27 騎馬戦と限界
体育祭、午後の部が始まった。
颯は騎馬戦の準備、風雅と来羅は応援合戦の準備に向かい、芽榴と翔太郎と有利はそれぞれ配置に向かっていた。
午前の部が終わった時点で、トップは三年、大きな差をもって二年がそれを追いかける形となっていた。
去年は異例にも一年生にして芽榴たちの学年が優勝した。もちろん今年も二連覇を目指すわけだが、状況的には厳しい。
しかし、団体競技が始まり、徐々に三年と二年の点差が縮まり始めていた。
「いいか? 次の騎馬戦、狙いは神代颯ただ一人だ」
校舎の掃除を済ませ、本部席に向かう中、校舎裏で聞こえた声に芽榴は耳を傾けた。
「でも、あいつやべぇじゃん! 去年も……思い出すだけでこえぇ……」
去年の騎馬戦のとき、芽榴は興味がなくてテントで居眠りしていたためどんな様子だったかは知らない。だから、颯がいったいどんな騎馬戦をしたんだと芽榴は半目で笑う。
「学年全員でかかれば大丈夫だろ」
「でも……」
「怪我させても種目的に問題ないし」
芽榴はその発言にピクリと反応した。作戦といえば作戦だが、聞いたからには黙って見逃すわけにはいかない。
男子生徒たちの話はまだ続いていたが、芽榴はその場をすぐに立ち去った。
騎馬戦の編成所まで行くと、颯を囲んで二年の男子生徒が作戦の再確認をしていた。
芽榴は遠巻きから様子をうかがっていると、男子生徒の隙間から颯と目があった。
それほど時間が経たないうちに作戦会議のようなものは終了し、颯が芽榴のところに駆け寄った。
「芽榴。どうしたんだい? 僕に用?」
颯が芽榴にいつもの柔らかい笑みを浮かべて尋ねてくる。芽榴は視線だけ動かして周囲を確認し、誰にも聞こえないように小さな声で颯に言った。
「神代くん……三年との試合、気をつけてね」
「心配してくれてるの?」
颯はニコリと笑う。まるで3年生の狙いなど招致済みとでもいうような颯の反応に、芽榴は困った顔をした。芽榴が溜息を吐くと、颯は微笑を浮かべつつ芽榴の頭にソッと触れた。
「芽榴。僕は大丈夫。ありがとう」
颯がそう言ってポンポンと芽榴の頭を優しく叩く。すると、芽榴は何の確証もないのにそれだけで安心してしまった。
しかし、安心したのも束の間。
芽榴の頭にあった颯の手が芽榴の腕へと移動し、テントの脇に引き寄せられる。そこは丁度いい死角――。
「神代くん、何?」
「僕のことは心配するのに、僕には心配させてくれないんだね」
「……?」
芽榴には颯の言っている意味がいまいち分からない。芽榴が首を傾げると、颯は大きな溜息をついた。
「僕はそろそろ行くけど、芽榴」
日の光を背にした颯の顔には影ができていた。
「その足じゃリレーは無理だよ」
颯は芽榴に背を向けた。
芽榴は一瞬目を見開き、困ったように笑う。さすがと言うべきか、颯は芽榴の足の怪我に気付いていた。
「バレてましたか……」
「プログラム15番、騎馬戦」
その放送がかかると二年のテントがやけに騒がしくなった。芽榴は本部の席にいるため、その様子が全体像として分かる。
二年男子の集団、中心で不敵な笑みを浮かべるのは颯だ。
何がそんなに楽しいのか愉快に微笑む颯に、女生徒が例のごとく倒れていく。この様子では次の応援合戦ではいったいいくつの担架が必要になるのやら、と芽榴は呆れ半分でその様子を見ていた。
しかし、三年が現れた瞬間、芽榴は少し眉を顰める。先ほど会談をしていた男子生徒たちは芽榴の予想通り中心にいた。
まずは一年対二年の試合。颯は襲いくる騎馬を避けては相手の紐を取る。
下で人に抱えられているという状況にしてその身のこなしに芽榴は驚いた。
颯を相手に意気消沈してしまったらしく、最後は二年にされるがままで、宣言時間以内に一年全員の紐がとられた。
次は三年対一年。芽榴は例の生徒たちから目を離さなかった。確かに強い。うまい具合の死角で一年の体を殴っているのが芽榴には分かった。しかし、担当教師が気づいていないため反則をとることはできない。
対二年と同じく、一年はなす術なく敗退。
そして待ち兼ねた三年対二年の試合のときがやってきた。
颯がチラッと芽榴を見る。不安げな芽榴の顔を見て颯はフッと笑った。
「開始!」
その放送と同時、三年の大多数が颯に襲いかかった。
しかし、颯は微動だにしない。
三年の男の手が颯のハチマキにたどり着く。
その瞬間、颯が飛んだ。
「な……っ!」
とる目標が消え、一気に三年の騎馬同士がぶつかりあい、総崩れする。
「悪いね。今回は特に負けられない」
颯は空中で笑い、自分の騎馬に軽やかに着地した。颯を受け止めた騎馬の生徒もすごいが、颯のバランス感覚はもっとすごい。
崩れた男子生徒はギリッと唇を噛み締めていた。
颯は再び芽榴を見て笑う。
芽榴はハァッと息をはいた。心配の必要はなかった。相手は神代颯だ。天下の生徒会の頂点に立つ人。こんな作戦でどうにかできるような人ではなかった。
芽榴はさっきまで思い悩んでいた自分がバカらしく思えて声に出して笑った。
「楠原さん。代表リレーの召集かかりましたよ」
有利が呼びにきた。彼も仕事を打ち上げて召集場所に向かうところらしい。
芽榴は立ち上がり、有利のところに行こうと足を踏み出した。
「……ひっ」
芽榴は地についた右足をあげる。
有利が不思議そうに芽榴を見ると、芽榴は胸のところで両手をブンブン振った。
「ちょっと、足になんか刺さってるかも。見てくるから先に行っててー」
芽榴は有利に手を振り、足を引き摺らず、精一杯我慢してトイレに向かった。
芽榴の額には汗が滲む。
芽榴の右足は赤黒く腫れあがり、もう歩くことさえ限界だった。




