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麗龍学園生徒会  作者: 穂兎ここあ
Route:藍堂有利 流れ星に願う恋物語
327/410

#18

「有利クン、テスト結果見たよ! 翔太郎クンまで抜いて3位ってすごいね!」


 あれから一週間近く経つ。生徒会室には変わらず風雅の元気な声が響いていた。


「はい。手応えがあったので、よかったです」

「たった1点差だ」


 有利の応答に、翔太郎がすかさず付け加える。1点でも負けは負けだ。自分が4位だったことがかなり悔しいのだろう。


「翔ちゃん、みっともなーい」

「うるさいぞ柊!」

「有利との差ではなく、僕と芽榴との差を考えれば落ち着くんじゃないか?」

「……神代」


 来羅と颯が楽しげに翔太郎のことを茶化して遊んでいる。翔太郎が2人に怒鳴る傍で、風雅は有利を見て笑った。


「へへっ、もしかして芽榴ちゃん効果?」

「そうかもです」


 風雅は笑顔で尋ねる。あの後、有利も芽榴も、風雅との関係が元に戻らないことを覚悟していた。芽榴たちも風雅も、お互いにそれだけのことをしてしまった自覚があった。

 けれど風雅は芽榴にしたことを有利に謝って、元に戻ろうとしてくれた。


「芽榴ちゃんはいつも通り、さすがだったね!」

「うん。……ありがと」


 元通りにはならない。でも別の形で芽榴たちは前に進んでいた。





 白い息を吐きながら家路を行く。隣には昨日も今日も有利がいる。

 芽榴は来週アメリカに発つことになっていた。有利と帰り道を歩くのも、あと少し。


「楠原さん」

「何ー?」

「明日は東條グループに行くんでしたよね?」

「うん。……もう会う時間がないからねー」


 芽榴は苦笑する。明日の土曜日はしばしの別れの挨拶も兼ねて、東條グループに顔を出すことになっていた。

 自分の発言に寂しさを感じて、芽榴は握っている有利の手に少し力を入れた。


「楠原さん?」

「ううん。で、それがどーかした?」


 芽榴が首を傾げて尋ねると、有利は「ああ……」と調子を直して話を戻す。でもちゃんと芽榴の気持ちに気付いたみたいで、芽榴をあやすように握った指先をとんとんと動かした。


「えっと……その、功利が合格したみたいなんです」

「え、ほんと? はぁ……よかったー」


 功利が落ちるという想像はまったくしていなかったが、ちゃんと『合格』の言葉を聞けて、芽榴は安心する。そんな芽榴を見て、有利も薄く笑っていた。


「はい。それで、功利と……その、母も楠原さんにお礼がしたいと……」

「え? なんで? いーよいーよ」


 なぜ有利の母まで、と疑問を顔に出しながら芽榴は空いているほうの手を左右に振る。しかし、芽榴が遠慮することもあらかじめ分かっていたらしく、有利が困り顔で肩を竦めた。


「その……功利がお礼をしたいと言ったのは本当なんですが……母が、その……」

「お母さんが?」

「功利が僕と楠原さんのことを伝えたらしくて、改めてもう一度会わせなさいとうるさくて……ですね」


 有利はそう言ってため息を吐く。どうやら母の提案に祖父まで混ざって有利の拒否をまったく受け付けないらしいのだ。

 有利は申し訳なさそうにしているが、有利の母とは面識もあるため、ちゃんと挨拶をしたい気持ちは芽榴にもあった。


「そーいうことなら、行きたいな」

「え?」

「ダメ?」

「いえ、全然。……でも、いいんですか?」


 有利は驚いたまま、芽榴に尋ね返す。芽榴が頷くと、有利は「ありがとうございます」とどこか嬉しそうな顔をした。

 そんな有利の顔を見ながら、芽榴は冷静な頭でとあることを考える。


「じゃあ日曜日に……」

「その日って、おじいさんもいる?」


 予定を伝えようとする有利に、芽榴はそんなことを尋ねた。有利は「え?」と驚いた声を出しながら少し考えるような仕草を見せる。


「はい。母と楠原さんを呼べとはしゃいでいたので、たぶん」

「そっか。……このあいだ、囲碁の戦法を教えるって約束してたから」


 不思議そうな顔をする有利に、芽榴は笑ってそう言った。






 日曜の朝、有利の家に行く準備をする芽榴に圭が声をかける。例のごとく圭は部活のジャージ姿だ。昼から部活があるらしく、芽榴はその少し前に家を出る。今日は有利が迎えに来てくれる予定だ。


「あ、圭。お弁当作っておいたよー」

「サンキュ」


 圭は髪の毛を結う芽榴を見て、眉を下げて笑った。芽榴は鏡越しにそんな圭のことを見つめる。


「圭、今日も藍堂くんの家に寄れるー?」

「寄れる、けど……さすがに先輩が芽榴姉のこと送るだろうし、俺は邪魔しないよ」


 前までとは話が違う。今は芽榴と有利は付き合っていて、圭がわざわざ迎えに行くのは親切ではなく無粋な行為だ。

 けれど圭に藍堂家に寄ってほしかったため、芽榴は少しだけ困った顔をした。


「功利ちゃん、学園に合格したみたいで。圭も功利ちゃんに何度か会ってるから、お祝い言ってあげたら功利ちゃんも喜ぶんじゃないかと思って」

「いや……むしろ『バカにしてます?』とかって怒られる気しかしないんだけど」


 圭は半目で答える。たしかに功利なら言い出しそうだが、それはあくまで功利の素の話だ。功利が圭に外面で接していないことを知り、芽榴は少し驚いた。


「圭、功利ちゃんと仲いいんだー?」

「今ので、なんでそうなる?」


 芽榴が笑顔で尋ねると、圭は意味が分からないとでも言いたげな顔をする。


「まあ……そういうことなら、藍堂先輩の家に寄るよ。でも功利さんに祝い言ったら帰るから」

「私も一緒に帰るよー」

「ダーメ。残り少ない時間、先輩との時間を大事にしなよ、芽榴姉」


 圭は芽榴の前にしゃがみ込んで、結い終わった芽榴の髪に触れる。綺麗に編み込まれた髪は柔らかくて滑らかだ。


「似合ってる」

「ほんと? じゃあ、堂々と行けるねー」


 芽榴が笑うと、家のインターホンが鳴る。有利が迎えに来た合図だ。芽榴の顔がパアッと明るくなって、圭はやっぱり困り顔で笑っていた。






 藍堂家に着くと、有利と功利を差し置いて有利の母が芽榴のことを捕まえた。


「芽榴さん、お久しぶりね!」


 玄関口でギューッと抱きしめられ、芽榴は苦笑しながら「お久しぶりです」と返す。有利の制止の声はまったく母親には届かない。


「話したいことがたくさんありすぎて、今日一日じゃ足りないくらいだわ!」


 依然あったときよりさらにパワーアップしてテンションが高い。

 そして、そんな有利の母の騒がしさを聞きつけたのか、廊下の奥からゆっくりな足取りで有利の祖父が現れた。「ふぉっふぉっふぉっ」と祖父の独特な笑い声がして、芽榴はそちらへと目を向ける。


「芽榴坊、よく来たのぉ」

「……はい、お久しぶりです」


 有利の祖父が現れると、芽榴は笑顔を消して、真剣な顔に戻る。芽榴のまとう空気が変わって、有利の母も静かに芽榴のことを離した。有利の祖父は笑っている。


「わしの部屋に来るといい。美弥子、お前も来い」

「父様?」

「爺様?」


 美弥子と功利が疑問を口にする。でも芽榴は祖父の言葉に疑問を感じることなく「はい」と静かに答えるだけ。


「楠原さん、僕も行きます」


 芽榴の隣にいる有利が心配顔でそう言ってくるが、芽榴は首を横に振って有利の申し出を断った。


「ううん、1人で行くから……ちょっと待ってて。功利ちゃん、あとでお祝い言わせてね」


 本当は真っ先に功利にお祝いを言わなければいけないのだが、今はそれよりも先にしなければならないことがある。片手間でお祝いはしたくなくて、芽榴は功利にそう言って有利の祖父と母の後に続いた。





 有利の祖父の部屋に入り、有利の祖父と母の前に芽榴は正座をする。何度かこの部屋にはやって来ているが、はじめて来たときよりも今の方が芽榴は緊張していた。


「父様、芽榴さんだけ連れてきてどうしたの? 芽榴さんだけに、何か話すことが?」


 切り出したのは有利の母だ。彼女は祖父が芽榴だけをここに連れてきたことを不思議に思っていた。有利を呼ばないのは不自然だ。

 けれどそんなふうに思うのは有利の母だけで、有利の祖父と芽榴の間で話は通じていた。


「……芽榴坊、何かわしに言いたいことがあるんじゃろ?」


 祖父はまっすぐ芽榴を見て尋ねる。芽榴は少しの間をおいて「はい」と答えた。

 有利の祖父は会った瞬間、芽榴の目を見てそれを察してくれた。遊び好きなただのおじいさんではない。やはり藍堂家当主の座にいるだけはある。


「芽榴さん?」


 有利の母は一層不審な顔をした。芽榴が有利のいない場でしたい話など想像にもつかないのだろう。

 芽榴は彼の祖父と母を交互に見て、口を開いた。


「……私は今、有利くんとお付き合いさせていただいています」

「ええ、聞いたわ」


 改まって言う芽榴に、有利の母が答える。有利の祖父は何も言わず、ただ芽榴のことだけを見ている。


「このあいだ、おじいさんに会った時……おじいさんは有利くんの気持ちを尊重すると言いました。……その言葉は、今でも変わりませんか?」


 芽榴は有利の祖父に問いかける。すると有利の祖父はすぐに頷いた。


「変わらん。わしは有利が選んだ芽榴坊を喜んで迎え入れるつもりじゃ。……美弥子、お前もそうじゃろ?」

「え? ええ。芽榴さんが有利の恋人なんて、嬉しい話だわ。別に名家のお嬢様である必要はないわ」


 その答えを、芽榴はある程度予想していた。有利の祖父と母は『ただの』楠原芽榴を認めてくれている。でも本当の芽榴は、ただの庶民でも、彼らが想像するような、融通のきく名家のお嬢様でもない。


「もし……私が藍堂家より位の高い家の後継者だとしても、受け入れてくれますか」


 芽榴のその質問で、はじめて有利の祖父の顔色が変わった。有利の母も眉間に皺を寄せている。


 最上級のお嬢様。芽榴がこれから背負う肩書きは、一周回って他のどんな肩書きより重く融通のきかないものだ。

 有利は藍堂家の後継者。そんな彼に、東條家の後継者となる芽榴を選ばせていいのか。

 芽榴の問いかけに、有利の祖父は目を細める。


「芽榴坊……。12月24日のパーティーのときからずっと気になっておった。お主……琴蔵家と、東條家とも繋がっておろう?」


 あのパーティーには役員全員が参加していた。でも聖夜の芽榴に対する姿勢だけは特別だった。たった一人の女性役員だったから。それがその場にいた者たちの見解だ。けれどそれを差し引いても、ただの少女が東條と触れ合うことは不自然だった。


「お主は……何者じゃ?」


 有利の祖父の問いかけに、芽榴は目を伏せる。これを伝えて、反対されたらどうすればいいのか。その先のことをまだ芽榴は考えきれていない。

 しかし、避けては通れない道だった。


「私は……東條家の後継者です」


 芽榴が答えると、有利の母が息を飲む声が聞こえた。有利の祖父は大きな反応を見せないが、瞬きをしない目が驚きを露わにしていた。


「東條家、の……?」

「嘘か本当か分からん話じゃったが……東條家に一人娘がおったという噂が昔あった。……それがお主か?」


 芽榴の存在は多くの人間に伏せられていたことだ。藍堂家の当主たる有利の祖父でさえ、芽榴の存在は噂でしか聞いたことがない。

 その存在を知っている者のあいだでも、芽榴がまだ生きていることはトップシークレットの話だった。


「でも、じゃあ……その姓は」

「楠原は私の両親……東條賢一郎と榴衣が最も信頼していた人のものです」


 芽榴の返事は一層、有利の祖父と母の脳内に混乱を招かせた。

 芽榴はそれから、自分の出生と今に至る経緯、そしてこれから自分がたどる道を要点だけつまみあげて彼らに伝えた。


「来週には留学を……」


 有利もそのことまでは話していなかったらしい。有利の祖父も母も、しばらく黙っていた。

 そうして何分か経った頃、有利の祖父がやっと口を開いた。


「本当に……芽榴坊は思慮深いのぉ」


 髭をさすり、有利の祖父は薄く笑って告げる。そして彼は目を閉じた。


「藍堂家の後継者は有利じゃ。それは変わらん」

「……はい」


 芽榴は静かに頷く。有利には藍堂家を継いでほしい。そうするために、彼はずっと努力しているのだから。

 祖父は目を開け、そして芽榴のことを見た。


「その有利の相手が誰であろうと、有利が選ぶんじゃったら、その娘をわしは受け入れる。心からじゃ」


 祖父はそう言って、芽榴に笑いかける。目尻を下げた優しい顔の祖父は芽榴がよく見ている顔だ。

 緊張が、解けていく。有利の母も緊張がとれ、ある程度ことを理解できたらしく、芽榴に言葉を向けた。


「そうね。……もし芽榴さんが『東條』の名を継がなければならないのなら……有利は与一さんのように旧姓で『藍堂』の名を名乗ればいい話よ」


 藍堂の名を継がなくても、有利の実力がすべてを継いでいる。そう、有利の母は言った。


「それに藍堂の姓は、いざとなれば功利が残すことだってできる。……有利の次の後継者も、芽榴さんが気負わずとも功利の子に任せることだってできる。優秀なお弟子さんがいれば、その方に任せてもいいの」


 有利の母は立ち上がって、芽榴のそばへと歩み寄る。綺麗な着物に変な跡がつかないように気を配りながら畳の上へと膝をつけた。

 有利の母の柔らかい、優しい手が芽榴の両手に触れた。


「先のことは、自分が思ってるより案外簡単になんとでもなるわ」


 彼女の言葉には説得力があった。有利の母はそうやって何とかして、今自分の進みたい道を進んで、大切な家の名も残している。


 芽榴はあの日、祖母の前で大切なものを全部拾い上げる覚悟をした。できる限り何も捨てない覚悟をした。

 その芽榴なら、芽榴の未来も有利と藍堂家の未来も、東條家の未来さえ全部拾い上げられるはずだ。


「芽榴さん、有利のこと……ちゃんと考えてくれてありがとう。……そこまで考えてくれている芽榴さんを、私たちが受け入れられないわけないわ」


 有利の母は優しい顔で笑う。抱きしめてくれる温もりが有利と似ていた。とてもいい香りがして、すべてが心地よい。


「東條家とは……予想以上の名家じゃったが、それなら余計に申し分ない話じゃ」


 有利の祖父はそう言って、湯呑みにお茶を注ぐ。そして喉を潤すように茶を飲んで、大きく満足げに息を吐いた。


「欲を言えば、芽榴坊が2人子供を産んで……片方を東條家、もう片方を藍堂家の後継者にできたら完璧じゃのぉ?」

 

 有利の祖父の笑い声が嬉しい。

 いつもいつも厄介払いされていた『東條芽榴』が楠原家以外の場所で、温もりを感じられる場所を見つけた。


「……芽榴さん?」


 最近は、涙腺が緩くてしかたない。大切なものができると弱くなってしまうのは、きっと嬉しいことや幸せなことが多すぎるからだ。

 でもだからこそ、それを守るために本当の強さを見つけられるのだと思う。


「ありがとう……ございます」


 楠原芽榴も東條芽榴も、どちらも変わらない芽榴自身。そのどちらも受け入れてくれる人たちが、こんなにもたくさんいてくれることがどうしようもなく嬉しい。


 泣いて喜ぶ芽榴を、有利の母が優しくあやしてくれる。

 その仕草や言葉が、かつての芽榴に真理子が与えてくれた優しさに似ていた。

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