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麗龍学園生徒会  作者: 穂兎ここあ
Route:藍堂有利 流れ星に願う恋物語
329/410

#20

 幸せな時間は過ぎるのがとても早い。有利と付き合い始めた日のことはまるで昨日のことのように思える。

 けれどあれからもう何日も過ぎて、有利と離れる日がいつのまにか明後日にまで迫っていた。


 生徒会でみんなと仕事をして、有利と一緒に帰る。でもその日はいつもと帰り道が違った。


 家には前もって「今日は遅くなる」と連絡している。家族とのお別れは明日の夜まで取っておいた。





 制服姿の芽榴が藍堂家の庭の腰掛に座って、夜空を見上げる。今日は少しだけ星が見えていた。外の空気が寒いけれど、苦ではない。庭のもっと奥、道場のほうから聞こえる竹刀を打つ音が耳に心地よかった。


 しばらくすると夜稽古の終わりの挨拶が聞こえ、女性の門下生が何人か藍堂家の廊下を通りかかる。姿からして、芽榴たちとそう変わらない歳頃の女性たちだ。藍堂家には門下生が数人下宿していて、その中には女性も何人かいる。

 廊下を通る道着姿の女性たちに、芽榴は横目で視線を向けた。


「有利さん、今日は特に気合いが入ってたわね」

「そう! とってもかっこよかったぁ」


 そんなふうに話している声もちゃんと聞こえて、芽榴は苦笑する。有利はやっぱり門下生にもモテているらしい。予想はしていたが、実際耳にするとなんとも言えない。

 恋人が人気者なのは嬉しいけれど、複雑な気分だった。


 白い息を吐いて、足を上下に小さく動かす。すると、後ろから肩を叩かれた。顔を上げて、芽榴はふわりと笑う。


「おつかれさまー」

「……部屋で待ってると思っていたんですが」


 外の庭で待っていた芽榴に、有利は困り顔を返す。


 学校から帰って、まずは2人とも有利の部屋に行ったのだが、有利には夜稽古の予定があった。稽古が終わるまで部屋で待ってるよう言われた芽榴だが、有利の部屋に一人でいるのも気恥ずかしくて、外へ出てきたのだ。


「竹刀の音が聞こえて、楽しかったよー」

「そんなので楽しめる人なんていませんよ。……ほら、冷たくなってます」


 有利は芽榴の頰に触れ、ため息を吐く。

 稽古が終わってすぐに芽榴に会いに来たのか、有利はまだ道着姿で、髪も汗で湿っている。タオルで汗を拭う有利の様子は、コートを着ている芽榴とは対照的だ。


「藍堂くんこそ早く着替えたほうがいーよ。冷えて風邪ひいちゃう」

「じゃあ楠原さんも僕の部屋に戻っててください」

「私はもう少しここにいるよー」


 芽榴がそう答えると、有利はやはり困ったような顔をする。そんな有利の顔を見て、芽榴はカラカラと笑った。


「今日は、星が見えるから」


 芽榴は再び星空を見上げる。長野にいたころ見ていたような満天の星空ではない。でも目に映るおぼろげな星々は嫌いじゃなかった。


 芽榴が一人楽しく星を観察していると、有利が再び道場のほうへと駆けていく。着替えに行ったのだろうと考えていると、すぐに足音がこちらへ戻ってきた。


「藍堂くん?」

「僕も見たいですから……羽織とってきました」


 有利はそう言って、羽織を腕にかけたまま芽榴の隣に腰掛けた。

 有利の熱気を感じて、芽榴は星空から目をそらして有利へと笑いかける。


「今日、いつもより気合い入ってたんだって? お弟子さんが通りながら言ってたよー」

「……気合いっていうか、いつもより身を入れないと楠原さんのところに行きたくて集中できなくなりそうでしたから」


 有利はそう言って、芽榴の手を握る。有利からこういうことを言われるのには、いまだに慣れない。それなりの回数で有利から「好き」といった類の言葉は聞いているのだが、どうしてもうまく反応できない。


「顔、赤いです」

「……藍堂くんのせいだよ」


 有利が微笑んで芽榴の頰に触れる。芽榴は頬を膨らませてそっぽを向くのだが、有利が「こっち向いてください」と言って芽榴の頬を押し戻した。


「今日は、僕のこと見ててください。……2人でいられる時間もあまりありませんから」


 明日の放課後はクラスメートと役員みんなでお別れ会、そのあとは家族と最後の晩餐会。実質有利が芽榴と2人で過ごせるのは今が最後だ。


「楠原さん」


 有利が芽榴の名を呼んで、顔を近づける。キスの合図を理解して、芽榴は目をつぶろうとするが、今自分がいる場所を考えてカッと目を見開いた。


「だ、だめ!」


 芽榴は慌てて目の前にある有利の口を塞ぐ。すると有利が不服そうに目を細めた。


「だって、ここ……藍堂くんの家だし」

「……廊下に誰もいませんよ」

「そーだけど!」


 芽榴がダメと言い張るため、有利は残念そうにため息を吐く。

 そしてそのまま自分の口を塞いだ芽榴の手を握った。


「でも……バニラの香り、やっぱり似合いますね」


 呟くようにそう言われて、芽榴は顔を赤くしたまま有利の手を引き剥がした。功利からもらったボディクリームの香りが芽榴の体に馴染んでいる。それは嬉しいのだが、有利に言われるのはどうしようもなく恥ずかしい。


「……わざとでしょ」


 わざわざ言ったのは、キスを拒んだ芽榴への仕返しだろう。芽榴が恨めしそうに有利を睨むと、有利は逃げるように視線をあげる。そして「あ」と声を漏らした。


「楠原さん」


 そう呼んで、有利は芽榴に上を見るよう促す。芽榴は頬を膨らませながら有利と同じように上を向いた。

 さっきまで見ていた星空をもう一度見て、芽榴は目を大きく見張る。


「……すごい」

「今日は、流星群だったんですね」


 星が流れている。流星群といっても、空一面に無数の流れ星があるわけではない。数秒に一度のペースで流れる、ささやかな流星だ。


「流れ星……」


 そう呟いて、芽榴は半年前のことを思い出す。


「ねえ、藍堂くん」


 芽榴が空を見上げたまま有利に声をかけると、有利は静かに優しい声音で反応してくれた。


「夏休みにさ、2人で流れ星に願い事したの……覚えてる?」


 正しい言い方をすれば、見えない流れ星に願い事をした、だ。芽榴の問いかけに、有利はすぐに「はい」と答える。考える様子を見せなかったところからして、有利の中でそれは鮮明な記憶なのだろう。


「私ね……あのとき、藍堂くんのこと願ったよ」

「え?」


 有利が芽榴の明るい未来を願ってくれたことが嬉しくて、芽榴はお返しに有利の明るい未来を願った。


「何を願ったんですか?」

「秘密」

「……気になるじゃないですか」


 有利が拗ねるような声を出して、芽榴はカラカラと笑った。


 あのときのことが今はとても懐かしく思える。あの日の芽榴は今自分がこうして有利に恋をして、有利の隣で笑っている姿など想像もしていなかった。


「こんなに流れ星がいっぱいなら、お願いし放題だねー」


 芽榴が微笑むと、有利は肩を竦める。


「欲張ると、逆に叶えてもらえない気がします」

「あはは、そーかも」


 願い事は考えればたくさん出てくる。願いに際限はない。でもその全部を叶えてもらおうというのはあまりに他力本願で、よくないと芽榴も思う。


「だから今回も1つにするよー。その代わり、全部の流れ星に叶えてもらうの」

「何を願うんですか?」

「秘密」


 芽榴がいたずらっぽく笑って言うと、有利は困り顔をする。


「……じゃあ、僕もそれを願います。そのほうが2倍願いが通じますし。だから教えてください」


 無理やりな意見を言って、有利は芽榴の願い事を聞き出そうとする。少しだけ子供っぽい有利の様子が可愛く思えて、芽榴は声に出して笑った。


「私と藍堂くんが、一緒に明るい未来を歩けますよーに。って、それだけだよ」


 芽榴は屈託なく笑って、目を閉じた。少し俯いて、両手を握り願い事を心の中で呟く。

 三回目を呟いていると、頰と唇、それぞれに優しく何かが触れた。でも、目を開けなくてもそれが何なのかは分かる。


 芽榴が薄く目を開けると、有利の顔が映った。

 優しく触れるキス、けれど芽榴が逃げないように頰にはちゃんと手が添えられていた。


「……ダメって言ったのに」

「無防備な楠原さんが悪いですよ」


 芽榴は文句を言ってみるが、有利はそんなふうに返して笑う。実際嫌だったかと聞かれれば、首を左右に振るしかない。その証拠に、芽榴は有利にしがみつくようにして彼の道着の胸元を掴んでいた。


「願い事、ちゃんとしなきゃ叶わないよ?」

「願ってますよ。……楠原さんと一緒に」


 有利はそう言って、再び芽榴の口を塞ぐ。芽榴も今度はちゃんと目を閉じた。

 深くなる口づけは、冷たい空気も溶かして愛しい温もりで心をいっぱいにする。



 ――あともう少しだけ、この時間が続いてほしい。

 欲張りかもしれないけれど、やっぱり願ってしまう。



 1年後またここで会う時、今度は2人で一緒に、流れ星にお礼を言おう。


 だからもう少しだけ、芽榴は有利との時間を星空に願った。



 1年分の想いを乗せて、芽榴は少しだけ目を開ける。有利のことが愛しくて、触れる熱が嬉しい。



 好きが溢れて、止まらない。



 空に流れる星が、そんな芽榴と有利を優しく見守っている。



 星降る夜に願う恋は、永遠の愛を手に入れた。




【Route:藍堂有利 END】

次のルートはみなさんのご意見を参考に慎ルートに決定しました!こちらも今週中にはスタートさせる予定ですので、よろしくお願いします。!

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