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麗龍学園生徒会  作者: 穂兎ここあ
Route:蓮月風雅 一途な笑顔の恋物語
307/410

#18

 芽榴は風雅と一緒に帰る。

 学園を出てから2人はほとんど何も言葉を交わしていない。


 帰りは地下鉄でなくバスに乗り込んだ。風雅の家からは地下鉄のほうが近い。だから風雅が芽榴を優先してくれたことはすぐに分かった。


 バスの中、座席はいくつかしか空いていなくてその中の一つの座席を選んで風雅はそこに芽榴を座らせた。そして芽榴の前に立った風雅はつり革に軽く手を添えて窓の外を眺めていた。


「……蓮月くん」


 何か、話さなければならない。そう分かっているけれど、ふさわしい言葉が見当たらない。

 風雅のことを見上げると、風雅は「ん?」と優しい顔で芽榴に言葉の続きを促してくれた。


「あの……」

「あの人、超かっこいい! すごくタイプなんだけど……」


 芽榴が何かを言おうとする。けれど奥の方から聞こえた女子高生集団の声が耳に入ってきて、芽榴は言葉を止めた。


 バスに乗ってからずっと車内の女性の視線は全部風雅に向かっていた。それを芽榴は知っている。


 彼女たちの目に、芽榴はどう映るのだろう。

 ただの知り合い、ただの友人。手を繋いでいない、よそよそしい態度の芽榴と風雅はきっと恋人としては映らない。


「……迎えに来てくれて、ありがと」


 芽榴はぎこちなく笑って言った。

 一度押し込めた気持ちを告げるのは難しくて、言い出すきっかけも言葉も見つからなかった。






 小一時間が経つ頃、麗龍学園近くのバス停で芽榴と風雅は降りた。


 ここから芽榴の家まで距離としてはそう長くない。このまま言葉を交わさずに寄り道することなく歩けば、20分もしないうちにたどり着く。


 その前に、ちゃんと風雅と話したい。

 芽榴には時間がないのだ。


「芽榴ちゃん」


 立ち止まったのは風雅のほうだった。芽榴の数歩先で立ち止まった風雅は芽榴のことを振り返って、芽榴の名を呼んだ。


 その顔はいつになく真剣で、芽榴はゴクリと唾を飲んだ。


「そこの公園……寄っていかない?」


 風雅はすぐ近くにある公園を指差す。

 その公園は、前にも風雅と話したことのある場所だ。


 夏、ラ・ファウスト学園に行く前。

 あの頃の風雅はファンの子を大切にして、芽榴を好きだと言って抱きしめてくれた。


 あのときとは違う距離感で、芽榴と風雅はベンチに座っていた。


「前にも、ここで芽榴ちゃんと話したね」


 風雅も芽榴と同じことを思い出しているようだった。どこか懐かしむような表情の風雅は思わず見とれてしまうほどにかっこよかった。


「あのときのオレはさ……芽榴ちゃんを傷つけるのは簑原クンで、守るのがオレなんだって思ってたよ」


 風雅は過去形で伝える。その真意は、今がそうではないからだ。


「簑原クンが今日芽榴ちゃんと一緒にいたのは……芽榴ちゃんを元気づけるためでしょ?」


 風雅は優しい笑顔で問いかける。風雅は笑顔なのに悲しい。心はどんどん締め付けられる。表情を歪ませたまま答えない芽榴を見て風雅は眉を下げた。


「オレを呼んだのは……きっと、オレに分からせるためだったんだろうね」

「何、を……?」


 風雅は何を分かったというのだろう。風雅と慎が交わした会話などほとんどない。

 芽榴が眉を寄せると、風雅は目を閉じて笑った。


「……オレは芽榴ちゃんが好きだよ。毎日毎日、一緒にいる時間が増えれば増えるほど……どんどん好きになる」


 閉じた視界の向こう側で、風雅は何を見ているのだろう。


 言葉は嬉しいのに、その先に続く言葉が怖くて、芽榴は息がつまるのを感じていた。


「でも……オレの好きは芽榴ちゃんを傷つけるんだ」


 風雅の薄く開いた瞳は憂いを帯びる。風雅はそれを確信していた。


 風雅は芽榴以外の女の子を見てはいない。けれど女の子たちは風雅が突き放した今も、変わらず風雅のことを見ていた。


 蓮月風雅という男の子は、彼の意思とは無関係に女の子を惹きつけてしまう。そして、それはきっとどういう形であれ、彼の一番大切な楠原芽榴という女の子を傷つける。


「それが分かってるから、怖い。オレが近づけば近づくほど芽榴ちゃんが傷つくんじゃないかって。触れたら全部壊れてしまいそうで……」


 今は嫌がらせを受けていないかもしれない。でもそれだってあの事件のあとで、誰もそうしないだけかもしれない。


 またいつか、風雅のそばにいる芽榴を、風雅を思う誰かが壊してしまうかもしれない。


「最低なんだよ。……芽榴ちゃんが傷つくって分かってても、オレは芽榴ちゃんにそばにいてほしかった」


 全部分かっていたくせに、芽榴にそばにいてほしいと願った。

 そしてそばにおいて、臆病な風雅はまた芽榴から逃げてしまった。過去の傷に怯えて、芽榴を傷つけた。


「無限ループなんだ。だから、芽榴ちゃん……」


 風雅は芽榴のことをまっすぐ見ている。決意した顔をしていた。でもその瞳にはこぼれそうなくらい涙がたまっていた。


「もう……終わりにしよ」


 風雅がそう、切り出した。

 芽榴は目を大きく見開いていた。驚く芽榴の表情を見て、風雅は苦笑する。


「傷つけて、ごめんね。……迷惑かけて、ごめんね。……オレ、ほんとバカだね」


 最後の最後まで風雅に謝らせて、風雅に責任を感じさせていた。


「友達のオレはきっと、芽榴ちゃんをまた笑顔にできるから」


 だから風雅は芽榴を諦める。芽榴が笑えるように、芽榴を傷つけないように、芽榴から離れる道を選んだ。


「家まで送るよ」


 話は終わったと言うように、風雅はベンチから立ち上がった。風雅は笑顔で「行こう」と言って、芽榴に背を向ける。


 その笑顔が平気なふりだということくらい、分かっている。

 風雅がこんな結果を望んでなかったことくらい、分かっている。


 選ばせたのは、芽榴だ。


 芽榴の視界に映るのは、風雅の背中だけ。その背中はどんどん遠くなる。それがこれからの芽榴と風雅の行く道。


 手を伸ばしても、届かなくなる。


 それを――芽榴は望まない。


「待っ、て」


 気づけば、風雅の背中にしがみついていた。芽榴が触れた瞬間、風雅の体は強張って、切なく震えた。


「芽榴ちゃ……」

「違うよ……違うよ、蓮月くん」


 声が上擦る。涙が溢れて、風雅の服を汚さないように芽榴は顔を下げた。

 それでも離れないように風雅のコートをギュッと強く掴んだ。


「芽榴ちゃん……」


 芽榴が泣いていることが分かったのか、風雅は背中にいる芽榴を引き剥がして、芽榴と向き合うようにして立った。

 芽榴の腕を掴む風雅の手は小刻みに震えている。


「……泣かないで。芽榴ちゃんには、笑ってほし」

「笑えないよ。……友達に戻ったらもっと、笑えない」


 泣いた顔はぐちゃぐちゃで、風雅にこんな顔を見られたくなくて、芽榴は俯いたまま言った。


「蓮月くんは……蓮月くん自身は、私と一緒にいたいって思うんでしょ?」

「思うよ。好きだから、一緒にいたいよ」

「なら……」


 顔を上げた芽榴は、風雅の顔を見て目を見開く。風雅は泣いていた。

 その涙の理由が、言葉以上に風雅の気持ちを答えていた。


「でも芽榴ちゃんを傷つけるくらいなら……オレの気持ちなんて、後回しでいい」


 それが綺麗事なら、楽だった。

 本気でそう思っている風雅に愛しさは増すばかり。「バカ……」とつぶやく芽榴の、溢れる涙は質量を増していた。


「なんで……私ばっかり。……私だって、蓮月くんが傷つくのは嫌だよ」


 芽榴はそう言って、風雅の顔を見つめる。

 風雅の涙は嬉し涙以外、見たくない。芽榴だって、風雅の笑顔を見ていたい。


「……あのときのことは変わらないけど。でも、私たちは変われるよ?」


 芽榴の声は静かで、優しい。外灯の明かりしか差さない暗い公園に、澄むように響いて消える。


「もう、あんなことにはならない。たとえ、また嫌なことがあったとしても……今度は2人で乗り越えられるよ」


 2人なら、乗り越えられる。あの頃の芽榴と風雅にはできなかったことも今はできるはずだ。なぜなら芽榴はあの頃の芽榴とは違うから。強くなれたから。そしてそれは芽榴だけじゃない。


「……蓮月くんもあの日の蓮月くんから変わったでしょ?」


 問いかけられた風雅は溢れる涙を拭い、そのまま手で顔を覆った。


「……変わったよ。誰かを傷つけてでも芽榴ちゃんを守るって決めたんだ。たとえ誰かを悲しませても芽榴ちゃんの笑顔を優先しようって決めたんだ」


 今度こそ、芽榴だけを思うと決めた。そして芽榴に釣り合うようにいろんなことを変えようとした。

 まだまだ変えるところはたくさんある。それでもあの頃よりは変われたはずだ。


「それでもやっぱりオレだから……芽榴ちゃんを傷つけるかもしれない」


 どんなに変われても、絶えず風雅はその不安に駆られる。永遠につきまとう不安が風雅を捕らえて離さない。


 それはまるで、かつての芽榴のようだった。

 風雅には、あの闇に堕ちてほしくはない。過去の恐怖に意味なく怯える日々を風雅には味あわせたくない。


「蓮月くん」


 芽榴は風雅のことを抱きしめた。芽榴から風雅に触れるのは初めてだった。


 すごく緊張して、拒まれないか不安だった。こんな気持ちは初めてで、今なら風雅の「怖い」の意味も分かる気がした。


 芽榴から触れられた風雅の体は驚きでビクリと大きく揺れる。けれどその体がそれ以上震えることはなかった。


「私を……傷つけてもいいよ。そのときはきっと仕方のないことだから。全部許すよ?」


 風雅に、笑ってほしい。

 風雅がそう思うように、芽榴もそう思う。なぜなら――。


「好きだよ……蓮月くん」


 風雅の顔を見上げ、芽榴は告げる。芽榴にそう言われた風雅は驚きで目を丸くしていた。その目からは最後の涙が一筋こぼれた。


「だからもう、怖がらないで」


 芽榴はギュッと風雅のことを抱きしめる。久々に感じる風雅の温もりが、香りが、芽榴の心を幸せにした。


 きっとこの気持ちは風雅以外の誰にも与えることはできない。


 言葉にした「好き」を噛みしめるように、芽榴はその言葉を心にしみこませた。


「いい、の? 芽榴ちゃん……本当に、オレで?」

「いいよ。……蓮月くんじゃなきゃ、ダメだよ」


 足りない言葉を付け加える。もう風雅が不安にならないように。芽榴はもう一度「好きだよ」と言葉を重ねた。


 風雅の鼻をすする音が聞こえる。深く息を吐いて、風雅は涙でかすれた声で言った。


「オレも……芽榴ちゃんのこと好きだよ」


 何度も聞いた愛の言葉。でも今度の「好き」は初めて芽榴に通じた「好き」だ。今までと違う、本当に特別な思いだった。


「知ってるよ」


 芽榴は笑って答える。その笑顔は風雅がいつも与えてくれた笑顔だった。


 2人はもう、前に進める。2人一緒にこの先を行ける。


「芽榴ちゃん……オレの、恋人になってください」


 風雅は芽榴の背中に手を回した。芽榴のことを確かめるように抱きしめるその手はもう震えていなかった。


「うん。……もう、なってるよ」


 芽榴は自分の肩に埋まる風雅の顔を見て、優しく言った。

 すると風雅が少しだけ顔を上げ、芽榴と風雅の距離は限りなく近くなる。


「芽榴ちゃん……」


 風雅の顔が近づいて、芽榴は目を閉じた。

 つながる温もりが、嬉しくて抱きしめる力は自然と強くなっていた。


「オレ……今、一番幸せだ」


 風雅はだらしなく笑ってそう言った。そしてその気持ちは芽榴も同じ。


「私も、幸せだよ」


 そう答えた芽榴に、風雅は「もう一回」と笑って、芽榴にキスをする。


 好きだから風雅がよかった。風雅じゃなきゃダメだった。

 それを伝えるだけでよかった。けれどそれが難しくて複雑な回り道をしてしまった。

 けれど道はちゃんとつながって、再び巡り会うことができた。その道はもう二度と分かれることはない。


 2人で笑いあえる道を見つけた、星の綺麗な夜だった。

風雅ルートも残り2話(予定)です!


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