課後、生徒会終わってから時間ある?」


 芽榴の問いかけに、翔太郎は不思議そうな顔をする。けれどもすぐに芽榴の質問の意図に思い当たったらしく、翔太郎は眉間を寄せた。


「……まさか俺に手伝ってほしいなどとは言わないだろうな」

「そのとおりだよ、葛城くん」

「貴様は本当に馬鹿なのか」


 芽榴が肯定すると、翔太郎は呆れるようにため息を吐く。その反応自体は芽榴も予想の範囲内だった。


「葛城くんは嫌だって言うと思うけど……もし頼るなら私は葛城くんに頼るよ」


 翔太郎は過去2回、暗所での芽榴の姿を見ている。そのことでずっと芽榴のことを気にかけてくれたくらいだ。


「俺がいたところで何もサポートはしてやれないぞ」

「それでいいよ。葛城くんは近くで『大丈夫だ』って言ってくれるだけでいいから」


 今まで言ってくれたように、暗い部屋の中で翔太郎は芽榴におまじないをしてくれればいい。芽榴がそう言うと、翔太郎は大きなため息を吐く。


「体育祭前の雨の日も、蓮月のファンに閉じ込められたときも、俺が『大丈夫だ』と言ったところで貴様は全然大丈夫じゃなかっただろうが」

「うん。でも2度目はその言葉があったから正気に戻れたよ」


 芽榴は立ち止まり、まっすぐに翔太郎を見つめて告げる。


「次こそ3度目の正直だよ。……って、葛城くんがいてくれたら少しは心が落ち着くから」


 そう言って芽榴は笑いかける。翔太郎は立ち止まり、照れた笑顔を浮かべる芽榴を横目に見つめ返した。

 5秒くらいお互いに目を見つめたままそこにいて、先に視線をそらしたのは翔太郎のほうだった。


「……1回は付き合ってやる。でも無理だと思ったらすぐやめるからな」


 翔太郎はそっけなく言って、再び歩き始める。自分から頼んだことだが、翔太郎がこんなにも簡単に了承してくれるのは驚きだった。

 芽榴が目を丸くしているあいだに翔太郎は先を進んでいて、芽榴は慌てて彼を追いかける。


「葛城くん」


 翔太郎の隣に並んで、彼の名を呼んだ。けれど翔太郎はこちらを向いてはくれない。むしろ芽榴とは逆方向に顔を背けていた。

 そんな翔太郎らしい仕草がなんとなく面白くて、芽榴は笑顔をこぼす。


「ありがとー」


 翔太郎の顔を覗き込むようにして言ってみると、翔太郎が芽榴の顔を押しのけて歩くペースをあげる。

 芽榴は「待ってよー」と笑ってそんな翔太郎の背中を追いかけた。

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