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麗龍学園生徒会  作者: 穂兎ここあ
Route:簑原慎 嘘つきな恋物語
347/410

#18

 芽榴と慎が順調に交際を始めて一週間が経とうとするその日。

 ラ・ファウスト学園の特務室で一人の男が盛大なため息を吐いた。


「毎年毎年……何が楽しくて、舞踏会なんか催すんや。あんなん、くそつまらんやろ」


 心底嫌そうに、聖夜が呟いた。


 ラ・ファウスト学園は学年末に舞踏会を催すのが恒例だ。今年も例外なく執り行われるらしく、毎年同様その知らせを受けて聖夜は不機嫌になった。


 いつもの場所に座って課題を仕上げていた慎はそんな聖夜を見て薄く笑う。


「今年は、参加すんの?」

「するわけないやろ。今年も欠席や欠席」


 聖夜は「当然」と顔に書いて、手をひらひらと振る。


 今回の舞踏会は夏の夜会のように生徒の保護者や学園関係者が出席するようなものではなく、単に生徒間の間柄を深めようという意向で執り行われるパーティーだ。


 だから夜会のときほど学園長に出席を迫られることはないが、それでも残りの3日間は「出席してほしい」と延々声をかけられることだろう。


 うんざりした様子で聖夜は息を吐く。そしてそのまま聖夜は慎に視線を向けた。


「お前は参加するやろ」

「……しねぇよ。俺だって毎年参加してねぇんだから」


 慎はハハッと笑う。聖夜が参加しない行事には慎もほとんど参加していなかった。

 毎年女生徒からのダンスパートナーの誘いは溢れかえるほどではあったが、慎にしては珍しく毎年そのすべてを断っていた。

 理由はいろいろあったが、パートナーを一人にしぼる気にもならず、だからといって全員と踊る気にもなれなかった、というのが一番だった。


 そして今年も例外なく、慎のもとにパートナーの誘いは来ている。特に慎が連絡をった女生徒たちから多数。


 それらを例年通りすべて断っていることも聖夜は知っていた。知っているのに、聖夜は「出席するんやろ」と尋ねてくる。


「別にパートナーは学外から呼んでもええってことになっとるんやから」


 聖夜は静かに呟く。そのつぶやきを聞いて、慎は少しだけ申し訳なさそうに笑った。


 芽榴と付き合うことになった事実は、ちゃんと聖夜に報告している。その上で今もまだ、慎と聖夜は一緒にいた。


 それでもこうして芽榴の話が絡むのは気まずい。


「学外から呼ぶやつなんて少数だし。それに……他校の生徒呼ぶやつなんていねぇよ」


 舞踏会は学外の人間をパートナーに選んで参加してもいいことになっている。けれど、9割が学園内でパートナーを選んでいて、残りの1割の生徒も、学外というよりは成人したラ・ファウスト学園の卒業生を選んでいるだけだ。


 結局本当の意味で学外から連れてくる生徒はいない。


「だからなんやねん。……あいつに踊らせたら、敵うやつなんかこの学園におらん……ってお前が一番知っとるか」


 聖夜はふっと自嘲気味に鼻で笑う。そんな聖夜の様子を見て、慎はやはり複雑そうな顔をした。


 芽榴のことは本当に好きで、みんなに自慢したいくらいの気持ちはある。

 けれど聖夜の前で、芽榴と仲良くしている姿を晒すことには抵抗があった。


「……呼んで、いいの?」


 慎は聖夜から目をそらして尋ねる。けれどそらしたところで、聖夜の視線が自分に向かっていることも慎はちゃんと分かっていた。


「……俺は別に参加せんのやから、俺のことは気にせんでええやろ」

「もし参加してたら……嫌だろ?」


 今だけの話をしてるのではない。これから先もずっとこれは続いていく話だった。

 慎の問いかけに、聖夜は「当たり前やろ」と答えた。


「ほんまに好きやってんから。嫌やないわけないやん。でもよう考えよ。お前逆の立場やったらどうするつもりやった?」


 もし芽榴が最初から聖夜を好きになって、聖夜とうまくいっていたなら。

 それでもきっと慎は2人のそばにいただろう。


「気使わなすぎなんは腹立つけど……気使われすぎんのも嫌や」


 聖夜の不機嫌な声音が響いて、慎は苦笑していた。

 本当は嫌なくせに、気を使っているのはどっちだと、慎は心の中で呟いて大きく息を吐いた。


「無茶言うなよ。その塩梅あんばいが、難しいんじゃん」

「お前ならできるやろ」


 当然のようにして聖夜は言ってくる。慎にできないことはない。聖夜は今でもそんなふうに慎を信頼してくれていて、だからこそ慎はその信頼に応えたいと思った。


「なぁ、慎」

「ん?」

「絶対……芽榴を幸せにせぇよ」


 聖夜と慎は視線を交わす。目は口ほどにものを言うとはまさにこういうことだろう。聖夜の気持ちは慎に痛いくらいに伝わっていた。


「おめでとな」


 その祝福は誰から受けるよりも嬉しい。慎にとって最高の祝福だった。






 ラ・ファウスト学園の舞踏会を次の日に控えた土曜日。

 芽榴は慎に連れられ、隣街に来ていた。とある高級ブランド店の中では困惑した芽榴の声が響いている。


「あの……簑原さん。これは……?」

「あー、うん。赤もいいかなぁ。白もいいけど……どっちが目立つと思う?」


 試着室で芽榴にドレスを押し当てながら、慎は側にいるオーナーに尋ねている。芽榴の質問は無視だ。

 何も説明されることなく店内に連れ込まれ、芽榴は今の状況がまったく理解できない。


 赤のノースリーブドレスは首元が結構開いているものの、ハイウエストで大きなリボンが可愛らしい。薄く薔薇の模様が入っているのもオシャレだ。

 もう片方の、白のベアトップドレスは胸のあたりにフリルのボリュームがあり、ところどころについている雪結晶の形をした飾りが清楚感を出していた。


「目立つ方で言えば……赤でしょうね。ですが、どちらもとてもお似合いですよ」

「当然」


 芽榴への褒め言葉なのに、なぜか慎が自慢げに答えている。

 今日はちゃんと化粧をしているため、オーナーの言う通り芽榴はどのドレスも並以上に似合っていた。


「目立つのは赤かぁ。んじゃ赤だな。小悪魔みたいで、楠原ちゃんっぽいし」

「はぁ?」

「ははっ、冗談……でもないけど」


 そんなふうに言って楽しげに笑うと、慎はオーナーに赤のドレスを手配するよう頼んだ。





 ドレスを購入すると「腹減ったー」と呟いた慎がそのノリのまま、ブランド店から少し歩いたところにある高級レストランへと場所を移した。


「簑原さん。あの……」

「楠原ちゃん、嫌いなものはなかったよな?」

「ないです。ないですけど……」

「じゃあこれとこれ。……よろしく」

 

 芽榴の話を聞かないまま、慎は注文まで終えてしまった。個室の扉がパタンと音を立てて閉まり、二人だけの空間になる。そうしてやっと、慎は「で、何?」と芽榴の呼びかけに反応してくれた。


「何じゃないですよ。ずっと無視して」

「そんなに怒んなって。今からちゃんと聞くから」


 唇を尖らせる芽榴を見て、慎はハハッと笑う。怒るだけ無駄だと悟り、芽榴は大きなため息を吐いてさっき買ったドレスについて尋ねた。


「明日も予定空けててって言ったろ?」

「……はい」

「明日、ラ・ファウストで舞踏会あんの。だから楠原ちゃん、俺のパートナーね」


 前日になって明かされる話に芽榴は目を丸くする。その驚いた顔を見て慎はケラケラと笑った。おそらく芽榴のこの顔が見たかったのだろう。


「なんで……ギリギリで言うんですか!」

「あはは、サプライズってやつ?」


 慎はニヤニヤと芽榴の反応を楽しんでいる。それにイラっときて芽榴が顔をしかめると慎は悪びれもなく「ごめんごめん」と口にした。


「楠原ちゃんが嫌ならいいよ。行かなくても。でも一応パーティーだし、アメリカ行く前にちょうどいい催しかなって思ったんだけど」


 芽榴がアメリカに発つ日は近い。来週の今頃はもうすでに日本にいないのだ。


 直前まで考えないようにしていた事実を口にされ、芽榴は少しだけ視線を下げる。すると慎がまたケラケラと笑った。


「そんな顔すんなよ。俺と離れんのが寂しいの?」


 慎は芽榴をからかおうとして、そんなことを言ってくる。芽榴がムキになって「違います!」と答えるのを期待しているのだろう。

 ここまでずっと慎の描いたシナリオどおりに事が運んでいる気がして、それが無性に腹立たしく感じる。だから慎に面食らわせてあげたくて、芽榴は照れ臭さを感じながらも口を開いた。


「寂しいですよ。……本当はずっと……ずっと、そばにいたいし……いてほしいです」


 素直な気持ちを言ってみた。

 上目で慎の反応をうかがうと、慎は目を丸くして固まっていた。その驚いた顔が嬉しくて、芽榴はいたずらが成功した子どもみたいに笑った。


 すると今度は慎が大きなため息を吐いた。


「本当、バカ。……俺を煽るとか10年早いって」


 慎は芽榴の額の前に手を掲げ、中指と親指をくっつける。そしてパチンと、それらを弾いて芽榴にデコピンをした。


「い……っ」


 芽榴が額を押さえる。そのあいだに慎は机から体を乗り出して芽榴の頰をとらえていた。


「手、邪魔」


 額にかかる芽榴の手を一瞥して、慎はそのまま芽榴にキスをする。

 けれどお店の中ということもあって芽榴の頭はいつもより冷静で、慎の手をパチパチと叩いた。


「何……」

「誰か……来ちゃいます、から」

「大丈夫。ここ、料理来るのまだ時間かかるから」


 最初からそんなことも全部知っていて、慎は今こうして芽榴にキスをしている。芽榴がどんなに足掻いてみても、やっぱり結局慎のシナリオは変わらないのだ。


「……俺は今でもずっとそばにいたいけど?」


 慎は深く深く芽榴の唇を堪能している。個室に響くキスの音が恥ずかしいのに、やめることができない。

 夢中で慎のキスに応えていると、慎がクスクスと笑った。


「かわいいな……本当。……芽榴のくせに」


 慎が名前を呼んでくれた。なんとなく、慎が名前を呼ぶ時の条件を察して芽榴は眉を寄せた。


「こういうとき……だけ、呼ぶの……卑怯です」

「こういうときって……どういうとき?」


 意味など分かっているくせに、芽榴が恥ずかしがるのを予想して慎は聞いてくる。芽榴が答えないと、慎は「残念」と肩をすくめた。


「……芽榴が俺のこと名前で呼ぶようになったら……普段も名前で呼ぶよ」


 そう言われて、喉の奥に「慎」という名前を準備する。でもいざ発声しようとしたら、キスよりも恥ずかしくて声が全然出てこなかった。


「ははっ。無理すんなよ。俺も名前呼ぶの、相当恥ずかしいんだって……伝えたかっただけだから」


 慎は顔を真っ赤にした芽榴に再びキスをした。

 こんな気持ちで慎が芽榴の名を呼んでくれている。そう思ったら嬉しくて、もっとドキドキした。


「好き……です」


 慎のことが本当に好き。同じくらい慎も芽榴のことを想ってくれているのだと思うと、嬉しすぎて頭がおかしくなりそうだった。


「俺も……好き。俺のほうが……ずっと」


 もうすぐ離れなければならない。事実はそう。でもその実感が芽榴には全然なくて、来月もそのまた次の月もずっと慎が隣にいてくれる気がしていた。

 それはありえないこと。

 けれどそんなありえないことすら思ってしまうくらい今が幸せだった。

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