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麗龍学園生徒会  作者: 穂兎ここあ
Route:蓮月風雅 一途な笑顔の恋物語
308/410

#19

「芽榴ちゃん、おかえり。……あれ?」


 風雅に送ってもらって家に帰ると、真理子がすぐに出迎えてくれた。真理子は芽榴に笑いかけると、その隣にいる風雅を見て目を丸くした。


「お義母さん、こんばんは!」

「こんばんはー。風雅くん、今日は元気ね」


 真理子はそう言って嬉しそうに笑った。ここ2日、電話越しに聞いていた風雅の声はとても寂しかったが、今の風雅は目が赤いことを差し引いても元気だった。


「じゃあ、明日また学校でね! 芽榴ちゃん」

「うん。……ありがと」


 芽榴はどこか照れ臭そうな表情で風雅を見送る。その目は風雅と同じくらい赤い。でも風雅と同じように、それを差し引いても芽榴の姿は幸せそうだった。


「あ、……えっと、お義母さん」


 楠原宅に背を向けた風雅だが、すぐに何かを思い出したようで芽榴と真理子の方を振り返った。

 風雅に話しかけられた真理子は優しい顔で首をかしげる。


「もう絶対、芽榴ちゃんを泣かせません。だから……よろしくお願いします」

「あら」


 真理子は口を押さえてニヤリと微笑んだ。2人の表情と風雅の発言から、2人の関係が一歩前進したことを真理子は悟った。


「れ、蓮月くん」

「じゃあ、帰ります! バイバイ、芽榴ちゃん」


 頬を赤くする芽榴に風雅は笑顔を向け、今度こそ帰っていく。その足取りはスキップを始めそうなほどに軽かった。


「まるで結婚のご挨拶みたいだったわね、芽榴ちゃん」

「お、お付き合い始めただけだよ」


 そう言って芽榴はまた顔を赤くする。風雅と付き合うことになった。その事実をまじまじと実感して、照れ臭かった。


 恥ずかしい。でもそれ以上に嬉しいと思う。この気持ちは本物だ。





 そんな日曜日が終わり、月曜日がやってくる。


「芽榴、次の教科なんだっけ」

「現国だよー」


 芽榴は答えながら、自分も机の上に教科書とノートを置く。すると芽榴の手がピタリと止まった。


「芽榴?」

「まだ中休みなんだけど……」


 芽榴が苦笑しながら呟く。舞子が不思議そうな顔をするが、すぐにその答えがF組に現れた。


「芽ー榴ちゃん!」


 登場から幸せオーラいっぱいの笑顔を振りまく、風雅がやってきた。階の違うB組の風雅が、授業間の休み時間まで芽榴に会いに来る光景はF組メンバーとしても久しぶりに見るものだった。


 そしてイケメンが最高の笑顔を振りまいているのだから、F組女子の鼻から流血事件は免れない。


「この時間に来ても、あと5分で授業はじま……う、わぁ!」


 困り顔で注意しようとする芽榴に、風雅は抱きついてきた。驚いた芽榴の口からは思っていたより大きな声が出る。

 その声を聞いて、F組の面々は芽榴と風雅の姿を見て「いつものことか」と微笑む。


 けれど芽榴の目の前にいる舞子は驚いたように瞬きをくりかえしていた。


「すっごく久々。……その光景」

「それ俺も思った」


 芽榴の声を聞いて、こちら側にやってきた滝本も舞子に同意するように呟いた。


 他の人から見た芽榴と風雅は付き合っているみたいにずっと仲が良い。そういう認識だ。

 でも分かる人には分かる。今の芽榴と風雅は先日までの2人とは違う。


「蓮月くん! ちょっと……っ!」

「大丈夫大丈夫。次の授業移動だったから寄っただけで全然無駄足とかじゃな…」

「そ、そうじゃないってば!」


 風雅は楽しそうな声音で短い中休みにここへ来た理由を告げるが、今の芽榴にとってはそんなことどうでもいい。

 芽榴が風雅の背中を弱々しく叩く。すると風雅は芽榴の顔が見えるように少しだけ芽榴のことを離した。


「み、みんな……見てるから」


 顔を真っ赤にして芽榴が告げる。すると風雅は真顔で固まって、隣の方からは舞子と滝本の生温かい視線とため息が聞こえた。


「だから学校では…抱きつかなくてい……」

「無理だよそんなの」


 芽榴の弱い声に風雅が強く声をかぶせる。そして風雅はさっきより強く芽榴のことを抱きしめた。


「芽榴ちゃん……そんな、かわいすぎ。もうオレ死にそう」

「風雅くん、気持ちは分かるけど授業まで残り3分切ったよ」


 2人だけの世界に入っている芽榴と風雅に舞子が冷静に伝えた。風雅は芽榴を抱きしめたまま横目で時計を確認する。すると舞子の言うとおり、残り3分ない時間になっていた。


 さすがにそろそろF組を出ていかなければならない。風雅が大きなため息を吐くと、滝本が目を細めた。


「……お前らいきなり何なの。イチャつき方の度が増してね?」


 滝本に問われると、芽榴は目を大きく見開いて口をきつく結ぶ。対する風雅はニヘラと笑って、滝本のほうを向いた。


「えっと……芽榴ちゃんと、正式に付き合うことになりました」


 風雅は舞子と滝本だけに聞こえるように小声で言った。はずなのだが――。


「ああ、やっと?」

「は? え……まだ付き合ってなかったのか!?」


 舞子は平然とした顔で返し、滝本は芽榴と風雅が予想していたものとはまったく逆の理由で驚いていた。


「お前らバレンタインのあとから付き合ってるんだと思ってたわ。へぇー、でもまあ付き合い始めたならいつからでも一緒か」


 驚いた滝本の声が大きすぎて、F組が一気にざわついた。それに気づいた風雅は焦り顔で滝本の口を塞ぐ。


「滝本クン、声大き……っ」

「まじか! 楠原が、やっと蓮月と……っ」

「それほんと!? 風雅くん、おめでとーっ」


 焦る風雅に向かってF組生徒たちの祝福の声が飛び交った。予想外のことに風雅はポカンと口を開けている。芽榴もクラスメートの反応に少し驚くが、次の瞬間には照れくさそうに笑っていた。


「蓮月くん、ほら……もう授業始まっちゃう」


 みんなの「おめでとう」の声を聞きながらボーッと立っている風雅に、芽榴は声をかける。彼のベストの裾を引っ張ると、彼はハッとして芽榴の顔を見た。


「芽榴ちゃん」


 そう呼びかける風雅はふにゃんと心から嬉しそうに笑った。


「オレ……芽榴ちゃんの彼氏だって自信持てそう」


 みんなが喜んでくれるとは思わなかった。F組の生徒たちは芽榴のことを友人として好きだ。だからあのときのこともあって、風雅のことを認めてくれないのではないかと、風雅は不安がっていた。


 でも彼らは風雅が芽榴の彼氏になることを認めてくれた。それが嬉しくて、風雅は芽榴にそんなふうに言って笑う。


「持ってもらわないと、困るよ」


 芽榴が困り顔で笑い返すと、風雅は最後にもう一度だけ芽榴のことを抱きしめて教室を出て行った。出て行くあいだもクラスのみんなに「ありがとうー!」と彼らしく元気に手を振っていた。


「なんかもう……苛立つ領域を越してんな」

「ラブラブすぎて、ね」


 舞子と滝本に半目でコメントされ、芽榴は顔を真っ赤にして俯いた。






 F組の生徒にバレたことにより、芽榴と風雅の噂は一気に学園中に広まる。その話に対し、受ける反応は人それぞれさまざまだ。けれどもその話を聞いた役員たちは全員一致でたいして驚く様子を見せなかった。


「とうとうくっついちゃったかぁ」


 放課後の生徒会室、がっかりしたような声で来羅がそう切り出した。まだ放課後になったばかりで、みんな生徒会室に自分たちの荷物を所定の場所に収めているところだった。


「すでに付き合っていたようなものだろう」


 眼鏡を綺麗に拭きながら翔太郎がため息交じりに呟いた。おそらく翔太郎も有利か来羅経由で芽榴と風雅の最近までの関係は耳にしていたのだろう。翔太郎の言葉に芽榴が苦笑していると、有利が芽榴の目の前に腰かけた。


「あいまいな状態がはっきりするのはだいぶ違うと思いますよ。……良かったですね、おめでとうございます」


 有利は複雑そうな声音で言った。けれどその表情は柔らかい。有利にはバレンタインのときにも後押しをしてもらって、芽榴は感謝の気持ちもこめて「ありがと」と嬉しそうに笑った。


「……僕からも祝福しておくよ」


 3人が祝福するのを聞いて、颯もそう言った。書類の山を芽榴たちのいる机の上に置きながら颯は苦笑いを浮かべる。颯には最後に泣き顔を見られているため、芽榴としても複雑な心境だった。

 そのことを察したのか、風雅は芽榴のことを横目に見たあと静かに口を開いた。


「あのさ、仕事始める前に……みんなに言っておきたいんだけど」


 風雅はそう言ってその場に立ち上がる。深く息を吸い込んで吐き出すと、風雅は真面目な顔で宣言する。


「いろいろあったけど、オレこれからはちゃんと芽榴ちゃんを守るって決めたから……。芽榴ちゃんを笑顔にするのはオレって決めてるから……。みんなに心配はかけないし、絶対誰にも譲らない」


 そう言い切って、風雅は颯のことを見た。最初の言葉はみんなへ、そして最後の言葉は、みんなに告げてはいたけれど、特に颯へ向けて発せられたものだ。


 風雅のまっすぐな宣言を聞いて、来羅と翔太郎、有利は「風雅らしい」と薄く笑む。そして颯は風雅の眼を見返して参ったというように肩をすくめた。


「お前に負けるのは、もうこれが最後だよ」


 颯は風雅の肩をトンとたたいて、会長席に戻った。

 みんなに認めてもらえて風雅は嬉しそうにガッツポーズをする。そんな風雅の愛らしい姿を見て、芽榴も笑った。





 生徒会の仕事も無事に終わって帰宅時間になる。芽榴と風雅は他のみんなより少し先に階下へと降りた。靴箱で靴をはきかえ、玄関口を出るとすぐに風雅が「芽榴ちゃん」と呼びかけた。


「手、つなご」


 今までは学校を出て、人気がなくなるまでは手をつないだことはなかった。けれど今は周りの人の目を気にすることなく、堂々と手をつなぐことができる。手をつなぐ前の声かけも以前とは違う。


「うん」


 それが嬉しくて、芽榴は触れてくる風雅の指に自分の指を絡ませた。

 歩き慣れた家までの道のりが、とても新鮮なものに感じる。風雅と帰るのも手をつなぐのも初めてではないけれど、今が一番幸せな気分だった。


 帰り道が長くないことを寂しく感じるほどに、今は風雅と一緒にいたい。


「芽榴ちゃん」

「んー?」

「ごめんね。役員のみんなと滝本クンたちに言うだけのつもりだったんだけど……」


 風雅は中休みのことについてそんなふうに謝ってきた。付き合いだしたことはそのうちばれてしまうことではあるが、芽榴が日本にいる時間ももうあと少しだ。それまで芽榴を敵視する女生徒の数を極力抑えるために、風雅は親しい友人たちにだけ事実を伝えることにしようとしていたのだ。


「蓮月くんのせいじゃないよ。それに……喜んでくれる人もいるって分かったから、私は嬉しかったよ」


 芽榴が照れたように笑うと、風雅が芽榴の手を優しく引いて、体ごと自分のほうに引き寄せた。


「蓮月くん……ここ路上」


 帰り道は人通りもそこまで多くない。けれど路上で抱きしめられるのには抵抗があって芽榴は風雅の胸を軽く押した。


「うん。だから……少しだけ」


 風雅は芽榴の背中に手を添えてもっと芽榴を強く抱きしめる。芽榴は自分を抱きしめる風雅の腕に優しく触れ、困り顔で笑った。


「……震えてるよ?」


 芽榴に触れてくる風雅の手はまだ少し震えていた。中休みに抱きしめられた時もそうだった。

 芽榴が風雅に好きだと伝えて、風雅の不安が薄れたといっても、昨日今日で簡単に消えるものではない。芽榴に触れる怖さはまだ風雅の中に少しは残っている。


「まだ……怖い?」


 芽榴の声は優しい。風雅の手が震えていても、もう芽榴が不安になることはなかった。その震えが芽榴への想いの果てに生まれたものだから。互いに想いを通わせることができたから、今は芽榴も震える風雅を優しく支えられる。


 芽榴の問いかけに対して風雅は芽榴の肩で小さくうなずいた。


「でも今は、怖いより抱きしめたい気持ちのほうが強いから」


 だから風雅は抱きしめたまま芽榴を離さない。

 今までは抱きしめたい気持ちより怖さのほうが勝っていた。そんな気持ちの割合を逆転させたのは芽榴だ。


「芽榴ちゃん、大好き」


 風雅はいつものように芽榴を好きだと告げる。今まではそれを受け取るだけだった。けれど今の芽榴は伝えることの大切さを知っているから――。


「同じくらい……大好きだよ。蓮月くん」


 言い慣れない「好き」は恥ずかしくて、芽榴は風雅のコートを強く掴んで、彼の胸に顔をうずめる。けれど風雅は「ああ、もう」と小さくため息を吐いて芽榴のことを自分の胸から引きはがした。

 風雅は芽榴と視線があうように少しだけ腰をかがめていた。鏡がなくても、芽榴は自分の顔が赤いことくらいわかっている。大好きな人に見つめられて隠れたくなるくらい恥ずかしいのに、風雅の視線から目をそらせなかった。


「……芽榴ちゃん」


 風雅の顔が近づいてくる。芽榴も反射的に目を閉じた。


「先輩、芽榴姉。ここ、路上」


 けれど次に聞こえた声は予想外で、芽榴と風雅は限りなく顔を近づけた状態でぴたりと止まった。同時に2人で声の方向へ視線を向けると、そこには半目でこちらを見ている圭の姿があった。ちょうど帰宅時間が重なってしまったようだ。


「圭!」

「圭クン!? え、うわ、え!」


 芽榴は圭に背を向けて両手で顔を覆うが、耳まで真っ赤になってしまっている。動揺した風雅にいたっては動きが不審者のそれだ。


「けけけけけけ圭クン! オレ、襲ってたわけじゃ……」

「分かってますよ。仮に襲うような彼氏ならすぐに別れるよう、芽榴姉に言っておくんで」


 圭が淡々とした口調で言い、風雅は少しだけ驚いたように目を丸くする。


「圭クン……えっと、オレが彼氏って……」

「母さんから今朝聞きました」

「……お母さん」


 圭の返事を聞いて、ため息を吐いたのは芽榴のほうだった。芽榴の想像では真理子がハイテンションで圭に伝えている様子が浮かぶ。

 もちろん圭の気持ちを知る母親がそんな無神経な反応を示すわけがなく、彼女が苦笑いを浮かべながら圭に報告した、というのが実際の話だ。


「圭……忘れて」

「言われなくても、覚えておきたくないから忘れるよ」


 芽榴がうつむいたままお願いすると圭は肩をすくめながらそう言って、芽榴たちのほうへと歩み寄ってくる。


「えと……圭クンがいるなら、芽榴ちゃんはもう圭クンにまかせたほうが、いいよね」


 いまだ動揺丸出しで、風雅は芽榴を送り届ける役目を圭へとバトンパスしようとする。しかし圭が逆道を行こうとする風雅の腕を掴んで止めた。


「芽榴姉、もうそんなに時間ないし……蓮月先輩といたいっしょ?」

「え……!? えっと、その……」


 圭に聞かれて、芽榴は視線をさまよわせるが、圭の言葉が事実であるため恥じらいながらもゆっくり頷いた。すると圭は「ってことで……」と風雅の腕を引っ張って再び芽榴の隣に並ばせた。


「夕飯、うちで一緒に食べないっすか? って母さんからさっき連絡きました」


 圭はそう言ってスマホをいじって真理子からのメッセージを2人に見せる。一つ上のメッセージでは圭が真理子に『芽榴姉と蓮月先輩発見』と送っている。つまり圭は2人に声をかける少し前から2人の姿を確認していたということだ。

 それが分かると余計に恥ずかしくて芽榴は「恥ずかしすぎる」と大きなため息を吐いた。


「圭クン……いいの?」


 対する風雅は少しだけ冷静になっていて、圭のことを見つめて心配そうに問いかける。すると圭は小さく息を吐いて薄く笑った。


「先輩なら、認めますよ。……よかったっすね」


 いろんな思いを抱えながら、圭は風雅にそう伝えた。それが分かるから風雅も胸が苦しい。けれど圭の確かな祝福が嬉しくて風雅は「ありがとう」と真面目な顔で圭に返した。


 芽榴にも2人の会話は聞こえていた。でもその真意は芽榴にわからないまま。

 3人で帰り道を歩いた。

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