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麗龍学園生徒会  作者: 穂兎ここあ
Route:藍堂有利 流れ星に願う恋物語
311/410

#02

 有利の朝食の片付けまで手伝うと、芽榴は功利によって彼女の部屋に招かれた。


「お邪魔しまーす。……うわぁ、きれい」


 予想どおりというか、功利の部屋は整理整頓されていて綺麗だ。女性らしさが感じられるほのかなお香の香りが漂う、無駄なものがない部屋はとても彼女らしい。

 中心にあるテーブルには入試の過去問題が置かれていて、そのいくつかに付箋が貼られていた。


「学校の先生にも質問してみたんですけど、説明が下手くそでよく分からないところがあったんです」


 功利は少し呆れ顔をして言う。麗龍の高等部入試問題は少々ひねった問題が多い。だから先生といえど説明をするのが大変だとは思う。


「そんな問題を私が説明できるかなー……。私、教えるのはそんなに得意じゃないんだけど」

「楠原さんなら、分からない説明のとき分かるまで止められますから」


 薄く口元を緩ませて、功利が言う。先生と違って、親しい芽榴相手なら思いのままに分からないところを問い詰められるということなのだろう。功利に親しく思ってもらえているのは嬉しいが、何回止められるかを想像すると怖いものがある。


「あ、あははー。藍……有利くんのほうが上手なんじゃないかな?」


 芽榴は苦笑しながら、頰をかく。すると功利がシャーペンの芯を出しながら、横目で芽榴のことを見た。功利の視線を受けて、芽榴は首を傾げる。


「楠原さんって、実際兄様のことどう思ってらっしゃるんですか?」

「うーん。頭良くて……優しくて、努力家……?」

「……いえ、そうじゃないです」

「ええ、そーかな? 学校でも優しいって有名……」

「だから、あの……聞きたいことはそうではなくて……っ」


 功利はそう言って溜息を吐いた。功利が困り顔をするため、芽榴はよくよく功利の質問の意味を考える。しばらく考えて、芽榴はなんとなく功利の質問の意図に気づいた。


「有利くん、モテるし……。たしかにそんなふうに見られることもあるけど……私も有利くんも功利ちゃんが思ってるような関係ではないから、安心していーよ」


 芽榴は苦笑したまま告げる。はじめて功利に会った時、有利に媚びる女として芽榴は彼女に嫌われていた。だから芽榴は今も変わらず、有利とは「ただの友達だ」と念を押す。


「え……」

「私はよく一緒にいるから心配になるよねー」

「ち、違います。楠原さん」


 芽榴がのんきに頬杖をつくと、功利が珍しく慌てた様子を見せる。その姿に芽榴が少し驚いていると、いきなり功利が土下座の態勢に入った。


「え、え? 功利ちゃん?」

「ごめんなさい。昔はそんな心配してましたけど今は違うんです!」


 畳に綺麗に手をつく功利を見て、芽榴は慌てる。けれど功利が本当に申し訳なさそうな様子を見せるため、彼女の言葉にそのまま耳を傾けた。


「私は、その……楠原さんなら……。いえ、むしろ楠原さんが一番兄様のお相手にふさわしいって今は思ってるんです」

「へ……?」

「というか、むしろ楠原さん以外が来ても認められないと言いますか……」


 有利の祖父や母が言い出しそうなことを功利が言っている。芽榴は目をパチパチと瞬かせ、そして少し頬を赤らめた。


「そ、そんなこと言われても……有利くんは私のことなんか別に全然……」

「楠原さん、それは本気で思って言ってますか」


 功利が真剣な目で芽榴のことを見つめる。まっすぐな瞳に芽榴はごくりと唾を飲み込んだ。芽榴は本気でそう思っている。しかしそう答えたら功利が呆れてしまいそうで、芽榴は言葉を喉に詰まらせてしまう。


「兄様はたしかに優しいですけれど、自分には特別優しいなって思いません?」

「それは……その、一緒にいること多いし……」

「その理由を考えたことってないんですか?」


 ただ受験勉強を見るだけの予定が、最初から質問攻めにあっている。有利は大切な友人だ。自分が勘違いして、困らせたくない。

 けれど功利の質問を聞けば「もしかしたらそうなのかもしれない」と心のどこかでそんなふうに思ってしまう自分がいる。


「楠原さ」

「そ、そんなことより……功利ちゃん、ほら! 時間もったいないし、勉強見るよ。あははー」


 わざとらしくなってしまう。話の切り出しもかなり無理やりだ。功利はまだ何か言いたそうだが、芽榴が彼女の参考書に手をかけると渋々口をつぐんだ。






 功利の分からないところを説明すること、約1時間半。いくつか芽榴の説明でも分かりにくいところがあって止められるときはあったが、回数としてそんなに多くはなかった。


「じゃあ、私続きの問題解いてみます」

「うん。じゃあ私は席外すねー」

「おじいさんなら、いつもの部屋にいると思います」

「ありがとー。また何かあったら声かけてね」


 勉強を始めると、功利は勉強の内容に集中してくれた。おかげで有利とのことを追及されることもなく済み、芽榴はホッとする。


 功利の部屋を出て、芽榴は有利の祖父が前に碁を打っていた部屋へと向かった。

 今朝は外に出ていたらしく、まだ挨拶ができていない。その挨拶もかねて芽榴は有利の祖父の部屋の前に立つ。


「失礼します、おじいさん。楠原芽榴です。お邪魔しています」


 芽榴が声をかけ、部屋の中が少しだけ騒がしくなる。芽榴が不思議に思っていると、おじいさんが「入ってよいぞ」と独特の笑いをこぼしながら許可してくれた。

 その合図をもって芽榴が戸を開ける。そこには碁盤を挟んで、有利と有利の祖父が座っていた。

 有利が盤上を少しだけ乗り出しているのが、寸前の騒がしさの理由と見れた。


「あ……」


 有利と目が合う。さっきの話もあって、芽榴はとっさに有利から目をそらした。「まずい」とは思ったがまた戻すのはもっとまずい気がして、芽榴はそのまま有利の祖父へと笑いかけた。


「おじいさん、お久しぶりです」

「ふぉっふぉっ、芽榴坊! 久しぶりじゃのぉ? ちょうど有利との碁に飽きておってなぁ」


 祖父がそんな冗談を言うと、有利が溜息を吐いた。


「……おじいさん。楠原さんも疲れてるでしょうし、囲碁の相手は引き続き僕が……」

「芽榴坊、どうじゃ? わしと碁を打たんかの? 今回は負けんぞ?」

「人の話を聞いてください、おじいさん」


 静かに目の前の祖父へと話しかける有利だが、祖父はまったく聞こえていないとでもいうように彼の話を聞かない。有利は困ったように額に手を当てるが、芽榴はその様子を見て「仲良しだなー」などと微笑ましく思う。


「功利ちゃんに呼ばれるまでなら、全然いいですよー」

「ふぉっふぉっ、嬉しいのぉ。有利、お主も芽榴坊の戦法を学ぶとよいぞ?」

「……僕だって弱くはありませんよ」

「わしになかなか勝てんじゃろ?」


 祖父が意地悪く言うと、有利は少しだけ拗ねたような表情をする。珍しく有利が表情を表に出すのを見て、芽榴は感心するように息を吐いた。


「楠原さん?」

「おじいさんの前だと藍堂くんって表情豊かなんだねー」

「そうですか?」

「うん。少なくとも普段よりは」


 芽榴は「さすが家族」と言って胸のあたりで手をパチパチと叩く。すると有利の祖父が独特の笑いをこぼしながら碁石をかき集めた。


「将来は芽榴坊にも家族になってもらいたいからのぉ。有利、催眠眼鏡のようなしかめっ面じゃいかんぞ? 笑顔じゃ、笑顔」


 有利を茶化すようにして祖父が言う。「芽榴を有利の嫁にしたい」という祖父の気持ち自体は冗談ではなく本気だ。


「ですから……そういうことを言って楠原さんを困らせないでください!」

「有利は困ってないんじゃろ? わしも一応孫を優先するからのぉ」

「おじいさん!」


 有利が大きな声をあげる。そして有利は気遣うように芽榴へと視線を向けてきた。しかし有利が振り向いた瞬間、芽榴は思いっきり顔を下へとうつむかせる。


「……? 楠原さん?」

「え、あ……えっと」


 顔があげられず、芽榴は畳の上に視線を彷徨わせる。今は絶対に顔をあげてはいけない。その自覚があるため、芽榴は履いているスカートをキュッと握った。


「楠原さん、どうかしました? 気分でも……」

「有利」


 有利に顔を覗かれる。それがなんとなく分かって芽榴は目を瞑るが、冷静な声音の祖父がその寸前で彼の名を呼んだ。

 祖父に呼びかけられ、有利はゆっくりと後ろを振り向く。


「碁石がのぉ。黒石と白石を仕分けるのが面倒でのぉ」

「はい?」

「有利が仕分けちょるあいだに、芽榴坊が熱い茶でも淹れてくれたら爺は最高なんじゃが?」


 祖父が薄く笑って、芽榴のことをチラリと見てくる。これは有利の祖父が偶然か意図的か、芽榴に出してくれた助け舟だった。


「お茶なら僕が……」

「私、淹れてきます。あの、お台所借りますね」


 反論しようとする有利にかぶせて、芽榴は早口で言う。そして誰の許可の言葉も聞かないまま、そそくさともう一度部屋を出て行った。


「楠原さん?」

「ふぉっふぉっ……。おもしろくなってきたのぉ」


 芽榴がいなくなった有利の祖父の部屋では、困惑気味な有利の声と愉快げな祖父の声が響いていた。





「あー……もう、私のバカ」


 祖父の部屋を出て少し歩いた先の廊下で、芽榴は立ち止まる。軽い自己嫌悪に陥る理由は、火照りを感じる自分の顔にあった。

 いつもなら有利の祖父の台詞も冗談だと軽く流せるのに、今日は妙に反応してしまった。有利は気づかなかったかもしれないが、芽榴の顔が真っ赤になっていたことを彼の祖父は確実に気づいていた。


「藍堂くんは、私のこと良い友達としか思ってないんだってば……」


 半ば自分に言い聞かせるようにして芽榴は言う。

 功利も有利の祖父も、クラスの人も勘違いしているだけ。そう芽榴は何度も何度も頭の中で呟いた。


 再び廊下を歩き始めた芽榴は、帰ってから有利と彼の祖父にどんな顔で会えばいいだろう、と悶々と悩むのだった。

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