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麗龍学園生徒会  作者: 穂兎ここあ
体育祭編
34/410

26 屋上と美味

 しばらくして場を荒らすだけ荒らして有利の祖父は来賓席へと向かった。とぼけた老人だが、藍堂家の現当主なので地位は高い。


 屋上に向かうため、校舎を歩いていると、解放された教室で昼食をとる人々が騒ぐ。もちろんそれは芽榴を除く役員たちに向けられているものだ。


「芽榴ちゃーん!」

「はいはい、風ちゃん」


 廊下の真ん中で堂々と芽榴に抱きつこうとする風雅を後ろから来羅が足蹴にする。来羅は男の姿だからか、所作がいつもよりガサツだ。


「来羅!」

「場をわきまえなさいよ」


 来羅が眉を顰めながら言う。最初は首を傾げていた風雅もすぐにその意味が分かったようで、おとなしく拗ねてくれた。


「ありがと、来羅ちゃん」

「いえいえ。さすがに窓に張り付いている恐ろしい視線を見たら、ねぇ」


 来羅が視線だけ横に向けると、風雅ファンと思しき華美な女生徒たちが目をハートにして風雅を見ている。


「でも、蓮月くんだけじゃないけどねー。この熱い視線の原因は」


 芽榴は苦笑する。窓に張り付いてはいないが、風雅以外の役員への視線も教室の中から感じる。もちろん男姿の今、それには来羅も含まれているのだ。


「るーちゃんには手出しさせないから安心して」

「ありがとうごさいまーす」


 芽榴と来羅はそんなことを呑気に語っていた。


 同じ頃、芽榴たちの少し前方では、来羅の言う通り場をわきまえた風雅が颯たちの会話に混ざっていた。


「颯クンたちは東條社長に会ったんだ? オレも会いたかったなぁ」


 風雅が羨ましがる。彼の場合はステータスなどではなく、ただの好奇心からの思いだろう。


「社長は終日いらっしゃるみたいだから、会いに行けばいいんじゃないか?」

「え!? 本当!? わぁ……挨拶しに行こうかな。翔太郎クンも行ってないんでしょ? 一緒行こうよ」


 風雅が翔太郎を誘う。いつもなら「貴様と二人など御免だ」などと言う翔太郎が少し考えるような素ぶりを見せ、風雅はそれだけで感動している。


「貴様の空いている時に呼びに来い」

「翔太郎クン、どっかで頭打ったりしてないよね?」

「貴様は殴られたいのか?」


 ギロッと睨む翔太郎に風雅は平謝りした。


「それにしても、よく抜けられましたね?」


 東條が終日学園にいるのなら、颯が応対するのが一番いいだろう。しかし、颯は今ここにいる。それが有利の疑問だった。

 颯は眉を下げ、横目に背後を窺って言った。


「まぁ……理事長や校長なら、さすがに何とかできるだろうし。何より芽榴の手料理を逃すなんて、どんな罰ゲームよりも酷な話だ」

「確かに」


 有利が同意すると、颯は小さく笑った。



 最上階に辿り着き、翔太郎が教師から奪い取った、否、借りてきた鍵を鍵穴に通す。ガチャリと重たい音をたてて扉が開いた。


「うわー! すごーい」


 芽榴は初めて見る風景に感嘆する。


 見上げれば青い空と白い雲が広がるのみ。手が届くのではないかと錯覚を起こしてしまいそうなほどに空が近い。

 芽榴は太陽に手をかざした。


「芽榴。気に入ったかい?」

「うん! きれー!」


 芽榴は少し興奮気味に笑った。子どものような無邪気な笑顔を向けられ、颯は面食らった顔をした。


「ダメダメダメダメ!」


 ダメを連呼しながら風雅が芽榴を真正面から抱きしめる。他人の目がないため、来羅も今度は足蹴にしたりしない。


「風雅……」


 颯が溜息を一つはき、風雅を鋭く睨むと、風雅は顔を青くしながらも芽榴を離そうとしない。

 せっかくの風景を塞がれ、芽榴が抗議すると風雅は「こんなカワイイ芽榴ちゃん見せたくない!」と恥ずかしげもなく言ってのけた。


「蓮月。虫唾が走る」

「もう夏ですが、まだ出るんですね」

「ちょ、有利クン! オレは不審者じゃないから!」


 風雅が翔太郎と有利にやり込められているあいだに芽榴は風雅の腕からスルリと逃れた。


「はぁ……。あ、来羅ちゃん。ごめんねー」


 芽榴は黙々とシートを敷いている来羅に近づいた。芽榴は背負っていたリュックの中から御重箱を取り出す。すると、来羅はそれを見て目をパチクリさせた。


「るーちゃん。その量……一人で作ったの?」

「え? あー、うん。料理歴は長いから、手際は割といい方なんだー。美味しいかは不明だけど、まずくはないと思うからー」


 芽榴は言いながらシートに座る。その横に颯が座ってきた。


「すまないね。芽榴も疲れているのにこんなに作らせてしまって」

「別にー。ていうか決定した人は誰でしたっけ?」


 芽榴がチラと颯に目を向けると、颯は苦笑して降参するように両手をあげた。


「じゃあ、食べようか」


 どの場所に座るかについても一悶着あったが、颯の黙殺により、芽榴の右から有利、風雅、翔太郎、来羅、颯という感じで御重箱を囲んだ。


「はい、どーぞ」


 芽榴は御重箱の蓋を開ける。

 独特な弁当の香りが鼻腔を擽り、空腹を促進する。定番のおかずやおにぎりが綺麗に盛り付けされていた。


 5人はそれぞれおかずを箸で掴み、口に入れた。

 芽榴は反応にそこまで興味がないのか、持ってきたお茶をコポコポと音をたてながらコップに注ぐ。


「「「「「……っ」」」」」


 ゴクリと飲み込んだ5人は瞠目して固まっていた。

 芽榴はお茶を飲みながらその様子に首を傾げた。


「あれ? 何か変だったー?」

「芽榴ちゃん! 最高だよ! オレの将来の食生活は安泰だー!」

「失礼します」


 有利が芽榴に抱きつこうとする風雅の顔面を押さえつける。

 芽榴は風雅と自分のあいだに有利を挟んでいてよかったなぁと心の中で安堵した。


「まー、まずくはないんでしょ?」

「はぶびぼほほは……!」

「まずいどころか、すごく美味しいですよ」


 顔面を掴まれてうまく喋れない風雅を代弁しているのか分からないが、有利がそんなふうに言う。芽榴は適当にお礼を言っておにぎりを取った。


「まぁ……食べれないことはない」

「へぇ、そんな反応なら翔ちゃんはもういらないわよね? 代わりの弁当ならファンの子がくれるでしょ?」


 来羅は翔太郎の紙皿から卵焼きを奪う。不服の表情を浮かべる翔太郎を見て、来羅は目を眇めて笑った。


「……っ! ……まずくはない、から返せ」

「あぁ、はいはい。そんなに怒らないで」


 目の前で繰り広げられる来羅と翔太郎の会話はまるでカップルのそれだ。来羅が普段の格好をしていればきっと絵になるカップルだろう。


「神代くん、どう? 口にあうー?」


 芽榴がおにぎりを食べながら隣の颯を見た。おにぎりの梅干しの酸っぱさに顔を歪ませる芽榴に、颯はクスッと笑った。


「あぁ。すごく美味しいよ。ずっと食べていたいくらいだ」

「じゃあ、将来的に困ったら神代くん家のシェフとして雇ってもらおうかなー」


 芽榴が笑うと、颯は是非と微笑んだ。


 それから後は風雅が芽榴に抱きつこうと試行錯誤し、有利が防ぐ。天邪鬼な翔太郎を来羅がからかい、芽榴と颯は適度に食事をとる。御重箱がなくなるまで、同じようなことが繰り広げられた。


「本当美味しかったよ。芽榴ちゃん」

「ありがとうございました」

「ふんっ。まぁ、礼を言おう」

「もう、翔ちゃんってば……。るーちゃん、ありがと」


 それぞれが芽榴にお礼を言い、芽榴からもらった麦茶を飲む颯が芽榴を見てニコリと笑った。


「また作ってくれるかい?」

「気が向いたらねー」


 そっぽを向いた芽榴は少しはにかんでいた。

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