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麗龍学園生徒会  作者: 穂兎ここあ
体育祭編
31/410

23 覚悟と来訪

 一人、余韻に浸る風雅は幸せそうな顔をしていた。


「風ちゃん……」


 突如聞こえた声に風雅は目を丸くして振り返った。


「ら、来羅! いつからそこに!?」

「風ちゃんとるーちゃんがトイレの影から出てきたくらい。……応援団の女子、風ちゃんがいないって騒いでるから宥めようとした私がバカだったわ。とんだトバッチリよ」


 来羅は疲れた顔でそう言った。風雅は生徒会の夏合宿などで何度か来羅の地毛を見ているため、さほど驚かない。といっても、体育祭にこの姿でやってきたことにはさすがに驚いた。男姿の来羅は風雅も認めるほど端麗な容姿だ。随分女子に囲まれたことだろう。


「ごめん、来羅」


 謝罪しているくせに顔がニヤけている風雅を見て、来羅は大きなため息をついた。


「にしても、るーちゃんに言わなくてよかったの? 一ヶ月交代でファンと付き合う制度を止めた理由」


 来羅は『風雅くんの彼女予約制度』が廃止になった理由を風雅が打ち明けた唯一の人物だ。といっても、他の3人の役員はその制度に興味がないだけで、理由は分かっているのだろう。


 『風雅くんの彼女予約制度』――それは中等部に進学したと同時に出来上がった制度だ。風雅も了承して作られたファンクラブとの契約。一ヶ月交代でファンの子と付き合う。その中には他校の生徒も入っていた。有利と来羅は中等部から入学してきたため、言及はできないが、初等部からいた颯と翔太郎、彼らにもファンの子はいたが、風雅のファンに比べて数倍おとなしかった。それは颯の風格と翔太郎の女嫌いが関係していたのかもしれない。いずれにせよ、風雅ファンは言うなれば過激派で、統率するにはその手段が最善だった。


 しかし、風雅は芽榴に生徒手帳を拾ってもらった次の日、当時付き合っていたファンの子と別れた。風雅が一ヶ月以内で別れるのはそれが初めてのことだった。そして風雅はファンクラブの主だったメンバーに制度の廃止を告げた。それはファンクラブからしてみればかなり衝撃的な出来事。なぜなら予約はまだたくさん入ってる。もちろん、風雅は考え直すよう言われたが「今は誰とも付き合う気はない」の一点張りで断固拒否した。


 来羅も風雅のいきなりの行動に驚いた。風雅は一ヶ月毎の彼女に対し、嬉しそうな顔を見せたことはないが、文句を言ったことはなかった。たとえ来羅がどんなに制度をやめろと忠告しても。だからこそ来羅は風雅に理由を聞いてみた。駄目元だったが、風雅は案外あっさりと来羅にそれを打ち明けた。


「好きな子ができた」と。


 さすがにそれが誰なのかは教えてくれなかったが、風雅の日頃の生活を確認すれば考えずとも答えはすぐに見つかった。


「るーちゃん。風ちゃんがただの女たらしって勘違いしたかもよ?」

「芽榴ちゃんがそう思うなら、オレはそういう男ってことでいいよ」


 来羅は風雅が泣き声で抗議してくると予想していた。しかし、そう言った風雅は清々しいほどに真っ直ぐ前を見ていた。さっき芽榴が言っていた『真っ直ぐな人』という言葉に来羅も納得してしまうほどに。


「来羅。前言ったじゃん? 『本当に好きな子ができた時にそんなことしてたら後悔する』って。来羅の言うとおり。オレ、さっきまで後悔してたよ、すっごい」


 風雅の赤いハチマキが風に揺れる。なびく髪が太陽の光でキラキラしていた。


「でも今は違う。後悔なんて意味ないんだ。オレはもっといい男になって振り向いてもらう。それが今、オレにできること……でしょ?」


 風雅ははにかんで笑った。来羅は久々に見た風雅の本当の笑顔に微笑んだ。


「今、風ちゃんに惚れそうになったわ」

「え……。さすがに今の格好の来羅には言われたくないかも……」

「冗談よ」


 少しトーンを低くして来羅が言うと、風雅は「ごめーん」と泣きついた。


「風ちゃんから学ぶなんて、不服ねぇ」

「え?」

「なんでもないわ。行きましょ」


 来羅は風雅を置いてスタスタとグラウンドに向かい、風雅はそれを追いかける。


 グラウンドには女子の黄色い声が復活した。









「遅れましたー、すみません」


 芽榴は本部席近くのテントに戻り、ムスッとした翔太郎に謝罪する。芽榴の仕事は翔太郎の補助だったのだが、すでに種目が一つ終わってしまっているため、翔太郎が怒るのも仕方がない。


「まったく、一種目終わってしまうまでどこで油を売っていた?」

「犬に捕まってたー」


 芽榴は翔太郎にそれだけ言って隣に座る。翔太郎は訝しげな視線を芽榴に向けるが、それ以上は追求しなかった。


「千メートルはたいして順位を見るのに問題はなかったからいいが、男子百メートル走は一気にゴールするからな」

「はいはい。見てればいいんでしょー」


 今から始まるのは男子百メートル走。毎年、一気にゴールしてしまうため1位を判定するのに一悶着あるらしい。

 しかし、今年は芽榴がいる。芽榴の記憶は写実的なものだ。瞬時のものでも永久的にアウトプットができるのだから完璧な判定員ということだ。


「3、1、9、8、6、4、2、5、7」


 芽榴はゴールした順にコース番号を呟く。それを聞いた翔太郎は即座にそれをメモし、計算機を叩いた。颯ほどではないが副会長なだけあって翔太郎の作業は無駄がない。


「次ー。2、7、8、1、9……」

「楠原ー! 見たか!? 俺1位! 尊敬しろよ!」


 そんな大声が聞こえ、目を向ければゴールテープをきった1位2コースの滝本が芽榴に自慢げに手を振っている。


「仕事の邪魔しないでー。6、3、5、4」


 芽榴は滝本からすぐに視線を外して仕事を続行する。しかし、滝本は相変わらず一人で煩い。堪忍袋の尾が早くも切れてしまった翔太郎が駆逐することで何とか大人しくなった。

 こういうところはなんとなく風雅に似ている気がする。口にすれば、多くの女子に目を潰されそうなので、あくまで芽榴は心の中にそれを留めた。


「あー、やっと終わったー。目が疲れたよ」


 芽榴は机に伏す。その姿を見て翔太郎はさりげなく水の入った紙コップを芽榴へ渡した。


「次は二千メートル走だからな。まぁ休んでいろ」


 翔太郎は他所を見ながら言う。「相変わらずぶっきらぼうだねー」と芽榴が笑うと、紙コップを取り上げられたため、芽榴は素直に謝りながらコップを取り戻そうと手を伸ばした。


「葛城くん、楠原さん。今、よろしいで……あ……」


 走ってやってきた有利が芽榴と翔太郎に交互に視線を向け、最終的に翔太郎を見て目を細めた。


「……お取り込み中ですか?」

「藍堂……。貴様はそんなに根に持つ人間だったか?」


 翔太郎はため息をつく。さすがにクドすぎたと反省した有利は軽く謝罪し、用件に移った。


「次から、楠原さんを借りれますか?」

「私?」


 芽榴が自分を指して聞き返す。隣の翔太郎は眉を寄せ、眼鏡を中指で押し上げた。


「藍堂は神代と来賓の接待だろう? 人手が足りないなどあり得ないはずだが」

「当初の予定通りなら神代くんだけで十分なくらいなのですが……」


 有利の顔は少し緊張していた。


「急遽、あの東條グループの社長、東條賢一郎氏がいらっしゃるそうです」


 その名を聞いた芽榴の顔を知る者は誰もいなかった。

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